第579話 狩り



 玄室に立て籠っていたアスリン達を救出し、共に地下33階を進む。


 戦闘力の劣るアスリン達を中央に置き、多少隊列を変更しての進軍。


 出現する敵は聖獣型や混沌獣型の重量級。

 そして、同じく重量級の鬼神型や悪魔型、巨人型。


 もう重量級のオンパレード。

 これを無傷で突破するには初手で大打撃を与えて、そのままの勢いで押し切り、反撃する機会を与えず一方的に叩くしかない。


 幸い、俺のチームには、ストロングタイプのダブルとなった秘彗の砲撃があり、さらには剣風の竜鎧砲、剣雷のプラズマ投射剣もあるから攻撃力には事欠かない陣容。

 消費するマテリアルのことさえ考えなければ、それほど苦戦することなく敵を殲滅しながら突き進むことができる。


 これもマテリアル回復能力を持つ『杏黄戊己旗』のおかげと言える。

 毎回、MPを気にせず大呪文や特技を連発しているようなモノだからな。

 


「うふぁああ!! ヒロってば、凄い! お大尽アタックだね! ニルルンもあやかりたい!」


「コラッ ニル! すみません、ヒロさん………でも、大丈夫なのですか?」



 俺達のコスト度外視の爆進に、ニルが両手を挙げて喝采。

 だが、その隣のドローシアは引き攣った顔で恐る恐ると質問の声を上げてくる。



 まあ、対照的な二人だこと………なんて感想を抱きながら、心配無用と笑って返す。



「あはははは、大丈夫、大丈夫」


「…………あの、今は持ち合わせがありませんが、地上に戻ったら必ず………」



 俺の気軽な返事にも、不安を隠せない様子のドローシアは少々顔を青ざめさせながら言葉を続けようとしてくるが、



「いや、本当に大丈夫だから。つーか、倒したレッドオーダーの晶石を回収しているだけで元は十分に取れる」



 レッドオーダーの残骸全部を回収するのは現実的ではない。

 ガイやアスリン達が見ている中だと、倒した敵全ての機体を回収していたら、絶対に怪しまれてしまうから。

 

 たとえストロングタイプの魔術師系とて、亜空間倉庫は無限ではないのだ。

 故に基本は晶石だけを回収、稀に破損の少ない残骸が出てきたら確保するといった形。


 しかし、それでも使用したマテリアルは後で『杏黄戊己旗』にて回復させるのだから、黒字は確定。

 俺達のチームに赤字という文字は無いのだ。 



 だが、そんなことを知らないドローシアは、どうにも納得ができない様子で口をモゴモゴ。


 

「で、でも…………」


「気にしないで。本当に大丈夫だから」


「フフフッ ドローシアってば心配性だね! ヒロが大丈夫って言ってんだから大丈夫に決まってるじゃん! それでも気になるんだったら後でニルルンと2人でヒロにサービスでもしてあげようよ」


「さ、さーびす………、ちょ、ちょっと何を言っているんですか! ニル!」


「にひひひっ……… ということだから、夜は楽しみにしておいてね、ヒロ!」



 顔を真っ赤にして狼狽えるドローシアに、人の悪い笑顔を浮かべてニヒヒッと笑っているニル。


 多分、冗談だと思うけど…………

 やっぱり女の子が3人も集まると本当に姦しい………

 

 

 

 いや、さっきから姦しくしているのは、ニルとドローシアだけだ。

 先ほどからずっとアスリンは口をほとんど開かず黙ったまま。 


 

 振り返らずに『八方眼』にて後ろのアスリンの顔を覗き見れば、感情の色が見えない無表情。

 いつもなら騒がしいニルに注意の1つもしていたのだろうが………

 


 これは相当重傷かも…………

 


 この道中もほとんど会話することなく、ただ俺達の後に唯々諾々とついてきているだけ。

 生きている屍とまでは言わないが、これまでのアスリンと比べたら、まるで別人。



 このまま地上に帰すのもなあ。 

 今の覇気を失ったアスリンを見たら、ボノフさんが悲しむかもしれない。


 とはいえ、アスリンを元に戻すにはどうしたら良いのか。

 従属機械種を失って今の状態になったのであれば、この階層で適当な重量級を見つけて従属させれば元に戻るのかとも考えたが…………



 しかし、これからさらに難易度が高い場所へと赴こうとしているのだ。

 

