第705話 水巨人2



 紅姫ボトムウィッチ戦に突入した『ボノフさん救出任務チーム』。


 紅姫の従機である水の巨人が次々と生み出されていく最中。


 今回の護衛対象、且つ、非戦闘員であるボノフを避難させようと話し合う秘彗とマダム・ロータス。


 そこ現れたのが、ここから去ったはずのロキ。


 しかも、ボノフの護衛を引き受けようかと、提案してきたのだ。


 果たして、ロキの意図はどこに………





 秘彗とマダム・ロータスの訝し気な視線を、薄笑いを浮かべたまま受け止めるロキ。


 ミステリアスな雰囲気を纏う美少年ぶりは変わらず、

 その美麗な顔に浮かべる表情も、ただ無邪気に見える幼い少年そのもの。


 ただし、中身は世界をひっくり返すトリックスター。

 自身の興味と面白さが全てと言う、道徳規範を欠片も持たない反社会的性格。


 決して信用できる機械種ではない。

 しかし、持ち掛けられた内容は、今の悩みを解決できる最良であることには間違いない。


 だが…………



「ここから去ったのではなかったのか?」



 マダム・ロータスがロキへと問う。

 先ほどの発言よりも気になったのはそちらの方。



「戻って来たんだよ…………、だってこんな状況だよ! 『何かな?』って、普通、気になるでしょ? 綺麗なお姉さん?」


「……………へえ? じゃあ、お前がアイツを倒してくれるのかい?」


「それは無理だねえ。今のボクは分身に過ぎないもの。それにああいうタイプ、ボク、苦手なんだよね。陸上戦艦以上の砲撃なんてできないし………」



 苦手という言葉自体は嘘ではない。

 元々、ロキは広範囲・高出力攻撃は得意ではないのだ。

 

 主に変身・変化で使用する最高レベルの錬成制御、

 そして、創界制御と空間操作に特化した機種。

 虚数制御と現象制御も得意ではあるが、破壊的な現象を引き起こすのは苦手の部類。

 嫌がらせしたり、騙したりするのは大好きだが、自身で行う物理的な破壊活動は彼の好みでは無い………、そうするのを仕向けるのは大好物だが。



「だから今のボクにできるのは、そのご婦人の安全を確保するぐらいだよ。その人、陛下の大事な人なんだよね?」


「陛下?」


「僕のマスターのこと。いいでしょ? 僕達の王様なんだから」


「……………秘彗、どう思う?」



 マダム・ロータスは一旦ロキから視線を外して秘彗へと向き直り、質問。

 もちろん、問うているのはロキに任せて大丈夫かどうか。


 

 ロキの性格はイマイチ掴みづらい。

 何百、何千の人間と丁々発止を続けて来たマダム・ロータスだが、流石に緋王相手に交渉した経験は少ない。

 なので同じマスターに仕える秘彗の意見を求めたのだが………



 マダム・ロータスの言葉を受けて、軽く頷く秘彗。

 目だけで『ここは私が』と語り、一歩前に出て来てロキの前に立つ。



「ロキさん。この方はマスターにとってとても大事な人です。ナニカあれば、マスターは決して貴方を許しません…………、そして、私も………」



 秘彗は珍しく表情を殺し、無機質な声で語る。


 機体の奥から滲み出る威圧。

 単調な声に含まれる底冷えするくらいの絶対の決意。

 蒼く輝く目からは、今まで誰も見たことが無いくらいの強い意思が感じられる。


 マダム・ロータスがその変貌ぶりに、ギョッとした表情を見せるほど。



 マダム・ロータスにとって、可愛らしいお嬢ちゃんでしかなかった秘彗の印象。

 だが、彼女はストロングタイプの魔法少女系でさらに魔術師系を重ねたダブル。

 

 数々の攻性マテリアル術を扱い、特に呪いを得意とする………言わば魔女。

 決して天真爛漫だけの少女ではない。

 

 歴戦の戦士であるマダム・ロータスさえ怯むような覇気を見せる秘彗。

 曲者揃いの悠久の刃において、中位程度の実力ながら、マスターの側近、主要メンバーの1人と目されているのだ。


 それは彼女の聡明さと責任感の強さ、

 そして、ダンジョン撤退戦にて、緋王タケミナカタへと打ちかかり、痛撃を与えた時のような、ヤル時はヤル、逆境をひっくり返す強い意思の持ち主………

 仕えた年次だけで得た立場ではないのだ。

 


