閑話 ガミン1

※白翼協商の秤屋、バルトーラ支店長であるガミンの視点になります。

 この街の有力者の紹介と、次のイベントの導入部となる話です。





「遅い…………」



 もう何度目かになる言葉を口にした。


 当然、口にしたからと言って、待ち人がすぐに来るはずもない。


 しかし、意味が無いと分かっていても、自然と漏れ出す言葉もある。



「はあ…………、相変わらず時間にルーズな奴等ばっかり。だから会議に出るのは嫌なんだよ」



 馬鹿みたいに柔らかい椅子にもたれ掛かりながら愚痴が出る。


 秘書が見れば注意されそうな行儀の悪い姿勢であるが、誰もいない会議室なので、これくらいは勘弁してほしいと思う。



「半年ぶりに俺が参加するって言うのに…………」



 辺境と中央の境目の街、バルトーラ。

 その街の5大秤屋のトップが集まる首脳会議。

 誰を中央へと送り出すかの選定を行う会議でもある。


 と言っても、重大案件でも無ければ、集まるのはその代理であることがほとんどだ。

 毎回、トップが真面目に顔を出すのは、鉄杭団の団長ブルハーンと、蓮花会のマダム・ロータスぐらいだろう。


 かくいう俺も副支店長に任せっきり。

 

 しかし、今は我等の白翼協商の秤屋に、前代未聞の功績を上げ続ける新人狩人がいる。

 間違いなく他の秤屋も目を付けて色々なちょっかいをかけてくるはずだ。

 


 『調査』『引き抜き』『誘惑』『妨害』『詐欺』『欺瞞』



 それ等に対し、断固とした姿勢を見せて他の秤屋へ牽制をせねばならない。

 海千山千の猛者揃い相手に、副支店長では荷が重い。

 少なくとも在歴では誰にも負けない俺が出席するしかない。

 

 だから張り切って30分前に会議室に入ったのだが、誰もいない。


 さらに会議開始時間が20分過ぎようとしているのに、誰も現れない。

 

 ひょっとして会議時間を間違えたのかと自分を疑ってしまう。



「もしかして、日にちを間違えたとか? そんな馬鹿な………………んん?」



 その時感じた人の気配……………いや、人間を遥かに超える戦闘力を持つ存在のオーラ。


 脳裏に浮かぶのは真っ赤に焼けた銃身のライフル銃。

 あちこちにガタが来つつも、まだまだ現役で戦える古強者。

 蓮の花が描かれたグリップ、銃口に剣先がぶら下がった銃剣仕様。


 頭に浮かぶそんなイメージから連想される者は1人しかいない。


 

「遅かったな、マダム・ロータス」



 バタンッ



「悪かったね、ガミン。少々立て込んでてね」



 扉から現れたのは茶髪にオレンジ色が混ざった長髪の美女。

 年の頃は20代後半くらい、180cm近い長身に男顔負けの大柄な体格。

 明らかに男物のジャケットを着こなし、アチコチが破れたデニムを履いた、男装とも呼べない野卑な格好。


 しかし、その姿から一片の卑しさも感じない。

 むしろ内から漏れ出る気高さを引き立たせるような雰囲気。

 まだ若いとも言える外見ながら、威厳すら漂わせる泰然とした姿。



「ふう…………、この年寄りに5階まで階段で昇らせるのは止めてほしいねえ。次の会議はせめて3階以下にしてもらいたいね」


「防諜の関係もあるのだろうさ。諦めな」


「しかたないねえ。膝のオイルを高級品に変えておかないといけない」



 そう言いながら膝を擦る素振りを見せるマダム・ロータス。

 外見の年齢に似合わぬ随分と年寄り染みた言動。


 それもしかたあるまい。

 マダム・ロータスの年齢は若く見積もっても70歳以上。

 外見こそ20代後半だが、その中身はもう老婆なのだ。



 『機人』



 蓮花会のトップ、マダム・ロータスはこの辺境では滅多にいない機人。

 機械種の晶石に人間の魂を焼きつけた、機械種の身体でありながら人であると認められた存在。

 

