閑話 アルス1



「短い人生だったね……………」


「そうだな………………………」


「せっかくペンドランさんからフォートレススーツを購入したのに………」


「俺もハンマーを買い替えたんだがなあ………」



 ダンジョンの通路の隅に寄り、僕とハザンは座り込んで会話を交わす。


 いつ敵が出現するかも分からないダンジョンだ。


 普通なら不用心極まりない行動。

 でも、今の状況は普通じゃないので、これくらいは許してほしいと思う。




 地下34階で僕らは遭難した。


 セーフエリアで一晩過ごし、朝起きて外に出てみれば、辺りは魔境と化していた。


 

 混沌獣型や聖獣型の重量級。

 鬼神型や巨人型。

 堕天使型や吸血鬼型までうろついている階層となってしまっていた。



 到底、僕らのレベルでは太刀打ちできない敵ばかり。

 1回や2回くらいなら、死力を尽くせば何とかなるかもしれないが、後が続かないから結果は同じ。


 とにかく、敵と遭遇する度に逃げ回り、丸一日グルグルと同じ階層を徘徊し続けた。

 

 だが、それも限界に近く、玄室の中の敵も倒せないから籠城も不可能。

 もう進むことも戻ることもできない。

 完全に僕らは詰んでしまったのだ。



「ごめんね、ハザン。僕がこの依頼を受けたせいで…………」


「いや、秤屋の緊急依頼だぞ。受ける以外に選択肢はあるまい。あの時点ではお前は間違っちゃいなかった」


「そうか…………、じゃあ、何を間違えてしまったんだろうね」


「俺達の立場では先行隊には入れてもらえなかっただろうし………、あえて言うなら、ヒロを待たなかったことだな。前のようにアイツと一緒に取り組んでいたら、こんな状況にはなっていなかったはずだ」」


「……………アハハハハッ! そうだね。ヒロがいれば何とかなったかもしれないね」


「まあ、アイツがいつ帰って来るか分からなかったんだ。秤屋からは急いでくれって言われていた…………、やっぱり運が悪かったんだろう」


「そうか…………、運が悪かったのか。それじゃあ仕方ないね」



 よっ! と身体を起こして立ち上がる。

 

 休憩は終わった。

 吐けるだけの弱音は吐いた。

 ネガティブな感情は全部吐き出したのだから、今の僕は前向きに行動するしかない。



「さて、運が悪いのが原因なら、運が良くなるようにがんばろうか?」


「ほう? 運が良くなる方法ってなんだ?」



 僕の物言いに、ハザンが興味深そうに尋ねてくる。



「決まってるじゃないか…………」



 簡単に装備品をチェックしながら、ハザンの問いに答える。



「最後まで運命に抗ってやることさ。しぶとく諦めない精神が、ダンジョン精霊様のお好みらしいからね」










「ぼっちゃん。私のことは捨て置いてください………」


「何言ってるのさ、セイン。君にはまだまだ働いてもらわないと」


「こんな機体になってしまってはお邪魔になるだけですぞ」


「あはははは、大丈夫大丈夫。だって、今のセインはとっても軽いから」



 僕の背中に背負ったセインは上半身だけ。

 しかも両腕が無くなっているから随分と軽い。



「僕のことは良いから、スリープしておこうよ。起きた時はきっと藍染屋の中だよ」


「ハザン様、坊っちゃんのことはお任せします………」


「うむ、任せておけ」



 ハザンの躊躇いの無い返事に満足したセインはその両目の光量を落とす。


 スリープモードに入ったのだ。

 これ以上、稼働させておいてもマテリアルの無駄になってしまうから。



「よっこらせっと!」



 セインの上半身の入ったリュックを改めて背負い直す。

 


 セインは今日の最初の戦闘で僕を庇って破損してしまった。

 さらには、ようやく手に入れたベテランタイプの魔術師系もその時に大破。

 こっちは頭ごと潰されて、回収すらできなかった。

 ヒロのヒスイさんが羨ましくて、白翼協商にお願いしてようやく回してもらった一品なのに。



「でも、セインとハッシュが無事でよかったよ」


 パタパタッ



 足元のハッシュが耳をパタパタ。



「ハッシュは大活躍だったね。君がいなかったら逃げ出せなかった」


 フルフルッ!


