第586話 事情3



「ヒロ、アルス。ありがとう! このレオンハルト、受けた恩は絶対に忘れない! 『指揮者(コンダクター)』の名に誓って必ず君達に報いよう!」



 目を覚まして、自分が助けられた事情を知ったレオンハルト。

 俺やアルスに対し、感激と共に深い謝意を示してくる。


 だが、俺やアルスの反応はあっさり目。

 大したことはしていないとばかりに、軽い感じで返す。



「そんなに大げさにしなくてもいいぞ。たまたま薬を持っていただけのことだからな」


「そうだね、僕の方も成り行きみたいなものだし…………」


「おおっ! なんという器の広さか………、流石は私のライバル達!」



 機械種メデューサに身体を支えられながら、さらに大げさなアクションで感動するレオンハルト。


 彼が所属する征海連合は、食うか食われるかの激しい競争が繰り広げられる実力主義な組織らしい。

 おそらく普段から欲深い連中の相手をしているせいなのだろう。

 俺達の無欲さに甚く驚いている様子。

 


 俺としては、すでにガイやアスリン達の窮地をほぼ無償で救っている身の上だ。

 今更レオンハルトに恩を着せるつもりなんてサラサラ無い。


 しかも、俺がしたのは毒消しを飲ませてあげたくらい。

 数日間、レオンハルトを保護していたアルス達に比べたら、本当に大したことはしていない。



「それよりも、お前の所はどうなってんだ? 仲間の裏切りなんて………」


「うむ…………、これは身内の恥を晒すようなことなのだが………」


 

 苦い顔のレオンハルトから、改めて今回の件の事情が語られた。



 活性化中のダンジョンで遭難した領主の三男の救出。

 

 本来レオンハルトはこの依頼を受けることを征海連合の秤屋から禁じられていた。

 

 彼は征海連合の大幹部の御曹司でもあるのだ。

 何が起こるか分からない活性化中のダンジョンに潜らせるのは危険だと判断されたのであろう。

 

 しかし、当のレオンハルトはこれを不服とし、何とかダンジョンに潜れないかと手段を探っていた。

 新人狩人のトップを独走する俺の存在、そして、その2番手を競うアルスやアスリンがダンジョンに挑むと聞いて、居ても立ってもいられなかったらしい。


 そこへ現れたのが、今回レオンハルトを裏切った連中。

 一応、征海連合所属の狩人達で顔見知りであったのだが、どうやらレオンハルトの親とは敵対している派閥の者だった模様。

 

 それに気づかず、レオンハルトはこの者達と臨時のパーティを組んでこのダンジョンヘ挑んだ。


 レオンハルトが従属させている機械種ソードマスターと機械種メデューサの力を以ってすれば、活性化中であっても地下35階まで進むことは難しくないはずであった。


 だが、目的地まであと一歩となった地下34階で、戦闘終了直後に突然後ろから毒刃で切りつけられた。



「決して無警戒だったわけでは無いのだが…………、いや、これは言い訳だな」



 自嘲染みた苦笑を浮かべるレオンハルト。


 初めは警戒していたが、ダンジョンを進んでいく最中、彼等は特に怪しい素振りを見せなかった。

 寝食を共にし、戦闘を潜り抜けていく中でだんだんと警戒を緩めてしまい、地下34階に至る頃にはそれなりに信用して背中を任せるまでになってしまった。

 

 それでも、銃であればレオンハルトが着こむAMF搭載スーツが銃弾を阻んだであろう。

 さらにレオンハルト自身も武芸にはそれなりに精通しており、たとえ集団で襲われたとしても従属機械種が参戦するまで持たせることはできたはずであった。


 しかし、襲ってきたタイミングが絶妙であった様子。


 それは機械種ソードマスターや機械種メデューサが最前衛で敵を打ち倒し、ちょうど気を緩めた瞬間でのこと。

 

