第613話 切り札


 

 戦闘開始後、ガイはカウンター狙いで相手の攻撃を待ち受けた。


 それに対し『大剣従機』は恐るべき速度にて踏み込み、上段からの切り降ろしで対抗。


 敵の思わぬ速攻に目測を誤ったガイ。


 しかし、元々防御態勢を取っていたことで、ギリギリで自身の機械義肢を前に割り込ませることに成功。

 『大剣従機』の刃を受け流そうと前方をガード。


 だが、全高2mの長身から振るわれた大剣は、たった1撃でガイの機械義肢を切断。


 竜種を殴りつけてなお、傷一つ負わなかった頑強な機械義肢。

 おそらく元は相当な高位機種の右腕に改造を施したモノであっただろう。


 だが、『大剣従機』の初撃にて、易々と切り裂かれた。

 まるで日本刀で切り付けられた巻き藁のごとく………

 




 ガシャンッ!!!  




 肘の上から一閃で断たれ、床へと落下して重い音を奏でる機械義肢の前腕部。


 切り飛ばされてしまえば、たとえ機械義肢とてただの腕の形をした金属塊に成り代わる。


 数々の敵を葬ってきたガイのメインウェポンはここに失われてしまった。



「ガイ!!!」



 いきなり絶体絶命の大ピンチに、リングへと身を乗り出してガイの名を叫ぶ俺。


 幸い、機械義肢を切り飛ばされただけで、身体そのものには被害は無い。

 もし、最初から攻めの姿勢で殴りかかっていれば、機械義肢ごと身体を両断されていたかもしれないが、今のところ行動自体に問題は無い。


 だが、主武器を失ってしまったのは致命的。

 試合が開始されてから10秒も経っていないが、ガイの敗北は濃厚を通り越して確定に近い。

 


 このままだとガイが危ない!

 早くギブアップ宣言しないと…………



「闇剣士よ! 先鋒戦はこちらの負けだ! だから…………」


「まだだ! まだ終わってねえぞ!! ヒロ! 勝手に決めんなああ!」


 

 俺の言葉を打ち消すようにガイの怒声が響く。


 ガイは自身の頼みの綱である機械義肢を失ってしまったのにも関わらず、怯んだ様子すら見せずにすぐさま反撃開始。



 残った生身である左手を背後へと回し、背負い袋からミドルの銃を取り出して構える。


 その挙動は恐ろしく滑らかなモノ。

 左手一本とは思えない堂に入ったクイックアクション。

 教官から嫌という程練習させられた抜き撃ち練習の成果とも言える。



 バンッ!!!



 ライフル銃にも似たガイ愛用のミドルの銃口から吐き出されたのは散弾。


 発射されると同時に無数の礫をばら撒く、回避困難な面制圧の為の銃弾。



 取り回しの悪い2mもの大剣を振り降ろしたばかりともあって、『大剣』の動きは鈍く、防御行動すらできずにまともに銃弾を受けてしまう。




 バンッ!!!

 バンッ!!!



 続けて2発、散弾を至近で発射するガイ。


 だが、これは相手に防御される。


 『大剣』はその手に持つ大剣を盾に顔面や胸部を庇い、重要部位をガッチリとガード。

 しかし、剣身の範囲では庇いきれない周辺部は被弾し、火花と共に装甲に小傷が刻まれていく。


 

 金属の鎧を着こむ機械種とて、至近距離でミドルの銃の散弾を受ければ破損は免れない。

 しかも、散弾という特性上、至近であればあるほど銃弾の密度が上がりダメージが大きくなる。

 

 多少左右に動いた程度では躱すこともできない。

 後ろへ後退してある程度距離を取れば、やり過ごすこともできるだろうが、『大剣従機』としては、自身の得意な近接戦の間合いを維持したい思惑があるのだろう。


 折角相手の主武器を破壊したのだ。

 ここで一気に討ち取ってしまいたいのであろうが………


 


 バンッ!!

 バンッ!!