 その証拠に瞳に宿る光は『緑』。

 これこそ機械種ではなく、機械種の身体を持っていたとしても『人』であると言う証。


 機人は機人化施術される際に、必ず両目が緑に光るように設定される。

 でないと機人なのかブルーオーダーされた機械種なのか判別できないからだ。


 逆にブルーオーダーの機械種は、どれほど両目の色を青以外の色に変えてもすぐに元の青色へと変化してしまう。


 眼球レンズを染めても、

 発光体を他の色で包んでも、


 どのような施術をしても、世界がその両目を青に塗りつぶすのだ。

 それにただ一つの例外もあり得ない。

 それが世界に定められた絶対のルールの1つ。



「まだ、揃うのに時間がかかりそうだねえ………」



 マダム・ロータスはそう呟くと、ポケットから10cm程の金属の棒を取り出して口に加える。



「悪いけど、一本吸わせてもらうよ」


「マダム、狭い部屋での喫煙は勘弁してほしいんだが?」


「老い先短い老人の楽しみを奪わないでおくれよ………、煙は全部吸い込んで漏れないようにするから」



 ガミンの忠告を無視して、金属の棒………シガーピースを歯で咥えたまま、口の奥から軽く炎の息を吹き出すマダム・ロータス。


 炎で炙られたシガーピースは紫煙を噴き出す。

 それをマダム・ロータスはヒュッと音を立てて大きく吸い込む。


 彼女の顔がフッと和らいだ。

 極上のワインでも飲んだかのように陶然とした表情。

 

 それは普通の人間がシガーピースを吸った様子と実によく似ていた。



 当然、機人は身体は機械種そのもの。

 シガーピースを味わう味覚も無いはずなのだが、人間であった感覚を忘れられないのも機人の特徴。

 

 機人の寿命は機械種の身体を持ったことで人間より遥かに長命となる………はずなのだが、実際は短くなることの方が大半だ。

 原因は機械種の身体になることによって、人間の感覚を失うことに精神の方が耐えられないから。


 そもそも機人化施術の成功率は低い。

 技術が進んでも、成功率5割に満たないというから、挑むこと自体が無謀と言える。

 

 さらに、機人化施術に成功したとしても、僅か数日で自殺したり気が狂ったりすることもあるという。

 つけ加えると、機人化施術をした機人の平均寿命は戦死を除けば10~20年。

 マダム・ロータスが機人となったのは20代の頃と聞くから、その長生きっぷりは文字通り桁違い。


 よほど精神が頑強なのか、それとも施術を行った藍染の腕が良かったのか…………

 

 

 マダム・ロータスは何十年も前に赤の死線で活躍していた狩人だ。


 その身となったベースの機械種は女戦士系ストロングタイプ機械種アマゾネスクイーンに、巫女系のストロングタイプ機械種パイロ・ミコを加えたダブル。


 機人となることで、そのベースとなった機械種のリミッターが外れ、何倍ものパワーを発揮するというのだから、当時のマダム・ロータスの戦闘力はレジェンドタイプに匹敵する程であっただろう。


 しかし、度重なる戦闘によって、徐々にその力を落とし、今では精々通常のストロングタイプ程度の力しか出せなくなり、第一線から退くこととなった。


 それでも、長年の戦闘経験と合わせれば、この街の戦力の頂点の1つ。

 秤屋のトップに据えるに相応しい実力を備えている。




「ん~、ん~、この『ロング・ウォー』はなかなかクセになる味だね」



 シガーピースを指で挟みながらマダム・ロータスは宣う。



「味なんか分からないだろうに………」


「ハハハッ、まあ、成分から何となく推測しているだけだよ。今日はやけに突っ込むねえ、ガミン」


「20分も待たされた身になってみろよ」


「イイ女を機嫌良く待ってあげるのもイイ男の条件だよ。そんなんだからまだ独り身なのさ。早く良い人を見つけなさいよ。もし、アンタが良ければ………」


「止めてくれ。お節介婆さんかよ!」


「連れ合いができたのなら、アンタも少しは落ち着くと思ってね。『生還者(リターナー)』と呼ばれるアンタでも、ずっと危ない所に突っ込んでいけば、いずれブタ札を引いちゃうことだってあるんだよ。いい加減、深層に挑むのは止めておきな。いくらストロングタイプの盗賊系が護衛にいたって、同じストロングタイプ3機に囲まれたら生きては帰れないよ」


