第2話 聖夜(2)

12月22日。

午後。

SF、バークレー。

透明な、凛とした空気があたりを包んでいる。

寒さの度合いを表すように、吐く息が白く白くなり、そして消えていった。

ハロウィンが終わると同時に、世はクリスマス一色になっていく。

キリストの生誕を祝うクリスマス。

人々が足早に歩く季節。

1年のうちで、もっとも家族の絆を感じる季節。

あるいは、子供にとっては夢のような季節か。

赤と緑と白と銀色と、そして金色と。

色とりどりのオーナメントやライトアップされたイルミネーションが目に付く。

そんな季節。



閑静な住宅地にある平屋の家。

淡いクリーム色の壁にこげ茶色の屋根。

道路に面した庭の芝生は青々としていた。

その車庫に車が一台と自転車が2台停めてあった。

片方の自転車は長い間放置されていたように、サビだらけでもう動きそうもないように見えた。

派手なイルミネーションを施してある他の家に比べると、この家は飾り付けをほとんどなされていなかった。

「早いものね」

ため息をつきながら、その女性はリビングに置かれたツリーに飾り付けをしていた手を止めた。

金のオーナメントを持っていた手がゆっくりと下にさがった。

壁にかけてあった大小様々な写真に、懐かしそうに目を向けている。

かわいい女の子が写っていた。

手を振っている写真やピースをしている写真、ドレスを着ておすまししている写真もあった。

高校へ入学した時の写真も。

にっこり微笑むその顔は、

「………」

その様子を一瞥しながら、ソファで新聞を広げていた男性はそれをたたみ始めた。

ラシスあのこがいなくなって、8度目のクリスマスになるのね…」

遠い目をしながら、悲しそうに呟いた。

「………」

「生きていれば、もう結婚をして、子どもも、」

「もう言うんじゃない」

彼女の言葉を途中で遮った。

不愉快なことを思い出したのか、その新聞を床へと投げ捨てた。

驚いて女性は、その声の主の方を見ていた。

ディアスあなた

「何をどう悔やんだとしても、もうラシスあのこは帰ってこない」

怒りで我を忘れたように、彼の口からは言葉が止まらなかった。

ラシスあのこバーンあいつに殺されたんだ」

「…でも」

彼女は悲しそうに夫を見ていた。

「あんな化け物のそばにいたから。あれだけ私がきつく言い聞かせたのにな」

7年前。

周囲の噂になっていた娘を呼んで、事の真相を問いただした。

バーンあいつと付き合っているのかと?

バーンあいつのことが好きなのかと?

娘は何かを言いたげであったが、結局何も言わずに目に涙をためて部屋に閉じこもってしまった。

「あんなヤツと付き合うなと!付き合えばろくな目にあわないとわかっていたのに」

自分の懸念が当たってしまった。

そう後悔する目だった。

それまでは、ちょっと気は強いがものわかりのいい自慢の娘だった。

バーンの名前が出てきた時点で、娘は変わってしまった。

あの化け物が娘を変えてしまったと信じていた。

「あなた、」

「………」

ラシスあのこが好きだった男性ひとをそんなふうに言わないで」

さすがに、ノーマもディアスの言い方に腹が立ってきた。

「お前は許せるのか!?あんなヤツを」

「そんな!」

「私たちから最愛の娘を奪い取った男をっ!?」

許せるわけではない。

付き合わなければ、生きていたに違いない。

しかし、人が人を好きになるのに理由などない。

ラシスバーンを好きになったのだ。

ラシスバーンを信じたのだ。

この事実は変えられない。

相手を信じないということは、自分の娘を信じないということではないのか。

そうノーマは思っていても、ディアスは怒りを彼女にぶつけてきた。

「あんなヤツさっさと死ねばよかったのさ」

吐き捨てるように、軽蔑するように言った。

それを聞いて黙るしかなかった。

が、ディアスの勢いは止まらない。

「何度殺しても殺し足りないくらいだ。あのあと尻尾を巻いてバークレーこの街から姿を消したじゃないか!?そういうヤツさ」

殺せるものなら、本当に殺してやりたいと顔に出ていた。

ノーマは食いさがった。

なんだかラシスが可哀想になってきたのだ。

「…自分の娘を信じられないの?」

「何をどう信じろと言うんだ?」

ディアスは、驚いたように妻の顔を見た。

そんなことは問題じゃないっと言うように。

「信じたところでラシスは、もう生き返らん」

ディアスはちょっと目を伏せた。

「あなた…」

「いいか、もうその話は私の前ではするな!」

「………」

「教会へ出かけてくる」

妻を指さし、そう言い残すとリビングから足早に立ち去った。

それと入れ替わるように、若い男が入ってきた。

背丈は父ディアスと同じくらいか、少し大きい位だ。

青いジーンズにベージュのパーカーを羽織っていた。

「Dad、どうしたんだい?」

後ろを振り返りながら、母の方を見た。

「キース」

暗い表情で息子を見ていた。

「またケンカしたの?姉さんのことで…」

ノーマは何事もなかったように、再び手を動かし始めた。

「何でもないのよ。それよりいい所へ来てくれたわ。ツリーの飾り付けを手伝って」

「別に構わないけど」

母のそばに近づいて、オーナメントを受け取ると飾りつけ始めた。

「キースは何歳になったかしら?」

自分より背の高くなった息子を見て、ノーアは目を細めた。

「自分の息子の年くらい把握しててくれよ」

ちょっと困った顔をして、母を見返した。

「22歳だよ」

「大きくなったものね」

「いつまでも子どもじゃないんだから…さ。これはどこに?」

「ツリーの上の方に付けて」

てっぺんを指さした。

キースは難なく飾りをつけ終わると、

「こんなんでどう?Mum?」

と、両手を叩きながら、ツリーから離れて見た。

「ありがとう。助かったわ」

表情がよくない母を見て、キースは何かを思い出した。

7年前、姉から直接聞いたことを伝えたかった。

「Mum」

「え?」

急に呼ばれて母は驚いた。

顔を上げて、背の高い彼の方を見た。

彼は笑って言った。

「姉さんは幸せだったと思うよ、俺は」

あまりにも自信ありげに言う息子に彼女は戸惑った。

なぜそんなことが言えるのだろうか。

「キース…」

彼は時計に目をやりながら、突然慌てふためきだした。

「あ、いけね」

「なに?どうしたの?」

「友達と待ち合わせしてたんだった。じゃ、出かけてくるよ」

リビングのソファに無造作に置いてあったジャンパーをつかむとドアを開けた。

「夜には戻るの?」

キースは上着を羽織りながら、母の方を見て微笑みこう言った。

「もちろん。母さんのローストターキーとミートパイを食べ逃すわけないだろう?」

そう言うとキースはリビングから走り出した。

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