第703話 熾天使2


<side:街への帰還の途中 天琉、廻斗>




「んもう! しつこいよ~」


「キィキィ!」



 廻斗を背に乗せ荒野の空を飛翔する天琉。

 身に纏っていた白ローブを銀の鎧へと変換した戦闘モード。

 

 しかしながら、今は戦闘どころではなく、熾天使型の攻撃から逃れる為の全力飛行中。

 だが、どれだけ速度を出したとしても、振り切ることができずにいる。


 

 敵は熾天使型、機械種セラフ。

 悠久の刃の中でもトップ3に入る飛翔速度を持つ天琉だが、追いかけてくる敵は自機よりも数段格上の機種。



 正面から倒すのは最初の接敵で諦めた。

 こちらの砲撃がまるで通じず、光の槍すらも敵の装甲表面で弾けて消えた。


 逆に敵の攻撃は恐ろしく鋭い。

 たった1発の砲弾を光の盾を5枚重ねてようやく防げたぐらいなのだ。

 まともな勝負で勝ち目はない。

 だから勝ち目が見えるまで逃げまくるしかなかった。


 

 唯一こちらが勝る旋回力に頼りながら、敵の追撃を躱す一方。

 軽量級で小柄な機体を存分に活かし、急旋回、急降下、急上昇を繰り返す。

 

 敵の砲撃は背に乗った廻斗が対応。

 手にしたネクタイを大きく広げ、闘牛士のように飛んでくる粒子加速砲や『光の槍』を払いのける。



「キィッ! キィッ!」



 廻斗が広げたネクタイを振り回す度に、光が弾け、閃光が散る。

 

 超重量級を一撃で貫く『光の槍』を布一枚で防ぐというあり得ない光景。


 廻斗の持つ宝貝『八卦紫綬衣』がそれを可能とさせているのだ。


 だが、それだけでは何の解決にはならない。

 どれだけ攻撃を跳ね除けても敵を倒すには至らない。

 


 このまま機械種セラフを連れて街に帰るわけにもいかず、

 倒そうにもほとんどの点で敵が勝る為、天琉と廻斗の2機だけではどうしようもない。



 可能性があるとすれば、白兎から教わった『天兎流舞蹴術』での格闘戦であろう。

 しかし、自機を遥かに上回る、敵の飛行能力・機動力・射撃能力を前に、間合いを詰めることすらできない。


 少しでも速度を落とせば、撃ち落とされるかもしれないからだ。

 こうして敵に的を絞らせないよう動き回っているから、まだ負傷せずに済んでいるだけ。


 廻斗の『八卦紫綬衣』でも対処できないくらいの飽和攻撃をされてしまってはそれでお終い。

 今は何とか敵の消耗を誘い、隙を伺うしかないのが現状。



「あ~い~………、このままだとジリ貧だよ~」


「キィ~」


「何とか格闘戦に持ち込めないかなあ~」


「キィ~~~………、キィ!」



 天琉の背中で廻斗が両手をポンと叩き、



「キィキィキィキィ!」



 何やら良いアイデアを思いついた様子で、天琉へと作戦を伝える。


 しかし、それを聞いた天琉はギュッと顔を顰めた。

 あまりに………あまりな作戦内容であったから。


 だが、廻斗は改めて天琉を説得。

 道はこれしかないのだ………と。 



「あい、分かった…………」


「キィ!」


「じゃあ、行くよ!」



 ギュンと速度を上げる天琉。

 機内のマテリアルを消費しての急加速。


 後ろを追いかけてくる熾天使型も速度を上げる。

 小生意気な天使を仕留めるべく翼をはためかせて迫って来る。



 天琉は右へ左へと旋回を繰り返し、敵に的を絞らせない軌道を描きながら進み、


 徐々に速度を落として、自機が力尽きているように見せかけ、


 ちょうど天琉と熾天使型が一直線に並んだ瞬間を狙って、




「キィ!」




 天琉の背中から廻斗が飛び立つ。

 しっかりと握っていた手を離し、自ら天琉の背から後方へ飛んだのだ。



 当然、天琉の後方には追いかけている熾天使型がいるわけで………

 


 

「キィキィ!」




 勇ましい鳴き声を上げて殴り掛かろうとする廻斗だが………



 

 バシュッ!



