第636話 休暇



「ふわあぁぁ……………、そこ、気持ちいい………」



 ここはバルトーラの街のガレージ内。

 俺の居住区とも言える潜水艇の中の寝室。


 俺は今、パジャマ姿で愛用の発掘品のベッドにうつ伏せになりながら、メイド3機からのマッサージを堪能中。



「この辺でしょうか? ………ドラ」


「ああ、その辺その辺…………」



 辰沙が両手でグイグイと俺の腰を按摩マッサージしてくれている。


 360度の視界を確保する『八方眼』を発動すれば、前屈みで胸が強調された辰沙の姿が目に入る。


 もう少し角度を変えればその豊かな胸元を覗き込めるのだが流石に自重。

 うつ伏せだからあんまり興奮すると…………ね。



 また、虎芽が俺の肩辺りを指でグリグリと解し、玖雀が足部分を丁寧に指圧。


 

「こっちはどうだガオ?」


「おおっ! ………いいぞいいぞ」


「マスター、これはいかがでしょうか? チュン」


「う………、それも気持ちい…………」



 虎芽は袖を肘まで捲り上げ、慣れた手つきで整体を施してくれる。

 時には肘を持ち上げて反らしたり、首の筋を伸ばしたり。


 玖雀は俺の太ももや脹脛を指でゆっくりと揉み込み、

 足の指や足の裏までツボを突きながら指圧を続けてくれている。

 


 美女、美少女3機が俺の身体を弄り、甘い声で囁いてくれる至福の空間。

 程よく密着し、服越しであるが、柔らかい女体と触れ合える貴重な時間。


 ただのマッサージなのだが、メイドにしてもらっているというだけで、数百倍の充実感が生まれ出る。

 

 ここ数日、毎日施してもらっている俺のお気に入りの癒しタイム。

 身も心も蕩けてしまいそう…………



 コンコンコン



「ん~………、どうぞぉ………」



 叩かれたノック音に気の抜けた声で返事をすると、



「マスター、アイスコーヒーをお持ちしました」

「オヤツもありますよー」

「甘味と米菓を用意いたしました」



 寝室に入ってきたのは、秘彗、胡狛、刃兼の3機。


 それぞれに俺がオーダーした品を手に持ち、ベッドにうつ伏せになっている俺へと届けてくれる。


 いや、届けてくれるだけじゃなくて…………



「はい、どうぞ」



 俺の顔の前に、秘彗が差し出してくるアイスコーヒーのストロー。


 ベッドから頭だけを出しながら、口でパクッと咥えて、



 ズズズズズ………

 


「う~ん、美味しい。秘彗、また腕を上げたな」


「いえ………、白兎さんに手伝って頂きましたから」



 お盆でコーヒーの入ったコップを支えながら嬉しそうに微笑む秘彗。

 自然と頬が緩んでしまう可愛らしさ。


 

「マスター、あま~い、あま~いチョコはいかがですか?」



 普段よりも150%増しで愛想を振り撒いてくる胡狛。

 こんな売り子さんがいたら、商売繁盛間違い無しだろう。



「ちょーだい、あ~ん………」


「は~い♪」



 俺が大きく口を開けると、胡狛は一口チョコを指先で抓み、俺の舌の上へとそっと乗せてくる。



 モグモグモグ


「おいちー!」


「良かったでちゅね~」



 ナデナデ。


 俺の頭を撫でてくる胡狛。


 子供言葉で返したら、幼児扱いが返って来た。

 

 半分ノリだったが、ノリノリで返された感じ。


 でも、こういうプレイも悪くない気がする………



「こちらに御煎餅もございますが?」


「ほしい~」


「では………」



 刃兼から勧められた煎餅を希望。

 甘いものを食べたら次はしょっぱいモノを食べたくなるものだ。


 そっと口元に差し出された煎餅をパクつく。


 

 パリッ、ボリボリ……


 

「あ、お館様。お口回りが…………」


「ん…………」



 口元についた煎餅の食べカスを手拭いでフキフキしてくれる刃兼。

 

 なんか完全に幼児になってしまったような気分。

 6機の女性型機械種に囲まれながら、ちょっと人には見せられない、だらけきった休暇のひと時。

 