 だが流石に4発、5発と銃弾が撃ち込まれると、後ろへ下がらざるを得ない。

 

 大剣を盾にしつつ素早く後退。

 銃を構えたガイから10m以上の距離を取る『大剣従機』。



 ガイの方も『大剣従機』が後ろに下がったことで発砲を取りやめる。


 散弾では相手に離れられると威力が下がる。

 人間相手なら中距離ぐらいまでは十分に殺傷圏内ではあるが、機械種相手だと威力不足。

 通常弾に切り替えることもできるだろうが、左手一本での射撃だとどうしても命中率が悪くなる。

 残りの弾数的に無駄撃ちを避けるしかなく、追撃は諦めた様子。

 



 激しいぶつかり合いから一転、互いに武器を構えたまま睨み合いへと移る。


 双方の距離が開いたことで、初戦の攻防はこれで一旦終了。


 もちろんこれで試合が終わりなんてあるはずがない。

 どちらかが死ぬか、大破されるか、もしくは、ギブアップ宣言を行うかでしか勝負は終わらない。


 どちらも死ぬにも大破にも程遠い状況。

 だが、それぞれ被害を負ったのは間違いのない事実。

 


 『大剣従機』の被害は一発目の散弾をまともに受けたことによる腹部装甲の一部破損に、全身に渡る引っ掻いたような小傷が少々。

 いずれも装甲表面だけの被害に留まり、行動に支障が出ない程度。


 一方ガイの被害は一目瞭然。

 右腕の機械義肢が肘の上辺りでバッサリと切断。

 生身の部分に負傷は無いのだが、ガイの主武器が失われた状態。

 どれだけ贔屓目に見ても、初戦の攻防はこちらの負け…………



 いや、すでに勝負自体に敗北していると言っても良い状況であろう。


 ガイの戦力の大半は右腕の機械義肢にあるのだ。


 命中さえすれば重量級をも一撃で仕留められる機械義肢の破壊力。

 それを十全に使いこなす戦闘センスと、どんな敵にも怯まない度胸が、ガイをここまでの位置にまで押し上げた。


 万全であれば敵がストロングタイプであってもそれなりに勝負ができたはず。

 しかし、機械義肢を失ってしまった今の片腕の状態では、高位機種と戦闘を続けることなんてできるわけがない。


 ガイが左手一本で構えているミドルの銃は下級。

 それだけで戦いを続行するのはあまりに無謀。

 ガイにとってミドルの銃は、あくまで接近戦を仕掛ける為の牽制用。

 弾数を絞り、その分威力を上げているが、高位機種相手には届かない。

 

 いくら威力を上げようともミドルの下級程度では、あの『大剣従機』に致命的なダメージを与えるのは難しい。

 ガイが針の穴をも通すような銃の名手であれば、敵の駆動部や装甲の隙間を撃ち抜くことができただろうが、アイツの腕前は俺より少し上な程度。

 奇跡的な確率でクリティカルヒットさせなければ、敵を倒すのはどう考えても不可能………

 

 

「ガイ! もう無理だ! ギブアップしろ!」

 

「うるせえぞ! ヒロ! 俺はまだ戦える!」


「アホか! 銃1つで勝てる相手じゃないだろ! 機械義肢を失った時点でお前の負けだ!」



 これが対人戦であれば、銃は決して近接武器に劣らない………、むしろはっきりと上回るであろう。


 だが、相手が機械種ともなると話は変わる。


 人間にミドル下位の銃弾が1発当たれば、どの部位であっても致命傷。

 手足であれ、肩や腿であれ、その部分が肉や骨ごと吹き飛び、血を撒き散らしながらその痛みでのたうち回る。


 訓練を受けた兵士ならある程度痛みに耐えられるかもしれないし、薬物で痛みを誤魔化す手段もある。

 

 しかし、それでも戦力が激減することに違いは無い。

 たった一発の銃弾を当てることさえできれば、勝率は大きく傾く。


 けれども中量級以上の機械種は違う。

 銃弾1発が機体に喰い込もうと、貫通しようと、相手は機械。

 よほど中枢部分を貫かれない限り、怯む事すらせずに向かって来る。


 ミドルの中級以上のホローポイント弾や徹甲弾、又は、ラージの下位以上でないと一発で致命傷を与えるのは難しい。

 若しくは銃手を多数揃えて、銃弾の嵐で削り切るか………


 どの道、左手しかない今のガイでは、ミドルの銃を構えて撃つだけでも精一杯。

 最初の攻防を凌いだだけでも殊勲賞であろう。


 少なくとも、敵の力量が想像していたよりも上であることが分かったのだ。

 戦果としてはそれで十分。




 

