第606話 目的地



ピッ! ピッ! ピッ! ピッ!



「んあ? ………………もう朝か」



 翌朝、携帯のアラームで7時頃起床。


 目を擦りながら車の外に出ると、皆から「おはようございます」の挨拶が飛んでくる。


 白兎が一歩前に出て、廻斗、秘彗、毘燭、剣風、剣雷、輝煉がその後ろで横並びに整列。

 また、アルスやアスリン、レオンハルトの従属機械種達も俺へと敬意を払うように身を正す。



「ん、おはよう」



 手を上げて適当に返事。

 そして、欠伸を噛み殺しつつ、朝の支度にとりかかった。



 ザパンッ!


「ふう………、さっぱり………」



 生活用品の発掘品、『ウォーター・コントローラー』で作り出した宙に浮かぶバレーボール程の水球。

 そこに頭ごと顔を突っ込み、洗顔を済まし、髪の毛を整える。

 


 ゴシゴシゴシ………



 フワフワと浮遊する廻斗にタオルで顔や頭を拭いてもらい、



 ボフォオオオ…………


 

 白兎の口から噴き出される乾燥した温風で髪の毛を乾かしながら歯磨きしていると、



 バンッ!


「んも?」



 巨大戦車の扉がいきなり大きな音を立てて開き、




 ドンッ! ゴロゴロゴロ………

 



 なぜか、歌い狂う詩人………、いや、トライアンフが中から蹴り出されてきた。




「アウチッ! ……………扱いが酷くありませんか? ただワタクシは皆様の爽やかな目覚めを促そうとしただけですのに!」



 玄室の床に転がされたトライアンフは、ムクッと立ち上がって、蹴り出したと思われるガイへと抗議。



「うるせえ! 朝っぱらから騒音を撒き散らしやがって!」



 巨大戦車の扉から身を乗り出しながらガイが怒鳴る。


 その足元には、心なしか耳はフニャっとしなびた感じの白志癒。

 もう処置無しと言わんばかりに、げんなりした顔でため息をついている。



「騒音とは失礼な。これはヘビーメタルという立派な楽曲で………」


「知るか! 気持良く寝ている所に、鼓膜が破れそうになるぐらいの大音量で鳴らすんじゃねえ! もう少しマシな起こし方があるだろうが!!」



 どうやらガイや白志癒の様子を見るに、トライアンフがまたやらかしたようだ。

 


 音楽が身近なモノではないこの世界の人間に、ヘビーメタルは些か劇薬過ぎる。

 そもそもヘビメタは目覚ましの楽曲には明らかにミスマッチング。


 だいたいトライアンフが、俺の元いた世界の楽曲を知っていること自体がおかしい。

 全く、どこのどいつが、そんな曲をコイツに提供したのであろうか?


 …………原因は白くて丸くて面白い奴だろうけど。

 どうせアマピョライムか、ラビットチューブでダウンロードしたんだろうな。




 その後、アルスやハザン、レオンハルトが出て来て俺へと挨拶。


 皆、一様にあまり寝起きの状態が良くなさそうな顔である。


 

「ふむ? 皆さま、顔色が良くないですね。ひょっとして寝付けなかったのですか? いけませんね、狩人家業は身体が資本ですよ」


「「お前のせいだ!!」」



 トライアンフの恍け具合に、アルスとガイのツッコミがはもる。

 

 ハザンとレオンハルトは何とも言えない苦い表情。


 

 今、考えると、俺はこっちの車両に避難していて正解だったな。

 アルス達には悪いけど……………

 


 

 朝っぱらのトラブルはこれで終わり。

 あと、潜水艇から出てきたアスリン達が、いつの間にか出現した巨大戦車に驚くというハプニングがあったぐらいで、それ以外は何事も無く…………いや、



「おはようございます、お嬢様方。今日は一段とお美しく見えますね」


「………………………」



 トライアンフの、昨夜は何もなかったような軽い挨拶に、アスリン達が全無視を貫いていたな。

 

 コイツ、何で全方位を敵に回しているんだよ…………

 