 襲ってきた相手はダンジョンでの設営や家事を行うサポーター。

 それまで戦闘にも参加せず、とても戦えるような雰囲気は見せなかった人間。


 ソイツがいきなり袖に仕込んだ毒入りの暗器で襲いかかってきた。


 その状況はレオンハルトとしても流石に想定外。

 腹や胸などの重要部位を避けるのが精一杯。

 腕を切りつけられ、毒に塗れた刃を受けてしまった。


 おまけに同行していた感応士も裏切り、2機に対して感応の術を放って行動を束縛。

 

 どうにもならない絶対の危機であったが、毒刃を受けたレオンハルトが即座に反撃。


 それも自分に襲いかかってきた暗殺者を、ではなく、自分の従属機械種を縛った感応士を素早く抜いた銃で撃ち殺したのだ。

 毒が回り切って動けなくなる前に。


 これにより裏切者達の計画は瓦解。

 レオンハルト自身の戦闘力と判断力を見誤っていたのだろう。

 

 束縛を解かれた機械種メデューサはレオンハルトの身柄を確保。

 機械種ソードマスターが瞬時に暗殺者を斬殺し、さらに残った裏切者達全員をも切り捨てた。

 

 だが、毒を受けたレオンハルトはそこで意識を失って昏倒。

 解毒する手段も持たず、このままでは自分達のマスターは後数分の命。

 ここで機械種メデューサは自身の生成制御にて仮死状態にする毒を注入する選択を選んだ。




「本当ならそのままレオン様を地上へとお連れするつもりだったのですが………」



 その後のことを語るのは未だふらつくレオンハルトを支えている麗しい姿の女性型機械種。

 元赭娼であり、俺が手に入れ闇市で手放した機械種メデューサ。

 今はレオンハルトに名付けられ、『ロベリア』と呼ばれているらしい。



「突然、地下34階に遭遇する敵のレベルが上がってしまい、それも不可能に………」



 機械種ソードマスターと機械種メデューサの2機であれば、さらに難易度が上昇した地下34階であっても突き進むこと自体は可能であった。


 しかし、マスターであるレオンハルトは意識不明の状態。

 意識の無いレオンハルトを抱えながらだと、どうしてもその身に危険が及び、連戦が続くと守り切ることが難しくなる。



「幸い、進んでいたのは多数の狩人達が向かっていると思われる地下35階の通り道。救助の手が差し伸べられることを信じて玄室に逃げ込むしかありませんでした」


「うむ! こうやって助けが来てくれたのだ。ロベリアの判断は間違っていなかったな!」



 事実を淡々と語る機械種メデューサのロベリア。

 その選択を手放しで称賛するレオンハルト。


 ピッタリとくっついて並んでいる2人は非の打ち所が無い美男美女のカップルのように見える。


 レオンハルトは貴公子然とした貫禄のあるハンサムだし、機械種メデューサのロベリアは元の逸話通り神が嫉妬する程の美しい女性の外観。

 

 青紫色の長髪に白灰色のドレスを着た艶めかしい雰囲気を漂わせる美女。

 髪の中に蛇を飼っているとはいえ、鐘守にも引けを取らない美貌に女性として完成されたスタイル。

 しかも今もって手放したことを後悔してしまう程の巨乳。


 さり気なく寄り添っている彼女の胸がレオンハルトに押し当てられているように見えて、どうしても気になってしまう。



 めっちゃ柔らかそう。

 いいなあ……………

 頼んだら一揉みぐらいさせてくれないかな?


 

 とか、内心ではそんなことを考えているが、もちろん言い出すつもりなんて無い。

 

 他のマスターが従属させている機械種にそんな申し出をするのは言語道断。


 もし、逆の立場で、秘彗のローブの裾を捲らせてくれとか、胡狛とハグさせてくれなんて頼まれたら、即座にソイツを莫邪宝剣で叩き切る自信がある。



 あの巨乳は惜しいとは思うが、致し方あるまい。

 俺が手放した時点で彼女の巨乳との縁は無くなってしまったのだ。

 ここは潔く諦めるべきだろう。



「とにかく、救助が間に合って何よりだ。今は身体をゆっくり休めてくれ」


「ああ、すまない…………、ところでこのラビット達は一体何をやってくれているのだ?」



 俺がしばしの休憩を勧めると、レオンハルトは少しだけ視線を下に向けながら、戸惑いを隠せない様子で質問を口にする。


 先ほどからレオンハルトの周りをグルグル回りながら、

 耳をフリフリ、短い手足をブンブン振り回して踊りまくる機械種ラビットが2機……………



 フリッ! フリッ!

