第8話 桃太郎のはなし

昔々、これは昔話の決まり文句。

時代は何時だって、聞き手の想像にお任せ、という訳だ。

とにかく、ある時のこと、あるところにおじいさんとおばあさんが居たそうな。

おじいさんはどういうわけか山に柴(しば)刈りに出掛けました。

柴刈りは何という疑問が聞こえそうなので、説明させていただくと。

柴とは、昔の人の燃料である燃えやすい状態の雑木(ぞうき)の枝である。

今のようにガスや電気、灯油しか燃料を思い浮かべることのできない人には雑木を燃やすことなど経験も無いし、想像すら出来ないだろう。

キャンプなどを経験した人がやっと想像付く位だろうか。

柴は小枝状態の物であり、丸木を割った物を薪(まき)というのは、作者のサービス情報である。

昔の人にとって、毎日の食べ物の煮炊きや暖房、湯沸しには柴や薪が必要不可欠なものである。

しかし、薪にしろ、柴にしろ、自分の山や村の共有地から取ってくるのだが、ここは硬いことは言わずに所有権は触れないでおこう。

この日は柴刈りの日に決めていたのだ。

毎日、おじいさんは柴刈りをしているわけではないので、誤解のないように・・・。

さて、一方、おばあさんは川に洗濯に行ったそうだ。

ここでも、おせっかいにも、何故、川に洗濯に行くかというと、説明しておこう。

昔は、今のように洗濯機なんか無かった。

洗濯機なんて、日本では昭和三十年台に登場したものだ。

その前は洗濯桶に洗濯板、そして固形石鹸が洗濯のための三種の神器だった。

洗濯板について、説明もいるか?

洗濯板は一枚の長方形の木材からなり、洗濯に用いられる表側とそうでない裏側とがある。表側には木材の長い辺に対して垂直方向に鋸状の切り込みがあり、これに水に濡らした洗濯物を押しつけながら洗濯物を往復させることによって洗濯が行えるようになっている。