「ほっとけ。ダンジョンの下層はもう俺の庭みたいなものさ。逃げ回るだけだから危険なんて無い」


「はあ…………、本当に男どもは、どうしようもないねえ。痛い目に遭ってからだと遅いって言うのに…………」



 呆れた顔を見せるマダム・ロータス。


 しかし、こればっかりは譲れない。

 なにせ、俺がこの街の白翼協商の支店長を引き受けた条件が、引き続きダンジョンの深層に挑み続けることなのだから。


 

「…………おや? ブルハーンが来たようだね」


 

 俺との話の途中で、マダム・ロータスが呟く。


 確かに俺の脳裏にも近づいてくる者のイメージが浮かんでくる。


 何度も傷つき、火傷を負いながらも金属を叩き続ける鍛冶師。

 幾度の殴打を受けても後ろに下がらぬ大楯。

 熱く、重厚で、決して曲がらぬ金属。

 

 それが鉄杭団、団長ブルハーンへと俺が抱く印象。



 バタンッ!



「すまんな、遅くなった」



 扉が開いて、入ってきたのはマダムロータスよりさらに大きい巨漢の男。


 歳は50歳ぐらいだろう。

 鍛え上げられた肉体に、厳めしい顔つき。

 口元にカイゼル髭がさらに男の威圧感を増幅させている。


 さらに特徴的なのは、屋内なのに鉄兜を被ったままであるということ。

 確かに頭部の守りは重要だが、この街の中心において、そこまで守りを厳重にする必要性は薄い。


 だが、ブルハーンは鉄兜を被りたくて被っている訳ではない。


 兜を脱ぐことができないのだ。

 戦場で負った頭蓋骨の損傷を治す為に、金属の外装を頭部に癒着させたから。


 故に、2つ名は『鉄兜』のブルハーン。

 その際に名乗っていた『鉄杭』の名を『鉄兜』に改めた。

 

 そして、猟兵団として結成していた鉄杭団は、その名のままで、その支援母体であった秤屋の業務を引き継いだ。

 猟兵団の団員達はそのまま狩人となり、その団長であったブルハーンも秤屋のトップとなった。


 元猟兵という異色の狩人を束ねるのが目の前の大男。

 しかも自分と同じくまだ現役で巣やダンジョンに潜り、レッドオーダーとドンパチやるのを趣味としている根っからの戦闘狂。


 

「なんじゃい、まだ揃っとらんのか。急いで損した」


「おい、ブルハーン! 時間通り来いよ!」


「むっ! お前、普段は会議に出ないくせに、久々に顔を見せたと思ったら口煩いことを言うのう」



 まるで遅れたことを悪いと思っていない顔。

 良くも悪くも正直な性分である為、本当にそう思っているのは間違いない。


 鉄杭団の連中は、この団長に右習えとばかりの脳筋ばかり。

 超優秀な副官がいなければ、1ヶ月と持たないだろうというのが下馬評だ。



「支店長の仕事をほっぽりだして、ダンジョンに潜りまくっているモグラめが! 儂なんぞ、3日帰ってこなかったぐらいで、娘にどれだけ叱られると思っている!」


「そっちの家庭事情は知るかよ! 自分の娘を副官にしたからだろ! …………それが嫌ならパティさんは白翼協商が引き抜くぞ。優秀な管理職は喉から手が出るほど欲しい」


「ああっ! パティを引き抜くだと! 何、娘を拐かそうとしているんじゃ! お前になんぞ娘はやれん! 儂は絶対に認めんからな!」


「誰もそんなこと言ってねえよ! いい加減親離れしろ! お前の娘と言っても、もう子供もいる母親だぞ!」


「娘は幾つになっても娘なんじゃ! ………万が一、再婚するにしても、儂が認めた奴しか許さん! お前は絶対に駄目じゃ!」


「だからそんな話はしてねえ!」



 大の男が机を挟んで大声で怒鳴り合う。


 お互いに秤屋のトップ同士ではあるが、全く経営に関係の無い話で激論を交わす。

 この街での正式な会議の前に話すような内容ではないが、俺とブルハーンの間柄なら良くある話。


 両者とも喧嘩腰だが、別に仲が悪い訳じゃない。

 

 もう10年以上の付き合いだ。

 共に良い所も悪い所も知り尽くしているからゆえの口喧嘩。

 