『そ~れ! ハッスル、ハッスル!』


 ピコッ! ピコッ!

『ハッスル、ハッスル!』


 

 体調を回復させる特技、ハッスルダ○スを踊る白兎と白志癒。

 ウサギが2匹で回復力も2倍! とばかりの息の合ったダンスを披露。


 ここが草原なら百歩譲ってファンシーな光景に見えなくも無いが、殺風景なこの『楽屋』内だと些か現実感を失いそうになるくらいの奇妙な儀式。

 

 レオンハルトが戸惑うのも無理はない。

 けれども確実に効果があるのもまた事実。

 

 はてさて、何と説明すれば良いか…………

 



 ……………………………………



 

 まあ、いいや。

 どうせガイには聖獣型と言ってしまっているんだ。

 もうどう取り繕っても今更の話。


 変に隠す方が余計にややこしくなりそうだ。

 あまり細かいことを気にせず、正直に話すとしよう。




「お前の体力を回復してくれているんだ。楽になってきているだろ?」


「…………………確かに。なかなかに信じられないことだが………」



 レオンハルトは自分の腕や足を擦り、その回復具合を確かめながら、なおも信じられないような表情。


 だが、レオンハルトがこうして立って俺達と話ができているのがそもそも奇跡。


 一時は仮死状態にあったレオンハルトがここまで回復したのも白兎達のおかげなのだ。

 白兎達の踊りの効果がなければ、数日は寝たきり状態を避けられなかったであろう。



「多彩なラビット達だな。ヒロやアルスが従えているだけはある…………、ひょっとして通常の機械種ラビットではないのだろうか?」



 自分の足元で踊る白兎達を見ながら、レオンハルトはポソッと疑問を呟く。


 その効果を受けている身としては当然の疑問だろう。


 すると、その声を聞きつけたアルスがさも心外だとばかりに、



「普通の機械種ラビットだよ。少なくとも僕のハッシュは」


  

 と答えると、アルスの発言を聞いたガイが腑に落ちないような表情で、



「え? …………コイツも聖獣型じゃないのか? どう見てもヒロのラビットと同仕様だろう?」


「え? 聖獣型? 何ソレ………」



 ガイの質問にアルスは困惑。

 

 そりゃあ、アルスのハッシュは元々アルス自身が捕まえた囮用の機種なのだ。

 初めから機械種ラビット以外の何者でもない。

 

 だからアルスが困惑するのも無理は無く、



「んん? どういうことだ? ヒロは確か…………」


 

 アルスの反応に、ガイは眉を顰めながら俺の方へと向き直り、訝しげな視線を投げかけてくる。



 あ、やべっ!

 話を逸らさないと!



「そ、そういえば、レオンハルトはどうするつもりだ? このまま俺達に付いてくるのか?」



 ガイの視線を避けるように顔を背けながら、無理やり話題を変えようと試みる俺。

 

 どの道、確認せねばならなかった内容。

 なら、この機会にはっきりとさせておこう。

  


