第476話 職業2
うぬぬっ!
高い!
高すぎる!
先ほどからずっと机の上のMスキャナーの画面を眺めっぱなし。
その画面に映るのは、14,5歳くらいの見目麗しい女性型の機械種。
体形はややスレンダー、俺の好みからやや外れているものの、秘彗より外見年齢は上だし、十分に許容範囲内。
従属させることができれば、秘彗に続いて2機目の女性型機械種が手に入る。
能力的には罠発見、罠外しに特化。
そして、車両や機械種の整備ができるといった仕様。
どちらも今まで白兎1機でやってくれていることだが、この機種が居ればさらに厚みを持たすことができる。
俺のチームはどう考えても白兎に頼り過ぎなのだ。
白兎の負担を減らす為にも、さらにはチームに潤いと華を増やす為にも、何としても購入したところなのだが………
「お高いですねぇ………、もう少し安くなりませんか?」
「すみません、これでもかなり抑えている方なのですが………、これ以上は………」
申し訳なさそうに俺のお願いを断るミエリさん。
思わず嘘を見抜く『真実の目』をかけたくなってしまうが、流石に自重。
ここでいきなり眼鏡をかけるのは怪し過ぎる。
おまけにミエリさんの発言が嘘だとしても、それをひっくり返す手が俺には存在しない。
なぜなら向こうは別にこれを俺に売らなければならない理由が無いのだから。
こうやって店に出す前に俺に見せてくれるだけでも、特別扱いなのだ。
これ以上の譲歩を引き出すのは不可能に近い。
「……………3,400万Mか」
日本円にして34億円。
これ1機で罠と整備の両方を対応できるとすれば安いのだろうが、気軽に決断できる額じゃない。
今の俺の資産が100億円を超えていて、この機械種はちょうどその3分の1程度。
買おうと思えば買えるのだが、額が額だけにどうしても躊躇してしまう………
いや、もう買うのは決めているんだけどね。
でも、なかなか口に出せないと言うか………
もう少し安く買うことのできる手段は無いかどうかを考えてただけ。
だけど、秤屋との関係上、無理に値引いてもらうのも良くない。
俺の中央への切符は、この秤屋の一存で決まるのだから。
まあ、資産の3分の1くらいなら………
これで女性型が手に入るなら安いモノ………
「買います!」
「お買い上げありがとうございます」
にっこりと微笑むミエリさん。
その表情は今まで見た中で一番良い笑顔だったかもしれない。
「では、ヒロさん。早速手配させていただきます。多分、1週間くらいで入荷いたしますので」
「よろしくお願いします」
「あと、もう一つあるのですが………」
「ええ? 何がですか?」
「こちらをご覧いただけますか?」
ミエリさんは机の上に置かれたMスキャナーを指でポチポチ。
その画面に映し出されたのは1台の大型車両。
「実は、この機械種トラッパーミストレスと一緒に売りに出されていたモノでして……」
「こ、これは…………」
「はい、こちらは整備用車両です。それも最高級、最新型。動く藍染屋とも言われる仕様ですね。どうです? こちらもセットでご購入なされては」
「……………2,200万M」
「最高級、最新型ですので。装備には部品を作り出す『金型』や『型抜き』も備えてますよ」
「…………………」
整備用車両は先ほどミエリさんも言ったように動く藍染屋とも呼ばれるモノ。
機械種を揃えた猟兵団なんかが保有して戦場で緊急修理や応急処置を行うのだ。
これが有ると無しでは、修理の効率が5倍以上違うと言われている。
連戦が続く猟兵団であれば1台は必須。
遠征の多い狩人チームでも保有していることがある。
大抵は専属の藍染屋が乗っているのだが、ストロングタイプの整備士系も兼ねる機種がいるならそれで十分………
いや、この機種を活かしたいと思うなら、ここで買わないといけないモノ。
しかし、このタイミングでコレを出すかあ…………
ジロッ
うつむきながら思わず上目でミエリさんを見てしまう。
「あ、あの……、ヒロさん………」
「……………買います」
「あ、あははは、流石は太っ腹ですね」
「お高いですが、こんなの滅多に出回るモノじゃないでしょう」
こういった最新型の専用車は高い上に貴重なのだ。
ある意味、高位機械種よりも希少と言っても良い。
機械種ならレッドオーダーとしていくらでも湧いて出てくるが、車両は人間の手で作り上げるか、宝箱から見つけるしかない。
こんな高級車、製造できる所なんて中央でもほんの僅か。
宝箱なら紅姫を倒すぐらいしないと出てこない。
なるべく自分のことは自分でしたい俺のチームには欠かせない車だ。
この街であればボノフさんのお店を頼れるが、他の街に行けば信用できる藍染屋が見つかるかどうか分からない。
ならばここで買わないという選択肢は無い。
それにこんな希少な車、俺のような新人へ優先的に見せて良いモノじゃない。
これは間違いなく上の判断が絡んでいるはず。
おそらくはガミン支店長。
俺が今回の巣の攻略を果たすかもしれないと予想して、今回の特別待遇を用意していたのではないだろうか?