石鹸も一般大衆が使うようになったのは、明治後半からだろう。

その前は、サイカチという藤の木に似たマメ科の植物だが、その実を使った。

サイカチが手に入らなければ藤の実も代用したようだ。

これはマメ科の実に豊富なサポニンの泡を利用したらしい。

斯く言う、筆者もそんなに昔の人ではないので想像の域をでないのだが、母親からの伝聞である。

おばあさんの洗濯に出掛けた川は、多分、小川であろう。

利根川とか北上川のような大きな川ではない。

川幅は広くても二間(にけん・・・3.6m)位と想像できるだろう。

小川は現在の水の状態からは比べようも無いほどの透明度で、すすぎ洗いも無尽蔵な水の流れで出来るのだ。

おばあさんは自分とおじいさんとの二人だけの洗濯物だ。

夏の終わり頃のんびりした洗濯風景が目に浮かぶ。

おばあさんが洗濯も終わり、休んでいると、川上から桃の実が二つ、流れて来た。

人の頭位はあるだろうと思える大きな桃だった。

一つは鮮やかな赤い桃、一つはみずみずしい黄色の桃。

これを見たおばあさんはあまりに美味しそうなので、濡れるのも構わずに川に入り二つの桃をヨッコラショッと、捕まえた。

勢いで川に尻餅をついてずぶ濡れになったが、川のほとりで裸になって衣服を乾かして帰ったのは日も暮れそうになっていた。

早く家に帰ったおじいさんはやっとのことで、おばあさんが帰ってきたので、思わず声を掛けた。

「おばあさん。あんまり、遅いので、小川で河童にでも攫われたと思ったよ。」

すると、おばあさん。

「おじいさん。あまり私が美しいので、河童の嫁にでもなったと心配したのかい。」

何時までも仲の良い二人だった。

「ところで、おじいさん。今日はとっても良いお土産を持って来たんだよ。」

「それは楽しみだ。お土産とは何だね。」

おばあさんは洗濯物の中に大事に仕舞ってあった大きな桃を二つ取り出して見せた。

「これがお土産だよ。どうだい。大きな桃だろう。」

おじいさんは大きくて美味しそうな桃を見て目を丸くした。

「大きな、美味しそうな桃だなあ。」

二人は夕飯を食べた後で、桃を食べることにした。

赤い桃はおばあさんが、黄色い桃はおじいさんがそれぞれ別々に食べた。

そして、その晩は過ぎた。

一番鶏の鳴く声に二人は目が覚めた。

すると、二人はお互いを見て驚いた。

前にいるのはおじいさんでもおばあさんでもなかった。

二人はすっかり若返っていたのだ。

若くて元気になった二人の目指すことは、長い年月すっかり忘れていたことをすることだった。

本当を言うと、おじいさんとおばあさんはあのことを忘れていたわけではないのだ。

夜になって、おじいさんが悪戯(いたずら)を仕掛けると、「嫌だよ。おじいさん。」なんていわれて、テレながら「冗談。冗談。」なぞと言って引き下がるしかない状態であった。

しかし、今はすっかり若くなって、元気はつらつである。

まぶしいほどに若くて、艶(なまめ)かしい女がそこにいた。

筋骨たくましい、輝く目をした若者が自分を見つめる目がそこにあった。

二人にはこの世に桃源郷が出現した。

武者ぶりつく、元おじいさん、これに嬌声をあげて応じる、元おばあさん。

近所に家もないことから誰に気を使うこともない。

暇を見ては、毎日子作りに励んだ。

すると、元おばあさんのお腹が大きくなった。

十月十日で、玉のような男の子が生まれた。

桃のお陰で授かったので、桃太郎と名付けた。

この桃太郎は一人っ子として、大事に大事に育てられた。

自然を相手に健やかに育ったというのは聞こえが良いが、我儘に育った。

成長につれて、桃太郎は自分の両親を軽んずるようになった。

「俺は、オヤジやオフクロのようにこのまま田舎で百姓暮らしで一生を終えるなんて真っ平だ。

何時かこの地を後にして有名になってやる。」

と言い出す始末。

両親も、この我儘息子には愛想が尽きたので、桃太郎に、旅にでも出なさい、と、旗(はた)指物(さしもの)と、太刀と陣羽織(じんばおり)を着せて、出陣の格好をさせてやった。

これには桃太郎は大喜び。

単純で粗暴なところは両親には似ても似つかない。

両親は育て方を誤ったかと落胆したが、旅に食べ物は何が良いかと訊ねた。

「俺に似合うのは、決まっているぞ。それは日本一のキビ団子だぞ。」

桃太郎がそう言うので、両親は取り敢えずキビの実を粉にして団子を作って持たせることにした。

桃太郎は上機嫌。

「これが、本当の日本一のキビ団子だーっ。」

意気揚々と旅に出掛けた。

後に残った両親はがっかりしてすっかりもとのおじいさんとおばあさんになってしまった。

一方、桃太郎が腰にキビ団子と太刀、背中に桃太郎と書いた陣羽織、桃の描いた旗指物という出で立ちで歩いていると、大きな野良犬が一匹、声を掛けて来た。

犬なのに人間の言葉を話すのなんて、硬いことは言いっこなしだ。

本当は犬に見えたのが、犬みたいな汚い男でも構(かま)わないのだ。

ここは、話を面白くするために言葉を話す犬の登場で勘弁してもらいたい。

以後、言葉を話す動物の登場も以下同文。

「桃太郎さん。桃太郎さん。」

「何故、拙者のことを桃太郎と。」

犬は、心中、舌打ちをした。

(「馬鹿かこいつは、背中に桃太郎と書いてあるじゃないか。」)

