第668話 神秘


「え? なんで?」



 誰宛という訳でもない問いかけを口にするも、当然答えてくれる者などいない。


 パルティアさんから貰った人型戦車。

 当初、宝貝の気配は欠片も存在していなかった。

 

 しかし、ガレージの中に運び込み、皆の見分、天琉達の馬鹿騒ぎが終わったと思ったら宝貝の気配が生じていた。

 かなり近づかないと分からないくらいに薄い気配でしかないが、確かに存在する宝貝化の可能性。 



「俺が乗り込んだ時は無かったけどなあ………」



 そのモノの中にいるのに、見逃すはずが無い。

 確かに俺が操縦していた時には存在していないはず。


 今、俺の目の前にある人型戦車には宝貝の気配が生じるようになった。

 一体何が原因で………

 


「ナニカの切っ掛けで、宝貝の条件を満たした? ガレージの中に搬入してから今までに、ナニカあったかというと………、天琉達がワチャワチャしたくらいだぞ。あとは…………、パルティアさんへの好感度かな?」



 俺の中でパルティアさんへの好感度が増した。それは間違いない。

 元々高かったが、素敵なプレゼントを受け取ったことにより、より高いレベルへと押し上がった。


 故にこの人型戦車が宝貝の基準を満たした可能性が高い。



「しかし、この気配の薄さは何だろう? これでは宝貝化するには足りないぞ」



 この気配の薄さは、チームトルネラのデップ達に貰った黒のV字の時と同じ。

 好感度は足りているものの、渡されたモノの格が低く、単独では宝貝化することができなかったのだ。


 ただ金属片を折り曲げて色を塗っただけの品だから当たり前。

 スラムの子供達が俺の為に一生懸命に作ってくれたモノなのだが、どうしても、宝貝化の条件を満たすだけの格までには到達しなかった。


 紆余曲折の上、結局白兎と融合して宝貝となることはできたけど………


 だが、この高価な人型戦車の格が低いとは思えない。

 むしろ俺が貰ったモノの中では1番お高いモノであるはず。


 だとすると、問題なのは格ではなく………



「そうか! 神秘が足りないんだ! 機械製品だから、どうしても神秘とは正反対の性質になる」


 

 文明の利器とも言える機械で動くロボットと古代中国の神秘である仙術はまさに対極。

 同じ文明の利器ではあれど、形状はあくまで古代中国にも存在した武具の形であった『火竜鏢』や『冷艶鋸』の元とは違う。


 

「もしくは、送り主であるパルティアさんの想いが籠っていない? ………そりゃあ、元は鉄杭団のモノで、パルティアさんの持ち物というわけじゃない。それにエンジュがくれた杏黄戊己旗の元となった団旗のように、一から作ってくれたモノでもない」



 宝貝の元となる品に一定以上の格が必要になるだけでなく、品そのものに神秘や送り主の想いが籠っていなければならない。


 故にこの人型戦車は、好感度条件は満たしていても、宝貝化する為の神秘や思いが足らずに宝貝になり得ない。


 まさか宝貝化の条件にこんな落とし穴が潜んでいたなんて………



「アルス達にプレゼントをお願いする時は、そういったモノを避けてもらうように頼むか」



 機械製品は避けてもらって、できれば長年身に着けていたモノや自分の手で作成したモノを…………

 

