第482話 孤児院3


「あの通り、トアちゃんは元気にしています」


「そのようですね………」



 マリーさんが向けた視線の先には孤児院の中庭で同じような歳の子供達と遊んでいるトアちゃんの姿。

 そこに救助したばかりのぐったりとした姿、また、寂しがって泣き叫んでいた時の姿は全く重ならない。


 もうすっかり孤児院に馴染んでいる様子だ。

 あれから2週間以上も経ったのだから、順応の早い子供であればそんなものなのだろう。



「これで安心だな、白兎」


 フリフリ



 嬉しそうに耳を揺らす白兎。

 やはり白兎も気になっていたようだ。

 連れてきてあげて良かったな。

 


 悠久の刃に新しいメンバーを迎えることができた次の日、俺は孤児院へとトアちゃん等の様子を見に訪問することにした。


 随員は白兎とヨシツネと森羅。

 ただし、ヨシツネと森羅はステルスモードで外で待機中。

 孤児院に行くのにあまり物々しくしたくなかったから。


 あくまで今日は俺達がしたことのアフターフォローを確認しに来ただけ。




「そう言えば、白千世……、ハクチョはどうしてます?」



 トアちゃんの護衛用にプレゼントした、白兎に似せた機械種ラビット。

 白兎の特別トレーニングと白兎の爪の欠片を得たことで、白兎に近い能力を持つようになった機種。

 

 白兎の愛弟子と言っても良いアイツの様子も確認したかったのだが………



「…………その、あの………、あちらの方に………」



 マリーさんが躊躇いがちに指し示す方向を見れば、そこには意外と広い中庭の一角で、なぜか全速力で走らされている年長組の少年達と………



「何やってんだ? アイツ」



 その後ろから竹刀を持って追い立てている白千世の姿。

 

 前を走っている少年の足が遅いと見るや否や、バシバシと竹刀で小突き回っている。


 まるで部活か何かの鬼コーチ。



「何って、うちの怠け者達をしごいているんだよ、兄ちゃん」



 マリーさんの隣にいるバッツ君が俺の疑問に答えてくれた。



「いい歳になるのに、ゴロゴロしくさってる連中をああやって鍛えてくれているみたいなんだ」


「ゴロゴロって………」



 この孤児院ってかなり経営環境が悪かったはずだよな。

 そんな中でゴロゴロしている余裕なんてあるのか?



「いるんだよ! この孤児院に残っている奴等は、いわば落ちこぼればっかりだから……」



 バッツ君曰く、見込みのありそうな子供はそこそこの年齢になると、タウール商会が引き抜いていくらしい。

 だいたい12歳くらいまでにスカウトされるから、それより歳上でこの孤児院に残っている連中はタウール商会が見込み無しと見做した者たちばかり。

 だから完全に腐ってしまっている子も多く、そういった子供は歳が15歳を超えるとそのほとんどを『土蚯蚓』が連れていく。

 街の外縁部にある【畑】や【田んぼ】で単純作業に従事させる為に。



「別に強制じゃないよ。でも、それ以外に生きていく術は無いし………」



 【畑】や【田んぼ】で育つ作物からマテリアルが取れるのだ。

 それは狩人達が回収してくる量と比べたら本当に微々たるものだが、それでも何のリスクも無くマテリアルが得られる貴重な手段。


 ただし、そこで働く人達が得られる報酬は限りなく低い。

 死にはしないが、それこそ生きていくだけで精一杯。

 だからその仕事は街の中においても最後のセーフティネットであると言える。



「ちなみに男の場合は、だよ。女の子の方は14歳くらいまではここにいることが多いんだ。その後はお決まりのコースだね。美人ならこの街の繁華街から引っ張りだこだよ」



 まあ、そうだろうな。

 それなりに器量のある子は娼婦見習いとして娼館に行くのだろう。

 それが女の子として身を立てる手段としては最短距離だ。

 