 この階層で出てくる敵を捕まえて従属させても、当たり前だが、この周辺には同レベルの敵がバンバン出てくるし、この先はさらなる強敵が待ち構えている。

 下手をしたら破壊されて、アスリンはまたも従属機械種を失うかもしれない。

 

 そうなったら何の意味も無い。

 さらに悪い状況へと陥ってしまうであろう。


 

 だが、十分に戦力になる重量級であれば、アスリンに従属させて使ってもらうのも悪い選択肢ではない。

 こっちの重量級の輝煉には最後尾を固めてもらっているが、アスリンが重量級を従えるならソイツを最前衛に置くという作戦も取れるのだ。


 剣風、剣雷を遊撃に回し、人数が増えてきたパーティーの盾となってくれるとさらに安定感が増す。

 

 『コレ!』という機種でも出てきたら、機体ごと確保してアスリンに従属契約をさせてあげても良いのだけれど…………




 ちなみに、七宝袋の中に収納している四鬼を渡すのはNGだ。


 あの4機は修理済みで、ブルーオーダー済み。

 『召喚特性』が無いと、そもそも機械種の亜空間倉庫に収納できない。

 だからこの場に持ち込むこと自体が不可能なのだ。


 秘彗や毘燭に『召喚特性』があると言い切って誤魔化すと言う手もあるが、アスリンチームは、うちのメンバーのことを良く知っているボノフさんとつながりがあることがネック。


 まかり間違ってその情報がボノフさんに伝わったら、おかしなことになってしまう。

 ボノフさんのことだから、きっと配慮はしてくれるだろうが、あまり善意に頼り過ぎるのも良くない。


 だから、この場でアスリンに重量級の機械種を渡すには、このダンジョンで出来るだけ機体を傷つけないよう狩らなくてはならない…………






 ピコッ! ピコッ!



「んん? どうした、白兎」



 パタパタッ!



「……………そろそろ休まないかって?」



 玄室から出て3時間余り。

 先頭にいた白兎がこちらを振り返って耳を振るって意見を述べる。



「そうだな…………、この辺で今日は終わりにするか」


 

 何回か休憩を挟んだ為、地下34階への階段はまだまだ先だが、時間的にはそろそろ夕暮れを通り越して夜更けに突入。


 午後6時を回った頃だろう時間帯。

 白兎の言う通り、そろそろ野営の準備をしないと寝るのが遅くなってしまう。


 ゆっくり休まねば、次の日への疲れを残してしまうこととなる。

 これからさらなる難易度が待つ下層のエリアへと進むのであれば、絶対に避けた方が良い事態。


 では、さっさと適当な玄室を見つけなくては……………



 フルッ! フルッ!



「え? ちょうど、あそこに玄室もあるって…………」



 白兎が耳で差す40m程先には、天井まである巨大な扉が鎮座していた。


 胸ポケットに指だけを突っ込み、『宝貝 墨子』を発動して確かめてみても、あれが玄室の扉であることは間違いないようだ。



「ふむ…………、そうするか」



 せっかく白兎が勧めてくれたんだ。

 今日の宿はあそこにしよう。



「ヒロ、今日はここで終わりか?」



 俺と白兎のやり取りを見てガイが質問。



「ああ、もう遅いしな。明日には地下34階に降りるだろうから、今日の所はこの辺で休もうと思う」


「そうか…………、しゃーないな」

 


 ガイはそう言うと両手を打ち鳴らして、少々物足りなさそうに呟く



「結局、午後からは全部ストロングタイプだけで片が付いちまった」


「明日は俺達が朝から出張ればいいさ。今日の所は英気を養うとしよう…………って、まだ玄室の中の敵がいるからな!」



 今日の戦闘はまだ終わっていない。

 玄室の中には必ず敵が存在するのだ。

 その敵を倒せなくては、セーフエリアは構築できない。

 

 

「あ………、そうだったな。あまりにストロングタイプ達が簡単に敵を片付けるもんだからよ」



 ガイは俺の指摘にポリポリと頬を掻きながら言い訳を口にする。



「やっぱり自分達の手で倒さないと、ここがダンジョンだってことを忘れそうになるぜ」


「じゃあ、あの玄室の敵は俺達で片づけるか?」


「…………玄室の敵って、通路に出てくる奴等よりも1段手強い敵が出てくるんだったな………、いいぜ!」



 俺の挑発めいた問いかけに、ガイはニヤっと犬歯を剥き出しに笑顔を見せる。


 