しかし、犬は腹が空いて気絶寸前だったので、そこは我慢して下手に出た。

「桃太郎さんは、超、有名人だもの。」

「何のようで拙者に声を掛けたのかな。」

「お腰に付けたのは食べ物でしょうか.?。俺は腹ペコなんで一つ分けてほしいのです。」

「ああ、これか、これは日本一のキビ団子だぞ。」

得意そうに、桃太郎は言った。

それが、日本一かどうかは犬には如何(どう)でもよかった。

兎に角、腹が減って死にそうな犬は桃太郎の前に跪いた。

「一つ下されば、家来にさせていただき、何でも言うことを聞きます。」

しかし、桃太郎もこのところは妙にしっかりしていた。

「一つはやれぬ。半分にしろ。」

と言う。

犬はしばらく、「一つください。」とごねたが、桃太郎は頑として半分と言う。

結局、犬は渋々半分のキビ団子を貰って家来になった。

その後、桃太郎は半分のキビ団子で、猿と雉を家来にした。

この三人、いや、三匹の家来はお互いの仲は最悪であった。

犬は口先だけの猿を馬鹿にしていたし、勘定高い猿は、三歩も歩けば物忘れするような雉を馬鹿にしていた。

雉は牙だけが取り柄の犬を馬鹿にしていた。

その上、猿は腹が減ると、たちまち不服を言い出した。

すると、犬は犬の思惑で忠義面を見せようと、猿をかみ殺そうとした。

雉はここで、猿に主従の決まりを教え、犬をなだめようとした。

しかし、犬も猿も容易に雉の言葉を聞き入れようとしなかった。

ここで、桃太郎は樹上の猿を見上げたまま、日の丸の扇を使い、わざとらしい声で言った。

「よいよい、では供をするな。その代わり、鬼が島を征伐しても、宝物は一つも分けてやらぬぞ。」

欲の深い猿は目を丸くして訊ねた。

「へえ。鬼が島には宝物があるのですか?」

「あるどころではない。金銀財宝がごまんとあるのだ。」

「それは耳寄りな話です。どうか、私も連れってください。」

これを聞いた残りの家来も同じように欲張った。

そして、表面は仲良く鬼が島に向かうのであった。


さて、こちらは鬼が島。

絶海の孤島だったが、遠くから見ると険しい岩山に見えたが、椰子の木が生い茂り、極楽鳥の囀る、美しい天然の楽土であった。

このようなところに生まれ育った鬼は性格温厚にして、平和を愛する者達であった。

芥川龍之介は鬼に同情して、こう述べている。

「鬼というものは、元来、我々人間よりも享楽的に出来上がった種族らしい。瘤取りの話に出て来る鬼は一晩中踊っていたし、一寸法師に出て来る鬼も一身の危険も顧みず、物詣の姫君に見とれていたらしい。なるほど、大江山の酒呑童子や羅生門の茨木童子は希代の悪人のように思われている。しかし、茨木童子などは我々が銀座を愛するように、朱雀大路を愛するあまり、時々羅生門へ姿を顕わしたのではないのではなかろうか。

酒呑童子も大江山の岩屋で酒ばかり飲んでいたのは確かである。その女人を奪って行ったというのは――真偽はしばらく問わないにしろ、女人自身のいうところに過ぎない。女人自身のいう所をことごとく真実と認めるのは――わたしの二十年来、こういう疑問を抱いている。あの頼光や四天王はいずれも多少気違いじみた女性崇拝家ではなかったであろうか?」

鬼は熱帯的風景の中に琴を弾いたり、踊りを踊ったり、古代の詩人の詩を歌ったりして暢気に過ごしていた。

女達も機(はた)を織ったり、酒を作ったり、蘭の花束を拵(こしら)えたり、人間と少しも変わらない生活であったという。

鬼の母などは子守をしながら、人間の恐ろしさを子供や孫達に話して聞かせたりしたものだ。

「お前達、悪戯をすると、人間の島にやってしまうよ。人間の島にやられたらあの酒呑童子のように、きっと、殺されてしまうのだよ。人間というものは角のない、生白い顔や手足をした、なんとも言えず気味の悪いものだよ。おまけに人間の女ときたら、その生白い顔や手足へ一面に鉛の粉をなすっているのだよ。それだけならまだ好いのだがね。男でも女でも同じように嘘はいうし、欲は深いし、焼餅は焼くし、自惚れは強いし、仲間同士殺し合うし、火はつけるし、泥棒はするし、手のつけられない獣なのだよ。」