「アルス達も………、アスリンチームも、だけど…………、この先、さらに強敵が出てくると思う。それでも進むつもりか?」



 俺が問いかけたのは、この先へ俺と一緒に進むかどうか。


 これまでは地下35階を目指すどころか、到底地上まで戻ることすらできないような境遇であったが、今は違う。


 アスリンチームはドラゴン型中位の機械種ジャバウォックを従属させ、絶対的な前衛を手に入れることができた。


 アルス達も元橙伯の機械種ラプソディアを従属させている。

 その力はまだ未見だが、悪名轟く賞金首の額を鑑みれば、その実力はストロングタイプを悠々上回るに違いない。


 アスリンチームもアルス達も、たとえチーム単独であっても、この階層の敵に後れを取ることはあるまい。


 また、レオンハルトにしても、もう少し体力が回復すれば同様。


 さらに言えば、アスリン、アルス、レオンハルトがお互い協力し合えば、もう怖いモノなんて無い。

 少なくとも、地上へ戻るだけなら、そう苦労することなく街へと帰還することができるだろう。


 

 つまり俺と一緒にいる必要が無い。

 これより先に進もうとしなければ。



 正直な所、色々イレギュラーが在り過ぎて、このダンジョンの難易度が計れない状況となってしまっている。


 活性化で難易度が上昇している最中に、さらにもう一段難易度が上昇したのだ。


 同じことがもう1回起こらないとは限らない。


 そうなれば、この階層は完全な死地。


 ストロングタイプを通り越して、赭娼や橙伯クラス、さらには超重量級が雪崩のように出てきても不思議ではない。



 もちろん、皆、その危険性を認識していない訳では無いのだろうが………



「これまでは問題無く進むことができた。でも、この先はどうなっているか分からない。はっきり言って、今の俺の戦力であっても万全じゃなくなる可能性だったある。ストロングタイプの小隊を率いていたって、悪魔型の上位や竜種の上位が出て来れば踏み潰されるだけだ」



 レオンハルト、アスリン、ドローシア、ニル、アルス、ハザンをゆっくりと見渡しながら言葉を続ける。



「聞いた所、皆、一度は任務を諦めて、地上へ戻るつもりだったんだろう? せっかく拾った命だぞ。今月の成果が『最優』になることや、報酬の100万Mは大きいけど、ここで死んだら何の意味も無い………」



 俺の話を聞いて皆の反応は様々。


 アスリンは口をへの字に結んで俺に真っ直ぐ強い視線を送り、


 ドローシアは困ったような顔でアスリンをチラチラと見つめ、


 ニルはムウッと眉毛を真ん中に寄せてお悩み顔。


 アルスはいつもの微笑を浮かべたままで、

 

 ハザンはこれまたいつものように仏頂面。



 そして、俺の問いかけを真正面から受けたレオンハルトは………



「……………………」



 しばし考え込むような仕草を見せ、

 やがて、その青緑色の瞳に強い意思の光を滲ませながら、俺に向かって口を開く。



「……………ふむ? ヒロはこのまま地下35階を目指すのだろう?」


「もちろん」



 レオンハルトの質問にノータイムで首肯。

 

 ここまで来たのだ。

 引き返すという選択肢は無い。


 たとえ、もう1段難易度が上がったとしても、まだ俺には隠し札が残っている。

 あと1階、深く潜るだけなら何の問題も無い。


 

「ならば…………」



 俺の答えを受けて、レオンハルトは何を思ったか、俺の斜め後ろにいるガイへと視線を飛ばし、

 


