ALGIZ
砂樹あきら
第1話 聖夜(1)
自分が知らないものを捨てることはできません。
自分を越えるには、自分自身を知らねばなりません。
スリ・ニサルガダッタ・マハラジ
12月22日。
午前。
ピピッピピッピピッ・・・。
規則正しい電子音が鳴った。
ベッドで眠っていたバーンは、うっすらと眼を開けた。
上を向け指が開いた状態の右手が見えた。
力を入れて握ると左手を伸ばして、ベッドサイドに備え付けられていた時計のタイマーを止めた。
「………」
厚いカーテンが引かれ、部屋の中はほぼ闇に近かった。
しかし、その隙間から覗き込むように陽の光が彼の方を照らしていた。
その光が、朝になっていることを告げていた。
ゆっくりと上半身を起こして、ベッドに座った。
右手を額にあてながら考え込んだ。
バーンは自分でも一瞬どこにいるのか認識できなかったようだった。
見慣れない部屋の中にひとり佇みながら、昨日の記憶を呼び覚ました。
「…戻ってきたんだった…な」
バーンは昨夜深夜遅くに
そのまま空港からホテルへ直行したことを思い出した。
ベッドから立ち上がり、窓の方へと歩み寄った。
カーテンの合わせの端を左手でつかみ、思いっきり開け放った。
思わず腕を上げて眼を隠した。
それほどまぶしい朝日が彼に降り注いでいた。
「
高層ホテルから見える眼下には美しい海と街並みが広がっていた。
碁盤の目のように整理された道路。
そこを走る車やケーブルカー。
モダンな高層ビルあり、昔からの見慣れた家や店。
自分が生まれ育った街。
悲しい想い出しかない街。
ラティを亡くしてから1度も訪れることの無かった街。
7年ぶりのサンフランシスコだった。
(……街は、君が生きていた時と変わらない。変わったのは、きっと…)
そんなことを思いながらバーンはうつむいた。
彼女の『死』を受け入れられたわけではなかった。
7年間ずっと考えていた。
自分のしたことを。
彼女の言ったことを。
彼女と自分の過ごした時間を。
毎年毎年巡ってくる自分の誕生日と同じ、彼女の忌日。
嘖まれる罪悪感と自責の念。
そして、後悔。
何度考えても現実は変わらなかった。
何度考えても答えは出なかった。
バーンはカーテンを握りながら眼を閉じた。
(事実が変わらないのならそれでもいい。せめて、君に…花を手向けたい。)
そう思い始めるようになったのは、自分が変わってきているのだろうか?
自分の存在を消して、死のうとさえ思っていた時期もあった。
誰にも望まれない自分の存在など無くてもいいと思っていた時期もあった。
自分がここに存在するだけで、誰かを傷つけてしまう。
自分がここにいるだけで、誰かが死ぬ。
そう思っていた。
『馬鹿なこというんやない。彼女の一番の望みは何やったのか、よ~く考えてみぃっ!!』
7年前のあの日。
烈火の如く臣人は彼のシャツの襟を引っ掴むとそう叫んだ。
爪の間から血が滲むほどきつく握られたシャツ。
『何のために彼女は…彼女はお前のそばにおったんやぁっ』
あの事件のあと、そう臣人に言われ続けた。
(……臣人。
あのあと、俺のそばを片時も離れず一緒にいる。
『あのこと』
『自分に関われば死ぬ』という強迫観念にも似た思い。
(日本に来てからは……ほぼ皆無になった……)
SFにいた当時は『死』は日常茶飯事だった。
誰かが、いや誰もが自分の目の前で死んで逝った。
何かに導かれるように、『死』という階段を落ちていった。
(なぜだろう?)
バーンは眼を開けた。
握っていた右手をゆっくり開いて見た。
何かが太陽の光に反射してキラキラと光っていた。
それは、最期に彼女からバーンに託されたもの。
いつも彼女が胸につけていた形見。
兄アレックスから彼女に贈られたもの。
父スティーブから兄に贈られた形見。
細いスクリューチェーンについた銀の小さな十字架があった。
それを愛しそうに見つめていた。
まるで彼女の分身であるかのように。
(臣人も…、同じように苦しんでる。
端では明るく振る舞っていても・・・。
ラティを護りきれなかったのは自分のせいだと…そう思っている。
そうじゃない。
彼女が死んだのは…臣人のせいじゃない)
バーンはネックレスを握りしめた。
(俺のせいなんだ…。
「だから、
(あの時、話せなかった
あの時、伝えられなかった
そのためには……)
「そのために俺ができるのは……」
そのあとの言葉をバーンは飲み込んだ。
彼の『力』を持ってしても、成功するかどうかはわからない。
だが、一筋の望みをかけてそれを実行しようとサンフランシスコへ戻ってきたのだ。
今より一歩でも前進するために。
ちょっと力無くため息をついた。
バーンは大事そうに持っていたネックレスをサイドテーブルの上に置くと、バスルームに消えた。
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