 プレゼントを強請った上、さらに条件まで付けてくるなんて、なんと厚かましいことか。

 自分のことながら、こんな奴、絶対にお友達になりたくない………



「まあ、それはともかく………」



 どうせアルス達にプレゼントをお願いするのは、もう少し先のこと。

 俺達が白の遺跡から帰って来てからになるであろう。

 俺の卒業祝いを兼ねた飲み会が開かれるようだから、その時にまとめてお願いするつもり………、ひょっとしたら、もうすでに用意してくれている人もいるかもしれないが。


 事前にお願いしておいて、卒業祝いの場で受け取ることも考えたが、皆へお願いしに行く時間も足らず、会う為の時間を調整するのも大変。

 また、プレゼントによっては人前で渡しにくいモノもあるから、受け取りは個別にした方が良いという判断。


 ちなみに今回、ガイへのお願いは後回しにした。

 パルティアさんに人型戦車を貰っておいて、その場でガイにまでプレゼントを強請るのはあまりに無礼。


 なので、ガイへのお願いはアルス達と同じ飲み会の席の場になるだろう。

 おそらく、表面上はブツクサ文句を言いながらも、きちんと用意してくれるであろう。



「今はそれよりも、この人型戦車をどうするかだが…………」



 宝貝の気配があるのに、宝貝化しきれない。

 これでは宝の持ち腐れも良い所。



「勿体ないな。折角宝貝の気配が生まれたと言うのに……、何か良い方法は………」



 そうして俺が人型戦車の前で悩んでいると、



 ピコピコ

『どうしたの、マスター?』


「んん? 白兎か…………、実はな…………」



 白兎が近づいて来て俺へと質問。

 ちょうど良いとばかりに白兎へと相談してみると、



 パタパタ

『なるほど、よく分かりました。神秘が足りないなら、足せば良いよね』


「え? 何を………」


 フルフル

『ここは僕に任せてよ』



 と言うやいなや、ピョンと人型戦車へ飛び上がり、その頭上にスチャッと着地。


 そして、おもむろに自分の両耳を前脚で引っこ抜いて………



 ザクッ! ザクッ!

 


 人型戦車の頭へと突き立てた。



「おい、白兎! 何してんだ!」


 フリフリ

『大丈夫、大丈夫! 着装は一瞬だから』

 

「そう言う問題じゃねえ!」


 

 不沈金剛の頭にウサ耳が2本。

 精悍な力士がウサ耳ヘアバンドをつけたみたいな感じ。

 これではいぶし銀のカッコ良さは台無しだ!



「すぐに元に…………あれ? 宝貝の気配が………増えた?」



 白兎の暴挙に溜まらず声をあげようとした時、ふと気づいた宝貝の気配の増量。


 足りていないはずの神秘が白兎の手(?)によって足されたかのように。

 目の前の人型戦車は宝貝となる条件を満たすようになった。



「え? 白兎の耳って、そんな効力があるの? …………いや、それよりも………」



 折角宝貝の気配が増え、宝貝化できるようになったのだ。

 ここで、宝貝化しないという選択肢はない。



 一歩前へと進み、そびえ立つ人型戦車の脚部へと触れる。

 そして、腹の底から仙力を引き上げ、手を通じて人型戦車へと流し込む。


 人の手で生まれ、人の手で形作られた人型戦車。

 それは白兎によって神秘を足され、俺の手によって幻想の産物へと変化する。



 外見は全く変わらず。

 ただ中身だけが大きく変容。

 

 人型戦車、ダイラオ工房の最新鋭機、不沈金剛。

 その形状を保ったまま、かつて仙界を守護した逸話を持つ仙造兵器へと生まれ変わった。



『宝貝 黄巾力士』



 それは封神演義にも出て来た仙界のゴーレム。

 仙術によって造られた仙造肉人形。

 仙洞や宝物殿を守らせる為の守護兵の役割を持ち、通常の人間の5倍から10倍の力を持つという。


 自分の意思を持たず、仙人から与えられた命令を実行するロボットみたいなモノ。

 正しく人型戦車が成るに相応しい宝貝とも言える。



「厳密に言うと宝貝じゃないのだろうけど………」



 その堅牢そうな装甲に触れてみる。

 見た目は何一つ変わらないが、装甲を構成する金属は一般的な鋼鉄から神秘を宿した神珍鉄へと変化。

 

 おそらくその防御力は極大。

 生半可な攻撃ではかすり傷1つつかないはず。



「う~ん…………、なるほど。乗り込まなくても動くのか?」



 触れている手から『宝貝 黄巾力士』の詳細が流れ込んでくる。

 


 ・俺の指示で動く。指示は直接だけでなく資格を持った代理人でも可。

 ・細かい指示が無くても行動指針を決めてくれたら、それに沿って行動。

 ・拠点防衛が得意。仙術的な知覚で敵を見つけ出す。

 ・多少の傷は自動修復。全壊しても1ヶ月程で再生。

 ・格闘技に長けているが、渡された武器を使うこともできる。

 ・俺から離れても数百年は稼働。大地に足を付けている限り補給は不要。



「何という………便利ユニット。特に補給が要らないって最高………って、コイツ、本当にロボットみたいだな」



 流れ込む情報は声というより、ただ文字の列挙。

 他の宝貝と違い、ほとんど感情をもたない無機質な印象。

 

 無理やり宝貝化してしまった影響であろうか?

