21.揺らめく心境

目が覚めると、そこに男はいなかった。


来た時には呪いを解いたら帰ると言っていたからきっと帰ったのだろう。

男にかけていたはずの毛布は私にかけられていて、もしかしたら昨夜のことは夢なのではないかと思ってしまう。


トントントンとドアのノックの音と同時に聞き慣れたニケの声がする。

部屋の中へと促すと一礼をして、入ってきた。


「リリアナ様。失礼致します。朝食の準備が整いました。お支度の方どうされますでしょうか?」

「着替えてから行く。」

「それではお着替えなさいましょう。」


ニケは衣装部屋から私の服を選び持ってきてくれた。服などは、優秀なことにニケが流行りのものを随時選んでくれる。記憶が戻った当初は、時間をかけて苦労して選んでいたが、ニケの流行の敏感さにより、服などは頼むことにした。

申し訳ないと思いつつも、私では貴族社会の流行を敏感に察知できない。


一応、私も侯爵令嬢なんだけどね……


なんせ感覚は庶民、いや庶民以下と言ってもいい。


私が大きめのドレッサーの前に座ると、着々とニケが私の身なりを整える。ひと段落すると服を着替え、その後にまたドレッサーの前に座り、髪型や、ほんのり薄い化粧を施していく。


いつもこの流れに沿って朝の支度をする。

人にあれこれやってもらうのは、いつになっても慣れない。


今日もまたアルに呼ばれている。

婚約者ではなく、友達ならとアルには伝えたが、周りの反応は私をアルの婚約者として扱う。

これじゃあ私が婚約者になりたくないからと婚約を辞退すると言った意味が全くないじゃないか。


はぁ…私もアルを完全に拒否するということができないのも悪いけれど、少しくらい察して欲しい。


なんて相手に求めても仕方ないか…


食事をとる為に部屋を移動する。

父様と母様は相変わらず早く起きて朝食を食べ始めていた。


父様は今日も王宮の騎士団に行く。母様はいつも家にいて、趣味などをしてゆっくりと時間を過ごしているらしい。


「リリ。今日の予定は?」


父様は食べるのを止め、こちらに顔を向けた。


「父様…本日も王宮に呼ばれております。」

「殿下か?」

「はい。」


父様は小さくため息をつく。


「そうか。ならば途中まで一緒に行こう。」

「分かりました。」


今日の出勤は普段より遅いらしい。


「リリ。殿下とは上手くやっているの?」


母様の穏やかな声は、不思議と心を落ち着かせる。

例えるなら、綺麗なオルゴールのみたいな感じだ。


「上手くやっているとは言い難いです。……ごめんなさい。」

「あら、そう。いいのよ。婚約者なんて早すぎると思っていたもの。それに、まだ甘えられたりないものね。私は娘を譲る気はないわ。ふふふ。」


声から想像できるようにおっとりとした性格だが、その中に負けん気の強さを持ち合わせている。


朝食を取り終わると、王宮へ行く一通りの準備をして、馬車へと乗り込んだ。

暫くして、父様も同じ馬車へと入ってきた。

御者はそれを確認し、出発させる。


「先程クロエも聞いていたが、殿下とはどうなってるんだ?」


先に口を開いたのは父様だった。

クロエとは、母様の名前である。私が産まれてからも父様と母様の仲は変わらず、とても仲が良い。


「リリ。あまり無理はしなくていい。嫌だったら、断ってもいいし、会わなくてもいい。」


会わなくていいは流石に難しいと思う……

それを聞いて苦笑いになってしまったが、父様が気遣ってくれているのはわかる。

あの日、父様がいなくなった後に断ってはいるんだけれどね。


「あまり、乗り気でなかったように見えたが、今こうして会っているということは、そうではなかったのか?」

「それは……」


はい。乗り気ではないです。

なんて言えずに、口篭る。どの選択が相手に迷惑をかけないか、気分を悪くさせないか、怒られないかと考えて動いてしまう。


「リリ、いいかい?リリが殿下との事をどうしようが私達はリリを責めないし、怒りもしない。ただしたいようにやりなさい。」

「…………はい。」


父様は私の頭を撫でるように叩くと、優しく目を細めた。


「旦那様、お嬢様お着きになりました。」


父様が先に馬車をおり、私が降りるのを手助けしてくれた。


「それじゃあ、私は行くよ。」

「父様、あの……」


どうすればいいのか分からない。

相手に好意というものを寄せられたことがない私は、アルにどうやって気持ちを伝えたらいいか全く分からない。

父様にだって、期待を裏切らないように、迷惑をかけないようにとしか考えられないのだから。

婚約をするならば、私は好きな人と婚約したい。ただ、この世界でこんな私が好きな人を作れるのだろうか。


私は……一体…どうしたらいいのか…どうしたいのか……


ただ、前世のようになりたくなくて、王太子であるアルに近づいていくと、他の令嬢達に…敵意の目を向けられる。

でも、それはアルにとってはすごく不誠実なんじゃないだろうか。


「ゆっくり考えなさい。ゆっくりでいい。リリのしたいことでいい。思いのままに動きなさい。私達はリリに迷惑をかけられるなら本望なのだよ。私とクロエの天使なんだから。誰だって自分の娘は可愛いものだろう?」


俯くしかなかった。


父様は…父様と母様は私を本当に愛してくれてる…?


ねぇ…本当に?


父様は私の頭に優しく手を置くと、訓練場へと向かった。私もアルの元へと向う。


今日もアルに呼ばれ、庭園でお茶をしたが、話した内容はあまり頭に入らなかった。

その日はアルの予定により早めにその場を退き、お昼を少しすぎたところで家に着いた。

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