 

 嬉し気に耳を振るうハッシュ。

 その様子は獣型下位である機械種ラビットとは思えないほどの反応の良さ。


 ………いや、すでにハッシュは普通の機械種ラビットでないことは明らかなんだけど。


 だって、巨人型の足を引っかけて転ばすし、

 自分の耳を引っこ抜き、槍みたいに投げて悪魔型の目を潰すし、

 さらには、いつの間にか、引っこ抜いたはずの耳が生えてきているし…………


 多分、僕達が丸1日、敵から逃げ続けられたのもハッシュのおかげ。

 その耳は敵の接近を正確に察知して、的確に逃げるタイミングを教えてくれる。

 もう僕達にとってハッシュは欠かすことができない存在だ。




「コイツ………、絶対に機械種ラビットじゃないだろ」


「ハザン。もうそれ何回目?」



 訝し気な目でハッシュを見つめるハザン。

 だけど、そんな疑問はすでに随分前に通り過ぎているのだ。



「もう何回目か忘れたが、俺の常識を守るためには必要なんだ」


「あ、そう………」



 ハザンも大変だな。

 僕の方はもう諦めちゃったけどね。

 


「さあ、上の階を目指して……………!!!!」




 足を進めようと、進行方向へと向き直った時、




 視界に入った1機の人型機械種。


 羽根帽子を被り、手に竪琴を持った中量級。

 全体的に黒系統の衣装に身を包んだ楽団員のような服装。

 首に巻いた橙色のスカーフだけが映えて見える奇妙な格好。

 

 一見しただけでは人間と見紛うような外見。


 しかし、人間では在り得ない赤く輝く両目がその正体を詳らかにしている。


 

「…………レッドオーダー」



 いきなり現れた敵に対し、すぐに身構え戦闘態勢へ移行する。


 右手で軽く風蠍の柄へと触れて、いつでも引き抜けるよう準備。

 また、さり気なく背負ったリュックを下に降ろし、足元のハッシュへと指示。



「悪いけど、ハッシュ。このリュックを安全な所へ」


 フルフルッ!


 

 すぐにハッシュはリュックを咥えて、ゾリゾリと端の方へと移動させていく。



 そして、ハザンも僕と同様に戦闘準備。

 手元にハンマーの柄を手繰り寄せ、頭の防頭輪を作動させる。 



 そんな僕達の行動に、特に反応も見せないレッドオーダー。



 とても敵とは思えないゆっくりした動作で僕達へと近づき、7m程手前で停止。


 そのまま仰々しいまでの身振りを加えながら、僕らに向かって一礼。



「お初にお目にかかります、ご両人。ワタクシは見ての通り、放浪中のレッドオーダー。偉大なる赤の女帝陛下…………」



 ポロロン…………


 

「『万物を紡ぎ出す者』である『語り部』の系譜に連なる者。名を『ラプソディア』と申します。以後お見知りおきを…………」



 竪琴をつま弾きながら自身の素性を語ってくるレッドオーダー。

 自己紹介の演出らしいが、実に気障ったらしい所作。

 全くレッドオーダーらしくない人間臭い仕草。


 まさかあの学者以外にもこんなレッドオーダーに出会うなんて。


 しかも、学者同様………… 



「…………コイツもしゃべるんだ?」


「はて? コイツも? ……………レッドオーダー状態で人間と会話するとなると、だいたいがストロングタイプ以上になりますが………」



 赤い瞳を細めてこちらを見やる機械種ラプソディア。



「見た所、彼等と会話を交わせるくらいに近づいて、生きて帰ることができる程の実力をお持ちだとは思えませんが?」


「痛い所を突くね」



 確かに僕達の実力では、ストロングタイプに出会えば死ぬしかない。


 ………いや、僕が持つ発掘品、『風蠍』の全てを引き出せば、一矢報いることはできるだろう。

 当たり所が良ければ、何とか中破まで持っていけるかも。

 その代わり、僕は死ぬかもしれないけれど。



「……………そんなことより、『ラプソディア』さん、だっけ? その機種名は、僕の記憶が正しければ、中央で賞金首に挙げられている『歌い狂う詩人』のモノだと思うけど?」


「そうですね…………、私の独演会を聞きに来られた方々が、そんな名前をおっしゃっておられた記憶がありますね」


「独演会?」


「盛況でしたよ。皆さん、ワタクシに大喝采を送ってくれました!」



 これまた仰々しくポーズを取りながら、言葉を続ける機械種ラプソディア。

 まるでこの場が独演会場でもあるかのように。



「『助けて』『もう許してくれ』『命だけは』『殺さないで』…………、ハハッ! あまりに陳腐な声援でしたな…………、ワタクシのファンであればもう少し語彙を増やしてほしいモノですね」