 もちろん他にも、何かしらの知識や技術を学んで商会に務めるケースだってある。

 男よりはまだ将来を見据えて考えている子の割合は多いそうだ。



 そう言えば、マリーさんも、バッツ君も何歳ぐらいなんだろうね。


 マリーさんはいくらなんでも14歳よりは上に見える。

 おそらくあまり器量が良くないから娼館には行けなかったのだろう。

 この孤児院のまとめ役みたいなことをしているから、ここの職員を目指しているのかもしれないな。


 バッツ君は10歳前後に見えるが、彼の仕事ぶりを見るにもう少し歳が上なのかもしれない。

 彼の場合、その積極性と度胸、頭の回転から考えれば、指を失っていなければ、必ずタウール商会に入ることができただろう。


 だけど、おそらくは【虫取り】の失敗によってその未来を失ってしまった。

 だからその未来を少しでもより良い方向へと進ませる為に危険な『割り屋』の仕事を選んだのだろうな。





「すみません、この後少し用事がありまして………」



 俺達に一声かけて、マリーさんがその場を去った。

 表情は変わらないが、居たたまれないような雰囲気を纏いながら。


 

「…………バッツ君、女性のいる前では出さない方が良かった話題じゃないか?」



 去っていくマリーさんの背中を見ながら小声で話す。



「そう……かもしれないけど、仕方ないだろ。姉ちゃん、あんまり美人じゃないし」



 おい、正直に言い過ぎだ。



「それを言うなら俺もだよ。ここに残っているのは皆行き場が無い奴等ばっかりなんだ」



 指が欠けた自分の手をヒラヒラさせながら、はっきりとした口調で話す。



「それに比べたら、まだ姉ちゃんは頼れる男を捕まえるっていう可能性があるよ」



 うーん………

 まあ、女性だったらソレがあるか。

 

 確かにマリーさんはあんまり美人じゃないけど、女の子は愛嬌とも言うし、化粧の仕方でかなり印象は変わる。

 経済的に頼れる男を見つけることができればワンチャン………



「兄ちゃんはどう? マリー姉ちゃんは結構尽くすタイプだよ」


「…………悪いが、狩人家業に女は要らないっていうタイプなんだ」


「そういうなら仕方ないね。そういうことにしておこう」



 栄養が取れてきたのか、最初に見た時よりは顔色も良くなっているし、少しだけ肉付きも健康的になってきた様子。

 ガリガリからちょっとふっくらしてくるようになって、前よりは女の子らしい可愛さが出て来てはいるが、それでも俺の求めるレベルには全然到達していない。

 

 今の俺は億万長者で狩人の若手でも最優秀。

 俺に釣り合うにはそれなりの偏差値を求めたいところ………


 有体に言って最低だな、俺は。


 


 ネット小説では、そもそも妙齢で可愛くない女性というキャラクターはほとんど登場しない。

 さらに言えば、性格がまともで可愛くない女性が男の主人公に懸想するケースもほぼ無い。


 王道型の主人公なら尚更だ。


 性格がまともで可愛くない女性の想いを『可愛くない』という理由で受け入れない。

 それは王道主人公にはあってはならぬ選択肢だから。

 王道主人公のプロフィールを傷つけてしまうことになるし、読者的にも受け入れづらい。


 だからそういった場面が生じないよう、そもそもそんなキャラクターを出さない。

 誰からも好かれる王道主人公を好きになるのは、主人公に相応しい容姿を持つキャラクターだけ。

 主人公を綺麗なままにしておく為の必要な処置なのだ。

 

 だが、現実では可愛い子もいれば、そうでない子もいる。

 男は可愛い子を贔屓にするし、そうでない子はそういう扱いなる場合が多い。

 まあ、これは男女が逆でも同じことなのだろうが………


 

「でもさ………、やっぱり恋人にするなら可愛い子の方が良い」



 これは誰にも聞こえぬよう口の中だけで呟いた。

 至極当たり前のことなのだが、なぜか自分が酷く醜い人間のように思えた。



 

 

 

 

 


 



「あのハクチョって、絶対に機械種ラビットじゃないよね?」


 

 孤児院の通路を移動しながら、バッツ君と軽い雑談。

 その中で出てきた白千世の話題。



「最初はさ、ヤンチャ坊主達がどこからか手に入れた蒼石でハクチョに襲いかかったりしたんだ」



 まあ、孤児院の子供からすれば、1機10万円はするお高い品だ。

 自分達より小さい子供がマスターになっているなんて、生意気だとばかりに襲おうとする者もいるだろう。



「その全部を一瞬で返り討ち。ビックリするほど素早く動いて滅多打ちだったよ。白鐘の恩寵内なのに、あそこまでボコボコにするなんて、どれだけ高い等級の護衛スキルを入れているのさ。あれ絶対にビーストタイプじゃないよね?」