 

 結局、白志癒がトライアンフの足を蹴っ飛ばし、アルスが頭を押さえつけ無理やり謝罪させて一応の和解。


 この先のアルスの苦労が思いやられるような光景であった。









 軽く朝食を済ませた後、寝泊りしていた玄室を出発。


 目指すは最終目的地である地下35階。


 順調に進めば1~2時間で辿り着けるだろう距離。


 ただし、レッドオーダーとの遭遇、戦闘は避けられないであろう道程。




 だが、こちらの戦力はストロングタイプの集団に、重量級の高位機種を2機揃えた大部隊。

 大掛かりな罠と奇襲を組み合わせた特殊なケースでもない限り、俺達が苦戦することは無いであろう。










 ゴアアアアアアアアアアア!!


 

 通路に響く咆哮。

 早速現れたレッドオーダーの集団。

 床から数メートルに浮かびながらこちらへと襲いかかってきた真っ黒な顔無し悪魔、通称、夜鬼と呼ばれる機械種ナイトゴーントの群れ。

 


 元ネタはクトゥルフ神話。

 蝙蝠の翼、牛の角、長い尾に、三又槍を持つ顔の無い悪魔。

 侵入者を捕まえ、空へと持ち上げてから落とす、又はどこか知らない場所へ連れていく、等の逸話を持つ幻想生物。


 機械種ナイトゴーントは主に野外で出没するレッドオーダー。

 重力制御を用いて集団で人間を空へと攫っていく厄介者。

 

 だが、ダンジョン内であれば、空へと持ち上げるのは不可能。

 しかし、地に降りても、状態異常を引き起こす術と三又槍を使いこなし、集団戦闘を得意とする手強い敵であることに変わりはない。

 数が揃えば決して油断ができない戦力をなりうる相手。

 

 そして、その数は12機。

 機械種の数だけなら俺達にも匹敵する大部隊。



 この遭遇戦に俺達は………………


 



「【セット53 魔女の鉄槌を】!」



 敵との遭遇に、すぐさまレオンハルトが反応。

 キリリと結んだ口から鋭い号令が発せられた。


 耳にした者は無条件に引きつけられるような威厳に満ちた声。

 

 ただ従属機械種に与える指示だけではない。

 予め晶脳にインプットされたプログラムが受けた命令を増幅させて実行する。


 緑学に精通した機械種使いが習得する高難易度技能の一つ、『戦機号令(バトルオーダー)』。

 ある意味、指揮タイプ機械種使いの完成形とも言うべき姿。 




「【穿て 磨り潰す闇色の砲弾】!」


「レオンハルト様のお言葉のままに…………」



 レオンハルトの号令にラナンキュラスが答える。

 

 前が開いた青紫色のローブから零れ落ちそうな豊満な胸に掻き抱いた一本の杖。

 その先端から迸る無形の力、重力子の波動。

 重力が集まり、光が屈折され、そこに闇が生まれる。



「グラビティ・シュトローム!」



 ラナンキュラスが唱えた呪文により、生じた闇色の弾丸が発射。

 それは『戦機号令』により強化された重力弾。

 向かうは敵陣のど真ん中。

 


 ギュウウウウウウウウウウウウウ!!!



 機械種ナイトゴーント12機の中央に炸裂したソレは、超小規模な疑似ブラックホールを形成。

 周囲に居た夜鬼4機を吸い込み、超重力の渦に巻き込む形で数cm以下まで圧縮。


 ストロングタイプ、機械種ワルプルギスが放った先制の一撃が、瞬く間に敵集団の3分の1を消滅させた。

 『戦機号令』により強化されているとはいえ、流石は魔法少女系よりも攻撃に優れた魔女系だ。



「行け! ストラグル! 左からだ! セレネは後ろに回り込んで敵を逃がさないように!」


「右から切り込みなさい、デュラン!」



 アルスの命により、機械種ガーディアンナイトのストラグルと、機械種カゲロウのパラセレネが動く。


 ストラグルは正面から、パラセレネは壁を駆け、天井を走りながら敵集団の裏へと回ろうとする。


 