 それとも『黄巾力士』自体が『そういうモノ』だという可能性も。



「まあ、従属範囲を気にしなくて良い重量級機械種ってとこか。でも、自分で考えて判断とかできないだろうから、与えられる任務は単純なモノでないと………」



 戦闘では味方の護衛にピッタリだし、自分でも得意と言っている拠点防衛でも良い。

 あとはどのくらいの戦闘能力を持っているか、だけど………



 フルフルフル

『マスター、どう? 宝貝になった?』


「ああ、白兎。ありがとう。お前のおかげでコイツを宝貝化することができたぞ」



 人型戦車からピョンと飛び降り、俺へと結果の確認してくる白兎。


 すでにその頭には引っこ抜いたはずの両耳が生えて揃っており、いつもながらのトンデモ仕様を見せつけてくる。



「…………お前の耳、武器や兵器に植え付けたら宝貝化するのかな?」


 パタパタ

『やめてよね。文字通り身を削っているんだから。あんまり無節操にバラ撒いたら僕が蓄えている神秘が減っちゃうよ』


「ああ、なるほど。神秘だけに広げ過ぎると、効果が薄まるのか」


 フリフリ

『僕と縁の近い機械種ラビットなら、眷属化するという意味で負担は少なくなるんだけど………、それでもウサギの象徴でもある耳をバンバン渡していったら、いずれ枯渇しちゃう。だから白千世や白志癒も爪の先くらいで済ませたんだよ。それに普通の品を宝貝化するまで神秘を足すのは大変。今回の人型戦車は、多少なりとも神秘が辿っていたからこそ可能だったんだ》


「そういやそうだな。すまん、無理言った」



 つい、無限増殖する白兎の耳を色んなモノに植え付けていき、宝貝を量産する計画を思いつくも、どうやらそんなにうまくはいかない様子。

 神秘を宿した機械種ラビットの群れくらいならできるかもしれないが………


 白兎くらい強くなるならともかく、機械種ラビットを多少強化した所で戦力的には微妙。

 

 それよりは強い機種を仲間した方が断然早い。

 これ以上、混沌を増やさなくても済むし………




「ねえ、我が君。不格好な人型戦車がより不細工になったんだけど、何の意味があるの、ソレ」


「んん? ベリアルか………」



 俺と白兎の会話に、不機嫌そうなベリアルの声が差し込まれる。



「その不気味な2つの突起………、あんまり見たくないから、さっさと片づけてよ」


パタパタッ!

『なにおう! このプリチーな耳に向かって、何たる暴言! ウサ耳をお前の頭に突き立てんぞ!』


「ああ! やってみろ、クソウサギ! その前に捻り潰してやる!」



 ガンを飛ばし合う白兎とベリアル。


 後ろ脚で立ちあがり、耳をピンと立てて、下から上へと見上げながら威嚇する白兎。

 柳眉を逆立て、犬歯を剥き出しに怒気を振り撒くベリアル。


 超高位機種同士の一触即発の危機ではあるが、我が悠久の刃では、3日に一度くらいのペースで発生している日常茶飯事。

 


 だが、この狭いガレージ内で万が一暴れられても困るで一応仲裁に入る。



「白兎、いきなり喧嘩腰になるなよ。お前、さっき、神秘が減るから嫌だっていってたのに………」


 フリフリ!

『コイツを矯正する為なら、ウサ耳の一つや二つ………、たとえ神秘を消費してもその価値がある!』


「そういう矯正の仕方は止めろ。お前のウサ耳は洗脳アイテムかよ」



 そう考えると白兎のウサ耳を使っての宝貝増産化計画は破棄せざるを得ない。

 この世が白兎だらけになってしまったら大変だ。



「ベリアル。あの人型戦車は白兎がウサ耳を植え付けたことで、俺の宝貝にすることができたんだ。お前にとっては見苦しいかもしれないが我慢しろ」


「ふ~ん………、我が君が作り出す『発掘品』だよね、それって」



 俺が仲裁に入ったことで、一旦怒気を収めるベリアル。

 そして、俺が発した『宝貝』の単語に注目、興味深げに瞳をキラリと瞬かせながら質問。



「まあ………、そんな感じだな」


「へえ? じゃあ、どのくらい強くなったのか、試してみよう」



 そう言うなり、ベリアルはツカツカと人型戦車………『宝貝 黄巾力士』に近づき、目を猫のように細めて、軽く指とパチンと鳴らした。



 次の瞬間、



 

 ピカッ!!