 ちなみに胡狛や刃兼が差し出してくれたお菓子は俺が現代物資召喚したモノ。

 こういった日持ちする食べ物類は定期的に召喚して取り置いているのだ。

 

 高級ブロックでも良いのだが、やはり食べ物は現代物資召喚で取り寄せるモノには敵わない。

 今のような至高の環境の中では、オヤツも最高のモノを求めたくなってしまうのだ。


 

 





「ふあぁぁ………、極楽、極楽…………、実は俺って、もうゴールしているのではなかろうか?」


 


 ただベッドに寝っ転がっているだけで、食べ物も飲み物も運んできてくれる待遇に、思わず漏れ出てくる俺の感想と疑問。



 可愛い女の子に傅かれ、思いっきり甘やかされる生活。

 しかも、巷では滅多に見ない程の美女・美少女達に。


 もし、この待遇を元の世界で求めようと思ったら、どのくらいお金がかかっただろう。

 

 キャバクラで各店舗のナンバーワンクラスを並べて、何時間もお店を貸切れば、何十万円、何百万円になってもおかしくない。

 しかも、内心ウザい客とか思っていそうな(偏見)キャバクラ嬢と違い、彼女達は心底俺を慕ってくれているのだ。


 こんなシチュエーション、元の世界では早々味わえるモノではない。

 少なくとも一般庶民には辿り着くのは不可能に等しい。

 一部の金持ちか権力者のみが許された娯楽であろう。


 それを俺は何時間でも、何日でも、それこそ毎日だって堪能することができる。

 彼女達も喜んで俺を延々と甘やかしてくれるだろう。


 もうこれは元の世界では前人未踏な神域。

 選ばれし者だけが味わえる楽園と言える。

 



 ただし、彼女達は戦闘型、内政型の機械種。

 それ専用の慰安型ではない為、エッチ方面の機能は付いておらず、そういったスキルも保有していない。

 外面の出ている肌は高位のヒューマンスキンであり、肌感も人間とほぼ変わらないのだが、最後まで致すことができず、性欲を満たすことはできない仕様。


 胸やお尻、太腿の触り心地、揉み心地を楽しむことは出来てもそれだけ。

 それで十分という人もいるのだろうけど…………


 だけど、俺自身、彼女達に対して仲間意識が強くなり過ぎて、そこまでやろうという気にはならない。


 あくまで俺のレクリエーションの一環の範囲内。

 過剰な性的行為は俺的にはNG。 


 求めれば決して嫌がらない………どころか喜々として受け入れるだろうが、どうしても終わった後、罪悪感が凄いことになりそうだから。

 

 そもそもそのような行為が存在意義である機械種ウタヒメと違う。

 あくまで純粋に自分達のマスターとして俺を慕ってくれているに過ぎないのだ。


 こうやって色々世話を焼かれているだけで、精神的な充実感が満たされているからそれで十分。

 

 




 トントントン


 ピコピコ

『マスター! 今、大丈夫? お客さんだよ』

 

 

 俺が6機から甘やかされまくっている最中、寝室のドアがノックされる。

 

 どうやら俺に来客があり、白兎が知らせに来てくれた様子。



「んん~? 誰?」


 フルフル

『白露さん。今回の報酬のマテリアル、持ってきてくれたんだって。ラズリーさんも一緒』



 来客は白露のようだ。

 若干、白兎の声?も弾んでいるような気がする。


 親しい友人が訪ねて来てくれたみたいなものだ。

 その気持ちは分からないでもない。



「白露か。まあ、無難な配役だな」



 どうやら俺が秤屋に提出した晶石の査定が完了し、俺への報酬と合わせて鐘守である白露が贈呈役に選ばれたのであろう。

 それなりに身分がある知り合いと言えば、白露以外ならガミンさんくらいしかいない。

 だが、ガミンさんは今、後始末のために走り回っているはずだろうから、白露に白羽の矢が立った様子。

 

 それでも、鐘守がわざわざ一狩人の為に動くのは、少々大げさ過ぎると思わなくも無い。

 