 向こうの方が年上だが、狩人としてのキャリアは俺の方が上。

 機嫌が良い時は飲みに行ったりすることもあるが、そうでない時は遠慮無しに罵り合うこともある。



「うるさいよ、ガミン、ブルハーン。アタシが一本吸い終わるまでは静かにしてなさいな」



 椅子にゆったりと腰かけ、シガーピースを咥えながらマダム・ロータスが俺達を制止。


 こういった時に、いつも仲裁してくれるのが、俺達2人がこの街で明確に格上と認める唯一の者。


 俺達が生まれる前から赤の死線で戦っていた英雄にこう言われたら黙るしかない。



「けっ!」

「フンッ!」



 互いにそっぽを向いて、共にクッションの効いた椅子へとドカッと座る。


 まるで子供の喧嘩なのだが、それだけ気安い関係だとも言える。

 この街を守る仲間であり、切磋琢磨するライバルなのだ。

 

 


 

 チクタクチクタク…………



 しばらく部屋に沈黙の帳が降り、時計の針が進む音だけが響く。


 そして、そんな時間が1分少々続いた後、




「………………ようやく、全員そろったか」




 部屋にはまだ3人しかいないのにも関わらず、俺は『揃った』と呟く。


 俺の脳裏に扉を開けて2つの人影が入ってくるシーンが浮かび上がったからだ。


 それはどちらも見覚えのあるイメージ像。


 1人は超合金で造られた物差し。

 1mmの歪みも見られない精度、汚れ一つない鏡のように磨き上げられた金属片。

 ただし、その先端は人を刺し殺すことができるくらいに尖った形状。

 決して物を計るだけではない仕様。

 さらにはその裏側には様々な仕掛けが施されていて、真っ当な計測道具では在り得ない。



 もう1人は、ゴテゴテと飾り付けられたスモールの銃。

 金銀宝石で彩られた銃身に、なぜか手垢に塗れボロボロになった革が巻かれたグリップ。

 パッと見、装飾過多でとても実用品には見えない。

 しかし、グリップがすり減る程に使いこまれた跡は、使い手が訓練を怠っていないことの印。

 


 どちらもこの会議に参加してもおかしくない秤屋の幹部。

 その2人があと30秒足らずでこの部屋に入ってくる。


 

「んん? そうだねえ……………、足音が2人。1人は足を引きずっているからグレインだろうね」


 

 俺の呟きに反応して、マダム・ロータスが聞き耳を立てて推測を口にする。



「ほう? 相変わらず耳が良いな。機人の感知よりも早いとは、『早耳のガミン』の名は伊達ではないか」


「ブルハーン……、その二つ名は止めろ。真正面から言われると反応に困る」



 2つ名をつけられるのは狩人や猟兵にとっては名誉なことだ。


 しかし、その名を真正面からぶつけられると、反応はだいたい2つに別れる。


 堂々と受け取るか、気恥ずかしさで顔を歪めるか。


 俺は後者の方。


 『早耳』だの、『生還者』だの、誰が言い出したのか知らないが、全く以って迷惑極まりない。


 他人の2つ名を揶揄うのは大好きだが、自分が言われるのは真っ平御免。



 

 バタンッ



 扉を開けて入ってきたのは男2人。


 痩身に眼鏡をかけた40歳くらいの中年男性と、背が低い小太りな30代の男。



「すみませんね、遅くなりました。ちょうどグレインさんとばったり会ってしまって話が弾んでしまい………」


「嘘だぞ。コイツが散々絡んできただけだ。お前等3人の前ではとても出せないような話をしたかったらしい」


「グレインさん…………、話が纏まらなかったからといって、そのような戯言を…………」


「ペネン。纏まらなかったから、ぶちまけるんだよ。俺の貴重な時間を奪ったんだ。これくらいの意趣返しはさせろ」


「…………くたばれ、チビデブ」


「ハンッ! あと120年ぐらい生きたら、言われなくても死んでやるさ」



 痩せた眼鏡の男性がペネン。

 征海連合、バルトーラ支店の陰謀が大好きな支店長。

 パリッとした紺のスーツにネクタイ、一部の隙も無いビジネスマン。

 出来る管理職そのままの風体。

 見た目通りの敏腕な経営者。

 生き馬の目を抜く征海連合にあって、このバルトーラを任せられるのだから、優秀で無いはずがない。


 この街においては後発である征海連合。

 その辺境から中央への人材供給路を少々強引な手法で拡大させているのがこのペネン。

 この街の一員ではあるが、イマイチ信用できないご近所さんといったところ。

 