「そちらの………………、ガイ………だったかな? 彼は一緒に付いていくつもりなのか?」


「ガイ? ………………ああ、そうだ。そういう約束だし…………、なあ?」


「そうだぜ! 俺はヒロに付いていく! そう決めたんだ!」



 俺の答えに被せるようにガイが宣言。

 機械義肢の拳を前に出して、力強くギュッと握りしめてみせる。

 それは彼なりの不退転の意思表示。



 そう言うと思ったけど…………



 ガイの予想通りの反応に思わず苦笑。



 どう考えてもここで引き返す男ではないのだ。


 俺的にはもうエレベーターを使わせてもらっているので、この先までガイを連れていく必要性が薄くなっているのだが、すでにここで引き返せとも言いづらい関係。


 ここまで来たら、腐れ縁にも近い。

 コイツはあの死地を経験してなお、俺と一緒に行く道を選んだのだ。

 この先がたとえ地獄だとしても、構わず突き進むに違いない。


 何より、俺はガイと約束している。

 共に地下35階を目指そうと。



「………なるほど。よく分かった」



 ガイの宣言にレオンハルトは大きく頷く。

 そして、一瞬、眩しそうに目を細めてから、改めて俺へと向き直り、



「では、ヒロ。助けてもらった上に、こんなお願いをするのは大変申し訳ないのだが……………、私も一緒に連れていってもらえないか?」


「レオン様!」


「ロベリア、すまない。だが、私は所属する秤屋の意向に背き、ここまで来て何の成果も無しには帰れんのだ」



 割とぶっちゃけた話を出してくるレオンハルト。

 マスターの身を心配するロベリアを制し、自分の置かれた立場を俺へと開示。



 つまりレオンハルトにはそれ以外に道が無いのであろう。

 俺と共に死地かもしれぬ道へと進むしか。


 

 彼がいかに上流の人間であっても、組織に所属している以上、どこにだって敵は存在する。


 即ち、身内同士の権力争い。


 今回は言わばその権力争いに巻き込まれた形であろう。

 さらに言えば、まだ完全に切り抜けられたとは言えない状況。


 おそらく今回の謀略の目的はレオンハルトを暗殺することだけではないのだろう。

 万が一成功しなくてもレオンハルトの経歴に傷をつけることができるから。


 秤屋から禁止されていたのにもかかわらず無断で依頼に向かい、一緒に同行していた仲間まで失った上で途中で引き返した。


 もはや言い訳のできない瑕疵。

 いくらレオンハルトが『嵌められた』『裏切られた』と主張しても、我が身可愛さの虚報だと言いがかりを付ける人間もいるだろう。


 いくら危険なのは承知の上での任務とはいえ、自分以外全滅、さらに依頼も失敗では立つ瀬もあるまい。

 レオンハルトとしても、最低限、任務だけは達成しないと征海連合に身の置き場所が無くなってしまうと言った所か。



「報酬は言い値で払おう。だから頼む! 私を一緒に連れていってほしい!」



 真剣な表情で俺に嘆願するレオンハルト。

 そして、その傍らにある機械種メデューサのロベリアも俺に対し縋るような目を向けてくる。

 さらに壁際に立つ機械種ソードマスターも主達に倣うように俺へと頭を垂れてきた。



 連れていってほしいと頼む1人と2機を前に、俺は少しだけ思考を加速しながら考えをまとめる。



 う~ん……………

 まあ、付いてきたいなら、俺は全然構わないんだけど。


 救助したばかりのアスリンチームと違い、自分の従属機械種を残していることから、足手まといにはならないだろう。


 レオンハルト自身が病み上がりということもあるが、その辺りは機械種ソードマスターと機械種メデューサの2機が十分にカバーできるはず。


 見た所、機械種ソードマスターは、剣風や剣雷に匹敵する程の改造を重ねている様子………、流石に竜麟は装備していないが。

 また、機械種メデューサにも何らかの強化を行っているような節が見られ、戦力的には全く問題が見当たらない。




 あとは、レオンハルトが言い値で払うと言っている報酬のことだが………



 ……………………



 考え込んだのはほんの10秒程度。

 時間軸から切り離された外界では0.1秒も経ってはいまい。



 思考加速を解いて、レオンハルトからの願いに答えを返す。



「いいぞ……………、だけど、報酬は要らないな」


「むむ? 報酬が要らない…………、なぜだ? ヒロにとって悪い話ではあるまい」


「そりゃあもちろん、この先に進むのに、レオンハルトの実力に期待しているからさ」



 視線は真っ直ぐに、強い意思を乗せて、射抜くような目で見つめてやる。

 だけど口元は歪め、歯が見えるか見えないかのギリギリのラインで笑顔を作る。


 やや挑発的にも見えなくも無い類の表情。

 そして、語るのは、レオンハルトのプライドをくすぐる言葉。

 