「……………鐘守が直接ねえ。ありがたいことだけど…………」



 他の狩人なら泣いて喜ぶシチュエーションも、俺にとっては地雷原に等しい悪夢。

 探られたら埃が濛々と立ちこめる身の上だ。

 正直、会いたくないと力一杯叫び、門前払いをしてしまいたくなる程。


 もちろん、そんな暴挙、許されるはずもないが。


 鐘守が直々に狩人へ報酬を渡しに来るなんて滅多にない。

 だが、今回はそれだけ俺が上げた成果が大きかったということだ。

 さらに、今の俺は療養中となっており、教会に呼び出すわけにもいかなかったという事情もあるのだろう。



「まあ、面識のある白露がいてくれて助かったというべきか」



 俺にとって鬼門とも言える鐘守ではあるが、色々縁のあった白露であれば話は別。

 外面はお子様だが、中身は歳不相応に落ち着いた面を持つ良識人。

 

 彼女相手になら門を閉ざすことはない。

 白露であればいつでも諸手を挙げて歓迎できる。



「その前に、ちょっと綺麗にするか。子供だけど、レディの前だからな」



 俺は身なりを整える為に、ベットから立ち上がった。










 俺達が領主の3男を救出し、ダンジョンを脱出したのはもう5日程前のこと。

 

 先行隊は俺達より1日早く地上に戻っており、あの絶対の死地であった地下35階から誰一人欠けることなく無事帰還。

 

 途中、強大な力を持つ色付きとの遭遇。

 また、変装した暗殺者の襲撃もあったそうなのだが、皆が力を合わせて切り抜けることができたらしい。



 無論、俺やレオンハルト、アスリンチームも何事も無く生還している。

 

 朱妃イザナミを討ち取り、異空間から脱出を果たした俺が、かなり疲労困憊状態であった為、あの後すぐにその場で一夜を過ごすこととなった。


 輝煉の亜空間倉庫に収納しておいたと言い張り、潜水艇を召喚。

 寝室はアスリンチームに譲り、レオンハルトと仲良くリビングのソファで就眠。

 

 まだ『白琵琶』を起動させていたこともあり、敵の襲撃もなく、丸々一晩ゆっくり熟睡することができた。


 その後は輝煉、機械種ジャバウォックのジャビー、機械種デュラハンのデュランを前面に出し、地上に向かって進軍。

 並み居る敵を重量級のパワーで粉砕しつつ、元来た道を辿って進み、たった3日でダンジョンからの脱出を果したのだ。



 







 顔を洗い髪を整え、5分程で身繕いを終えて潜水艇から出ると、そこには白露とラズリーさんの姿。


 俺を見るなり白露がこちらへ駆け出してきて、



「ヒロ! 怪我はもう大丈夫なのですか?」



 俺の服を掴まんばかりの勢い。

 よほど心配をかけてしまったらしい。


 

 確かに、対外的には俺は怪我で療養している形を取っている。

 でないと面倒臭いことが山盛りで降りかかってきそうだったから。


 中央の賞金首を倒した影響がデカすぎるのだ。

 街に出れば今まで白翼協商の名で遠慮していた有象無象達が群がって来てもおかしくは無い。

 

 現に先に地上へ戻ったアルスがそんな状況となっていた。

 あの『歌い狂う詩人』を従属させたのだから当たり前。


 故に俺は療養中としてこのガレージに引き籠ることにした。

 アルスを生贄に捧げてひと時の休暇を取ることに決めたのだ。 


 おかげでこの5日間ずっと部屋に引き籠り。

 そのせいで、朱妃イザナミを倒して手に入れた宝箱の開封もできていない。

 

 罠のことも考えると、街中での開封は避けた方が良いからだ。

 最高位の敵を倒しての宝箱、仕掛けられた罠の難易度も最上級。

 たとえ胡狛と白兎の腕前を以ってすれば、ほぼ大丈夫だとは分かっていても安心できない。

 99.9%大丈夫でも、0.1%を引くのが俺なのだ。


 また、機械種用保管倉庫も未開封のまま。

 こちらは、剣風、剣雷、毘燭のランクアップが終わってから開封予定。

 

 やはり初顔合わせ時の印象がどうしても強くなる。

 故に、晶石合成を行い、白の遺跡にて転職を終わらせた後に何の機種が入っているかを確かめるつもり。

 今、開けてしまうと、もし、女性型が入っていたらすぐに起動させたくなってしまうから。

 

 さて、中量級の人型だとは分かってはいるけれど、一体どんな機種が入っているのか?