桃太郎はこういう罪のない鬼に夢にも見ることのできない恐怖を与えた。

突然の襲撃に、鬼達は金棒を忘れて、「人間が来たぞ。」と叫びながら、椰子の林の中を右往左往に逃げ惑った。

「進め!進め!鬼という鬼は見つけ次第、皆殺しにしてしまえ!」

桃太郎は日の丸の扇を打ち振り、犬、猿、雉の三匹に号令した。

飢えたものほど、忠勇無双の兵はいないのだそうだ。

彼らは嵐のように逃げまわる鬼を追い散らした。

犬はただ一咬みに鬼の若者を噛み殺し、雉も鋭い嘴で鬼の子供を突き殺した。

猿は人間に近いので、鬼の娘を絞め殺す前に、必ず凌辱を恣(ほしいまま)にした。

桃太郎があらゆる残虐で非道な行為を終えた後、降参した鬼の酋長と数人の鬼の前で厳かに言った。

「格別の憐憫(れんびん)により、貴様達の命は許してやる。その代わり、鬼が島の宝という宝はすべて献上せよ。」

「はい、献上します。」

「なお、貴様の子供を人質に差し出せ。」

「はい、それも承知いたします。」

鬼の酋長は恐る恐る桃太郎に訊ねた。

「わたくしどもはあなた様に何か無礼でも致したため、ご征伐を受けたと存じております。しかし、じつはわたくしを始め、鬼が島の鬼はあなた様にどういう無礼をいたしたのやら、合点が参りませぬ。ついてはその無礼の次第をお明かし下さる訳には参りますまいか?」

桃太郎は悠然と嘯(うそぶ)いた。

「日本一の桃太郎は犬猿雉の三匹の忠義者を召抱えた故、鬼が島に征伐にきたのだ。」

「では、そのお三方をお召し抱えになったのはどういう訳でございますか?」

「それはもとより、鬼が島を征伐したいと志たる故、キビ団子をやっても召抱えたのだ。どうだ?

これでも分からないといえば、貴様達も皆殺しにしてしまうぞ。」

と、無茶苦茶な勝者の弁を押し付けた。

日本一の桃太郎は犬猿雉の三匹と、人質に取った鬼の子供に宝物の荷車を引かせて故郷へ凱旋した。

しかし、桃太郎はその後、平穏無事に過ごしたのではなかった。

鬼の子供は一人前になると、番人の雉を噛み殺して鬼が島へ逃げ帰った。

鬼達は桃太郎の屋敷に火をつけるなどテロ行為を繰り返した。

猿もまた、鬼が島の鬼に桃太郎との人違いで殺されてしまった。

「どうも、鬼というものの執念深いのには困ったものだ。」

桃太郎は重ね重ねの不幸に溜め息をつき、思わず愚痴を言った。

「命を助けていただいたご主人の大恩を忘れるとは怪しからん奴等です。」

犬も悔しそうに唸るばかりです。

寂しくなった鬼が島の磯には、美しい熱帯の月明かりを浴びた鬼の若者が五、六人、鬼が島の独立を計画し、椰子の実に爆弾を仕込んでいた。

やさしい鬼の娘達に恋をすることさえ忘れたのか、黙々と、しかし、嬉しそうに茶碗ほどの目の玉を

輝かせながら・・・・・・・・・・・・

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今と昔のはなし、そして里守(里守) フレディオヤジ @fredy2011

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