 小太りな小男がグレイン。

 タウール商会の構成組織の1つ、『灰色蜘蛛』の長。

 こちらもスーツを着ているのだが、会議の場には似合わない、パーティにでも出るような豪奢な仕様。

 品の無い装飾品をこれでもかと付けた、成り上がり者の典型といった格好。


 噂ではスラムの孤児であり、自身の暴力と謀略を以って灰色蜘蛛の長まで、30代の若さで上り詰めた逸材。

 さらにこの街でも5本の指に入る銃の腕を持っていたというから、見た目は当てにならないという見本みたいな人間だ。

 

 目的の為には手段を択ばない所がペネンとよく似ているが、こちらは利ではなく感情で動くことが多い。

 行動が読みにくく、ペネンと同じく警戒が必要な相手ではある。

 



「おい、グレイン。今回はお前なのか?」


「ああ、そうだが? 何か問題でも?」



 ブルハーンが質問を投げかけると、グレインは睨み返しながら質問を返す。

 ゆっくりと足を引きずるような動きでブルハーンへと向き直った。



 現在、タウール商会のトップは不在だ。

 故にその下部組織である『灰色蜘蛛』『泥鼠』『土蚯蚓』『躯蛇』の長が代理で出席するのが慣例。


 大抵、出席するのは『泥鼠』か『土蚯蚓』の長なのだが、今回のように『灰色蜘蛛』の長が出てくるのは珍しいと言える。


 ちなみに『躯蛇』の長が出てくることはほとんど無い。

 もし、彼が出席するなら、俺は護衛を付けるし、ブルハーンも武装してくるに違いない。

 そして、ペネンは死んでも構わない代理を寄越すはずだし、マダム・ロータスでさえ戦場にいるような緊張感を漂わせるだろう。


 それほどの危険人物。

 この街の裏の暴力の象徴とも言って良い。

 

 対人暗殺術に特化した人間なのだ。

 出来うるなら手が届く範囲内に居てほしくないと考えるのが普通。

 



「いや、最近、小耳に挟んでな。『灰色蜘蛛』がまたガンマン殿に仕掛けて、返り討ちにあった………とな。腕利きが数人やられたんだろう? 会議に出席している暇などあるのか?」


「クソッ! もう話が出回ってるのかよ! ………………そうだよ。せっかくAMFを搭載させたベテランタイプを2機用意したって言うのに………、あの馬鹿どもが…………」



 ブルハーンに痛い所を突かれ、苦い顔で悔しそうに部下を罵るグレイン。


 前々から『灰色蜘蛛』の長が廃墟に住むこの街のガーディアンとも言える機械種ガンマンにご執心なのは周知の事実。

 様々な手を尽くして手に入れようとしているようだが、あの機械種ガンマンは中央でもなかなか見ない強者。

 主無きブルーオーダー、ファントムとなってから何十年もの間、多数の権力者に狙われてきたが、その全てを跳ね除け続けているのだ。

 

 その昔、中央からの帰還組がストロングタイプを多数伴い、機械種ガンマンへ決闘を挑んだことがあると言う。


 結果は機械種ガンマンの圧勝。


 中央の狩人チームを全滅させたというのだから、その実力はストロングタイプどころではない。

 事前に罠を仕掛けていたと言うが、それでもたった1機で成したとは信じられない戦果。

 そんな実力者相手に、AMFを搭載させた機械種ぐらいでどうにかなるわけがない。



「いくらAMF搭載のベテランタイプでも、ガンマン殿はどうにもならんだろ。そもそも勝てるだけの戦力を連れて行けば、向こうは隠れるだけだぞ。その後に1人ずつ各個撃破だ。かといって、少人数では相手にならん。辺境一の銃使いが相手ではお前さんが万全の状態でも歯が立つまい」


「うるさいな、ガミン。そんなこと…………、教官と5回も決闘した俺が一番分かっているさ。最後に両足を撃ち抜かれた段階で、まともな勝負では勝ち目がないってことは百も承知だ…………」

 

 

 グレインの表情がグニャリと歪む。

 怒りと悔しさが顔の端々に浮かび出る。



「だがな、俺は教官を放っておく気は無い! いつ機体が限界を迎えてもおかしくないんだぞ! あのまま街の片隅で朽ち果てさせるなんてできるか!」



 ドンッ!



