第3話 鬼に喰われた女
昔々、ある田舎に長者がおりました。
長者には美しい娘がおりました。
そのため、この娘には村の若い男は勿論、都の公達からも求婚の申し出が途切れることもないほどだったそうです。
娘のところには嫁に欲しいと次々に贈物が持ってこられましたが、強欲な親子はその度にうまく誤魔化してはそれを受け取っていました
なかには嫁に貰えると約束したはずなのにすっかり騙されたと恨む人もおりました。
何時しか、周りからは娘のおかげで長者になった、と悪口を言われるようになっていました。
それでも少しも気にも止めずに贈物を受け取り続けておりました。
それでなくても、この辺りでは有名な強欲で、村人達からの評判はとても悪いものでした。
さて、ある日のこと、暗く大きな雲が垂れ込めて、何処からか生暖かい風が吹き、薄気味悪い妖気が立ち込めているような夕暮れ時に何処から来たのでしょう。
まるで光源氏がこの世に現れたと見間違(みまご)うほどに美しく、気高い公達(きんだち)が供を連れて娘の屋敷を訪れてきました。
その公達は道に迷ったので、泊めて欲しいとのことでした。
娘はこの公達にひと目で見惚れてしまい、夢中になりました。
けれど、自分の方からはやっとの思いで堪えて、無関心を装っていました。
朝になり、公達から一夜の世話になったのでお礼がしたいと、家来に命じて荷物の中から娘に贈り物を差し出しました。
それは、今まで見たこともなく、美しい着物や、髪飾り、宝石、珠の数々でした。
贈り物がすべてとても高価な品々でしたので、娘も両親もこれには目を丸くするばかりでした。
公達は何もなかったようにして娘の家を立ち去って行きましたが、それからというもの娘は公達のことで頭が一杯になり、押し寄せてくる若者たちを追い払う有様でした。
娘の親もあの公達が娘と結婚してくれればと欲の深いことを考えるようになりました。
両親はさぞや名のある公卿の御曹司(おんぞうし)だと思い、都に身元を尋ねましたが何故か誰一人知る者はおりませんでした。
そうしているうちにこの村に一人の坊さんがやって来ました。
この坊さんもまた娘の家に泊めてくれと言いました。
しかし、娘の両親は坊さんの身なりがみすぼらしく、汚い乞食坊主だったので非情にも、食べ物も出さずに、それでも恩着せがましく言って馬小屋に泊めました。
朝になり、僧侶は一夜のお礼のつもりでこう忠告ました。
「夕べこの屋敷に来て、妖気が満ちているのに気がつきました。御仏にその正体を伺ったら、この娘さんが悪鬼に狙われていて、奴はすでにこの屋敷を訪れているということです。もし、この屋敷を訪れる者がたとえ美しく、金持ちで、高貴な身なりをしていても都に名の知られない者であればそれこそが鬼なので、決してこの家に入れないようにしなされ。」
ところが、娘の親達は忠告を聞き入れるどころか大いに怒って。
「このくそ坊主。一夜泊めて貰った恩を忘れてとんでもない悪い作り話を言うものだ。」
そう言って、坊さんの後姿めがけて塩を投げつけて追い立てました。
塩を投げつけられた坊さんは怒ることもなく、なぜか気の毒そうに笑い、振り返りながら去って行きました。
よく見ると、何故かこの坊さんの面影が美しい公達に似ていたのを誰も気が付きませんでした。
それから何日かが過ぎ、また、大きな黒雲が低く垂れ込めて、生暖かい風が吹く気持ちの悪い夕方のことです。
あの美しい公達が娘と親の心を見透かしたように多くの供を連れ、たくさんの引き出物を持って何処からもとなく、この家に再び訪れてきました。
公達が言うにはこの家の娘の美しさに心を奪われてしまい、是非、嫁に貰いたいということでした。
これには娘も親もあの坊さんの忠告などすっかり忘れて大喜びで応じました。
そして、結婚は何日も経たないうちに行われました。
公達が連れてきた家来達と娘の家の召使たちが忙しく働き、盛大な結婚の披露宴が行われました。
夜も更け、花嫁と花婿は二人が席を外して自分達の部屋に入っても、宴会はなかなか終わりませんでしたが、やがてみんなが疲れて静かになったころです。
花嫁、花婿の休んでいる部屋から、「痛い。痛い」と言う娘の声が聞こえました。
これには誰も気にしませんでしたが、しばらくすると、とても気味の悪い嫌な音が聞こえてきました。
「バリバリ、ガツガツ、バリバリ、ガツガツ」
まるで、骨が砕けるような音、そして肉を噛むような音です。
それはとても厭らしい不気味な響きで、だんだん大きくなってきて、宴会場で酔いつぶれていた人たちは眼を覚まし、気持ち悪そうにお互いを見交わしました。
誰からともなく人たちはこわごわ、手を取り合って、不気味な音のする方へ向かって行きました。
「バリバリ、ガツガツ、バリバリ、ガツガツ」
近づくとますます気持ちの悪い音が大きくなりました。
誰かが勇気を振り絞ってその部屋の戸を開けました。
中は暗く、よく見えませんでしたが、大きな獣が夢中になって何かを食べていました。
「バリバリ、ガツガツ、バリバリ、ガツガツ」
誰かが暗い部屋の中の様子を見るためにロウソクの灯りを差しかけた時です。
大きな獣が突然、皆の方に振り向きました。
「あっ」と叫んで、皆はその場に腰を抜かしました。
公達の着物を着たのは、大きな金色の皿のような眼をして、牛の角を生やした恐ろしい鬼でした。
その大きな口には、この家の娘の首が咥えられていました。
鬼は恐ろしい目で睨め付け、皆をその場に金縛りにして。
「ごうっ」という音と共に黒い雲の中に入って何処かへ消えてしまいました。
しばらくして、あの娘のいた屋敷跡は廃墟になり、誰もこの話は忘れ去ってしまったということです。
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