「もういいだろう? お前は良く戦った………」


「やかましい! まだ終わってねえって言ってるだろ!」


「ガイ、いい加減にしろ!」


「いい加減にするのはお前だ!」



 リングの内と外で言い合う俺とガイ。


 ガイは視線を『大剣従機』へと向けたまま、苛ついた声で怒鳴り返して来る。



「ガイ! 無理しないで! 後は僕達に………」


「うるせえぞ、アルス! こんなんで終われるか!」


「そんなことを言っている場合じゃ…………」



 懸命に降参を勧めるアルスの言葉もガイには届かない。

 

 また、ハザンやルガードさんは口出しする様子は見られない。


 ガイの心情を慮っているのか、それとも、まだガイに勝機が残っていると思っているのか…………




 いや、こんな状況から大逆転なんて不可能だ。

 ガイの命を救う為にはギブアップするしかない。


 ガイは、俺やアルスの言葉を聞く気はこれっぽちも無いだろう。

 そうなると、俺の方から闇剣士へとギブアップ宣言を申し入れなければ………

 

 

 

 しかし、闇剣士からの返答は、



 

「そのギブアップは認められんナ。当の本人が試合の続行を望んでいるのダ。意識不明等で本人からの申し出ができない状態ならともかク、今のような状況でハ、部外者からのギブアップは受け付けんゾ」


「な! ………てめえ!」


「おかしなことかネ? 勝負を続ける続けないは当人同士の問題ダ。そこに部外者が割って入るモノではなイ。第一、その若者はまだ戦意を失っていなイ。それを無下にするのは戦士に対する侮辱だナ」


「くっ………、この野郎……………」



 歯噛みして闇剣士を睨みつける俺。


 だが、これはギブアップ条件の定義を詰めきれなかった俺の失態。


 そもそもこの勝負事のルールを決めているのはコイツなのだ。

 俺が持ち掛けた提案を受け入れたのも、その方が俺達が苦しむと思ってくれたからに過ぎない。

 

 ここからどれだけ言葉を連ねても首を縦に振ることは無いだろう。

 闇剣士はこのままガイが『大剣従機』に嬲り殺されるのを期待しているに違いない。



 クッソ! 想定が甘かったか…………

 最近、ガイは俺の言うことを聞いてくれていたから、甘く見過ぎていた。


 彼にとっては先輩の敵討ちでもあるし、尊敬する団長の見ている前でもある。

 アイツの性格から言って、たった1度の攻防で右腕を失い、スゴスゴと降参なんてできるはずがないのだ。 

 


 だが、当然ながら、俺だってこのまま黙って見ているなんてできない。



 ガイの野郎!

 我儘言いやがって!


 こっちは誰一人欠けさせない為に、色々と苦労しているって言うのに………

、こうなったら、ブルハーン団長から直に言ってもらうとするか…………



 試合に参加する予定の俺達から少し後ろに控えているブルハーン団長に、ガイへ降参するよう促してもらおうとした時、



「ヒロ、待ってくれ! 俺だって馬鹿じゃねえ! まだ勝ち目は残っているんだ!」


「はあ?」


「切り札があるんだよ! コイツを使えば、あの野郎とまだまだ勝負ができる!」



 リング上のガイはいきなり戯けたことを言い出したかと思うと、



「んん? なんじゃ?…………」



 ミドルの銃を残った右腕の脇に挟み、左手を背中に回して背負い袋からナニカを取り出す。



「………………ロボットアーム?」



 ガイが左手に持ったのは、長さ50cm程度の機械義肢らしきモノの一部。


 ただし、切り飛ばされたモノとは違い、鉄パイプを少し太くした程度の華奢な作り。

 その先端は古めいたロボットの手をイメージしたような「C」型。

 いかにも安っぽい外見をした玩具のロボットの腕部分。



「へへへ………、これがあれば………、あんな奴に負けはしねえ」



 ガイは不敵な笑いを浮かべ、脇に挟んでいたミドルの銃を、もう用は無いとばかりに放棄。


 銃を床へと落として、そのロボットアームだけを武器に、大剣従機と対峙する。



 

「おい! なんだよ、それ……………」


「コイツはな、俺の出発点で俺の切り札だよ。コイツのおかげで俺は今まで生き残ることができたんだ………」



 大事な宝物であるかのように、簡素な造りのロボットアームを左手一本で握り締めているガイ。

 その様子は少々太めの鉄パイプを構えた不良少年にしか見えない。

 

 だが、ガイが取り出したロボットアームにどこか既視感を感じ、



「……………あ、そうか、アレは…………」



 ふと頭に過ったのは、このダンジョンに潜る直前で見た、鉄杭団入団ルートの未来視でのこと。

 入団テストで出会ったガイの右腕に装着されていたモノであることを思い出す。


 当時のガイと団長との会話から、切り飛ばされた機械義肢を装着したのは鉄杭団の入団テスト合格後であったのだろう。

 つまり、あの簡素な造りのロボットアームはその前に付けていた代用品。

 

 だが、それを『切り札』とは、一体どういうことか?