 しかし、そんな秘彗の変容にも、ロキは蛙の面に小便とばかりのケロっとした表情。

 秘彗の脅しとも取れるセリフに、人を揶揄うようなニヤリとした笑顔を見せて、



「へえ? 言うじゃん。それでボクを脅しているつもり?」


「いいえ。事実を述べたまでです。そして、先ほどの言葉は他のメンバーも同意見でしょう」


「ふうん………、それはそれで面白そうだけど…………、!!! …………

嘘だよ。大丈夫、心配しないでよ。きっちりと約束は守るさ」



 秘彗の目つきが変わったことに、ロキは言葉をクルっと翻す。

 口の端を少しだけ引き攣らせつつ、秘彗の機嫌を取るように言葉を飾る。



 この場で争っても何の良いことが無いのは承知。

 面白さが全てのロキではあるが、自分がマスターによって無残に破壊される未来をエンターテインメントとして見たいと思う程、狂っている訳でもない。


 そして、今の秘彗をこれ以上揶揄うことに躊躇を覚えたから。


 ロキの生存本能が僅かながら危機を訴えたのだ。

 この小柄な機体にどんな秘密があるか分からないが、彼女の中の越えてはいけないラインをロキは半歩踏み出しかけたらしい。


 故にロキは、遊びはここまで、と判断。

 ここから先はマスターに忠実であることを前面に出して宣言。


 

「ボクの名と、恐れ多いけれど、陛下の名に賭けて誓うよ。このご婦人はボクが守る、とね」


 

 秘彗はロキの言葉をしばし値踏みするかのように沈黙した後、



「………………信じます。貴方を、では無く、貴方を信じたマスターを」


「本当に言うねえ………、そんなにいじめないでよ、先輩君」


「なら、きちんと先輩を敬う態度を取りなさい、後輩君」


「…………………、全く、このチームには怖い女性が多いね。ボク、やっていけるのかなあ~、スッゴク心配!」



 強気な態度を崩さない秘彗に、空を見上げてわざとらしく嘆く仕草を見せるロキ。

 揶揄うのをやめたと思ったら、弱音をせて同情を誘う作戦。


 

「貴方次第でしょう。皆、良い人ばかり、ですよ。貴方が心を入れ替えて対応すれば、きっと皆も分かってくれます」



 ロキの嘆きに秘彗が一応のフォロー。

 人の好い彼女は、こうした面を見せられるとどうしても口を出したくなる気性。


 しかし、ロキはそんな秘彗の気遣いにも納得がいかない様子を見せ、



「え~~? それはあの魔王型もかい?」



 少々意地の悪そうな笑みを浮かべつつ、探るような目つきで問う。

 だが、秘彗は平然としたまま答えを口にする。



「………ベリアルさんも悪い人ではありません。以前はともかく、今は本気で仲間を害そうとはされないでしょう。マスターにとって有用なら尚更。でも、害になると思われたら………ちょっと、どうなるか分かりませんね」


「その時は助けてよ、先輩」


「それまでの貴方の行動に寄ります。場合によっては私もベリアルさんに加勢しますからね」


「チェッ………、キッツいなあ………」



 秘彗の容赦の無い言葉に、ロキは軽く舌打ち

 腰の後ろで両手を組んで、地面に転がる石を蹴るフリ。


 まるで思い通りにいかなくて拗ねた子供の仕草。

 

 しかし、すぐさま表情を元の無邪気な笑みへと戻し、



「とにかく、そのご婦人はボクが預かることで良い? ボクが作った異空間にご招待するけど…………、ああ、もちろん赤能者を入れた世界とは別物だよ。フリッグの宮殿とまではいかないけど、それなりに豪奢な設備が整っている場所さ」


