17.婚約者の幼馴染 1

デートの日から3日程経ち、呼ばれたのは王宮だった。


王宮に呼ばれるほど心臓に悪いものは無い。

3回目にはなるがやはり向かう途中の馬車では緊張が走る。行ってみると、通された部屋は前回アルに婚約して欲しいと頼まれた部屋だった。


「リリ、お待たせ。」

「いえ。私も先程着きましたので…あの、それよりも何故王宮なのでしょうか…?」

「何故って、先日のようなことがあったら嫌だからね。ここなら許可がないと入って来れないし、あのようなことも起きないと思って。」


むしろ、会わないという選択肢をこの王太子は持っていないのだろうか…


アルは私の手をそっと握り、私を連れて部屋を出る。


「アル?どこへ行くのですか?」


私の声に反応して、その場でピタリと止まる。


「庭でお茶をしない?…どう…かな……リリが嫌なら他のことにするけど…」


どうしたのだろう。やけに消極的である。

この間からといい、アルはお構い無しにグイグイと来るが、今日はまるで私の顔色を伺うようにしてくるのだ。


「嫌ではありません。」

「本当?」


私が首を横に振ると、私に目線を合わせてくる。


「はい。」

「ふふ、そっか。」


アルは花が咲いたように笑った。先程とは違いえらくご機嫌な状態だ。


本当に何があったのだろう。


庭園はお茶会の時よりも随分とこじんまりした所だった。お茶会で使われた庭園もそうだが、色とりどりの花が咲いている。季節も変わっているせいか、あの時とは違う花だ。木も植えられているせいか、涼しそうな木陰ができている。

庭園の真ん中にはアルが頼んで用意してもらったであろう、白い小さめの丸テーブルと、椅子が2つ用意されていた。


「どうぞ。お姫様。」


アルはそう言って椅子を引いてくれた。


「あ、ありがとうございます。」


私が座り、アルは向かい側に座る。

それと同時に王宮で働く使用人と思われる男女がスイーツが豊富に乗ったケーキスタンド、紅茶などを準備していく。


「茶会の時に思ったんだけど、リリはスイーツが好きみたいだからたくさん用意してもらったんだ。」

「え!?あの時見ていたんですか?」


あの、異様に視線を感じた時だ。恥ずかしい。

粗相をしてしまったのかと思い怖くて思い出さないようにしていたのに…


「うん。あれで見ない方がおかしいと思うよ。」


やはり何か粗相をしてしまったんだ。


あぁ…本当に…私って……


けれど、もう後の祭りだ。あれからアビゲイル先生にも何か粗相があったのか状況説明をして聞いてみたが、粗相はないという。けれど、実際に見ないとわからない事だったのかもしれない。