 突然、黄巾力士が眩く光った。


 ガレージ内にまるで閃光弾が破裂したような強烈な光が迸る。



「眩し!」



 目の前が白に染まった。

 ただ圧倒的な光量に視界は完全にゼロに。


 どうにもならず両目を閉じて光が通り過ぎるのを待っていると、

 


「ほう? かなり頑丈だね」



 俺の耳に入って来るベリアルからの感心したような声。



「2万度でも解けないのか。次はその10倍で試してみたいけど……」


「こ、コラ! ベリアル! 何をやった!」


「ん? 役に立つかどうか試してた。これぐらいで壊れるようなら役に立たないし」


「この野郎…………」



 ようやく眩さが消え、辺りに色が戻ってくると、そこには何もなかったかのように立つ『黄巾力士』と、満足気な表情のベリアル。

 

 黄巾力士本体もその周辺も、焼き焦げたあと一つ見当たらない。

 おそらくベリアルは超精密熱量操作で、黄巾力士だけに超々高熱を叩き込んだのであろう。


 ベリアルの言をそのまま信じるのであれば、この場に2万度の熱が顕現したのだ。

 それは鋼鉄ですら蒸発する程の熱量。

 ガレージ街が一瞬で焼却されるくらいのエネルギーであったはず。


 しかし、ベリアルの熱量操作は1cmたりとも対象範囲から熱を漏らさず、

 黄巾力士は小動すらせずにその熱に耐えきった。



 恐るべきは魔王の実力と宝貝の耐久力………



「一応、頑丈さは認めるよ。弱っちい奴等の盾くらいにはなるんじゃないの」



 そう言って自分の役目は終わったとばかりに後ろに下がるベリアル。

 睨みつける俺に怒られないうちに退散を決め込んだ様子。



「…………ったく、勝手な奴だ」



 さっさとガレージの隅へと消えていくベリアルを見つめながら呟く俺。

 ベリアルの勝手さは今に始まったことではないけれど。











「じゃあ、次は虎芽が試すガオ」



 ベリアルが引っ込むと、次は自分の番とばかりに虎芽が手を上げた。



「まずはパワーだガオ。パワーがあれば大概のことは何とかなるんだガオ!」



 腕まくりした腕をグルングルンと回しながら黄巾力士へと力勝負を挑む虎芽。

 虎芽から少々その将来が気になって来る発言が飛び出したが、これは後で教育してやることにしよう。


 全高5mの黄巾力士と165cm程度の虎芽では大人と子ども以上の体格差。

 しかし、ストロングタイプのダブルであり、パワーに優れた格闘家系の職業も重ね持つ虎芽の力は、並みの重量級をも軽々と上回る。


 

「さあ! 腕相撲で勝負だガオ!」



 そう虎芽が叫び、



「黄巾力士、虎芽と腕相撲で勝負せよ」



 俺が命令すると、黄巾力士はゆっくりとその右腕を前に出して、



「キィ~~~~」



 廻斗が両者の真ん中にフワフワと浮かびながら、レフリー役を務め、



「キィ!」



 その号令を以って勝負開始。



 結果、




「負けちゃったガオ…………」



 虎耳をペタンと伏せ、メソメソ涙目で悔しがる虎芽の姿がそこにはあった。


 黄巾力士が差し出す右腕を虎芽はピクリとも動かすことができなかったのだ。


 

「全然勝負にならなかったガオ。最後は力学操作を使ってブン投げようとしたのに、通じなかったガオ」


「コラコラ! 不正を告白するな」


「女には負けられない戦いがあったガオ。最近負け続けだから今回は勝ちたかったんだガオ」


「んん~……、しょうがないなあ」



 剣風達がダブルへと昇格したことで、虎芽達の戦闘力ランキングが大きく下がった。


 具体的に言うと、すでに最下層。

 メインをメイドとしているからこれは仕方がない。

 虎芽達より明確に弱いと言えるのは、森羅と胡狛、廻斗くらい。

 

