18.婚約者の幼馴染 2

「アルに聞いていた通り、とても礼儀正しい方なんですね。」

「アルには勿体ないくらいだな。」

「2人ともいい加減にしてくれる?」


アルは2人の会話を制止する。


「そんなに怒るなよ。」

「兄さん。アルが怒るのは当たり前ですよ。リリ嬢との時間を邪魔したのは兄さんなんですから。」

「えー!それはないだろ。」


ウィルは戯けたように言う。3人を見ているとお互いが心を許しあっていることが伝わってくる。

少しこんな関係が羨ましいと感じるのは、おかしな事だろうか。


「いや、あるね。」

「アルまで…酷くないか?せっかく、幼馴染が上手くやれてるか見に来てやったのに。」


ウィルはアルの牽制した声にも諸共せず楽しそうに話し出す。


「アルはリリちゃんに嫌われないか心配して、俺らに相談しに来たんだよ。だから、アドバイスしたんだ。積極的にしすぎると、女の子には引かれて嫌われるぞってね!」

「おい!!」


なるほど、だからあの様な態度はそういう事だったのか。


ねぇ、なんでそんなに私に嫌われるのがそんなに怖いの?


嫌われるのが怖いというのはわかる。私なんて気にしなくてもいいのに。なんだか、アルみたいな人が私なんかにでも嫌われないように振る舞おうとしていて申し訳なく感じる。

なのに、少し可愛いとも嬉しいとも思えてしまうのが不思議だ。


いけないとわかっているのに、思わずくすっと笑ってしまう。


「ふふふ」


私が笑うと今まで話していた声が止んだ。

あ、私ってばまたやってしまった?


笑うのを止め目線を泳がす。

どうしよう。素直に謝るしかないよね…


そう思ってアルの方を見ると目を丸くしてこちらを見ていた。

やっぱりそんなに驚くほど失礼な事だったんだ。最低だ私。

ごめんなさい。と口を開こうとした時に、とてつもないほどの優しい声が耳に響いた。


「リリ、リリはそんな風には笑うんだね。」


え…?なんでそんな顔するの?


アルは愛おしそうな顔をして、こちらと距離を詰めてくる。アルの手が私の頬をゆっくりと触れた。


「今までもリリの笑顔は見ていたけど、いつもどこか頑張って笑っているように見えたから。今、リリの本当の笑顔を見れた気がする。」


気づかれていたのか。無理に笑っているところを。

でも、たまにだけど、本当に笑っている時もあった。

私にとって愛想笑いは日常に必要なものだった。そうしないと生きていけなかったから。この世界に来て、私を傷つけるあの人達はいないとわかっていても、いつも縛られていた。


どうしてだろう。人ってなかなか変われない。


「リリは花が咲くように笑うんだね。どんな顔でも好きだけど、私は笑っている顔が1番好き。」


そんな風に言ってくれるのは嬉しいけれど、アルの甘い言葉には全然なれない。なんでそんな恥ずかしいセリフを言えるんだろう。


上手く笑えないのは私なのに。

多分今、物凄く変な顔をしていると思う。

複雑すぎる心理状態に身体が、顔がついていかない。


「はぁ」


ウィルのため息にアル以外の人もいることを自覚する。


「兄さん、ほら。おふたりの邪魔ですから。それに、なんの為にアルが庭園にリリ嬢を連れてきたと思ってるんですか?」

「え…まさか……はぁ、そういう事かよ。じゃあアル、まぁ、頑張れよ。」


ウィルは私とアルを交互に見て頭をかく。


「あの…そういう事ってなんですか?」

「リリ嬢は知らない方がいいと思いますよ。」


ルイは微笑みながら、ウィルを引っ張っていった。

その微笑みはアルと同じように含みが多く、何を考えているかわからない。

2人が去った後、アルにそういう事と言うものを聞いてみると、上手く躱されてしまった。

追求することも出来ず、考えるのを諦めた。




次の日は、午後から王宮に呼ばれた。

午前中はアビゲイル先生による授業だったからである。

こういう時、この世界は地球と同じ時間感覚でよかったなと思う。日付感覚も曜日感覚もさほどのズレはない。


今日も昨日と同じ庭園でお茶をする。

違うものといったら、用意されたスイーツの種類とウィルとルイがいないということである。


アルから距離をとろうと思っていても、父様や王太子としてのアルのことを無視したり、蔑ろにすることなんて出来ない。

このように呼ばれれば来てしまうのが、自分の意志の弱さを物語っているようだ。

いっそ逃げてしまえれば楽なのになんて考える始末である。大切にしようとしたものも、自分が傷つく前に手放してしまいたい。



その日の夜のことだった。屋敷が暗闇に包まれ、辺りが静寂と化していた。

父様と母様は自室で寝息を立て、屋敷の使用人達も数人を残して、自分の家に帰るか、使用人用の部屋で寝ている。


小さなカチャという音でなぜだかすっと目が覚めた。ドアが開いた様子はなく、窓の方を見る。

ベッドから1番離れた場所にある窓がゆっくりと開いた。

そこには左右の目の色が異なった人が窓枠に足をかけていた。その人は音も立てずに窓から室内に入ってくる。


「だ、誰ですか?」


思わず問いかけると、着ていたマントのフードを取り、こちらを見据えてくる。


月の光と混じって不思議な雰囲気を醸し出した男だった。黒にうっすらと紫がかった髪に、左目は髪と同じような色を、右目は父様と似たような金色に輝いていた。

左の目元にはホクロがふたつ。口元にひとつ。

まるで宙を浮いているのではないかと疑う程に足音さえしない。


身体が震える。怖い。怖い。今すぐここから逃げたい。本能がそう叫んでいた。

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