「だから依頼者じゃなくて、仲間として俺と一緒に行動を共にしてもらいたい。目的地である地下35階に辿り着く為に!」



 自分の言葉に一片の曇りも無いがごとく、力強く言い切る。


 しかし、当然ながら、レオンハルトが持ち掛けてきた報酬を断るのは、そんな理由ではない。


 

 どうせガイもアスリンも無料で助けた上、一緒に地下35階まで連れて行ってあげようとしている俺なのだ。

 今更レオンハルトだけ費用を請求するのも一貫性に欠ける。

 

 また、レオンハルトから報酬を貰うことで、間接的にでも征海連合と関わり合いになるのが嫌だということもある。

 その規模の大きさと商売上での狡猾さはガイが所属する『鉄杭団』どころではない。

 

 中央にもその勢力を広げている大商会なのだ。

 下手に報酬を受け取ってしまえば、今後の活動にも影響を与えてくるかもしれない。


 それに、レオンハルトと個人的に縁を結んでおけば、この先何かと役に立ってくれることもあるだろう。


 報酬を絡ませると余計なモノまでついてくるかもしれないが、目に見えない縁ならその心配も無い。


 征海連合自体は信用ならなくても、レオンハルトは見ての通り信義を大事にする好漢。

 重要人物へのコネはマテリアルでは換えがたい価値がある。 


 


「……………………しかし、今の私は満足に戦うことも………」



 俺の提案に、レオンハルトは普段の自信に溢れた態度からは想像もできない程のネガティブな反応。

 悔し気に顔を顰めながら、うつむき加減に反論を述べる。



「違うだろう? お前の真価は従属機械種の指揮のはずだ!」



 そんなレオンハルトの弱気な対応を吹き飛ばすように断言する俺。


 

 しかし、断言はしたけれど、別に確証があるわけでは無い。


 そもそもレオンハルトのこと自体、そこまで良く知らないのだ。

 だが、レオンハルトが自分で言っていた2つ名は、それっぽい名前だった。

 だから多分そうなんじゃないかな~って思っている程度。

 

 でも、ここまで言い切った以上、このまま押し通すしかない。

 なんとなく雰囲気に乗せやすいタイプだと思うから、勢いのまま進めてしまえ。

 


「体調はしばらくすれば回復するさ。それに従属機械種を指揮するだけならそこまで負担はないだろう…………、それとも自信がないか? なあ、『指揮者(コンダクター)』のレオンハルト」


「!!!」



 俺の言葉に目を大きく見開くレオンハルト。


 雷に打たれたように一瞬身を震わせたかと思うと、



「そうか………」



 内から沸き起こる感情を噛みしめながら短く呟いて、自身を支えてくれている機械種メデューサのロベリアの腕を丁寧に振り解き、



「そこまでヒロが言ってくれるなら、私も引くわけにはいかないな」



 ふらつきながらも自分の足だけで俺の前に立ち、その右手の拳を握って差し出してくる。



「これは誓いだ。必ず我が二つ名に相応しい活躍を見せよう」


「期待してる。頼むぞ、レオンハルト」



 コツンッ!



 軽く拳を突き合わせて、戦士同士の誓いとした。


 これでまた地下35階へと進む仲間が1人と2機増えた形。


 





「で、アルスとハザンはどうする?」


「僕もレオンハルトと同じかな。ヒロさえ良ければ、一緒に進みたいと思ってるよ」


「そうだな………、この先、何が出てくるか分からんなら、頭数は多い方が良い」



 共に答えを同じとするアルスとハザン。

 

 この2人ならそうだろうと思っていたけど。



「じゃあ、アスリン達は?」


「…………………」



 俺が水を向けると、アスリンは怖いくらいに真剣な表情でしばらく黙り込み、



「……………………できれば、一緒に行かせてほしい。この下にいるマダム・ロータスが心配なの。あの人がいなくなったら蓮花会は崩壊するわ」



 その言葉に一片の怯えも見当たらない。

 あるのは自分がこの場で何をしないといけないかという使命感。

 あの失意のどん底にあったアスリンはどこにもいない。

 