「まあ、その辺はノーコメントで」


「やっぱり聖獣型なの?」


「さあね? Mスキャナーで調べてみたら?」


「ちぇっ……、そんなお高いモノ、持っているわけないだろ」



 そんな話をしながら、孤児院の通路を歩いていると、



「なあ、狩人さんよ、俺達にも恵んでくれないか?」



 俺より2,3歳下くらいの少年3人が俺達の前に立ち塞がった。



「アンタ、あのガキに機械種ラビットをプレゼントしたんだろう? だったら俺達にもくれたっていいんじゃないか?」



 いずれもこちらを舐めきったような態度。

 ニヤニヤと笑みを浮かべながら粘着気味に俺へとタカリの言葉を投げつけてくる。



「何を言っているんだよ! お前等には関係ないだろ!」



 バッツ君が声を張り上げる。

 しかし、少年達は馬鹿にしたようにヘラヘラと笑い、



「バッツこそ関係ないだろう? 俺達はそっちの親切でお優しい狩人のお兄様に話をしているんだぜ」

「お前こそ、どっか引っ込め!」

「そうだそうだ!」



 バッツ君に向かってヤジを飛ばす。

   

 どうやらコイツ等は孤児院の中でも質の悪い者達なのであろう。

 見れば、その中に以前、バッツ君に伝言を頼み、報酬が少ないと愚痴った子もいる。


 孤児院にいるからといって、全ての子供達が善人であるわけがない。

 むしろ追い詰められている状況から悪事に手を染めているケースの方が多い。

 バッツ君みたいに人に迷惑をかけずに稼ごうという子供の方が少ないのだ。


 だからと言って、俺がこの状況でこの少年達に施してやるつもりは欠片も無いのだけれど。



「他を当たってくれ。悪いが親切も優しい心もお出かけ中なんだ。今の俺は留守番してる面倒臭がり屋なんだよ」


「へえ? そんなこと言っていいんだ?」


「何? もしかして力尽くでくるつもりか?」



 そうなれば、俺の中の内なる咆哮が吼えてしまう。

 あっという間にこの少年達を血祭りにあげて、この孤児院から出禁にされてしまうだろうな。

 さらには白翼協商からも危険人物扱いされそうだ。


 そうならない為にも………



 右手に持った瀝泉槍をこれ見よがしに左手に持ち直し、さらに『高潔なる獣』のグリップを右手で触る。


 さらには白兎が前に出て軽く威嚇。


 子供と言えど、これ以上ふざけた真似をするならただでは置かないという意思表示。



「ひっ!」



 俺の挙動に少年3人は一歩下がった。

 流石に本職の狩人には敵わないと思ったのだろう。


 だが………

 


「お、おい! 俺達にそんな態度とってもいいのかよ?」


「何が言いたい?」


「へ、へへ………、あのトアってガキがどうなってもいいのか?」


「……………」


「あのガキが大切なんだろう? 俺達の言うことを聞かないなら、あのガキがイジメられるかもしれないぞ」


「……………あのな、俺はあの子を狩りの途中で拾っただけだ。この孤児院に届けただけで俺の親切心は売り切れだ。なんで俺がそこまで気にしてやらなきゃならないんだ?」


「!!! お前………」



 俺のトアちゃんのことなんてどうでも良いと取れる発言に、顔を険しくする少年達。



 ここは弱みを見せるわけにはいかない。

 あえて突き放した言い方をしないと、トアちゃんに迷惑がかかる。


 しかし、こういう奴はどこにでもいるな。

 もうこうなれば、後でこっそり痛い目にあわせて…………



 パタパタッ



「んん? どうした、白兎………、おおっ!」



 少年3人を挟んだ向こう側へと視線を向けると、そこには………



「な、なんだよ、俺達の後ろに何か………ああ!」



 少年達の後ろに現れたのは1機の白い機械種ラビット。


 それはもちろん、白兎の愛弟子、且つ、トアちゃんの守護神『白千世』。


 しかし、なぜか座禅を組みながら宙に浮かんでいる。


 さらに………



「ええ? なんじゃ!」



 俺の口から思わず驚きの声が漏れた。



 座禅を組み宙に浮かぶ白千世の背に幾本ものウサギの耳が扇形に並んでいたから。


 兎の耳の大きさは1m以上。

 その数は40本を超え、まるで千手観音のように背後を飾っている。



 パタッ……

『我は白千世なり。白き霊獣の力を受け、千の世を救う為にこの地に降臨せし者』



 荘厳とも言える声?で語り出す白千世。

 背後から生える何十本もの耳が後光のようにも見え、厳粛な雰囲気を作り出す。



「な、なんだ!!このラビット、浮かんでやがる!」

「強いだけじゃなくて飛べるのかよ!」

「ひいいいいいい!! お仕置きは勘弁!」



 浮かぶ白千世に怯える少年3人。

 