 どう見ても、そんな大層な仕組みが組み込まれているとは思えないが…………



「まさかコイツを使うことになるとは思わなかったけどよ。だが、この戦いは絶対に負けられないんだ! テメエはコイツで完膚なきまでに破壊してやんよ! 覚悟しろ!」



 機械義肢と呼ぶには些かシンプル過ぎる形状。

 故にロボットアームという呼び方がしっくり来る仕様。

 ガイはそれをまるで聖剣でもあるかのように、ビシッとその先端を敵へと突きつけながら口上を述べる。


 その場面だけを切り取れば、観客から失笑を買いそうな三流寸劇。

 最初から配役を選び直して、もう少し小道具に予算を付けろと言いたくなるような出来の悪さ。



 しかし、そんな得体の知れないモノを自信あり気な態度で向けられた『大剣従機』は、少しばかり警戒したような素振りを見せる。


 こんな命のかかった戦場で、然して頑丈そうに見えない古びたロボットアームを突きつけられたのだ。

 逆に怪しさを覚えて、躊躇う気持ちも分からないでもない。

 


 

 大剣を油断なく構える『大剣従機』と、


 古びたロボットアームを片手に堂々たる態度で臨むガイ。

 

 互いに少々距離を取りながら向かい合う1機と1人。


 どちらも微動だにせず、相手の出方を伺うような構え。


 次第にピリピリとした殺気がリング内に充満していき…………






「いかんな」



 ポソッと呟かれたルガードさんからの不穏な言葉。


 思わずルガードさんへと視線を向ければ、厳しい顔つきで大剣従機を睨みつけている姿が目に入る。



「相手は練り上げているぞ」


「練り上げ………ですか?」


「ああ、敵は剣士だが、遠距離攻撃手段を持っているようだ」


「え? ……………でも、先行隊との戦闘では従機達は近接戦だけで遠距離攻撃は使って来なかったと………」



 従機4機はいずれも接近戦の物理オンリーと聞く。


 人型の近接戦専用の機械種は大抵そうなのだ。

 稀に銃を併用する機種はいるけれど。 


 ストロングタイプまで行くと、剣風、剣雷の粒子加速砲や、シルバーソードの重力斬等の遠距離攻撃を覚えるのだが…………

 


「どうやら、外見は同じでも敵の仕様は異なるようだな…………、若しくは、何らかの理由により、ランクアップしたのか…………」


「ランクアップ? まさか…………」


「ガイの機械義肢を切り飛ばしたのは、剣先に這わせた圧縮重力斬。おそらく戦闘開始前から溜めていたのだろう。そして今も機体のマテリアル重力器を稼働させ、剣身に注ぎ込んでいる最中だ」


「!!! …………ガイ!! 重力斬が来るぞ!」




 ルガードさんの見解を聞き、すぐさまガイへとアドバイス。



 もし、シルバーソード並みの重力斬が飛んで来れば、人間の身体など一発で両断。

 しかも重力の刃は見えないから躱しづらい。


 しかし、事前に分かっていれば対処の仕様もある。

 剣を振るう動作に乗せる攻撃なのであれば、とりあえずその場から飛びのけば回避できる可能性が高い。



「いや、違うな」



 俺のアドバイスに被せるように、ルガードさんから否定の言葉が飛ぶ。

 そして、その後に続く無情とも思えるガイの危機が述べられた。



「重力斬と呼べるほど圧縮されていない………………、そもそもガイは機械義肢以外は生身の人間。あれだけ時間をかけて練り上げれば、かなりの高出力となるだろうし、それをわざわざ超重力を刃の形に凝縮しなくても、ただその重力波を広範囲にばら撒くだけで人間なら致命傷だ」


「そ、そんな…………、どうやって躱せば…………、クッ!! ガイ! 早くその切り札とやらを使え! 出ないと重力で押し潰されてペシャンコだぞ!」


「………………」

 


 だが、ガイは俺のアドバイスを聞いても動こうとはしない。


 ただ、歯を食いしばりながら、真正面から大剣従機を睨みつけるのみ。



「おい! ガイ!」


「…………………」


「聞いているのか! 」


「……………………」



 再三の俺の言葉にも無視を貫き………………………、時間切れ。




 ブンッ!!!