 ぜひ、今度こそは高位機種の女性型が出て来てほしいなあ…………







「…………ああ、大丈夫だよ。この通り元気いっぱいさ」



 俺は白露の心配を払拭するように、努めて明るく元気な様子を見せてやる。

 

 今の俺はいつものTシャツとジーパン、パーカーを羽織ったいつものスタイル。

 そして、嘘を見抜く『真実の目』をかけた状態。


 別に白露のことを警戒しているわけではないが、悪意も実害も無かったものの、彼女には何度か嘘をつかれたこともあり、念のために一応用意しておくことにした。


 元々、自分を犠牲にして雪姫を守ろうとしていた健気な子だ。

 また無茶をするかもしれないのだ。

 これは彼女を守る為でもある。



「白露の方こそ元気…………、ええっ!! …………どうしたんだ、その傷は?」



 『元気だったか?』と言葉を続けようとしてビックリ。

 

 白露の顔に複数の引っ掻き傷と青痣。

 まるで殴られたり引っ掻かれたりしたような跡が残っていた。


 以前、バッツ君が割り屋で失敗してボコボコにされた時程ではないが、それでも傷は傷。

 女の子の顔に残るような怪我をさせるなんて…………



「………………………誰にやられた?」



 自分で発した声ながら、怒りのあまり思った以上の低い音程となった。


 どのような理由があれ、こんな幼い女の子に手を出すような奴を許すわけにはいかない。

 

 久々に感じる、自分自身から吹き上がる激しい怒り。

 『俺の中の内なる咆哮』からの狂的な衝動程ではないが、一瞬我を忘れそうになるくらいの感情が俺の心を占めていく。

 もし、この場に加害者がいるなら、即座に殴り掛かっていたくらいに。



 しかし、俺の激怒した様子を見て、白露は慌てて両手をパタパタと振り、



「いえ、これはヒロの思っているような傷じゃなくてですね………、ちょっと喧嘩しただけなので………」


「喧嘩?」


「はい、少し同僚と意見の食い違いがありまして…………、口喧嘩から、ちょっと手が出ちゃいました、てへ♡」


「白露様、アレは『てへ♡』で済ませるレベルを超えているかと思いますが?」



 白露の答えにお澄まし顔のラズリーさんがツッコむ。



「奥の院に籠られてから、なかなか出てこないと思いきや………、まさか、鐘守同士で掴み合い、髪の引っ張り合い、挙句の果てに、引っ掻いたり、噛みついたり………全く、民から尊敬と信仰を受ける鐘守とは思えない醜い争い………、ラズリーは情けのうございます………」



 ハンカチを取り出して、少しわざとらしく目の下の拭うラズリーさん。



 いやいや、アンタ、機械種でしょ。

 なんで泣くような素振りを………


 ……………いや、でも、秘彗や胡狛だって涙ぐんだりすることがあるんだから、ラズリーさんも泣こうと思えば泣けるのだろうけど。



 喧嘩したのは同じ鐘守か。

 そりゃあ、天下の鐘守相手に喧嘩するような人間は、同僚の鐘守以外いないだろうが………

 

 


「女には負けられない戦いがあるのです!」


「だからと言って、流石に噛みつきは反則だと思いますが? しかも血が出るまで噛みついて………」


「ヘヘンッ! 歯の丈夫さには自信がありますから! 『食い血切りのツユちゃん』は一度噛みついたら血が出ても離さないのですよ!」



 二パッと真っ白で整った歯並びを見せびらかすような笑顔を見せる白露。

 まるで歯を磨き終わった後の子供の仕草みたいに。

 

 