「む…………」



 ボノフに異空間の中へ入ってもらう、というロキの提案に、これまた、しばし考え込む秘彗だったが………



「仕方ないでしょう。私達がボノフさんの護衛に力を割けない今、それしか身の安全を確保できる方法はありませんね」



 不承不承ではあるが、ロキの提案を認める秘彗。

 あの紅姫を止める為には誰一人欠けるわけにもいかないのは事実。

 護衛が得意とは思えないロキにボノフの身柄を預けるとなると、それが一番安全なのは間違いない。




「では、ボノフさん。しばらくこのロキが作った異空間の中に避難していてもらえないでしょうか?」


「……………まさか、緋王が『創界制御』で作り出した異世界に入る機会が来るとはねえ………、長生きはするもんだ」



 秘彗がボノフを異空間への避難を促すと、意外にも好反応。

 知り合いであった紅姫のレッドオーダー化に随分とショックを受けていたボノフ。

 しかし、ロキの『創界制御』に藍染屋としての血が騒ぎ、幾分調子を取り戻した模様。


 だが、すぐにナニカに思い当たったかのように表情を暗くして、



「でも、アタシだけそんな場所に避難するのは悪い気がするねえ。他の藍染屋達は事務所に籠ったままだっていうのに………」



 そう言って、すでに戦場と化した街並みを見やるボノフ。

 その顔に浮かぶのは自分だけが特別扱いされて良いモノかと悩む表情。


 だいたいの店はすでにシャッターを下ろして戦闘に巻き込まれないよう籠城の構え。


 確かに安全度で言えば、ロキの作った世界に籠る方が高いだろうが、見ず知らずの機種が作った異空間に入りたがる藍染屋がそんなにたくさんいるとは思えない。



「そう言うな。ヒロや秘彗達にとってお前は代えがたい存在なんだよ。彼女達の心を汲んでやりな」



 悩むボノフにマダム・ロータスがフォロー。



「それに、お前はすでに私達と一緒にいた所を見られている。この街にはまだまだ赤能者が残っているかもしれないんだ。私達に対する人質として狙われる可能性がある。大人しく引っ込んでおけ」


「たしかにそうだねえ………、分かったよ、マダム・ロータス」

 


 マダム・ロータスの説得にようやく納得した様子を見せるボノフ。

 そして、ロキへと向き直り、


 

「それじゃあ、案内頼むよ、別嬪さん」


「お任せを。さあ、ご婦人、こちらへどうぞ」



 ボノフの申し出にロキは快諾。

 上級レストランの美少年ウエイターかのような礼儀正しい態度で、自ら作り上げた異空間へとボノフを案内。


 ロキが翳した手の先の空間が割れ、点滅する光の向こう側に広い庭を備えた屋敷が見える。

 


「秘彗、マダム・ロータス。あの子を頼んだよ………」


「はい。後のことは私達に」

「ああ、分かった」



 その言葉だけを残してボノフは異空間の中へと消えた。

 そして、ロキもまた、ボノフを案内すべく後ろから追従。


 ボノフとロキの背を見送る秘彗とマダム・ロータス。

 1人と1機の姿は空間の狭間へと消え、後に何も残さず空間の切れ目も消失。


 これでボノフの避難と身の安全の確保は完了。

  

 少々の不安はあるものの、これで後方を憂いを気にする必要は無くなった所で、


 

 紅姫がさらなる動きを見せた。



 全高30mの巨体を動かし、一歩前へと足を踏み出してきた。


 

 ザッパーンッ!!!



 たったその一歩で辺りが完全に水浸し。

 さらにその周辺から従機である水巨人がポコポコと生まれてくる。




 ザッパーンッ!!!



 二歩目を踏み出せば、道が完全に水没。

 数メートルの波が辺りの建物にぶち当たって波飛沫を上げる。

 そして、またも従機があちこちに出現。


 もうその数はかるく20を超えている模様。

 すでに水の巨人の軍団と言っても良い数。


 いくら剣風と虎芽が減らしても、後からドンドンと追加され、全く処理が追いつていいない。



「もおおおおおおお!!! いい加減にするガオ!! これ以上、増やされても困るガオ!」



 虎芽が絶叫。

 力学制御での反発作用を駆使して水の上を駆け、モグラ叩きのように生まれてくる水巨人をぶん殴りながら叫ぶ。



 水巨人の動きは緩慢で単調。

 しかし、その膂力は油断できない。


 攻撃する瞬間、液体状の拳を硬質化させて殴ってくるのだ。

 一撃を貰えば、虎芽の華奢な機体は吹っ飛ばされるに違いない。


 だが、虎芽は近接戦においては専門職。

 特に超至近での殴り合いなら同僚である辰沙にだって負けはしない。

 猛獣のごとき素早い身のこなしで敵の攻撃を掻い潜りつつ、敵の弱点を突く攻撃を敢行。

 紙一重で敵の攻撃を躱してカウンターをぶち込む戦法。


 それ故、敵の数が増えてくると危険性が増す。

 立ち回りをしくじれば、敵に囲まれ袋叩きに遭いかねない。



 今の所、それをフォローしているのが射撃戦に徹している剣風。

 10m程重力制御で浮遊しながらの精密射撃に終始。 

 虎芽の隙を埋めるように正確無比な銃弾をお見舞いし、確実に1機1機を打ち倒す。


 息の合った連係プレー。

 相性は決して良いと言えない2機だが、それでも戦闘に関しては絶妙なコンビネーションを見せる。



 それでも次々と生まれてくる水巨人への対処は難航。

 増えるのを何とか抑えているだけで、減らし切れていないのが現状なのだ。

 この上紅姫にも動き出されては、どうすることもできなくなる。

 

