第7話 花の精と結婚した男の話
昔、花の好きな心の優しい男がいましたとさ。
この男は花は好きでしたが、けっして花を手折(たお)ったり、植え替えたりすることはしないで、花はあるがままに咲くのが一番と思っておりました。
花たちもこの男が近寄ると、今まで萎れていたのが皆の見る前でもパッと元気にそして綺麗に咲くのだそうです。
ある秋のことです。美しい姫君がこの男の前に咲いている美しい菊の花を手折って自分の屋敷へ持ち帰ろうとしました。
すると、この男は姫君を制して言いました。
「どうか、姫君。折角ここで美しく咲いているのですからここでこの菊を愛でてくださいませ。」
すると、姫君は腹を立てて家来に言いました。
「この無礼者を手打ちにしてしまいなさい。」
家来は姫君の命令とばかりに男に切りかかりました。
可愛そうに、男は手打ちにされそうになりました。
すると、どうしたことでしょう。
急に大風が吹き、家来の目に砂埃が入り込み、男の姿を見ることが出来ません。
姫もまた、風の勢いに吹き飛ばされそうになりました。
やむなく、姫君とその一行は菊の花をあきらめて屋敷へ帰って行きました。
危うく命をうしなうところだった男はその場に立ちつくしておりました。
やがて風も止み、男が我が家に帰ろうとしたときです。
「もし、もうし。」
と、男の後ろから声がしました。
振り返ると、若くて美しい女の人が立っていました。
「なんの用でしょうか。」
すると、女は言いました。
「私は旅の途中ですが、道に迷いました。これからどこで夜露を凌ごうかと思っておりましたが、やさしそうな貴方の軒先でもお借りしたいと思うのですが、お許しいただけませんでしょうか。」
男は言いました。
「それはお困りでしょう。どうぞ、あばら家ですが我が家にお泊りください。」
女は遠慮しましたが、やさしい男の言葉に甘えて泊まることになりました。
翌朝のことです。
男が目を覚まして自分の家の庭に出るとどうでしょう。
今まで見たこともないような美しい菊の花がたくさん咲いていました。
驚いていると、美しい女が言いました。
「泊めていただいたお礼に花を持って来ました。この花を都に持って行けば飛ぶように売れます。どうぞ、お使いくださいませ。」
男は、花を切って売るのはかわいそうだと反対しましたが、女は自分で花を切って、そして都に売りに行きました。
都ではこの菊の花がとても美しいので高い値段ですくに売り切れました。
女は男の家に戻ってはまた菊作りをし、毎日のように都で花売りをしました。
冬になっても、春になっても夏でも菊は咲き、男の家は見る間に金持ちになりました。
男と女は結婚し、とても幸せな毎日が続きました。
しかし、ある朝のことです。
その日はとても寒い朝でした。
男は嫁さんが戻ってこないので心配になりました。
嫁さんからは朝早くおきて菊を作るところを見ないで欲しいと言われていました。
今朝はあまりに帰りが遅いので禁じられたことをすっかり忘れてしまいました。
すると、嫁さんが現れて、枯れかかった菊の花の前に立つと、あら不思議。
嫁さんがその菊の花に消えてしまったのです。
男は驚いて、その菊に近づいて、一生懸命に水をやりました。
その朝はとても寒かったので菊の花が凍り付いてしまいました。
あわててお湯をかけましたが今度は急に熱くしたのですっかり萎れてしまいました。
男が頭を抱えていると、嫁さんが青い顔をして現れました。
「あれだけ、私が禁じていたのに見てしまいましたね。私はあなたとお別れしなければならなくなりました。けれど、子供たちは私がいつまでも見守りますから安心してください。」
驚いている男の前で菊の花が消えてしまいましたが、二人の間には美しい女の子と男の子が残されました。
しかし、二人の子供たちは健やかに育ち、やがて立派な姫君と若者にそだったそうです。
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