 それは自慢するようなことではない。

 しかも『食い血切りのツユちゃん』という物騒な名前は、決して子供にも鐘守にも付いて良い仇名ではないぞ。


 だが、白露の話を聞くに、いじめられたとか、虐待されたわけではなさそうだ。

 『真実の目』にも【嘘】と表示されない以上、それが真実なのであろう。


 でも、そうなると、相手が誰なのかが気になるな。

 もし、俺の知っている鐘守なら…………



「白露。その鐘守に一方的にやられたわけじゃないんだな?」


「はい! ツユちゃんも手酷くやられましたが、相手にはそれ以上の痛手を与えてやりました! だからヒロが心配する必要なんてないんですよ!」


「…………その傷、回復剤とか、再生剤とか使えばすぐに治るだろう? なんで早く治療しないんだ?」



 普通ならそんな高価な薬、青痣やひっかき傷程度で使わないだろうが、白露はお子様でもこの世界の支配階級でもある鐘守。

 『再生剤』の一つや二つ、必ず用意していると思うのだけれど。



 俺がそう尋ねると、白露はあまり聞かれたくないような表情をした後、少しだけ目を伏せて、



「…………………実は、鐘守と『再生剤』みたいな薬、相性が良くないのです。使っちゃ駄目という訳ではないのですが、多用すると色々副作用が出てしまう可能性がありまして………」


「ふ~ん………、アレルギーみたいなものか。それじゃあ仕方が無いな」


「……………でも、大丈夫です! これくらいの傷、すぐに治ります! どっちかというと、ツユちゃんが噛みついた相手の方が大変です! きっちり歯形をつけてやりましたので! あっちは当分治りませんよ!」


「コラコラ」



 とんでもないお子様だ。

 こういう相手に遠慮しない野生児とは絶対に喧嘩をしてはいけない。


 全く、その噛みつかれた方の鐘守も可哀想に。

 美少女、美女が歯形付きなんて、ちょっと人の目に触れさせられないぞ。



「……………ちなみに相手は誰なんだ?」



 やはりその鐘守の名が気になり、白露に聞き出そうとするも、



「………………昔、ツユちゃんが面倒を見てあげた子です。幼い頃は怖がりで、ずっと私の背中にひっついて回っていた子なんですか、いつの間にか、私よりも偉くなって………」



 白露からは具体的な名前が返って来ず、少し抽象的な思い出話が語られて………


 そんな話をする白露の顔は吃驚する程大人びて見えていたのだが、



「最近生意気だったのです! だから少しヤキを入れてやりました!」


 

 突然、子供へと逆戻り。

 

 フンスッ! と鼻を鳴らして偉そうに胸を張る白露。

 ガキ大将が威張り散らしているかのようなポーズ。


 本当に大人から子供への落差が激しい。



「不良少女か! お前は!」


「違います! 健康優良少女です!」


「そうじゃねえ!」



 確かに白露は元気花丸少女であろう。

 だが、俺の言いたいのはそういうことではない………



 いやいやいや、俺が知りたいのは、その鐘守の名前なわけで………




「はあ…………、で、その鐘守、なんて名前なんだ?」


「……………ヒロはユ………、コホンッ! …………ツユちゃん以外の鐘守に興味があるのですか?」



 もう一度その鐘守について問うと、白露の少し機嫌が悪くなった。

 僅かに棘のある視線が俺へと降りかかってくる。



「ヒロは…………、こんなお子様のツユちゃんより、もっと大人な鐘守に報酬を持ってきて貰いたかったのですね…………」



 だんだんと白露の目が潤み出し、やがてスンスンと鼻をすすり始め、



「グスン………、ツユちゃん、ヒロに喜んで貰えると張り切ってやってきましたのに…………」


「いや、そんなことないから! ごめん!」



 イカン! 