これからきっと幾度もあのような場に呼ばれるのだろう。今のうちに直しとかねばならない。

アルが実際にあの場にいて、見ていたのなら分かるかもしれない。


「私、何か…粗相をしてしまったのでしょうか?」


恐る恐る聞くと、思ってもみない返事が帰ってきた。


「ううん。むしろ完璧だったよ。作法も仕草もとても綺麗だった。思わず見蕩れるほどにね。まるでどこかのお姫様かと思ったくらいだよ。」


そんなことを躊躇なく私の目を見て、蕩けるような顔をして言う物だから思わず顔が火照ってしまう。

けれどアルがいうのなら大丈夫だったのかもしれない。この国の王太子殿下だしね…


ほっとして、用意してもらったスイーツを食べる。

フルーツがたくさん乗ったケーキだ。


__________美味しいっ!


冗談でなく、本当にほっぺが落ちそうだ。

滑らかなクリームは舌触りが心地よく、甘ったるくなく、重くない。

そして、フルーツの酸味が絶妙に甘さと絡み合う。

紅茶もケーキに合わせて入れてくれているみたいで、今食べてるケーキと相性が抜群である。


はぁ…幸せすぎる。


アルがこちらを見ているのにも関わらず、スイーツは着々と胃の中に吸い込まれていく。


「リリは本当に美味しそうに食べるね。」

「あ、ごめんなさい。」

「どうして謝るの?こんなに美味しそうに食べてくれたら、作ってくれた料理人もとても嬉しいとおもうよ。それに、そんなリリもとても可愛いもの。」


ケーキよりも、アルの言葉が甘すぎる。

思わず俯いてしまう。きっと顔は真っ赤になっているに違いない。


思わず、うー。と唸ってしまった。

アルがその時にぼそっと、あぁ、本当に可愛いなぁ。と呟いたのは、私の耳には入らなかった。


私が顔を上げるとアルは新しいスイーツや紅茶を勧めてくる。その後もアルとの会話は弾んだ。

喋るのがあまり上手ではない私に変わり、アルが様々な話題を出してくれるおかげでほぼノンストップだ。


あぁ…こんなはずじゃなかった。

当初は私はアルと距離を置こうとしていたのに…

うぅ……


「アル。」


と透き通った声が通る。


「ウィル、ルイ。」


アルが名前を読んだ方を見るとそっくりな容姿の男の子が2人いた。


「兄さん。2人の逢瀬に声をかけるなんて無粋ですよ。」

「まぁまぁ、いいじゃないか。」

「良くないだろう。今、リリと楽しんでいたのに。声をかけたぐらいだ。それ相応の用事があるんだよね?」


アルは笑っているが普段よりも低い声を発する。

けれど、この間の令嬢とは雰囲気がだいぶ違く、鋭さは感じられない。きっと2人とは仲がいいんだ思う。2人は私たちがいる方向に足を進める。


「アルの婚約者がどんな子か見たくて。」


そういうのは赤目の男の子だ。


「兄さん。失礼ですよ。」


赤目の男の子を止めるように肩を掴んだのは黄褐色の目をした男の子だった。


私はこの2人が言う感じだと、婚約者として、認めて貰えてないと言うことだろうか。

婚約は辞退させて欲しいとお願いしたし、認めて欲しいという訳じゃないんだけど…そもそも婚約者じゃないし…

よく分からないが、気分は複雑である。


「あぁ、違うんだ。ただ、興味本意でどんな子だろうか知りたかっただけなんだよ。だから、ほら、な?」


私が気持ちを表すように複雑な顔をしていたのか、慌てたように、口にした。


「いえ、大丈夫です。わかっているので。」


横を見るとアルは赤目の男の子を睨んでいた。

その光景を後ろから見ていた黄褐色の目をした男の子が私の方を向き微笑んだ。


「はじめまして。レディ。私は、ルイス・フィン・イディデュワールと申します。ルイと呼んでください。」


イディデュワール家と言えば現外務大臣である。

いきなりだったから、顔から名前と家柄が出てこなかった。イディデュワール家は男児が二人いたはずである。今、話していたのはルイと名乗った彼は赤目の男の子を兄さんと読んでいた。


ってことは…


「こちらは私の兄のウィルフレッド・フィン・イディデュワールです。」

「さっきは、いきなりすまなかったな。ウィルとでも、読んでくれ…」


ウィルと名乗った彼はこちらを微笑みながら、こめかみをかいた。そんな彼を尻目にルイは私の前に跪き、そっと私の右手を握り、手の甲に唇を落とした。


へ??


その行動に握られていた手を勢いよく手を引っ込めてしまった。


「ご、ごめんなさい。」

「ルイ?」


鋭い声が横から聞こえる。きっとアルだろう。

アルは顔をひくつかせている。


「すみません。彼女が可愛かったものですから。」

「次やったらわかるよね。二度目はないからね?」


この世界の男性は誰しもこうなのか。

もしそうなら是非ともやめて欲しいものだ。

私の心臓がもたない。


ていうか、私…挨拶してないっ!!!


そっと座っていた席を立ち、ドレスの裾を掴む。


「挨拶が遅れて申し訳ございません。リリアナ・ペトラ・ヴァランガと申します。どうぞ、リリとお呼びください。以後お見知りおきをお願い致します。」

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