 どうやら白千世の背後の耳は、彼等には見えていないらしい。

 だが、マテリアル重力器による浮遊は脅し効果は抜群のようだ。

 


 フリッ………

『我の千の世を見通す目は誤魔化せぬ。怠惰な者、邪なる者、偽る者。これ全て悪人なり。千の世を救う為、汝らに罰を下す』



 そして、白千世から宣告されるお仕置き宣言。



 ピコッ!

『天兎流舞蹴術、千耳観音の型………、一の耳!』


 背後の耳の一本がグンっと伸び、少年3人を横払いで吹き飛ばす。


 ブルンッ!



「わあっ」「ギャッ」「イデッ!」



 フリッ!

『二の耳!』


 次の耳は三本。

 上から少年3人の頭を殴りつける。


 バシッ! バシッ! バシッ!

 


「ぐえっ!」「があっ!」「ぎゃあ!」



 パタッ!

『三の耳!』


 にゅっと背後から伸びた二本の耳。

 それが巨大化して左右に別れ、少年3人を挟むようにプレス。


 バチンッ!!



「「「ぐええッ……」」」



 完全に打ちのめされ、床に倒れ込む少年3人。



 あっという間に不良少年を叩きのめした白千世は、フワフワと宙を移動し、白兎の前に着地。

 ペコリと頭を下げて白兎、そして、俺に敬意を表してから、謝罪の言葉を口?にする。



 フルフル

『我が師よ。お見苦しい所をお見せしました』


 パタパタ

『良きにはからえ』


 フリフリ

『大師父よ。この者達は私が責任を持って更生させますので、ご寛恕いただけないでしょうか?』

 


 あ………

 大師父って俺のことか。

 まあ、白千世がそう言うなら………



「ああ、任せた。きっちり更生させてくれ」


 パタパタ

『はい、お任せを。今から念入りにしごいて参ります』



 倒れ込んだ少年3人をずるずると引きずりながら中庭へと戻っていく白千世。



 それを呆然と見送る俺とバッツ君。




 ひょっとして、俺はトンデモナイ物を生み出してしまったのでは?



 遠ざかっていく白千世の後ろ姿を見ながら、ふと、そんな不安が頭を過る。


 解き放たれてしまった白兎の同胞。

 この世の常識を塗り替える混沌獣の落とし子。


 彼等は一体この世界に何をもたらしていくのか?

 白兎1機だけでも持て余しそうなのに、それを2機増やしてしまった俺の責任は?


 まるで、世界を滅ぼしかねない兵器を作り上げてしまった科学者の心境だ。

 もう誰にも止められない。


 彼等3機はドンドンと成長していき、そのうち人間社会すら飲み込んでしまうような存在になるかもしれない。

 白兎1機だけなら俺が責任を持って制御するけど、これが追加で2機となると、もう流石に俺の手には負えない。


 ごめん! 世界のみんな! 俺が迂闊にも白兎を増やしてしまったばっかりに………




「なあ、兄ちゃん。あれ、絶対に機械種ラビットじゃないよね?」



 

 自分が仕出かしたことに打ち震えている俺へのバッツ君の言葉。

 先ほどと同じセリフだが、俺の耳には大きく違う意味に聞こえる。


 白千世の背後から伸びる耳は見えなくとも、見えない力が少年3人を叩きのめしたことくらいは分かって当然。

 それを成したのが機械種ラビットの形をした白千世であることも。



「…………ノーコメントで」



 もうそれしか言うことができなかった。



 





 後に、アルスと会った時、白千世と同じように処置をした白志癒のことで相談を受けた。

 

「ハッシュのことなんだけど………、マテリアル重力器も、重力制御も入れた覚えはないのに、なぜかプカプカ空を飛ぶようになって………」



 知らん!

 俺はもう知らん!!


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