22.伯爵令嬢の憂鬱 -伯爵令嬢視点-
好きだった。初恋だった。
あの日、お父様に言われ、王太子殿下とのお見合いをした。その時、私に向けられた笑みに落ちない訳がなかった。
彼の婚約者になりたくて、なりたくて、彼に近づけるようにお父様に頼み込んだ。
けれど、お父様づてに聞いた返事は残念なものだった。
___________________今回はご縁がなかった。
ただそれだけ。苦しかった。
断られて、なお諦めることなんてできなかった。
小さいことから、甘やかされ大切に育てられ、願ったことは叶えてくれるお父様。だから引き際がわからなかったのかもしれない。
ある日、お父様に頼み込んで、ずっと行ってみたかった人気のカフェに行った。その帰りに王太子殿下に出会った。
運命だと思った。あれほど会いたかった彼が目の前にいるんだもの。精霊は私に味方をしたと……
しかし、隣には私ではない女の子がいた。
私とは真逆そうな女の子。その女の子は彼の隣にいるのに、幸せそうじゃなかった。その笑顔は愛想笑い。楽しそうに笑ったかと思えば、直ぐに表情が悲しそうになる。
彼にあんな目を向けられているのに、私が欲しかったものがあんなに簡単に手に入っているのに。
殿下のことを愛称で呼ぶとこを許された女の子。
憎悪が私を支配するのに時間はかからなかった。
彼に冷たくあしらわれても好きだった。
なぜ、私ではないんだろう。
なぜ、私は許されないのだろう。
何日も何日も考えた。
そんな私を追い詰めるようにある噂を耳にした。
王太子が婚約者を決めたらしい。
王太子は婚約者殿に大層ご執心の様子で毎日彼女と会っては楽しそうにしている。
殿下は、明らかに周りとは一線を引いていた。
その一線をその少女はいとも簡単に越えたらしい。
噂は加減を知らず、至るところに広まった。
ある日お父様が私を呼び出した。
「クレア。殿下のことはもう諦めなさい。あれから何度か陛下に進言はしてみたが、殿下は婚約者を変える気などサラサラないそうだ。お前にも新しい見合い相手を取り繕ってやる。」
「ですが…お父様。私は殿下のことが諦めきれないのです。」
思いのままをお父様に言う。
お父様の険しかった顔はさらに険しさを増す。
「お前の言ってることはよくわかる。しかし……諦めるしかないのだ。わかるな?」
「いいえ!嫌ですわ!!」
「クレア!!!!!」
お父様の怒鳴り声に肩を竦めた。
私に声を荒らげたことの無いお父様が今の私には鬼のように思えた。
《 あの女さえいなければ 》
そんな言葉が脳裏を過ぎった。
それから数日後お父様は私に新たなお見合い相手を紹介してきた。この国の3つの公爵家うちの1つであるサダルメリク家。
サダルメリク家は公爵家の中では4位と序列が低い。
見合いは私の家で行われた。当日、見合い相手として来たのは、それは女の子のような可愛らしい少年だった。サラサラの洋紅色の髪に茜色の瞳、王太子殿下とまではいかないがととても華やかな容姿だった。
「初めまして。レディ。僕はリアム ・ルイス・サダルメリクと申します。令嬢の1つ上の年齢かな。」
リアム様は右手を胸に当て優雅にお辞儀をした。
それに合わせ、私も丁重にドレスの裾を掴み、一礼する。
「初めまして、サダルメリク様。クレア・メイ・トリードルです。本日はお越しいただきありがとうございます。」
「トリードル嬢は丁寧な方なのですね。…僕達は将来、誓い合う仲になるかもしれませんので、気楽にしてください。僕のことはリアムとでも呼んでいただければと。クレア嬢と呼んでも?」
「はい。構いませんが……」
将来を誓い合う仲。
私がそうなりたいのは、昔も今もただ1人。
「リアム様…今回の婚約の話ですが、そちらからお断りして頂きたいのです。」
身分が低いものから断るのは失礼なことに値する。
婚約話を辞めるのならリアム様から言ってもらうのが1番いい。
「理由をお聞かせ頂いても?」
「もちろんですわ。私には以前からお慕いしている殿方がいらっしゃるのです。」
リアム様は声をあげて笑いだした。
「それは王太子殿下ですか?」
楽しそうに口角を上げ、こちらを見た。
「はい。ですが…なぜ知っているのですか?」
「何となく、勘だよ。」
「そうなのですね。」
「けれど、殿下には婚約者がいると聞いたけれど。クレア嬢は横恋慕してでも殿下の隣にいたいと?」
横恋慕などいけないことかもしれないけど、私な殿下の横に立ちたい。愛されたい。それならばどんなに汚いことでも…やるに決まっている。
「もちろんですわ。彼女が……あの少女さえ居なければ…私が殿下の隣にたっていたかもしれないのに。」
私の呟きにリアム様は再度声をあげて笑った。
「ははは。じゃあ、クレア嬢が殿下の隣に立ってみては?」
「どういうことですか?」
「さぁ、どういうことかな?考えてみて。もし、貴方が耐えられなくなった時、ここにおいでよ。きっと君の願いが叶うんじゃないかな?」
リアム様は懐から1枚のハンカチを取り出した。
黒を基調とし、赤く刺繍してある。
「じゃあ僕は帰るよ。この婚約は成立しそうにないしね。また………会えることを楽しみしているよ。それと、これを誰かに見せてもいいけど、困るのは貴方だからね。気をつけて。」
不敵な笑みを浮かべ、リアム様は洋紅色の髪を靡かせ去っていった。それから暫くリアム様がいなくなった部屋で、私は貰ったハンカチを静かに眺めていた。
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