「ヒロから預かった『力』があれば、私も役に立てると思う。だからお願い。私も地下35階まで同行させて!」


「オッケー、アスリンも一緒ということで………、あと、ニルやドローシアは?」



 アスリンの同行の依頼を許諾。

 念の為、ニルやドローシアの意思も確認。

 おそらくアスリンと同じ答えだと思うけれど。



「う~ん………、そうだよねえ、ロータスさん達を放って、ニルルン達だけで帰れないよねえ……、怖いけど進むしかないかあぁ」


「このメンバーなら大丈夫でしょう! はっきり言って、先行隊よりも戦力は充実していそうですから! きっと、絶対に、無事に辿り着けます!」



 やはりアスリンの答えに、追従するニルとドローシア。


 ニルは少々怯えを見せながら、ドローシアは自分を奮起させる為か、幾分強い口調で。




「フフフフッ……、面白い!」



 皆が危険と分かりつつさらに先に進むことに賛同する様を、不敵な笑みを浮かべながらレオンハルトは『面白い!』と言い切った。


 そして、続けて口にしたのは、俺的に少々気になるフレーズ。



「以前に縁のあった勇敢な若者がこんな窮地の場に揃い、共に苦難の道を進もうとする。正に『迷宮の導神』好みの展開ではないか…………」


「何それ? 『迷宮の導神』?」



 思わず気になった部分を質問。


 実力主義で才気溢れるレオンハルトから、いかにも胡散臭さそうな神様っぽい名前が出てくるとは思わなかった。

 



 この世界の宗教の全ては『白の教会』が祭り上げている『白き鐘』に通じる。

 大概の一般人は自らが住む街の『白鐘』を通して『白き鐘』に祈るという。


 しかし、『白き鐘』が唯一絶対の神であるかというとそうでもない。


 白の教会の教義は割とファジーで、『赤の帝国』に関すること以外は、『良き隣人たれ』という人間社会を生きていく上で基本的な心得を中心に、ふんわりとした肉付けがされている緩やかなモノ。


 白き鐘が己の分身たる『白鐘』を生み出している関係で、白き鐘が『守り神』や『精霊』といった超常的存在をも生み出しているという伝承がまことしやかに蔓延しているのだ。


 だから地方によっては、『白き鐘』から生み出されたと言われる『○○神』や『○○守護霊』と言った存在が信じられていたりする。

 

 まあ、俺の知る限り、都市伝説や怪談の類から大きく外れないモノばかり。

 大多数の人達も本気で信じているというよりは、心の気休めを期待する程度。


 絶対の守りを構築する『白鐘』の恩寵を、少しでも身に置くことはできないかという渇望の現れであろう。


 稀に超高位機種が神の座に祭り上げられていたり、高位感応士が生き神を演じていたり、『亡都の守護者』のように強大な力を持つレッドオーダーが守り神になっていることもあるけれど。



 レオンハルトの口から出てきた『迷宮の導神』とやらも、そんな迷信染みた存在なのだろうとは思う。

 しかし、『迷宮』と範囲を絞っていることが気になる所。

 ちょうど今、ダンジョンを進んでいる身としては、聞かずにはいられない怪しい名前。



 俺の問いかけにレオンハルトは少し驚いたような表情で聞き返してくる。



「知らないのか? 巣やダンジョン攻略を中心に活動する狩人の間では有名だぞ。『迷宮』ではやたらドラマチックな展開になることが多い。これも『迷宮の導神』が導いているのだと…………」


「はあ? なんじゃそりゃ?」


「私自身はあまり経験したことが無いのだが、長年巣やダンジョンに潜っている者達に聞くと、実際にその身で味わったことがある狩人は意外な程多いらしい。いい加減な話では無いと思うのだがね」


「…………………どういう風に?」


「ふむ? ………一番多いのが宝箱の中身だな。求め続けてダンジョンを彷徨い歩き、もう駄目かと思った時に現れる。例えば、肉親の病を癒すために万能薬を求めてダンジョンへと挑み、余命後数日といったギリギリのタイミングで宝箱から出てきた………とかだな。聞いたことは無いか?」


「……………そんな話、酒場ならいくらでも聞けるだろう?」



 話を盛り上げる為に酔っ払い達が誇張しているだけじゃないのか、それ?