「あれだけの数の戦闘を、今日はずっと眺めてばっかりだったからな。こっちの血潮が騒いで、このままじゃ寝つきが悪くなる」


「本当に血の気の多い奴…………、まあ、俺も今日は一回も戦っていないことは気になっていたし」



 左に担いでいた槍を右手に持ち直して、ヤル気になったガイと同調。


 これから俺達の戦場となるであろう玄室の向こう側へと強めの視線を送る。



「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください! お二人…………」



 そんな俺達の会話に、慌てた様子でドローシアが入り込む。



「今のお話を聞いていると、ヒロさんと………ガイさんが前に出て戦うと言っているように聞こえますが………」


「そうだよ」


「何言ってんだ? そう言ってるじゃねえか」



 俺とガイが声を合わせて返事。


 すると、ドローシアは目を白黒させながら俺達の選択に反論。



「ええ? …………いや、ヒロさんやガイさんが強いのは分かりますが、玄室の中にいる相手は重量級の確率が高いんですよ! それも混沌獣型や聖獣型! いくらエース級のお二人といっても…………」


「ドローシア! また何言っているのさ。ヒロ達なら大丈夫に決まってるじゃん!」



 すごい剣幕で捲し立てるドローシアを止めたのは、廻斗を頭の上に乗せたニル。



「ヒロは紅姫も倒しているんだよ。この辺の敵なら訳無いって」


「ニル! そう簡単に言いますが…………、万が一のことを考えると………」



 お気楽な感じだが、俺のことを信頼してくれているらしいニル。

 対して、ドローシアはあくまで慎重論。

 俺とガイの選択に対し、反対意見を述べてくる。



 しかし、俺もドローシアが気持ちが良く分かる。


 万が一、俺が死んでしまえば、このチームはすぐに崩壊するのが目に見えているから。


 主力たるストロングタイプが軒並みレッドオーダー化するのだ。

 どう考えても生き残る術など一片も無い。


 ストロングタイプを引き連れていながら、そんなリスクを背負う必要はあるのか?

 手を出すにしても、わざわざ玄室の敵を狙わなくても良いのではないか?


 そんなところだろうな。

 まあ、俺がこんな所で死ぬなんて在り得ないけど。



 しかし、俺やガイの戦闘力を直に見たことが無いドローシアにすれば、そのような心配に顔を青くするのも無理はない。




「心配ならニルルン達も前に出ればいいじゃん?」


「馬鹿! 私達が前に出ても足を引っ張るだけでしょ! 私達の戦い方はアスリンの重量級があってこそなんだから!」




 ドローシアとニルが向かい合って、言い争いを始めそうな雰囲気の中、



「ドローシア。ヒロの判断に任せましょう」


 

 二人を止めたのは、今までずっと黙っていた彼女達のリーダーであるアスリン。



「私達はヒロに助けられた身よ。余計な口出しをすべきではないわ。それに活性化の最中、3日間も玄室に閉じこもっていた私達よりも、彼等の方が状況を良く理解しているはず」



 アスリンが淡々とドローシアを嗜める。



「ヒロ達は与えられた依頼を遂行中で、私達は失敗して途中リタイア。元々口出しする権利なんてないの」


「……………はい」



 流石にドローシアもアスリンにここまで言われてしまっては黙り込むしかない。


 シュンとなって俯いてしまうドローシア。

 俺より背が高いのに、幾分小さく見えてしまう程。



 うーん………

 ちょっと可哀想かな。

 

 ドローシアとしても当たり前の一般論を述べてくれていただけだし。

 一応、フォローを入れておくか。



「心配してくれてありがとう。でも大丈夫。こう見えても、これ以上の修羅場は何度も潜っているんだ。この階層の敵ぐらいならどうにでもなる………なあ? ガイ!」


「おうよ! …………まあ、ヒロ程楽勝とはいかないが、俺でも倒せない敵じゃない」



 俺が声をかけると、ガイも追従。


 2人して落ち込んだ感じのドローシアへとフォローを入れると、ぎこちない笑みを浮かべて俺達へと向き直り、



「…………分かりました。お二人を信じます。色々と余計なことを口出ししてしまい申し訳ありません」



 ドローシアは俺達に頭を下げて謝罪。


 

 ちょっと、真面目過ぎるような気がしないでもないが………



 多分、この子は心配性で苦労性なんだろう。

 相方らしいニルはお気楽な様子だし、リーダーのアスリンは勝気で喧嘩っ早い。


 きっと2人に振り回されているイメージが浮かんでくる…………



「お二人とも、ご武運を!」


「任せてよ!」

「おう!」



 ドローシアの祈願を受け、俺とガイは玄室の扉へ身体を向ける。

 

 さて、ストロングタイプ達だけでなく、俺達の強さも彼女達に見せつけてやるとしますか!