 何とかして紅姫を止めなければ、この一画は水巨人達の手に完全に落ちるだろう。





「向こうさん、ようやく様子見を終えたようだね。辺りに自分に敵う奴がいないと分かってから動いたってとこだね。相変わらず慎重な奴だよ」



 マダム・ロータスが紅姫へと鋭い目を向けながらの感想を漏らす。


 そして、秘彗の方をチラリと振り返り、



「で、秘彗。勝算はあるのかい? 正直、今の私ではお手上げだよ。この辺境に陸上戦艦なんて金食い虫、あるはずがない。白翼協商や征海連合の秘蔵でも相手にならないだろうね。何とかなるとしたら、これまで奇跡を積み上げて来た白ウサギの騎士のお力に頼りたい所なんだけど?」



 じっと探るような目で秘彗を見つめてくるマダム・ロータス。

 もはやここに至っては、ヒロの手を借りる以外に道は無いと判断した模様。


 ヒロは秘彗達よりもさらに格上の機種を従属させていると見ているのだ。

 それは正解なのだから、実にもっともな選択と言える。


 だが、秘彗達よりも格上の機種は、さらに厳しいと思われる戦場に赴いている最中。

 どのような手段を以ってしても、今すぐに救援に駆けつけるのは不可能。




 しかし、





「今の私に勝算はありません。ですが、マスター……、それに皆が駆けつけてくれたなら、絶対に勝ちます! だから私の役目は…………」




 両手で構えた杖を胸の前で掲げる秘彗。

 杖の先端を紅姫へと向け、高らかに宣言。




「マスターや皆が来るまで、この敵を抑えること!」




 秘彗のローブが薄く発光。

 その表面の模様が波打ちながら変化。

 『炎』から『返しの付いた刺々しい杭』へと。

 それはボノフが施してくれた、マテリアル術を全力で行使する際の増幅機能が発動した印。

 


「……………錆びた鎖、古びた釘、綻びた縄で我が敵を戒めん! 穿て! 固有技『魔女の楔』!」



 ザクッ!! ザクッ!! ザクッ!!

 ザクッ!! ザクッ!! ザクッ!!

 ザクッ!! ザクッ!! ザクッ!!



 秘彗の発した言葉に従い、

 紅姫ボトムウィッチの機体に不可視の楔が撃ち込まれる。



 

 クオオオオオオオオオオオ…………



 

 撃ち込まれた『魔女の楔』に苦悶の叫びをあげる紅姫。

 

 それはまるで古のクジラ狩り。

 四方八方から銛を打ち込まれた巨鯨の姿。


 『魔女の楔』自体は見えないけれど、水の機体に穿たれた跡がはっきりと見える。

 これで紅姫の能力は一定量ダウン。

 全てのステータスにおいて制限を架せられた。

 

 秘彗からすれば遥か格上の機種、且つ、色付きであるが故に、大幅な能力低下は見込めないが、それでも敵の戦闘力を下げたのは事実。



 

 さらに………




「凍てつく風よ! 凍り付く息吹よ!」




 秘彗のローブ模様がまたも変化。

 今度の模様は『雪結晶』。

 それはマテリアル冷却器を増幅する効果を持つ。




「嵐となって吹き荒れよ! 『アイスブリザード』!」




 ブフォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!




 続けて発動したのは冷却攻撃。

 マテリアル冷却器から超冷気を導き、冷却制御にて氷嵐の形に変えて放つ。




 ピシッ! ピシッ! ピシッ! …………




 マイナス200度近い冷気の竜巻が紅姫を包むように発現。


 凍気と氷粒が激しく交互に降りかかり、

 水で構成された紅姫の機体表面を徐々に凍り付かせていく。



 

 クオオオオオオオオオオオ!!