「…………なるほど、異名に誤り無しってことかな?」



 神出鬼没の厄介者。

 幾多の騒動を引き起こし、何千人もの人間を発狂させた大罪人。


 噂によれば、この詩人はただ人々に歌を聞かせるだけらしい。


 ただし、それは人間の脳を侵し、狂わせる魔性の旋律。

 マテリアル音響器から発せられる音波は、洗脳、催眠、興奮、凶暴化等様々な影響を人間に与えるという。


 さらには音波だけでなく、電磁波や光波、重力波、空間震動も操り、様々な手段で人間を壊していく。


 白の教会や秤屋が別途賞金を懸ける程なのだ。

 レッドオーダーでありながら、時には街中にも現れるというから始末に負えない。


 しかし、その活動範囲は主に中央であるはずの賞金首が、一体なぜこの辺境の地に来たのだろうか?

 それも活性化中のダンジョンの中に…………

 

 

「で…………、僕らに何の用なの? わざわざ自己紹介までしてくれて。悪いけど僕らには君の演奏を聞いている暇なんて無いのだけれど?」


「おやおや? そうおっしゃらず、ワタクシの演奏を一曲聞いていかれてはいかがですかな?」



 ポロロン………



 何気ない動作で竪琴をつま弾く機械種ラプソディア。



 ビクッ!!



 その響きに身体を一瞬、硬直させる僕とハザン。


 先ほどは聞き流していたが、コイツはあの僅かな動作で人間を容易く葬ることができる機種なのだ。

 たった一音節の響きが鼓膜を破り、脳を破壊する。


 幸い、こちらの耳にも脳にも変調は無い。

 ただ、竪琴を奏でただけの様子。



「…………仕方ないね。ヤルしかないみたいだよ、ハザン」


「そうだな。まさかこんな高位機種と短い期間で2度も遭遇するとは、俺達も運が無い」


 

 風蠍を構える僕。

 ハンマーを担ぐハザン。


 敵わないまでも、最後まで諦めないのが僕の信条。

 どこまで通用するか分からないけど、攻めて一太刀ぐらいは浴びせたい。



「ほう? 良い目をしてらっしゃる………」



 僕達の覚悟を見て、機械種ラプソディアは大層感銘を受けた様子。



「遥か格上のワタクシに対し、恐怖はあれど、それを乗り越えるだけの勇気をお持ちのようで。流石はワタクシがこのダンジョンで見込んだ英雄候補…………」


「はい? …………何のこと?」



 機械種ラプソディアから漏れた『英雄』という言葉。

 本来なら聞き流すことなのだろうが、元々勝率等皆無の負け戦。

 何が突破口になるのか分からないのだから、戦う前に少しでも情報は収集しておきたい。



「フフフ、貴方はこのワタクシに見込まれたのです。ワタクシが語るであろう英雄叙事詩の題材に」


「英雄?」


「そうです。ワタクシはこの地上に生まれるであろう英雄を探しているのです。その傍に控え、英雄が成すであろう英雄叙事詩を紡ぐために! そして、見つけたのが貴方………、もちろん、今の段階では候補者でしかありませんが」



 こちらへと指を突きつけるレッドオーダー。

 その指先は間違いなく僕を指さしていた。



 僕が? 英雄候補?

 自分で言うのも何だけど、とてもそんな器じゃない。


 僕は自分のことで精一杯。

 今は力をつけて、いずれ故郷に帰り、アイツへ復讐してやることしか頭にない。


 英雄はもっと広い視野を持ち、常人では考えられないような功績を遺す者だ。

 この街の中でというなら、もっと相応しい者がいるだろうに………


 