「罠がかけられていますね。調べますので、少々お待ちを」


「あらら…………」

「マジか…………」



 意気込んで扉の前に立ったところで、胡狛からストップがかかる。


 たたらを踏む俺達を他所に、胡狛は前に出て来て、じっと扉の上部部分を凝視。

 僅か10秒足らずでその解析を終わらせる。



「扉が開くと同時に上から刃物が落ちてくるようです。1分ほど無効化しますので、その間に通ってください」



 胡狛は指でトントンと扉の取っ手辺りを叩く。


 微細な振動を起こして反応を探り、罠の起点となる部分を錬成制御で一時的に機能不全に陥らせる。


 この手の罠は仕掛けが大掛かりな為、完全に取り除くことが難しい。

 だから、一定時間起動できなくして、その間に通り抜けるのが最も効率が良い。



「完了しました。もう大丈夫です」


「よし! では突入するぞ!」



 背後のメンバー達へと号令。


 一応、一番最初に玄室に入るのは剣風、剣雷。

 続けて俺とガイが突入し、秘彗と毘燭がその次。

 あとはアスリン達が森羅や胡狛、廻斗に守られながら入って、最後は輝煉。


 もちろん戦うのは俺達で、アスリン達が戦闘に参加する訳では無い。

 かといって、アスリン達だけが戦闘が終わるまで玄室の外で待つというのも頂けない。


 稀に仕掛けが発動し、玄室の中と外で分断。

 さらに玄室の外に待つ者に敵が襲いかかってくるという悪質な罠も存在する。


 同じパーティであれば、できるだけ一緒に行動するのがダンジョン探索のセオリー。

 

 戦闘に巻き込まるという可能性はゼロではないが、アスリン達とて素人ではない。

 それに毘燭や輝煉がカバーに入れば、万が一も無いであろう。



「さあ、今日の俺達の敵は…………」



 玄室に飛び込み、敵がいるであろう玄室の奥へと視線を飛ばす。



 ざっと視界に入るだけでも玄室の広さは1辺が50m以上。

 一般的な学校の体育館よりも倍近く広い玄室の中央に、デンと座り込むレッドオーダーが1機。



 一瞬、公園などに置いてある山形の遊具を思い出した。

 滑り台や高台、階段、トンネル等が合わさった複合型遊具。


 記憶にあるソレよりも2倍以上は確実に大きい。

 子供の時分であれば、ウキウキとしながら山頂を目指して駆けあがったに違いない。



 しかし、ソレはもちろん遊具などではなく、人類の敵対種であるレッドオーダー。


 黒い巨体に鰐のごとき強靱な四脚。

 尾はグルッととぐろを巻き、頭は地面に伏せたままこちらをじっと凝視している。


 その目は毒々しいまでの赤。

 凶暴で、凶悪、そして、人間への憎悪に塗れた強烈な殺意。




 ブオオオオオオオオオオオオ!!!




 ゆっくりを長い首をもたげ、頭を持ち上げてこちらを威嚇するように吼えるレッドオーダー。


 頭部は恐竜を思い出させる爬虫類系のフォルム。

 一本20cmはありそうな牙が並ぶ口腔。

 何よりその頭部だけで1.5mはあるだろう。

 さらに全長ともなれば8~9m。


 明らかに重量級………、

 それも限りなく超重量級に近い大きさの………




「竜種………………」



 俺の隣に立つガイが絞り出すような声で呟き、



「ここに来て、ドラゴンタイプかよ…………」



 悔し気に俺達の前に現れた敵の機種名を吐き捨てる。



 そう。

 玄室の中にいた敵は、紛れもない竜種。

 機械種の種別でも特に強機種と名高いドラゴンタイプ。


 

