第556話 風使い


 ヨシツネの腕試しが終われば今度は俺の番。


 新しく手に入れた『定風珠』の威力を試す為、無人の野を荒らすがごとく自由自在に風を吹かしまくる。


 

「風よ!」



 ボフォオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!



 俺の呼びかけとともに、夜の荒野に吹き荒れる猛烈な突風。


 前に翳した手の平から発生したかのような超常的な異常気流。


 周囲の大気が凄まじい勢いで1点に集まり、ほぼ重さを持たないはずの空気が物理的な砲弾となってぶっ飛んでいくような有様。


 草木を薙ぎ、地を削ぎ、地形まで変えそうな破壊力。

 幅20m以上の溝を大地に刻みながら、遥か数キロ先まで一直線。



 この暴風の前にはたとえ全長15m越えの巨躯を誇る豪魔でさえ耐えきれずに吹き飛ばされるであろう。


 あらゆるものをなぎ倒す風の圧力。

 空気で構成された津波と言っても良い現象。

 


「ふむ………、威力はなかなか」



 新たに手に入れた風を操る宝貝『定風珠』の力に満足する俺。


 術を強化する宝貝『宝蓮灯』で増幅した五行の術でも似たような効果を引き起こすことができるだろうが、風に特化した宝貝である『定風珠』の効果は比べようもないほど絶大。


 街中で使えば一瞬で辺りを更地にしてしまいそうな勢い。

 俺の持つ攻撃用宝貝の中でも破格の攻撃範囲であろう。



「しかも『風』というのが実にカッコ良い」



 腕に装着した腕輪にはめ込まれた『定風珠』を見ながら、しみじみと感想。


 4大元素である『火』『水』『風』『土』の中で、『火』と並んで主人公の属性になりやすいのが『風』だ。

 

 焼き尽くすだけの『火』と違い、移動や索敵なんかにも利用される便利な属性。



「………………今のところ、俺に使えそうなのは風を操作するぐらいか」



 風属性の魔法使いや風使いが多用する風や空気による探査。

 周囲の大気を自分の支配下に置き、視界に頼らずに地形を把握したり、侵入者を察知する能力。

 また、空気の波である音波を利用したソナーや、大気の振動を読み取って情報を取得する方法等。


 これ等が使えるようになれば、戦闘に偏った俺に念願の索敵能力が追加されるのだが、そう簡単にはいかない様子。



 風というのは地に満ちる空気の移動で発生する。

 故に風=空気とも言えるのだが、如何せん、空気を常人が感じ取るのは難しい。


 何せ空気というモノは目には見えないし、匂いも無ければ、そこにあることすら意識できない。


 『風』として肌で感じることができて、初めて認識することができるのだ。


 魔眼も超感覚も持たない俺の五感では周りの空気を把握できず、空気の振動で周囲を分析することもできない。


 どうやら『定風珠』で空気を読むスキルは得られない模様。


 

「元々、俺は空気を読めない奴だからね…………って、うるせえよ!」



 1人でボケて、1人で突っ込む。


 周りにいるのは、ヨシツネと豪魔だけ。

 到底俺へのツッコミはしてくれそうにない2機だから、自分で突っ込むしかない。


 定風珠を使うにあたり、効果範囲が非常に広いことと、まだ制御にいまいち自信が無かったことから、未だメンバー達には離れてもらっている。


 また、白兎は今もベリアルと向こう側で追いかけっこ中。

 

 当分、収まらないだろうから放っておく。




「…………できれば、風の刃とか使いたいんだけど、どうも上手く行かないんだよなあ」



 先ほどから突風をバンバン放っているが、俺的にはゲームやアニメでよくある『真空波』や『風刃』を使いたいのだ。

 しかし、出力を高めても、威力を集中させても、どうしてもただの突風になる。


 これは俺の制御がマズいせいなのか、他に原因があるのか…………



「マスター、その『風の刃』とおっしゃるのは一体何のことでしょう?」



 頭の上から降って来る、豪魔の重低音。

 俺の独り言を捕らえた質問。



「うん? ……………そうだな、確か…………」



 完全文系である俺だが、微かに記憶に残る理科の授業と、ファンタジー小説の風魔法の記述を思い出して、豪魔の質問に答える。 



「猛烈な旋風を引き起こして、そこに生まれた真空がモノを切る現象………だったかな?」



 些か拙い表現だが、これであっていると思う。

 ファンタジー系の小説でも風魔法による風の刃は有名どころ。

 速度と命中率が高く、派手さは無いが、弱点を突けば一撃必殺もありうる強魔法の位置づけが多い。 


 しかも不可視である攻撃は回避も困難。

 実に主人公向きな魔法と言える。

 