 その時、僕の脳裏に浮かぶのは、いつも機械種ラビットを傍に置く、槍を持った僕と同年代の少年。


 どこにでもいるような常人のフリをして、奇想天外な成果を上げ続ける天才。

 本気で隠す気があるのかと疑うような、日常的に異常性を見せつける規格外。


 それでいて、一般人のような普通の感性と、弱者を気遣うことのできる優しさを兼ね備える人間。


 英雄と言うなら、彼のような存在であろう。

 とても僕がそうだとは思えない。



「それは光栄だけど…………、僕が選ばれた理由が分からないな」


「それは簡単です。現在、この活性化中のダンジョンに挑む人間達の中で、貴方が一番英雄に相応しい容姿をしていたからです!」


「へ?」



 思わず間抜けな声を出してしまう。

 だって、余りに予想外の答えだったから。



「容姿? え? どういうこと?」


「貴方…………、英雄に必要な条件を知らないのですか?」


「え~、英雄…………っていうと、そりゃあ、飛び抜けた強さとか、人々に慕われる優しさとか…………」


「ノンノンノン………」



 こちらを馬鹿にしたように人差し指を横に振るう機械種ラプソディア。

 本当に機械種とは思えない程、人間臭い仕様だ。

 


「『強さ』? そんなモノは後から鍛えればよろしい。『優しさ』? そんなモノは後で適当に耳触りの良い作り話をでっち上げれば良いでしょう。英雄に必要なのは『カッコ良さ』です! 考えても見なさい! 英雄譚で語られる英雄像が不細工だったら興ざめでしょうが!」


「ええ? そんなこと言ったって…………」


「視聴者が求めているのは、いつだって美女、美青年、美少女、美少年なんですよ! 誰だってカッコ悪いより、カッコ良い方がいいでしょう!」


「それは………、そうだけど………、それこそ話だけでも美人だったにしておけばいいじゃない?」


「それは偽りでしょうが! ワタクシに嘘を語れと?」


「さっき作り話をでっち上げるとか言ってたよね?」


「1を10にするのと、5を10にするのは労力が違うんですよ! 優しいとかいうのは人それぞれ受け取り方がありますが、美の算定基準は絶対! 何より芸術家として、美しさは誤魔化せません!」


「全部自分の都合じゃないか!」


「ワタクシの夢ですから、自分の都合で何が悪い!」


「開き直った!?」



 なぜか、レッドオーダーと討論になってしまった。

 

 そう言えば、学者の時も問答になっていたけど、本当に高位機種はおかしな奴等がいるもんだ。



「コホンッ! 失礼。少し熱くなってしまいましたね。ワタクシとしたことが………」


「本当にね」


「ムッ………、フンッ! やっぱり同じ階を逃げ回っていた、あの青年の方にしておけば良かったでしょうか………、ですが、年齢的なことを考えると、やはり少しでも若い方が…………、それに向こうには機械種メデューサがいますし…………」


「え? 誰の事?」


「さてね? ………まあ、貴方の方がワタクシの好みだったということもありますし。それに貴方の隣にはちょうど良い引き立て役もいますからね」


「引き立て役………と言うのは俺のことか?」



 急に引き立て役という言葉が出て来て、ハザンが話に入ってきた。


 そんなハザンにも機嫌良さそうに返事をするレッドオーダー。



「ええ、そうです。英雄ならんとする美少年の美しさを際立たせる程に平凡な顔。しかも筋肉ムキムキの大男という属性が、実に主人公の相方っぽくて良いですね。さらにハンマーという武骨な武器がまた良い味を出しています。あと、終盤辺りで主人公を庇って死んでくれたら最高です」


「どうも………って、褒められているのか、俺?」


「褒められていないよ、多分………あんまり真に受けない方が良いよ」



 戸惑うハザンに一言添えておく。


 本当におかしなレッドオーダーだ。

 やはり中央に行けば、こういう奴等がたくさんいるのだろうか?

 

 だとすると、一流以上の狩人は皆変人ばかりというのも頷けるような気がする。 



「ふむ…………少々お話が長くなりすぎましたね」


「全くだよ」


「本当に口の減らない人間ですね。では、お話は終わりにしましょう」



 そう言うと、機械種ラプソディアは竪琴を持ち直し、こちらへと身体を向けて、堂々とした態度で宣言。



「その力、心を見せつけるのです。もし、英雄に相応しい力量を認めさせたなら、ワタクシは貴方の軍門に下りましょう」


「…………あっそ」


「フンッ!」



 興味ない感じで返事する僕。

 鼻を鳴らして不快感を露わにするハザン。


 僕もハザンもこの機械種ラプソディアにはうんざりしている。

 万が一、勝てたとしても従属しようかと迷うくらい。



 だが、そんな僕達の様子にも構わず、機械種ラプソディアはヤル気満々。



「さあ、英雄叙事詩の第一章、その一片を語ると致しましょう!」



 手慣れた仕草でその竪琴の弦をかき鳴らした。




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