「……………レッサードラゴン? でも、あれは超重量級だったはず」



 ドラゴンタイプ中位である機械種レッサードラゴンであれば、この階層の玄室に出てきてもおかしくない。

 しかし、どう見ても機械種レッサードラゴンとは異なる外観。


 頭がやや大きく、形状はドラゴン型と呼べるのだが、手足がより太く首と胴体が長い。

 装甲のデザインも異なっており、とても個体差だけでは説明できない差異がある。


 何より目算ではあるものの、明らかに全長10m越えであった機械種レッサードラゴンよりも僅かに小柄だ。


 超重量級では無く重量級。

 であれば、機械種レッサードラゴンでは在り得ない。



 ちなみに、尻尾の長さは機械種の全長に含めないのが規定。

 機械種の尻尾は取り外しが可能な武装として扱う為、重量級や超重量級判定の全長には入れず、尾の根元部分までを測定することとなっている。


 でないと、長い尾を持つ機械種は軒並み超重量級となってしまう。

 誰が決めた測定基準なのかは知らないけれど。



「毘燭、あのドラゴンタイプは何だ?」



 視線は前に向けたまま、機械種に詳しい毘燭に問う。


 しかし、返ってきたのは想定外の返答。



「……………申し訳ありません。判定不能と出ました」


「はあ?」


「どうやら正体を隠す能力を持っているようですな」


「マジか…………」



 今日の宿泊場所を作るために突入した玄室で出会ったのが、まさかの正体不明のドラゴンとは…………


 

「ヒロ………、ここは撤退するしかねえ…………」



 戦闘狂であるガイが珍しく弱気な撤退案を口にする。


 先日、ドラゴンタイプ最下位機種である機械種ワームを打ち倒したが、俺達の目の前にいるのは、それよりも格上であるのは間違いない。

 それもこの階層の玄室で出現したのであれば、ドラゴンタイプ下位機種である機械種ドラゴンパピーよりも確実に上。


 ドラゴンタイプ中位だとすれば、同じレベルの機械種レッサードラゴンには、当時のヨシツネと天琉が2機がかりでも手傷を負う程なのだ。

 おそらくストロングタイプを揃えていたとしても全力を以って挑まないといけない相手。


 当然、まともにやりあえば、少なくない傷を負う可能性がある。


 偶然遭遇してしまった強敵だ。

 この玄室に拘る必要も無く、普通に考えれば、ここは何とか脱出して別の玄室を探せば良いだけのこと。

 

 ガイから弱気な撤退案が出るのは致し方ない事なのかもしれないが………


 

「いや、予定変更。全員の力を以って狩ってやる」


「へ?」


「へ? …………じゃないぞ、ガイ。アイツは言わばレアポップキャラなんだ。ここで狩らないでどうする?」


「い、いやいやいやいや! アレは竜種だぞ!」


「だからこそ………だろ? そろそろ竜殺しの異名が欲しくないのか?」


「!!! …………ヒロ、お前…………」



 やや挑発的な物言いに、目を剥いて俺の方を見つめてくるガイ。


 狩人や猟兵にとって『竜殺し』は特別な意味を持つ。

 『悪魔狩り』や『天使落とし』に勝る異名。


 こう言われて心を動かされない狩人はいない。 

 

 

「まあ、殺すんじゃなくて、捕まえるつもりだけど」


「おい! んなことできるわけないだろ!」」


「ここで捕まえなくてどうする? せっかく出てきた希少種じゃないか」


 

 当たり前だが、ただ倒すより、従属させる為に捕まえる方が何倍も難易度が高い。

 

 ここで言う『捕まえる』は、一度破壊してから修理するのではなく、敵が稼働状態のままでブルーオーダーすることを差す。


 常識で考えれば竜種相手に、そんなことができるはずもないのだが………



「それはいくら何でも無謀すぎるぞ!」


「無策じゃない。手はあるんだ」


 

 反論するガイを手で制し、俺の背後の秘彗へと声をかける。



「秘彗! やれるな! プランDだ!」


「はい!」



 事前に打ち合わせしていた捕獲用戦闘プラン。

 まずは秘彗のダブルとしての能力を十全に引き出すことから始まる。



「よし、行け!」


「行きます!」



 俺の雄叫びに合わせて、秘彗が手の中の杖を前へと翳す。


 すると秘彗の藍色のローブの模様が波打つ水面の様に変化。

 『双輪』から『返しの付いた刺々しい杭』へ。

 それは秘彗が全力でマテリアル術を発動させる時に現れるドレスアップ。


 

「固有技…………『魔女の楔』!」



 発動したのは、ストロングタイプのダブルとなったことで手に入れた秘彗だけの『固有技』。


 その名は『魔女の楔』。

 敵、機械種に強烈なデバフを与える呪縛。



 ザクッ!! ザクッ!!