 しかし、豪魔は俺の答えが腑に落ちなかったらしく、軽く腕組みしながらしばらく熟慮。

 その上で、俺の答えを堂々と否定する言葉を口にする。



「マスター、真空にはそのような力はありませんが………」


「え? でも…………、その………、気圧差で肉が切れるとか、鎌鼬とか………」


「真空は真空です。通常よりも空気を薄くした空間を差します。また、その空気の薄さにより『低真空』『中真空』『高真空』等と呼ばれますが………、重さも固さも無い真空で物を切るのは不可能だと思われますな。それに、気圧差程度では、人間の肌を傷つけるのも難しいでしょう」



 豪魔からのまるで物理の先生から語られるような内容が返ってくる。


 そう言われると、俺も反論できる程の物理知識があるわけではないから、『そうなのか………』となってしまう。



 う~む…………

 『風の刃』は無理なのか。

 

 そう言えば、どこかのテレビ番組で見たことがある。

 水に圧力をかけて水圧で物体を切断するウォータージェット切断という作業方法。


 これは水圧だけだと、ゴムや木材等の柔らかいモノしか切断できない。

 金属を切断しようとすると、水の中に研磨剤を入れて噴き出す必要があるらしい。

 

 物体を傷つけるには、重さと固さが必要なのだ。

 水ですら単体では金属を削れないのに、水と比べて圧倒的に軽い空気では、どれだけの出力で噴き出しても金属を断ち切る程の切断力を得るのは難しい。



「となると、この『定風珠』で可能な攻撃方法は風で吹き飛ばすだけか。風の刃でスパンッスパンッとレッドオーダー共の首を刎ね飛ばしたかったんだけどなあ…………」



 パチン、パチンと指を鳴らして、風の刃を飛ばしまくる光景。

 どこかのアニメで見たワンシーンだが、風を操る『定風珠』を手に入れて、真っ先に思い出した場面でもある。

 

 一度はやってみたいと思っていたことなのだが、残念ながら現実的には不可能である模様。


 やっぱり夢も希望も無いアポカリプス世界。

 異世界なんだから、こんなところまで現実に準拠しなくても良いのに………




 腕輪にはめ込まれた『定風珠』を見ながら、ついそんなことを考えてしまう。



 ちなみにこの腕輪は暴竜の狩り場の白の遺跡から発見した『携帯用バリア発生装置』の1つ。

 他にも『首飾り型』と『指輪型』があったのだが、『首飾り型』は白露にプレゼント、『指輪型』は七宝袋に収納したまま。


 この『腕輪型』は俺の不死身を誤魔化す手段の一つとして装備することにしたのだ。


 そして、『定風珠』をこの腕輪へはめ込み加工してくれたのは、こういった細かい作業が得意な胡狛。

 整備士系ストロングタイプ機械種マシンテクニカを重ね持つ胡狛は、この腕輪の効力を損ねることなく、5cm程度の宝玉の形をした『定風珠』をお洒落な感じで腕輪の表面に固定。

 

 手に持つには小さすぎる『定風珠』を上手く腕輪にはめ込み、ちょっとしたアクセサリーにも見える外観にしてくれたのだ。


 こうすることで、遠距離攻撃を可能とする宝貝を常時装備することができる。

 

 だからこそ、使い易い『風の刃』を使えるようになることを期待していたのだが………

 


「まあ、他にも使い道はたくさんあるし………」



 例えば、風を操作することで、ある程度の防御層を作り出すことは可能。

 炎や毒霧などを吹き返したり、弾いたりすることができる。


 また、空気の膜を作りだせば、水中でも泡に包まれたように活動できるだろう。

 さらには、ちょっとした風を巻き起こし、女の子のスカートを捲り上げることだって…………、これは冗談だけど。



「あとは、風による移動だな」



 これもファンタジー世界にはよくある魔法。

 足元から風を噴き出して空を飛んだり、追い風を吹かせて急加速したり。


 『風』と言えば『速い』というイメージ。

 風を纏っての高速移動や高速飛行なんかもメジャーの類。


 短距離移動であれば俺には『縮地』があるが、長らくの課題であった飛行が可能となれば俺の戦闘の幅も広がるはず。





 

 

 



「風よ、我が身を空へ舞い上がらせよ!」



 左手に付けた腕輪にはめ込まれた『定風珠』がキラリと光る。


 すると、足元から風が吹き上がり、徐々に俺の身体を空へと持ち上げていく。



「もっとだ! もっと高く!」



 高所恐怖症の俺だから、当然、右手には俺の脆弱な精神を支えてくれる瀝泉槍を持っている。

 今の俺であれば、どれだけ高く昇っても、恐怖心を感じることは無い。


 