 再び紅姫の叫び声。

 流石にここまでやられて黙っている敵ではない。


 自身の危機を覚った紅姫は大きく右腕を振り上げ、手の中に水球を生成。


 そして、その中に生まれる水で造られた多数の蛇の姿。


 一本一本が重量級に匹敵する大きさ。

 ギリシャ神話で登場する多頭蛇のヒュドラのごとき威容。


 その全てが襲いかかって来るなら、小柄な秘彗の機体など一瞬で砕かれるに違いない。


 

 水で構成されながらも大きさは超重量級。

 相応の大きさのマテリアル機器は全て亜空間倉庫の中に収納されている仕様。


 故に出力は豪魔に近いレベル。

 パワーだけなら緋王に匹敵する程。


 紅姫の中では最高峰と言っても良い出力を誇示するかのように、巨大な水蛇の群れを作り上げ、

 己を凍らせようと企む者へと嗾けようとした瞬間、




 ビシュッツ!!!




 剣風が『竜撃烈砲ドラゴンブレス』モードでの強烈なレーザー砲を放ち、その手を吹き飛ばして妨害。

 

 弾かれた手は水飛沫から氷粒へと変化して辺りに散らばる。

 そして、生まれかけていた水の蛇達も多数の水玉へと分解して霧散。

 

 剣風の見事なスナイピングにより、敵の反撃を制することができた。 




 そうしている間にも紅姫の機体はさらに凍結が進む。


 その動きは目に見えた緩慢となり、


 やがて完全な氷像へと…………


 

 

 ギシシッ!!

 ギシシシシッ!!




 ……いや、凍結まではいかない様子。


 機体表面の氷を崩しながら動く紅姫。

 ゆっくりだが、その動きは止まることが無い。


 表面上は凍り付いても中身まで冷気が届いていない。

 通熱性が低い液体なのだろう。

 

 いかな超冷気でもこの質量を短時間で凍結させるのは困難。

 何時間とかけないと芯まで凍り付かせるのは不可能であろう。



 だが、生み出される水巨人の数が目に見えて減少。

 剣風や虎芽が破壊していく速度と並ぶ程に。


 このままの状態であれば、敵の数は増えることは無い。


 また、紅姫自身も攻撃の手段を封じられたように、ただ足を動かし前へと進もうともがいてみせるのみ。

 その歩みは亀のごとくのろく、実質、敵の動きを封じているに等しい。



 こうしてみる限り足止めは成功したように見える。

 ナニカの切っ掛けがあれば、すぐにバランスが崩れそうな危うい状態ではあるが。

 少なくとも機体表面を凍らせている今の状態なら、この戦況の均衡を保つことができるだろう。



 あとはいずれ駆けつけてきてくれるはずの救援を待つだけ………




 秘彗は全力で冷却攻撃を発動し続ける。

 紅姫の動きを少しでも止める為に。


 しかし、それは車のエンジンを最高回転で回し続けるのと同義。

 

 長時間続けば焼き付き、エンジン自体が破損しかねない危険性を孕む。

 現に秘彗の顔には必死に何かに耐えるような苦し気な表情が浮かんでいる。



「秘彗! 大丈夫かい?」


「大丈夫です! …………マスターや皆が来るまで、絶対に持ちこたえて見せます!」



 マダム・ロータスが心配の声をかけるも、秘彗は無理やり作った笑顔で返す。




 あと、秘彗はどのくらいもたせることができるのか?

 そして、秘彗が力尽きる前に、救援が来るのかどうか?


 


「皆………、他の場所で必死に戦ってくれているんです。私もできることはやり切らないと………」



 

 秘彗は両目の青い光を強く輝かせ、

 自分に言い聞かせるように呟いた。


 

 きっと助けが来る。

 きっと間に合う、と、マスターと仲間を信じながら。

 




『こぼれ話』

数字を振られていない番外の鐘守がいます。

『三神器』と呼ばれる最強の鐘守3人衆「白剣」「白鏡」「白玉」。

総主教の力の象徴であり、白陽率いる一般の鐘守達とは微妙な関係となっています。


「白剣」最強の戦闘力を持つ鐘守。単騎で紅姫撃破が可能。

    念動剣と精神剣の使い手。


「白鏡」数々の感応術を最高レベルで習得している最強の感応士。

    世界一のテレポーター。大陸の端から端まで転移可能。


「白玉」感応術を無効化するアンチサイ能力者。ほとんどの鐘守から嫌われている。

    機械種使いと機械種の絆も妨害可能。



※申し訳ありません。休憩を挟みます。

 次回更新は11月2日(土)を予定しております。

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