 

 熾天使型が放った粒子加速砲の1発で廻斗は爆散。

 空中でバラバラに砕け散った廻斗であったが…………



 唯一残ったのは廻斗の紫色のネクタイ。

 あらゆる攻撃を防ぐ宝貝『八卦紫綬衣』。 


 慣性に任せて空を舞い、ちょうど熾天使型の至近を通り過ぎようとした所で、




 ポン




 廻斗が『八卦紫綬衣』を起点に復活。

 すぐ横を通り過ぎようとした熾天使型の機体にグワシッとしがみつく。



「キィ………」



 それは飛行中の飛行機に飛び乗るような無謀な行動であっただろう。

 だが、廻斗は天兎流舞蹴術を修めた拳士。

 

 さらに『小結級』まで至った師範代格。

  

 力士は指一本で100キロを超える人間を持ち上げることができるという。

 ソレに倣い廻斗の指の力は重量級に勝る程。


 僅かな突起に指をかけ、振り落とされまいと必死に掴む。



 敵に気づいた様子は見られない。

 これまでと同じように天琉を追い回すべく飛翔を続けている。

 


 これも廻斗の隠密技能(スキルではない)の成せる技。

 廻斗は何を隠そう、怪盗紳士アルセーヌ・マジカル・カイト教授でもあるのだ。

 敵に気づかれないよう近づくのはお手の物。



 そして、熾天使型に察知されぬよう、ゆっくりとその背中へ移動し、



「キィ」


 

 風に逆らいながら、熾天使型の背に立つ廻斗。

 普通ならとても立っていられない風圧だろうが、『八卦紫綬衣』がそれを無効化。

 

 ネクタイの形をした『八卦紫綬衣』を力士が履くマワシのように腰に巻き、

 顔をパンパンと両手で叩いて、ギッと前を向いて気合を入れる。



 落ち着いた威厳のある佇まい。

 小さいながら気迫の籠った仁王立ち。

 まるで土俵入りした三役の風格。



 廻斗は足を大股に開き、グッと腰を落として低い構えを取る。


 そして、行うのは相撲の基本。


 即ち、『四股』。




「キィ~~~」




 大きく片足を横へと上げて、熾天使型の機体を土俵に見立て、




「キィッ!!(どすこい!)」



 上げた足を思いっきり土俵へ踏み下ろした。


 

 ドンッ!!!!!!!!!!



 響いたのはとても軽量級とは思えない重音。

 重量級が足を踏み下ろした以上の衝撃。


 さらに、熾天使型機械種セラフの機内で発動していたマテリアル機器が一斉に停止。


 これこそ天兎流舞蹴術が起こした奇跡。

 言うなれば、天兎流舞蹴術『兎四股』というべき技の効果。


 相撲取りの四股は古来、魔を払う儀式であったという。

 廻斗の四股はソレを再現。

 

 足を踏み下ろすことでマテリアル機器の稼働を一時的に封印。

 

 よって、重量級以上の衝撃に加え、マテリアル機器の稼働を停止させられた機械種セラフは………

 

 


「何事だあああああ…………」




 原因も分からないまま数百m下の地上へと落下。





 ドシンッ!!!!





 重力に引かれ、地面とへと叩きつけられた機械種セラフ。

 

 しかし、かなりの損傷を受けてはいるが未だ機体は健在。



「い、一体何が………」



 何とか首だけを動かし、状況を確認しようともがく機械種セラフ。

 自機の半分近くが地面に埋め込まれた状態であることに愕然。


 訳も分からず背中へと衝撃を感じ、さらにマテリアル機器まで停止した上、地上へと真っ逆さま。

 正しく異常事態の連続であろう。

 まさか背中の上で軽量級に四股を踏まれたことが原因だとは思うまい。



「ぐ………、まだ動く………」



 何とか手を動かし、埋没してしまった穴から這い上がろうとする機械種セラフ。

 装甲が砕け、内部フレームにかなりの損害を出しつつも、何とか大破までには至らずに済んだ様子。




「クソッ! とんだ災難だ! あんなクソガキなんか気にせず放って置いて、あのまま、あの車を追っていれば良かった……」



 