 ザクッ!! ザクッ!!



 正体不明の竜種の機体に突如無形の楔が打ち込まれる。



 ブオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!


 

 大きく吼える竜種。

 巨体を震わせ、怒りを振り撒く。

 しかし、その動きは非常に緩慢。


 こちらの先制攻撃に怒り、全力で暴れ回るつもりだったのだろうが、まるで全身を見えない鎖で縛られているかのように鈍い動き。


 打ち込まれた楔が機体全体へと影響を及ぼし、その活動に制限を与えたのだ。



 これは物理的なモノでは無い為、竜麟ですら防御不能。


 敵の機体へと直接働きかける『重圧』『束縛』『封印』『阻害』。


 行動を妨げ、能力を低下させ、マテリアル制御を封印する。


 『魔女の楔』の名に相応しい凶悪な呪い。


 出力に劣る格下であればほぼ100%で効果を発揮し、格上であっても一定のデバフ効果を与える仕様。


 敵から使われるなら最悪の術。


 秘彗が仲間で良かったと心底思う。

 

 なお、この固有技の一番最初の犠牲者は同僚の天琉だ。




「やった! あとは蒼石を叩きつけるだけ………」



 

 蒼石を使う役目は人間である俺にしかできないこと。


 機械種レッサードラゴンと同レベル帯と想定。

 ならば必要なのは適正級である蒼石準2級。


 軽くパーカーの胸ポケットに触れて、自身の蒼石の在庫を確認。



 今の俺の手持ちの蒼石は、準1級が1個、2級が3個、4級が3個。



 残念ながら準2級は無いので、2級で代用することになる。

 


 そう考えると、少々勿体ないような気も…………


 いや、相手は正体不明なのだ。

 万が一、想定よりも格上であっても2級ならばブルーオーダーできる可能性が高い。


 しかし、相手は重量級。

 中量級以下と違い、重量級以上は、ブルーオーダーの衝撃を直接晶脳に届かせる為、頭部の装甲を引っぺがす必要がある。


 単純に力尽くで装甲を破壊してしまえば、折角従属させても頭部は無防備なままだ。

 それではすぐさま役に立ちづらい。

 

 だからできる限り破損を少なくする為には、装甲を綺麗にばらす技術がいる。

 秘彗の固有技で行動を阻害されているとはいえ、俺と一緒に全高5m以上ありそうな竜種の頭へ辿り着き、その装甲を傷つけずに剥がすことのできる能力を持つのは………




「白兎、お前しかいない!」


 ピョンッ!!!



 俺の要請を受けて白兎が一跳ね。



「来い! 俺と一緒にアイツを捕まえるぞ!」


 パタッ! パタッ!


 

 以心伝心。

 俺の言いたいことが伝わった白兎は耳をパタパタさせて、『了解!』との返事。


 そして、後ろ脚で強く地面を叩き、大きくジャンプして、俺の頭にピョンと飛び乗ってきた。



 フルフルッ!

『パイルダー・○ン!』



 その短い四脚でガシッと俺の頭の上にしがみつく白兎。


 

「誰が頭の上に乗れと言った…………」


 パタパタ

『アイツの頭に飛び乗って、こじ開けるんでしょ。僕の仕事を考えたら、多分この位置がベストポジション』


「そう言われるとそんな気も…………」


 フリフリ

『あと、こうやっていると、マスターの頭にウサ耳が生えたみたいに見える』


「はははは、小奴め………」



 俺の頭に乗った一番大きい理由はソレだな。


 まあいい。

 これも竜種を倒して、機体を手に入れる為だ。

 多少の恥じは受け入れてやろう。



「行くぞ! 白兎。ドラゴン狩りじゃああああああああああ!!!」


 フルフルッ!



 瀝泉槍を構え、雄叫びを上げる俺。

 それに合わせて俺の頭の上で耳を振るう白兎。


 

 槍を片手に、頭に兎を乗せた状態で、正体不明の竜へと挑みかかった。

 



「そうかぁ! ヒロの『白ウサギの騎士』の二つ名は、ラビットちゃんを頭に乗せて戦うっていう、独特の戦闘スタイルに合ったんだあ!」


「な、なるほど………、白ウサギに乗る騎士ではなく、白ウサギに乗られる騎士という意味でしたか!」


 


 後ろでニルとドローシアが何やら俺のことを噂しているようだが…………


 多分、気のせいだよね?



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