 わざわざ報酬を届けに来てくれた白露の前で他の鐘守の話は厳禁だな。


 まあ、先ほどの話を聞くに、俺の知っている鐘守では無いだろう。

  

 まさか、白月さんが白露相手に喧嘩する訳が無いし、

 あの頭脳明晰そうな白雲や、計算高い白花が、お子様な白露と掴み合いの喧嘩をするとは思えない。

 性格的には白風ならありえそうだけど、その身体能力を考えたら、白露なんてデコピン一発でノックダウンさせるはず。


 昔、面倒を見たと言っていたし、多分、白露に近い年齢の鐘守なのだろうな。

 今まで通り白の教会には近づくつもりはないし、ここで無理に聞き出す必要も無いか。


  

 ……………そう言えば、折角このガレージまで来てくれたお礼もまだ言えていなかった。

 全く、レディを前にして、不作法にも程があるぞ。




「白露が来てくれて、めっちゃうれしい! ありがとう!」



 今更あからさまに取り繕うとする俺。

 しかし、そんな俺の姿を白露はじっと訝し気に見つめて来て、



「……………本当に感謝してくれていますか?」


「ああ! もちろん! さあさあ、潜水艇の中に案内しよう! 美味しいスイーツ系ブロックも用意するぞ!」


「甘いものをあげておけばお子様は機嫌が直るとか思っていませんか?」


「……………俺ができる精一杯のおもてなしをしようと思う。スイーツ系ブロックは嫌いか?」


「大好きです!」


「そうか、俺も大好きだ」


「…………………」


「…………………」



 しばらくお互いを見つめ合う俺と白露。


 図らずも『大好き』を交わし合うこととなった2人。


 この部分だけを切り取ってみれば、互いに告白し合った仲とも見える。


 しかし、俺と白露の間にある絆は『恋』でも『愛』でもない………、今はまだ。


 

 あと、5年経てばきっと白露は素晴らしい美少女になるであろう。

 その時、もう一度、『私のヒーロー』と呼んでくれたのなら、俺はどのような反応を返すだろうか?

 

 もし、その時、俺の隣にまだ誰もいないのであれば…………



「………………」



 ふと、気になって白露の顔に手を伸ばし、


 その滑らかで弾力のある頬に触れる。

 


「ヒロ?」



 俺の突然の行為に驚く白露。

 

 でも、俺の手を拒むことなく受け入れて、



「あ………………」



 俺の手の平からナニカ熱いモノが注ぎ込まれ、白露から小さな声が漏れる。


 それは治癒力を高める『気功術』。


 女の子の顔に傷が残っているのは、俺的には我慢できないことなのだ。



「ヒロ…………、貴方は今、何を…………」


「ちょっとしたおまじないさ。『イタイノイタイの飛んで行け』ってね」



 呆然と呟く白露の顔。

 残っていた青痣やひっかき傷がほんの僅かに薄れたように思える。



 

 元々『気功術』自体、元の世界にもあった…………かもしれない技能。

 未来視における魔弾の射手ルートでも、何度も傷ついた団員に施したこともある施術。


 軽く気を流し込んだ程度なので、効果はそこまで劇的なモノではない。

 多少傷の治りが早くなるくらい。

 

 でも、これで傷跡が残ることはないだろう。

 本当は白兎の『ケア○』で治療した方が良いのだが、鐘守相手に聖獣型と偽るのは難しい。


 だから、俺が治した。

 

 実のところ、俺が『気功術』を行使することに、少々のリスクはあるように思う。

 俺の特異性を鐘守である白露に知らしめてしまうことになるのだから。


 おまけにそれで得られるのは俺の精神的な満足だけ。

 リスクに対して即物的なリターンは無いに等しいだろう。


 だけど、傷ついた白露をこのままにはしたくなかったのだ。

 この時だけは、そうしたいと思ったから、そうした…………


 


「『命操術』? ひょっとしてヒロは…………」



 なにやら難しい顔で思案を続ける白露に対し、



「さあ、白露。俺のホームへとご招待しよう」



 その手を取り、潜水艇へと招き入れようとすると、



「……………はい、お邪魔します」



 白露は俺に手を引かれるまま歩き出した。


 俺の手をギュッと力強く握り返して。





『こぼれ話』

この世界の感応士が使う『感応術』の中に『命操術』というモノがあります。

これは超能力の一つである治癒能力、所謂『ヒーリング』に当たります。

傷や病気を癒す能力ですが、自身の生命力を活性化させて超人的な力を発揮するという使い方もできます。

また、難易度は高いですが、他人の生命力を操ることも可能。

生命力を抜き取ったり、皮膚や肉を傷つけず手術(心霊手術)できたりします。

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