 そもそもこの機械種セラフが1機だけ本体を外れていたのも、荒野を走る車両の列を発見したからのこと。

 空から砲撃をお見舞いし、猫がネズミをいたぶるようにチマチマと攻撃を加え、人間が逃げまどうのを面白がっていたのだ。


 あの車両には感応士が乗っていた。

 しかも、空にある機械種セラフにまで感応波を伸ばしてきた手ごたえからすると、白の教会に所属する鐘守に間違いない。


 適当に嬲った後、自分達を率いて来た緋王へと捧げるつもりであった。

 それを一時放り出してきたのも、近くの空を横切る同族の気配を感じたからこそ。


 天を行く熾天使型にとっては多少の距離・時間は無きに等しい。

 天使型を検分した後、すぐに鐘守狩りに戻ろうと戻ろうと思っていたのだが………



「さっさとあのガキをブチ殺して、戻らねば…………」



 まだ何とか戦闘続行可能である状態。

 マテリアル機器さえ復帰すれば、主天使など取るに足らない獲物。

 今まで抑えていた力を全力で振るえば……『光の炎』を顕現させれば、たとえ今の状態であっても倒すのに然して時間はかからない。


 自分の物差しで敵の戦力を分析する機械種セラフ。


 だが、計ろうとする相手はあまりに……あまりな相手だったのが、彼の不幸であっただろう。


 


 キィィィン




 そんな折、空からナニカが超高速で落下してくる音が届く。


 そして、続けざまに聞こえてきたのは………




「あい! 天兎流舞蹴術、七極拳奥義! 『大震兎脚』!」




 両足を揃えた状態で天琉が超高速落下。


 トドメとばかりの超高速スピンしながらの踏みつけ攻撃を敢行。




 

 ドカアアアアアアアンッ!!!!





 全体重+速度+回転を乗せた天琉の両足。

 それは機械種セラフの動力部を狙いすましたかのように胸部へと直撃。

 強烈な地響きを立てつつ、背中の装甲から胸部フレーム、動力部まで完全破壊。

 

 天琉の両足が熾天使型の機体を貫通する程の勢い。

 真上からドリルをぶち込まれたような破壊力。


 これには機械種セラフも完全沈黙。

 動力部を破壊されてしまってはいかに熾天使型とて大破は免れない。




「うへえ……、土埃が凄いやあ………」




 勢い余って腰まで地面にめり込んだ天琉。


 熾天使型が活動を停止したことを確認した後、

 『重力制御』で自機を掘り起こしてようやく脱出。


 辺りに舞う土埃に目をパチパチさせていると、空から廻斗が舞い降りて来た。



「キィキィ!」


「あ、廻斗!」


「キィ~!」


「えへへ、廻斗のおかげだよ~、あい!」



 互いに健闘をたたえ合う2機。

 息の合った連係プレーにより、遥か格上の機種を撃破。


 紛うこと無き大金星であろう。

 生き抜いただけでも称賛に値する戦果。

 


 そして、最大の戦果は、同種族の遥か格上を倒したことによる経験値………



「あい?」



 廻斗と喜びを分かち合っていた天琉だが、唐突にピタリと動きを止め、



「キィ?」



 廻斗が不思議そうな顔で見つめる中、



 ピカッ!!



 その機体が眩い光で包まれたかと思うと、



「あい!」



 現れたのは軽量級のまま、ほとんど変化した所は見当たらない天琉。

 白銀の鎧に身を包んだ少年騎士の装い。

 その外見はドミニオンの時とほぼ同じ。

 

 しかし、僅かながら異なる点があるとすれば、頭に被った黄金のサークレットに幾つもの宝石がはめ込まれたこと。

 色とりどりの美しい輝きを秘める宝石は、なぜか瞳のような模様を宿す。


 そして、鎧の表面に炎を模した装飾が追加。

 より豪華に、より剣欄に、装備がグレードアップしたかのような変容。




「う~~ん………、背はあんまり変わってないかも~~」



 そんなサークレットや鎧の装飾には興味を見せず、一番最初に気にしたのは自身の背丈。


 自分の手で自分の背の高さを計ろうとする天琉。


 ヒロが見ていれば、また頭の悪そうな行動だと嘆いただろう。


 

「キィキィキィ!」


「あい? カッコ良くなった? ………そうかな~」


「キィキィ!」



 機械種ドミニオンから機械種ソロネへとランクアップした天琉。

 原典は、座天使と呼ばれ、正義の天使として位置づけられる上級天使。


 ダンジョンで朱妃イザナミの軍勢と戦った経験値も含めてのことであろう。

 素種とはいえ、半年間の間にここまでランクアップを行う機種は、かつて存在しなかったかもしれない。


 だが、ランクアップしようとも、廻斗との関係は変わらない。

 そして、その性格も子供のように無邪気なまま。



「あい! じゃあ、そろそろ街へと帰ろうよ!」


「キィ!」


「あ………、そうだ。せっかくだから、これも持って帰らなきゃ……」



 機体の胴体部分は破壊してしまったものの、敵の頭部は無事な状態。


 地面に転がる熾天使型の頭部分、及び、ある程度形が残った残骸を拾って亜空間倉庫に収納する天琉。



「マスター、コレ、喜ぶかな?」


「キィ~!」


「エへへ……、やっぱりそうか! マスターに褒められる! あ~い~!」


「キィキィ!」


「もちろん廻斗も、だよ。一緒に褒めてもらおうね!」


「キィ~!」




 天琉と廻斗微笑まし気なやり取り。

 この思ってもみない天琉からのお土産に、ヒロが歓喜するのは間違いない。



 天琉が手に入れた熾天使型の頭部、その中にある晶石は非常に希少なモノ。

 そもそも天使型の晶石を入手するのは困難を極めるのだ。


 