 また、アスリンが新しく手に入れた機械種デュラハンのデュランも追従。

 

 全高3mの騎士が御者をする馬車が猛スピードで敵集団へと突撃。


 さらにラナンキュラスが小技で混乱する夜鬼を追撃し牽制。


 見事に連携攻撃が嵌まった形。

 皆、初陣とはいえ、高位機種の基礎能力は多少の経験差などひっくり返す程。

 アルス達にも頼もしい新人が増えて嬉しいものだ。  




 今回の遭遇戦は、新しく入った機種の能力を図るという意味合いを持たせた。


 故に、最前衛をストラグル、デュランで固め、その後ろにパラセレネとラナンキュラスを控えさせた陣形。


 念の為のフォロー要因として白兎がコッソリと前に陣取っている。

 また、敵の妨害に長けたトライアンフや、素早い防御壁の構築が得意な毘燭を中衛に据え、いつでも救助を行える体制を維持。

 


 だが、見る限りそんな必要も無いくらいの勢い。

 マスターに初陣での勝利を捧げる為、ストラグルもパラセレネもデュランもラナンキュラスも気合が入りまくっている。


 その意気込みに夜鬼の群れはすでに蹂躙されるしかない状況。

 数の有利さえ取れずに、ただ獲物として狩られるのみ。



 なにせ、ストロングタイプ3機と、デーモンタイプの重量級1機が連携しての波状攻撃だ。

 デーモンタイプ中位の中量級である機械種ナイトゴーントも決して弱い機種ではないが、最初に貰った先制攻撃で陣形を崩され、正面から自分達より格上の前衛系2機に突撃されるとなすすべがない。


 しかも、もう1機が裏手に回り、すでに挟み撃ちのような形。

 流れを完全に持っていかれて、逆転の目すら潰されてしまった。



 だが、機械種ナイトゴーントもタダではやられないとばかりに、悪あがきを講じる。


 一番後方にいた夜鬼2機がマテリアル虚数器を発動。

 ヌルリと濡れた様に光る樹脂製の尾、その先っぽがストラグルの方へと向けられた。



 尾の先から見えるのは金属針。

 虚数制御によって機械種のプログラムを侵す波動が込められた毒針だ。

 機械種に状態異常を発生させ、時には行動不能にする凶悪なデバフを付与。


 それをマシンガンのように放つのが機械種ナイトゴーントの得意技。

 上手く行けば一矢報いるぐらいはできたかもしれないが…………




 ポロロン……



 前衛の竜種、ジャビーの頭に腰かけたトライアンフが竪琴をつま弾く。

 たったそれだけの動作で、機械種ナイトゴーントのマテリアル制御が乱され、発動失敗。



 スパンッ!

 スパンッ!



 その隙をついて、後ろに回っていたパラセレネが背後から首狩り。

 両手に持った苦無で2機をまとめて葬り去る。

 実に女忍者の面目躍如。



 あとは残敵を掃討するだけ。

 

 ストラグルが敵を後ろに逃さないよう立ち回りながら、剣と盾を振り回す。


 剣で切り付け、盾でぶん殴る。

 自身の機体を軸に、ブレず、曲がらず、最小限の動きで敵を撃破。

 極めて安定度の高い戦闘術。

 これぞ人類の盾の代名詞に相応しい戦いぶり。

 


 デュランが馬車の御者席から降りて、単騎で剣を片手に暴れ回る。

 もう片方の手は自分の頭を抱えている為、腕は一本しか使えない。

 それでも全高3mの騎士が振り降ろす剣は、大抵の敵を一撃で粉砕する。


 また、馬車に繋がれていた首無し馬2機も参戦。

 巨体を唸らせ、蹄を振り上げて敵を蹂躙。

 主機であるデュランと連携し、危なげなく夜鬼を踏み潰していく。




 結局、5分もかからず、地下34階での最後の戦闘を終わらせた。

 新しく加入したメンバーの初戦を飾るに相応しい快勝であった。












「ここが地下35階……………」

 

 