 大剣従機がその長大な大剣を横薙ぎに振り切る。


 当然ながら、その刃はガイには届かない。


 ただし、大剣と共に振り放たれた重力波は別。


 マテリアル重力器にて練り上げられた超重力の波動が大剣従機の前方を埋め尽くすように放射される。


 それは時間をかけ、何十倍にも加圧された超重力の津波。

 機械種でもまともに受ければ装甲はへしゃげ、内部まで損傷を与える威力を秘める。

 

 人間などひとたまりも無い。

 多少体を鍛えていることなど何の意味も無い…………



「ガイ!!!」



 俺が悲鳴に似た叫び声を上げる中、



 ズンッ!!!



「ぐおっ………」



 超重力の津波をまともに受けてしまったガイの身体が一瞬震えて、







「………………だああああああああああああああああ!!!!」



 




 ガイの雄叫びがリングを震わせる。

 

 まるで気合で超重力を跳ね除けるかのように。



「な……………」



 あまりに信じられない光景に絶句する俺。



 ガイは到底人間では耐えられないはずの重力波を耐えきった。

 一歩も引かずロボットアームを構えた体勢を維持したままで。


 吹き飛ぶか、バラバラになると思っていたガイの身体に欠損は見られない。

 少なくとも見える範囲ではダメージは無いように思える。



「どうやって? 生身の人間が……………、重力なんて、そうそう防御する手段なんて……………、あっ! 『幽遠絽』か!!」



 思い出したのは、俺の左手にある『幽幻爪』と共に玄室で手に入れた発掘品。

 鑑定した胡狛の弁によれば、攻性マテリアル術の威力を減衰させる効果を秘める防具。


 ガイの首元に巻かれたストールがソレ。

 個人用の携帯防具としては相当なモノであるはず。

 

 あれならば、大剣従機の重力波を耐えきることができたのも頷ける………




「んん? でも、待てよ。あの『幽遠絽』は確か…………」



 

 胡狛の説明では、銃弾や炎、冷気、電撃といった基本4種の攻性マテリアル術に対しての効果はかなり高いが、重力については半減程度と言っていたような………

 

 


「ハハハハハッ! 全然効かねえぞ! お前の切り札はこんなモノかあああ!!!」



 リング上のガイが吼えるように敵に向かって挑発。



「どうした、どうした? お前のデカい剣は飾りかよ? そんな遠い所からブンブン振り回したって、俺には当たらねえぞ!」



 左手にロボットアームを持ったまま、嘲り口調で大剣従機を扱き下ろす。



 俺とガイとの付き合いは数ヶ月。

 月に2,3回教官の射撃場で出会うくらい。

 けれど、ダンジョンに潜ってからは随分と濃密な時間を過ごしたと思う。

 

 だから、敵を罵るガイの声に随分と無理をしているような響きを感じ取ることができた。




 アイツ、結構効いているんじゃないか?

 今にもぶっ倒れるぐらいにダメージを受けているんじゃ………




 ガイの身体を見る限り、特に負傷した様子は見られない。

 しかし、『幽遠絽』で減衰させたとはいえ、重力波をまともに浴びたからには外からは見えない内臓や骨にダメージを喰らっていたとしても不思議ではない。

 むしろ、たとえ威力を半減させていても、高位機種が繰り出した重力波を正面から受けて立っていられる方がおかしいのかもしれない。


 また、超重力に晒されたのにもかかわらず、古びたロボットアームは折れも曲がりもせず存在。

 やはりガイの言うように、特別な力を持つ発掘品の部類なのであろうか?