 しかし、森羅は最近妙な力に目覚めた為、その戦闘力は未知数。

 さらに廻斗も白兎の直弟子、且つ、イレギュラーの塊なのでこれも未知数。

 唯一の胡狛は完全な非戦闘型だ。

 比較してもどうしようもない。

 


「お前達のパワーアップは何か考えておくから、期待して待ってろ」


「本当だガオ? 期待して待っているガオ! できれば巨人の腕が欲しいガオ!」


「だからそれは止めろ言ってるだろうが!」



 俺が優しい声をかけるとすぐに調子に乗る虎芽であった。










「むぅ………、強い。私では到底敵いません………ドラ」


「辰沙でも駄目か」


「はい………、おそらく『逆竜強化』を使っても勝てないかと………ドラ」



 虎芽のリベンジとばかりに辰沙が挑み、これも全く太刀打ちできずに敗北。


 目を伏せ、悲し気な表情を見せる辰沙。

 少しだけうつむき加減になったことで、その深緑の長い髪がサラリと肩から流れて豊かな胸元へ………



 おっと!

 ついつい………


 思わず目で追いそうになった所で、目線をあらぬ方向へと急転換。

 何でもないように装いながら、辰沙への慰めの言葉をかけてやる。



「まあ、気にするな。俺の宝貝はこの世界の規格から外れていることが多いんだ。それよりも強い味方が増えたことを喜んでくれ。それに、先ほど虎芽にも言ったが、いずれお前達も強くしてやるから、期待して待っておけ」


「はい……、お気遣いありがとうございます、ドラ」



 俺が慰めの言葉をかけたことで、辰沙の表情に柔らかさが戻る。

 

 キリッとした硬質の美貌がフワッと緩み、大輪の花が開花を迎えたような華やかさが溢れ出る。

 切れ長の目には揺れ動く感情を表す蒼の瞬き。

 キュッと結ばれた唇が少し歪んで笑みの形を作り出す。


 美人の笑顔程、魅力的なモノは無いと断言できるくらい。

 美少女の笑顔は最近耐性が付きつつあるが、辰沙の笑顔はソレに色気が足されてしまうので、攻撃力も2倍。


 

「お、おう……」



 虚を突かれてしまい、そんな返事しかできなかった。

 後から、そこはもっとカッコ良く気障なセリフで返したかったと思った。



 

 こういった虎芽と辰沙の反応は、同じストロングタイプである剣風達の昇格に影響を受けた為であろう。

 斥候と警戒役の玖雀と違い、はっきりと戦闘型に寄っている2機だ。

 常に自身の戦闘力の位置が、チームのどの当たりにあるのかが気になってしまう。


 未だ、メイドとしても中途半端な立場にあり、戦闘でもメンバーの中では10番手以下。

 

 もう少しメイドの仕事が増えるようになれば、自身の存在価値をそちらに割り振れるのであろうが、なにせ、今の所メイドの仕事と言っても、潜水艇のリビングルーム内だけという狭い範囲。

 俺が空中庭園に住むようになれば、もっと仕事が増えるのだろうけど………



「しかし、辰沙でも勝てなかったか。となると、少なくともストロングタイプのダブル以上ということか」



 辰沙の純粋なパワーは虎芽以上。

 機械種ドラゴンメイドというメイドにしてはパワー型の職業と、近接戦闘系でも最大級のパワーを持つ機械種バーサーカーの職業を重ね持つダブル。


 剣風、剣雷とて、パワー勝負であれば辰沙には敵わないのだ。

 そして、浮楽や天琉よりも上。

 もしかしたらヨシツネだって、力比べなら勝てない程。


 その辰沙が負けたという事は、少なくともチーム内で黄巾力士と力比べして勝てるモノはほとんどいない。

 もし、勝てるとすれば、それは重量級の輝煉か、超重量級の豪魔ぐらい………


 

 ふと、そんなことを考えた時、まるで俺の心を読んでいたかのように、低く渋い声が俺の耳に届く。


 