 しかし、猛烈な上昇気流が俺をどんどんと上空へ昇らせるも、その速度は重力操作で飛ぶ天琉やヨシツネ、輝煉とは比べようもない程ゆっくりだ。


 これでは到底飛行能力とは言えない。

 俺が自力でできる空中浮遊に毛が生えた程度。



「もっと出力を高めるか…………、でも、この体勢では風の力を受けにくい」



 倒立状態ではなく、もっと身体を傾けて全身で風を受けるようにすれば…………



「というより、風で体を持ち上げるんじゃなくて、足元から風を噴き出すような感じで………」



 以前、白兎とラズリーさんの一騎打ちで見た、ラズリーさんの飛行方法。

 足裏のノズルからのジェット噴射で空中を飛んでいた。


 俺も同じように足の下から風を噴き出せば、もっとスピードを出せるのでは?



「では、『定風珠』よ! ジェット噴射だ! ぶっ飛ばすぞ!」



 再び『定風珠』が緑色の光を発生。

 それに伴い、俺の足元に風が集まって圧縮。

 

 そして、臨界まで圧縮された空気の塊は、卵の殻が内側から弾けるように崩壊。

 その際に生じるエネルギーは膨大なモノとなり、俺の身体を遥か空へと跳ね上げ………


 

 ボフォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!



「よし! これでもっと高く………、あれ? 方向が…………」



 ジェット気流は俺の両足の裏から放射される。

 当然、俺の身体は放射されたジェット気流とは反対側へと飛ぶはずなのだが、空中にいる状態で両足の裏から噴射されるジェット気流を上手く揃えるのは非常に困難。


 少しでも向きが違えば、飛んでいく方向はズレるし、噴射口が2つなのでピッタリと揃えなければ、あらぬ方向へぶっ飛んでいくことも…………



 あ………

 なんか体の向きが地面の方向へ…………




 ボフォオオオオオオオオオオオオオオ!!!




「ああああああああああああああああああああああああ!!!!!」




 瀝泉槍を持ってはいるが、いかに英雄岳飛でも、当たり前だが空を飛んだ経験などあるはずもなく、

 

 空中で体勢を整えようにも、暴れ馬のごとく風を吹き出す両足はとても制御できそうにない。

 

 そもそも空中での飛行なんて、機械種の高度な演算を用いて姿勢制御しながら飛ぶものなのだ。

 

 人間並みのスペックしかない俺の脳では、そんな計算などできるわけもなく、





 ドカン!!! 


 ゾリゾリゾリゾリゾリゾリゾリゾリゾリ!!!!!



「ぎゃああああああああああああああああああああ!!!」



 錐揉み状態で地面に激突。

 さらに勢いは止まらずそのまま地面を抉りながら数百メートル程進む。


 まるで全身を地面で鑢掛けしているみたいなモノ。

 地面との接触時、一瞬腕輪型の携帯バリアが発生するも、ゾリゾリと地面で擦られるダメージが続いて、あっという間に容量オーバー。


 元々弾丸や粒子加速砲を防ぐための携帯バリアだ。

 瞬時の防御力は高くとも、継続ダメージを防ぐには向いていない。



「主様! お怪我は!」



 ヨシツネが駆け寄って来て地面に上半身が埋まった俺を掘り起こしてくれる。



「だ、大丈夫…………」



 体中土塗れだが、当然ながら無傷。

 地面との大激突は以前にも経験済みだ。

 これぐらいで俺はかすり傷一つ負わない。



「けど、心が痛い…………」


「申し訳ありません。拙者では主様の御心をどうやって慰めるのか見当もつかず………」


「いや、お前に慰められるつもりは無いから」



 美女ならともかく、美青年に慰められても、俺が腹立つだけだ。


 後で辰沙達に膝枕でもしてもらおう。







 

 その後何度か試してみたものの、やはり『定風珠』を使っての飛行は難しいことが分かった。

 

 飛行すること自体はできるのだが、飛行と言うよりもただ突風で自分をぶっ飛ばしているだけ。

 濁流に呑まれたように、荒れ狂う気流に翻弄されながら飛ばされているに過ぎない。


 しかも平衡感覚が狂い、車酔いに似た症状を引き起こして、数回程でダウン。

 これでは飛行手段としては使えない。



 元々、仙人達は空を飛べるのがデフォルトだから、風を操作する宝貝で空を飛ぶという発想なんて出ないのだ。

 だから『定風珠』での飛行は想定外なのであろう。



 