「俺の切り札が怖いのかよ! てめえはそれでもレッドオーダーか? 人間相手にびびってんじゃ………」


 

 そこまで挑発を口にしたところで突然、口を噤み、

 


「………へえ? やっとその気になったか」



 ガイの顔が喜色で歪む。


 

 ようやく大剣従機が動きを見せたのだ。

 大剣従機は剣を構えたままゆっくりと前進を開始。


 別に度重なるガイの挑発に乗った訳では無いのだろう。

 大剣従機からすれば、自身の遠距離攻撃が効かなかったのだから、近接攻撃に切り替えただけ。

 

 実の所、ガイは結構なダメージを貰っているようだが、強気の演技が功を奏し、大剣従機は己の大剣にて仕留める方法を選んだ。


 おそらく、先ほどの重力波はそれなりに消費が激しく、何度も使える攻撃ではないのだろう。

 レッドオーダーとて、自然と供給されるマテリアルは無限だが、即座に全回復するモノでは無い。

 

 ならば、ガイが持つ古びたロボットアームの仕様は不明だが、それでも敵を倒す為には近づくしかない状況。

 それでもすり足に近い慎重な足取りであるのは、やはりガイが言う『切り札』を気にしてのことに違いない。


 


「へへ、そうこうなくっちゃな………」



 

 すると、ガイは数メートルだけ横へと移動。

 ロボットアームを左手に持ち、敵を視界の中央に捉えながら半円を描くように足を進める。


 大剣従機の方もガイの移動先を追うように進行方向を修正。

 


 果たしてその移動に何の意味があるか分からないが、ガイの顔は真剣そのもの。

 大剣従機の一挙一動を見逃すまいと凝視。




 そして、大剣従機がリング中央に差し掛かった時、




「マグネット!!!」



 

 ガイが突然叫んだ。



 

 ガチャンッ!!!



 

 すると、リング中央に転がっていた、切り飛ばされたはずの機械義肢の前腕部がいきなり反応。

 床から飛び上がり、その傍を通り過ぎようとしていた大剣従機の腿辺りをガッチリと掴む。

 

 まるで磁石に吸いつけられるような挙動。

 まさか切り離された機械義肢が動くなんて予想外。


 成人男性の1.5倍もある巨大な鋼鉄の拳は、大剣従機の装甲へと力強く指を喰い込ませて、




「あばよ、相棒! 『エクスプロージョン!!』」





 ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!!





 続けて叫んだガイの合言葉に反応して爆発。


 眩い炎と激しい音が轟き、リング中央を赤く染める。


 瞬く間に大剣従機の姿は焔に包まれて炎上。


 爆弾が破裂したというよりは、対象に熱エネルギーを注ぎ込んでの誘爆であろう。

 いわば範囲を限定した自壊誘導兵器。


 想像するに、ガイの機械義肢に予め仕込まれていたギミックの一つ。

 ただし、1回しか使用できない、文字通りの切り札。

 

 そして、今回、虎の子とも言える機械義肢を犠牲にすることで勝ちを拾った。 


 彼の切り札は最初からあの機械義肢だけだったのだ。



「あんにゃろう………、あの安っぽいロボットアームはブラフかよ!」



 あの機械義肢はどうやら音声入力式であったのだろう。

 故に切り飛ばされてもガイの声に反応したのだ。


 機械義肢を切断されて以降、ガイはずっとコレを狙っていた様子。

 だから床に転がった機械義肢の方に意識が行かないように、ガイはこれ見よがしにブラフであるロボットアームを見せつけていたのであろう。




「頭を使って勝つなんて、死ぬほどアイツに似合わないな…………」




 ほっと安堵の表情を浮かべる俺の前で、

 

 ガイはそれまで大事に握り締めていたロボットアームを放り捨て、


 代わりに床に転がしていたミドルの銃を拾い上げて銃撃。




 バンッ!!

 バンッ!!

 バンッ!!




 赤熱して半分以上融解してしまった大剣従機の機体へ、トドメとばかりに銃弾を何発も叩きつけ、








「おっしゃああああああああああ!!! 勝ったぞおおおおおお!!!」







 そして、その10秒後には、ガイの勝利の雄叫びがリング上に響くこととなった。


 







『こぼれ話』


特殊な能力を持つ機械義肢には大抵高位機種の晶石が使われています。

その晶石の元の機種に相応しい能力が宿るからです。


機械種ライジュウの晶石を使えば雷撃が使用できるようになったり、機械種エンジェルの晶石を使えば粒子加速砲を撃てたり、飛行できるようになったりします。


また、この特性を利用して、晶石を組み込んだ武器も開発されています。

さらには複数の晶石を組み合わせた兵器なんかも存在します。

 

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