「そろそろ我の出番ですかな?」


「おお……、豪魔か。お前が挑むのか?」


「はははは、ここはやはり先任の意地を見せてやらねばいけませんからな」



 前に出てきたのは、2m越の巨漢。

 髭モジャ筋肉ダンディーの大男。

 しかしながら、野卑な所は一切なく、あふれ出るのは最高級のスーツをビシッと着こなした帝王の貫禄。


 機械種パズスへと昇格した豪魔………の義体。

 本体は亜空間倉庫の中にあり、そこからこの義体を操作しているらしいのだが。



「その義体で挑むのか?」


「いえ………、どうせなら久しぶりに本体を動かしてみたいと思いまして」


「え? どうやって?」


「以前、ボノフ様にご助言を頂きましてな………」



 穏やかな笑みを浮かべながら豪魔は片手を軽く上げる。


 すると、その頭上の空間が裂け、中から直径2m以上もの巨大な腕が出現。



 枯葉色の装甲に覆われた上腕。

 車も一掴みできそうな巨大な手。

 正しく全高20mにも達する巨人の腕。


 まるでアスリンが操る誘導兵器の発掘品『イバラ』のよう。

 当然、あれよりも3倍近くデカいのだが………



「な、な、なんじゃそれ?」


「亜空間倉庫内の我の本体ですな。こうして一部のみを外に出せるようになりました」


「ふへぇ………」



 豪魔の頭上に出現した大魔神の腕の偉容に、ただ気の抜けたような声しか出ない。



 亜空間倉庫に入れた従機は、外に出さないと稼働しない。

 しかし、そもそも本体であれば、自身の機体を亜空間倉庫に置いたまま、こういったことができるということか。

 

 確か、亜空間倉庫内に自分の晶石を隠している奴もいるんだったな。

 超高位機種になれば、こうした仕様も珍しくなくなってくるのであろう。




「では、早速、挑戦させていただきましょう。よろしいですかな? マスター」


「…………『黄巾力士』。力比べだ。イケるな?」



 俺の呼びかけに、前回と同様右腕を前に出す黄巾力士。

 

 そして、空間の裂け目から伸びる豪魔の本体の腕と軽く手の平を合わせて、





 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!





 いきなり始まった、超弩級同士の力比べ。

 

 豪魔の本体の腕は黄巾力士を押し潰すべく力をかけ、


 黄巾力士はそれに対抗するように全力で抗う。



 

「うひゃああ!!」



 

 俺の口から思わず悲鳴が飛び出るほど、迫力のあるぶつかり合い。

 

 ただ押し合っているだけなのだが、その衝突点から生み出されている力のぶつかり合い具合は凄まじいの一言。


 あの間にあってはどんな高位機種だって一瞬でペシャンコだ。

 辺りの空気はもちろん、空間にすら影響を及ぼすかと思うくらいの超超高圧力が発生しているはず。




「こりゃあ、どっちが勝つか分からんな」


 フルフル

『そうだね~、心情的には豪魔に勝ってほしいけど、でも、宝貝としては、黄巾力士は僕の後輩でもあるんだよね』


「んん? だから?」


 パタパタ

『僕、宝貝の中じゃ肩身が狭いから、今のうちに後輩と仲良くしとこうかと』


「お前はまず自分だけが目立とうとする態度を改めろ」




 そんな俺と白兎の下らないやり取りの最中も、両者とも一歩も引かずの大接戦が続く。


 純粋な力と力の比べ合い。

 超重量級の豪魔と、大きさ的には重量級の黄巾力士との力勝負。

 機械種と宝貝の一騎打ち。



 その勝負の結果は…………


 


 ピシピシピシピシッ!!



「あ! …………ストップ! 黄巾力士も豪魔も、その勝負、止め!」 



 ガレージの床が崩壊する気配を見せ始めた所で中止。


 

「ふむ? …………正直、我では勝てなかったかもしれませんな」



 しかしながら、本体を亜空間倉庫に戻した豪魔が勝負の感想をしみじみと語り、



「つまり、全機械種の中でもパワーじゃあ、トップクラスのお前を上回る………か」



 黄巾力士のパワーをまざまざと見せつけられた結果となった。










「あとは、これに乗り込めるかどうか………だ」



 元は人間が乗り込んで操縦する兵器だったのだ。

 宝貝となった今、乗り込まなくても外からの指示で動くのだが、やはり、人型戦車である以上、乗り込んで動かしてみたいという気持ちが抑えられない。



「ハッチは開くようだけど…………」



 暗証番号を打ち込み、ハッチの中へと身体を滑り込ませると、



「うわあ!! …………なんだよ、中、全然違うじゃねえか?」



 あの狭い操縦室が一変。

 6畳程の広さに操縦席が前と後ろに2つの複座型。


 しかも、ロボットアニメでよく見るタイプの操縦席に様変わり。

 ご丁寧にモニターやボタン、レバーまで備え付けてくれている徹底ぶり。

 SFに出てくるようなメカニカルなデザインに中華風テイストを加えたような感じ。


 