「酷い目に遭った…………」


「飛行されるなら、やはり輝煉殿に騎乗された方が良いですね」


「そうだな。その方が安全だし………」



 ヨシツネの提案に素直に頷く。



 仙人は騎獣という乗り物に乗って移動する。

 『四不像』や『黒点虎』、『黒麒麟』なんかが有名。

 それを考えれば、仙人である俺が機械種オウキリンの輝煉に乗るのは、当然なのかもしれない。



「とりあえず『定風珠』の検証はこれぐらいだな」


 

 色々やってきたが、一先ず検証作業はこれで終わり。



「攻撃範囲は破格。全力を出せば、巨大台風だって引き起こせる」


 

 それどころか、風で雲を集めれば雨を降らせることができるだろうし、逆に雲を散らして晴れにすることもできる。

 限定的な天候操作が可能ということだ。



「とはいえ、大軍相手の大技で、周りの被害も甚大になるだろうから、街の近くでは使えない」



 空間障壁が使えるような高位機種相手には不向き。

 あくまで雑魚掃討用と考えるべきだ。

 

 それに当然野外でしか使えず、人里離れた所という制限が付く。


 また、周りの空気を利用するから、外界と区切られた空間だと威力を出しにくい。

 巣の中やダンジョン内ではどうしても威力は限定的なモノとなるだろう。



「でも、ラズリーさんが最初俺への見極めの試合で使っていたような空気圧縮弾なら使えるな。機械種相手じゃなく対人技になるだろうけど」


 

 他にも防御手段として風の膜や風の盾が構築可能。

 炎や毒霧、冷気等は遮断できるだろう………実弾や粒子加速砲は難しいが。



「主様、以前、ガンマン殿との早撃ち勝負で話が出た、『真空』を作り出して超加速の障害を取り除く手段はいかが致しますか?」


「あ~、それがあったな」



 ヨシツネから出てきた教官から教わった超加速戦の基礎。


 思考を加速させ、超加速モードで動き回ろうとすると、どうしても周りにある空気が粘りついて行動の枷となってしまう。

 

 これの対応策として自分の周りを真空状態する方法があるそうなのだが、『定風珠』を使えば……………



「でも、ちょっと真空ってのが怖いんだよなあ…………」



 昔、テレビか何かで見た宇宙空間に生身で飛び出してしまった人間が、真空状態に耐えきれず、ブシャッ!って血塗れになるシーン。 


 割とトラウマになってしまったこともあり、自分の周りを真空状態にするのが些か恐怖を感じてしまっている。


 さらに言えば、俺の身体は無敵ではあるが、自傷では傷ついてしまうのだ。


 自分の力で作り出した真空は、果たして俺の身体に影響を与えるのだろうか?


 真空で人間を切傷をつけることはできなくても、体内の水分が蒸発したり、細胞が膨張したり、減圧症で苦しむことがあると言う。

 真空内では人間は生きられず、10秒程度で失神、1分もしないうちに死ぬらしい。


 たとえ死ななくても、眼球が膨張して飛び出たり、血管が破れて血が噴き出したりするかもしれない。


 そう考えると、なかなか試すにも勇気がいる。


 痛いのは嫌いだし、辛くなるようなことはしたくない。

 仙丹で治るといっても、嫌なモノは嫌なのだ。



「…………………今日の所は止めておこう。これ以上は無理」



 あれだけ何回も暴風でもみくちゃにされたから、もう俺の精神力は残っていない。



「ハッ、では撤収作業にかかりましょう」



 俺の返事を聞き、ヨシツネは空間転移でメンバー達の所へと飛ぶ。


 メンバー達と一緒に撤収作業を行うのであろう。




 ヨシツネが消えた場所をしばらくぼーっと見つめながら、ため息を大きくつく。




「はあ…………、課題を片付けたと思うと、また一つ詰み上がる」


 


 真空が俺に影響を与えるかどうかは、また今度打神鞭の占いで調べることにするか。


 でも、占いは1日1回しか使えない。


 今は緊急依頼についての情報の精査を優先しなけばいけないから、全て片付けた後になるだろうな。




「まあ、それが必要になるような敵なんて当分出てこないだろうさ」




 救出対象は地下35階。


 情報によればモンスタータイプの重量級がウロウロしているくらい。


 活性化していたって、デーモンタイプやドラゴンタイプの下級程度だろう。


 いくらなんでも、緋王クロノスや空の守護者並みの敵なんて出てこないはず………



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