 機械種の頭部に収められている晶石は、本来一定以上の衝撃で壊れてしまう脆いモノ。

 

 頭部に収められていたとしても、フレーム内にまで響いて来るような大きな衝撃だと、晶石が割れてしまうことだってある。

 特に中量級以下の人型機種は頭部のフレームの大きさが限られており、より衝撃に弱くなってしまっている。



 ただし、稼働中は晶脳全体を防御フィールドで保護しており、相応の衝撃でも破壊されることはない。


 高位機種ともなれば、晶石の守りは万全だと言える。

 高所から無防備に落下しても無事であることがほとんど。


 だが、機体が大破すると、当然、晶脳を保護していた防御フィールドも消え失せる。

 そうなると晶石はたとえ頭部に収められていたとしても、数十メートルの高さから落ちただけで壊れてしまう。


 つまり、普段高い空にいる天使型を撃ち落とすと、大抵落下のショックで晶石が壊れるのだ。


 かといって、小破程度では天使は落ちない。

 たとえ翼を撃ち抜いたとしても、その飛行能力が失われることは無い。

 なぜなら天使型はその機体のマテリアル重力器の力で浮かんでいるのであって、翼で羽ばたいて飛んでいる訳では無いからだ。


 マテリアル重力器を破壊するぐらいにダメージを与えれば、落下するだろうが、それは大破とほぼ同義。

 それでは落下した衝撃で晶石が壊れるだけ。


 

 じゃあ、どうすれば天使型の晶石を手に入れることができるのか?



 1.空を飛ぶ天使型のマテリアル重力器を虚数制御の妨害術などで封印する。

 そして、落ちて来た天使型を、晶石を壊さないように倒す。


 ただし、天使型はそういった妨害術に対して強い抵抗力を持つ。

 並大抵の術者機では不可能な難易度。


 また、感応士の感応波も遠い所までは届かない。

 空を飛ぶ天使型相手に感応士は役に立たない。



 2.砲撃などで天使型を大破させた瞬間、落下ポイントで待ち構えて衝撃を与えないよう受け止める。


 もちろん、銃弾が飛び交う戦場でこれができれば世話は無い。


 だが、天使型を相手にした猟兵団が試みる手段でもあるという。

 大抵、欲をかき過ぎて痛い目を見るらしい………

 


 

 こうした苦労を重ねても、なかなか天使型の晶石は手に入らないのだ。

 最下級の天使型1機が1,000万M以上もつくというのも当然だろう。


 さて、一体、最高位の熾天使型の晶石はいかほどになるのだろうか?

 

 



「あい! 街へ帰ろう!」


「キィ!」




 再び廻斗を背に乗せ、街に向かって天琉が飛び立つ。

 これ以上無いお土産を携えて。



「うわあ! 凄く早くなった! これなら輝煉に勝てるかも!」



 機械種ドミニオンであった時よりも1.5倍以上の速度で荒野の空を駆け抜ける。


 天琉は気づいていないが、足裏部分に小さな『光の車輪』がローラースケートのような形で発生。

 それがギュンギュン回転することにより、さらなる加速を生み出している。




 ヒロからの期待以上の速度で街へと帰還する天琉と廻斗。


 街ではすでに戦闘が幾つも発生している状態。


 果たして、天琉は間に合うのであろうか……………


 そして、天琉が駆けつける先はどこに…………





『こぼれ話』

天使型といえば光子制御による攻撃が有名ですが、位によってその攻撃方法がランクアップしていきます。


機械種アークエンジェル 『光の槍』『光の盾』

機械種プリンシパティ  『光の冠』『光の鎖』

機械種パワー      『光の外套』『光の柱』

機械種ヴァーチャー   『光の具足』『光の鎧』

機械種ドミニオン    『光の翼』『光の杖』

機械種ソロネ      『光の車輪』『光の瞳』

機械種ケルビム     『光の剣』『光の乗騎』『光の手』

機械種セラフ      『光の炎』『???』

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