 その後は何事も無く下への階段へと辿り着き、目的地である地下35階に到着。


 

「この階層にガミンさん達が…………」



 辺りを見回してみるが、特に一つ上の階と変わる所が無い。


 階層自体に何か特殊な変化があるわけでは無さそうなのだが………



 フルフル


「んん? 白兎?」


 パタパタ


「え? 薄い………」



 白兎が耳をフルフル、俺に伝えてきたのは、先ほどまでいた地下34階よりも、この地下35階の方がレッドオーダーの気配が薄いとの情報。



「筆頭のおっしゃるように、赤の威令の濃度が明らかに薄くなっておりますな」



 毘燭も同じようなことを申し出てくる。

 

 また、アルスやレオンハルト達の従属機械種も同様。

 それぞれマスターに報告を行っている様子。



「ふむ…………、これはひょっとして『白琵琶』かな」



 皆の報告を聞いたレオンハルトが推測を述べる。


 

「赤の威令を退け、辺りのレッドオーダーの出現率を下げる白楽器。この度の任務の規模を考えれば、秤屋が持ち出してきてもおかしくないが………」


「ああ! 確か、団長もそんなことを言っていたな」



 レオンハルトの言葉に、ガイが思い出したように情報を付け加えてくる。



「マテリアルはかかるが、探し回るなら絶対に必要だってよ。だから先行隊のベースキャンプに設置されているはずだぜ」



 ああ、そう言えば、そんな話、ガイから聞いていたな。

 確か、パルミルちゃんとラトゥが運んだのだっけ?



「やはり………か。『白琵琶』は起動させる時に投入されたマテリアル量で持続時間が異なる。ある程度目星はあるにせよ、一つの階層を探すのであれば、少なくとも1週間以上を想定しているはずだ。であるなら、当面、レッドオーダーとの遭遇は極めて少なくなり、もし出てきたとしてもその脅威は著しく下がっているはず」



 ガイからもたらされた情報をレオンハルトが吟味。

 少ない情報から自分の推測を交えておよその状況を説明してくれる。


 

「なら、この階層は楽チンなの? ラッキーじゃん」


「ニル、楽観するのは良くないわ。少なくとも、しばらくはこれまで通りの敵の強さを想定して行動するべきよ。何せ、『白琵琶』は色付きには効果が無いそうだから…………ね」


 

 ニルの楽観論にアスリンが釘刺し。

 チラッとアルスの傍に立つトライアンフを一瞥しながら忠告めいた発言。


 

 どうやらアスリンもこの度のダンジョンの2段階にも及ぶ活性化の原因を、外から来た色付きの侵入と見ているようだ。

 

 すでにここに稼働中の証拠がいるのだから、全くの見当違いの予想ではない。


 

「さあ、先を急ぎましょう。近くにマダム・ロータスがいるはずだし……」


「そうだな」


 

 アスリンに促され、足を進める俺達。

 

 目的地である地下35階に辿り着きはしたものの、まだまだ気を緩めるわけにはいかない状況。


 白兎を先頭に、今まで以上に慎重な足取りで、隊列を組みながらの行進を開始した。

 




『こぼれ話』

「白鈴」「白銅鑼」「白木魚」「白音叉」「白琵琶」等の白楽器と呼ばれるアイテムは、レッドオーダー達と鎬を削り合う為には必須のモノ。

レッドオーダー達を退ける結界を張ったり、弱体化させたりする貴重品。


その入手方法は宝箱以外だと、白の教会へ寄付したり、白の教会からの依頼をこなす等、白教会へ貢献することで手に入れることができます。


それなりのマテリアルを払わないといけませんが。


また、低ランクの品に限られますが、白の教会の許可を得た秤屋が販売していることもあります。


ですが、時には高ランクの白楽器が闇市に流れることもあります。

もちろん貴重な白楽器を白の教会以外が勝手に売るのも買うのも、教会の顰蹙を買います。


「白鈴」等の低ランクの品は大量に出回っているので大目に見てもらえますが、高ランクの品々の売買は慎重に行うべきでしょう。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る