「え? これってどうやって操縦するの?」



 と、一瞬悩むも、前方の操縦席に座ると即座に疑問は氷解。



「へえ? やっぱりレバーやボタンは飾りか。人型戦車と同じように俺の思考を読み込んでくれる………と」



 操縦席内に風船を膨らませるバルーンバンディンが無くなった代わりに、操縦席にシートベルトが追加された模様。

 どうやらこの操縦室は空間が独立しており、外からの衝撃がほとんど通らない仕様となっているらしい。



「よっしゃ! 一丁、史上初の宝貝ロボを動かして見ますか!」



 と、喜び勇んでガレージの外へ。

 森羅や秘彗達を見張りにおいて、2度目の試運転を開始。


 白兎やヨシツネが見守る中、徒手空拳の演武や回避行動を繰り返し、



「感応ヘルメットを使うより、ダイレクトに機体を操作できる感じだな」



 別に俺の操縦の腕が上がっている訳では無いのだが、機体の動きが格段に良くなった。

 『準中級』と『中級』の間という俺の操縦レベルが、『中級』と名乗っても違和感が無いであろうレベルに到達。




 しばらく黄巾力士を乗り回し、出した結論で言うと、





「やっぱり俺が個人で動く方が強いな」



 黄巾力士から出て、ガレージ街の通りに降り立つ俺。

 駆け寄って来た白兎とヨシツネを前に結論をぶっちゃける。



 パタパタ

『そうだよねえ~、黄巾力士を操縦していたら他の宝貝が使えないし』


「主様の動きは生身ながら超高位機種レベルですからね。失礼ですが、あの程度の機動だと精々赭娼を倒せる程度でしょう」



 俺が結論を口すると、白兎とヨシツネからも同様の意見が飛んでくる。



「巣やダンジョンの通路では黄巾力士の大きさで動きが制限され、返って危険かと。どうしてもお乗りになって戦われるおつもりなら、玄室内の方がよろしいでしょう」


「ヨシツネ。お前は反対しないんだな」


「普段からどこに飛んで行くか分からないマスターですから。まだ大きい目印が付く方がマシだと思いまして」


「悪かったな。俺だって、好き好んであっちこっちに飛ばされているわけじゃないぞ!」



 珍しく皮肉の利いたジョークを口にするヨシツネ。


 まあ、実際は付き合いが長い分、俺が無茶することへの許容範囲が広いのであろう。




 ピコピコ

『で、やっぱり、黄巾力士で戦いたいの?』


「う~ん…………、戦ってみたいんだけど………、胡狛が怖いんだよなあ」



 宝貝化したから、危険はありません! と断言したい所なのだが、その辺を上手く論理立てて説明することができない。

 なにせ、宝貝の仕組みなど俺にはわからないし、当然、胡狛も理解できない。

 ベリアルの攻撃に耐えたからといって、中身の人間まで無事だと証明できないし、黄巾力士とて無敵と言う訳じゃない。


 さらに、俺が黄巾力士に乗らない方が強い、という最大のデメリットを崩せない。

 これでは胡狛を納得させることなどできるわけがない。



 パタパタ

『あ~~、あの剣幕、怖かったもんね。ベリアルが引いたぐらいに』


「拙者も胡狛殿を抑えられる自信がありません。申し訳ないですが、胡狛殿の説得は主様でお願いします」


 フルフル

『僕もパス。逆らったら装甲を剥がされそう』


「おい! 従属機械種ども! 俺を助けろよ!」



 我がチームのおっかないお母さんには誰も逆らえない模様。

 長年稼働しているだけあって、本気で怒るとめっちゃ怖いのだ。



「まあ、もう少し黄巾力士について詳しく分かるまで、実戦は避けるとするか。それに俺も瀝泉槍が無いと不安だし」


 フルフル

『瀝泉槍? 操縦席に持って入ればいいんじゃない?』


「それが駄目なんだって。黄巾力士の操縦は俺の思考を読み取るから、瀝泉槍や莫邪宝剣の干渉が邪魔になるそうだ」



 瀝泉槍は俺の精神力を保護してくれるし、莫邪宝剣は闘志を湧き上がらせてくれる。

 いわば俺の精神に干渉しているのだ。

 だからそういった状態では黄巾力士は正しく俺の思考を読み取れなくなってしまう。