 テーブルに拳を落とすグレイン。

 比重の重い木で作られているはずだが、拳を落とされた勢いでグラグラと揺れる。

 

 両足をガンマンに打ち貫かれて以降、自身で戦うことはほとんど無くなったと聞いているが、それなりにまだまだ鍛えている様子。

 


「あれだけ街に貢献している方なのに、誰も彼も教官を助けようとしない。ただ便利な掃除役としか見ていないんだ! ずっと死んでしまったマスターのことを想い、自分が稼働していることを悔いている教官を、なぜあのまま放って置ける! お前だって、教官には世話になったことがあるだろうが!」 


「そりゃあ………、まあ…………」



 この街の人間なら、何かしら機械種ガンマンがいることでの恩恵を受けていると言える。

 どんな貧しい子供でも、教官が生きていく術を教えてくれるからこそ、この街の治安は守られているのだ。


 銃の使い方から、街で暮らす為の知恵、狩りに必要な最低限の知識等。

 街の手が回らない所へと機械種ガンマンが手を差し伸べているおかげ。 

 

 

「教官は言ったんだ…………『どんな手段であれ、自分に勝つことができたのなら、大人しくブルーオーダーを受け入れる』ってな。だから教官を、死んでしまったマスターの呪縛から解放し、藍染屋で修理を受けさせることができるのは俺しかいない! 機械種ガンマンの一番弟子である俺しか…………」



 グレインの浮かべている表情を見て、この部屋にいる誰もが何を言っても無駄だと覚っただろう。


 彼は機械種ガンマンを慕うあまり、死んでしまったマスターを憎んでいるのだ。

 死してなお、機械種ガンマンを苦しめる元凶として。

 ブルーオーダーがある意味、自身が慕う機械種ガンマンを殺すのだということを気づかないぐらいに…………


 いや、もしかしたら、マスターを失い自分だけが生き続けていることに苦しむ機械種ガンマンの介錯をするつもりなのかもしれないが…………

 

 



「…………いつまで立っているんだい? さっさと座りなよ、お二人さん」



 思いがけなく吐露されたグレインの心情に、会議室が静まり返る中、マダム・ロータスが口を開く。


 椅子にふんぞり返り、口にシガーピースを加えたまま2人へ着席を急かす。

  


「この場は未来に生きる若い子達の進路を決める場だ。過去に生きるアタシ達は粛々とそれを決める立場。人それぞれ事情はあるだろうけど、今は先に済ませないといけないことがあるだろう?」


「……………失礼、マダム・ロータス。少々みっともない所をお見せしまして………」



 流石の傍若無人なグレインもマダム・ロータスへは敬意を払う。

 聞けば、その昔、マダム・ロータスはヤンチャだったころのグレインを伸したことがあるらしい。


 暴力で生きる人間は、遥か格上の戦闘力を持つ人間には大人しく従う。

 それが自身の何倍も生きている大先輩なのであれば尚更。

 


「ふう…………、全くそうですね。男の喚き声など、聞き苦しくて仕方がない」


「チィッ!」



 ペネンの揶揄に鋭く舌打ちするグレイン。


 しかし、それ以上は何も言わず、ドンッと音を立てて椅子に座ると、ペネンの方も少しばかり目線を強くしながらも大人しく席へと着く。



 色々あったが、何とか会議を始めることができそうだ。



 テーブルを囲む面々を見ながら内心で嘆息。


 異様な程に個性が濃い面々たち。

 この面子がそろえば、俺なんて勘が鋭くて、少々逃げ回るのが得意なだけの平々凡々な狩人に過ぎない。

  

 だから、この会議に出るのは好きじゃないんだよなあ。

 完全に存在感負けしてしまって、自分がいかに矮小な人間なのかを思い知らされてしまうから。

 


 まあ、それでも、未来を担う若者たちの為にがんばらなくてはならない。

 1人でも優秀な人間を中央へ送ることが、人類社会を守ることにつながるのだ!

 

 

 心の中で気合を入れ、この会議を仕切る役目を持つ俺は口を開いた。



「さあ、始めようか。今度中央へと向かわせることになる新人達の選定を」







※今回の議題である「中央へ向かわせる新人」はヒロやアルス達のことではありません。

 ちなみに『灰色蜘蛛』のグレインは「315話 幸せ2」でのミランカ、ミレニケルートの中ボスに当たります。

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