「ほら、ヒロ。思い出してよ。一緒に潜った『巣』でそんな話をしたよね?」



 全く信じられないといった反応を示す俺に、横からアルスが口を挟んでくる。



「赭娼や紅姫を倒して出てくる宝箱は、その場に居た人間に相応しい品が出てくることが多いって………」



 アルスに言われて記憶を探れば、確かにそんな話をしたことがある。



「僕達の時もちょうど3つ出て来たじゃない? それもヒロが欲しがっていた蒼石とか、ハザンの防頭輪とか………、だから誰かがずっと見守ってくれていて、宝箱の中身を選んでくれているんじゃないかって………」



 実際に赭娼を倒したのは俺やアルス達じゃなくて、白兎だったんだけどな、アレ。


 俺達が倒したのは正確に言うと、赭娼に扮した白兎……『赭兎』だ。

 おかげで普通に赭娼を倒すよりも何倍も苦労させられた。

 

 しかし、今、それをここで話すことはできないけれど。



「う~ん…………、んん? アルスはその『迷宮の導神』ってのを知っているのか?」


「僕が知っているのは『ダンジョン精霊』って名前だけどね。悪戯好きで、巣やダンジョンに挑む者達に試練を課してくるんだ。そして、特に勇敢な者へ加護を与えるという噂だよ」


「胡散臭いなあ…………」


「まあ、僕も本気で信じているわけじゃないけどね。でも、窮地にいるとそういった存在を信じたくなる気持ちも良く分かる…………、特に心が折れそうになっている時は…………」



 そう言うと、自嘲染みた苦笑いを浮かべるアルス。

 

 苦難を乗り越えた後に望むモノが手に入ると分かれば、それだけで頑張ることのが人間だ。

 アルスの言いたいことも分からないではない。



「願掛けやジンクスみたいなモノか」



 中央出身のレオンハルトやアルスが言っているのだから、あまり辺境には出回っていない噂なのだろう。

 中央に比べると辺境では巣やダンジョンが少ないせいなのかもしれないけれど。



「実際にその身で体験しないと、信じられないことなのだろうな。仕方あるまい…………」



 俺が完全に『気のせい』扱いしていることに、レオンハルトはやや残念そうに呟き、



「………その声まで聴いたという有名な狩人もいるんだがね」



 なおもしつこく、その『迷宮の導神』の噂話を出してきた。


 随分と迷信を信じる奴なんだな。

 これまた意外。



「分かった分かった。俺達が揃ったのも、その『迷宮の導神』様………か、アルスの言う『ダンジョン精霊』様のおかげかもしれないな」



 俺がここまでだとばかりに、この話を切り上げようとすると。



「ふむ? ………………そう言えば、他にも異名が色々あったな。『運命の導き手』、『財宝の送り主』、『確率の操者』………」



 レオンハルトは聞かれもしない『迷宮の導神』の異名を次々と挙げ、最後に………



「………『脚本家』という呼び名もあるな」



 随分とドラマチックな展開が好きそうな職業だ。

 神なのか精霊なのかは知らないが、人の人生をドラマ仕立てにするのはやめてほしい。

 


「【脚本家】……ねえ」




 トクンッ!




「…………んん?」




 俺が何気なく【脚本家】と呟いた瞬間、ほんの少しだけ胸の奥で何かが疼いた気がした。








※【脚本家】が黒幕のように表現されてしますが、本人は至って気ままに自分に与えられた権能を使って遊んでいるだけのようです。


『賢者』は眠ったまま、職務に真面目なのは『語り部』だけ………

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