「まあ、使い方としてはやっぱり単独での拠点防衛だな。このガレージの防衛設備は置いていくつもりだし。中央に行った時の防衛設備としてはちょうど良い。あとは非戦闘員の護衛ぐらいか。機械種では操縦できないけど、中に乗せることはできるみたいだからな」



 危険な場所に行くときは、胡狛にはこの中に入っていてもらうという選択肢も。

 複座型になっているし、俺が操縦して後ろの席でオペレーターしてくれても良い…………、あ、実戦では使わないんだった。



「それはともかく………、あと、気をつけなくては駄目なのは、コイツが単独で動いているということを覚られないこと」



 黄巾力士の仕様に不安点があるとすれば、この1点。

 

 この世界では自立して動く機械は全て機械種なのだ。

 そして、人型戦車は必ず人が動かす仕様となっている。


 もし、この黄巾力士が人間が乗らずして動く自立機械だとバレたら大変。

 世界中の学者が調べさせてほしいと群がってくるだろう。


 機械種の目は常に青く輝き、人型戦車やこの黄巾力士の目は黄がかった白色に光る。


 つまり、機械種です、とは誤魔化せない。

 だから、この黄巾力士の運用は、できるだけ人目につかないように行う必要がある。


 もし、人目のある所で動かす時は、出来るだけ俺が乗り込むようにしないと………




「新たな力を得る度に枷が1つ生まれているような気がする。それが『力』を得るということなんだろうけど………、どこまで増え続けるんだか………」




 『力』には常に『責任』が伴うと言う。

 

 俺が得た『力』は世界最強の『闘神』であり、異界の『力』を引き出す『仙術』。


 さて、俺が伴わなければならない『責任』というのは、一体、どれほどのモノなのであろうか?

 

 それは、せめて俺が背負える程度のモノであって欲しい…………

 

 

 

 パタパタ!

『ねえ、マスター』


「ん? 何だ、白兎」


 フルフル

『大丈夫、大丈夫! その為に僕達がいるんだからね!』


「……………ああ、そうだな」



 少しブルーになりかけた俺に白兎がすかさずフォロー。

 相変わらず痒い所に手が届く万能ぶり。




 そうこうしているうちに、見張りをしていた森羅や秘彗達がこちらへと戻って来る姿が目に入る。

 試運転を終えたと判断して帰還したのであろう。




「さあ、ガレージに帰るか。すぐに支度して街を出るぞ」


「白の遺跡ですね。刃兼殿のダブル化の為に」


「ああ、これでストロングタイプ全員をダブルにランクアップさせることができた。トリプルまでは道は長そうだけど」


「主様なら、きっと叶いましょう。拙者たちも全力を尽くします」




 やがて森羅や秘彗達とガレージ前で合流。

 共に、皆が待つガレージ内へと戻る。

 

 この仲間達と一緒なら、必ず辿り着けるであろうと信じて。





『こぼれ話』

狩人の機械種使いに必要なモノは何か?

機械種使いの才能はもちろんのことですが、それ以外にも、機械種使い本人に一定以上の武力が必要と言われます。

そもそも機械種使いの本人に武力が無ければ、マスターのことを一番に考える従属機械種達がマスター本人を戦場に出したがらないからです。

無理に命令して戦場に出たとしても、従属機械種達は武力の無いマスターの安全だけを考えて行動し、結局、役に立てなかったり、逆に危なくなったりします。


これとは反対に、機械種使い本人に従属機械種達を超える武力があると、従属機械種達はマスターの命令を最優先で動き、全力で戦うことができます。

これが、強い機械種使いの従属機械種は強いと言われる理由です。




※ストックが無くなりました。書き溜め期間に入ります。

今回は更新が少なくて申し訳ありません。

また1ヶ月後には再開致します。

よろしくお願いします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る