俺が弾き出す破格の成果。
そして、今後俺がどのような道を進んでいくのか。
白翼協商の幹部として、ぜひ俺とのパイプを太くしておきたいということであろう。
…………俺としても、秤屋としてはまともな白翼協商と仲良くするのはやぶさかではない。
狩人として活動する以上、必ず秤屋とは付き合わなくてはならないのだ。
だとすれば、ここはありがたく先方の好意を受け取っておくことにしよう。
でも、今回の攻略での報酬と、ストロングタイプの罠師系+整備専用車の合計額がほぼイコールであるのは、どうしても作為的なモノを感じてしまう。
俺が買いやすいように安くしてくれたのか、それとも俺が払おうとするギリギリを狙われたのか…………
秤屋を出てガレージへと戻る途中。
辺りは暗くなり始めており、人通りも少なくなってきている。
「ふう……………」
白兎、剣風剣雷等と街中を進みながら、秤屋での今までで最高額の買い物を思い出してため息をつく。
「……………やっぱり金がまだまだ要るな」
1億M、日本円での100億円は、あの商談一つで半分以上が溶けた。
一生どころか何世代も遊んで暮らせると思った額は、一流以上の狩人にとっては数回の戦費程度の額でしかない。
金……、マテリアルを稼ぐためには戦力を集めなくてはならず、戦力を集めるためにマテリアルが必要になるという、この不可解な数式。
他の狩人に比べ、俺は圧倒的に有利な状態のはずだが、そう実感できないのはなぜだろう。
それとも世の狩人達はもっともっと苦労しているのだろうか?
「そう言えば、この後、ボノフさんのお店で剣風剣雷や天琉を見てもらう予定だったな」
つまり、また、マテリアルがいる。
それに預けたままになっている四鬼の修理代のこともある。
あの罠師兼整備士の機種が届くのを待って、修理を任そうかとも思ったが、何となくこの街にいる間はボノフさんのお店を頼った方が良いような気がした。
少なくとも、先ほどのストロングタイプ『ダブル』についても聞く必要があるし、手に入れた竜麟装備の改造のこともある。
整備士系機械種ができるのはあくまで整備なのだ。
改造まで行わせようというのはかなり難易度が高い。
さらに破壊して活動を停止させたレッドオーダーの修理も、整備士系だけでは作業は困難。
大抵の場合、晶冠が破損しているケースが多い為(活動を停止させた際に晶冠の一部がショートする)、機械種である整備士系が破損個所を認識できないから。
故に整備系の使い道は味方であるブルーオーダーの整備・点検・修理が主となる。
それだけでも十分に価値があると言える。
何せ街に戻らなくても小破、中破ぐらいなら修理できてしまうから、遠征での活動期間は何倍にもなるのだ。
「整備士系が来たら、白兎と一緒にボノフさんのお店に預けようか……」
おそらく整備士系は当面、白兎と一緒に行動することになるだろう。
どちらの腕が上なのかは分からないが、お互いに切磋琢磨し合う仲になってくれたら面白いかもしれない。
パタパタ
俺の前を歩く白兎が耳を震わせ、自分の言いたいことを伝えてくる。
「んん? 楽しみだって? ああ、そうだな。新しい仲間が増えるもんな」
コクッ
コクコクッ
剣風剣雷も白兎に同意と頷く動作を見せてきた。
両者とも同じストロングタイプが増えることを喜んでいるようだ。
「よし! 今回手に入れた機械種オウキリンと、購入した整備士系の顔合わせは、お前達の修理が終わった後でまとめて行うことにしよう。多分、一週間くらいかかるだろうし」
どうせ皆に挨拶させるのだったら、皆が一緒にいる時の方が良い。
「今日は疲れたな。できれば明日は一日ゆっくり休みたい。ボノフさんのお店に行くのは明後日にしようか………」
ボノフさんのお店に行くメンバーは、今日の白兎、剣風剣雷にプラス、天琉と毘燭が同行予定。
修理に出すのは天琉と剣風剣雷。毘燭は亜空間倉庫を使っての運搬役。
ついでに剣風剣雷には機械種レッサードラゴンの竜麟を使って強化してもらうつもりだ。
「それに、今度新しく仲間になる予定の整備士系についても聞いてみよう」
特にストロングタイプの『ダブル』というヤツについて。
おそらく関係するのは『司書』スキルと遺跡に眠る『白式晶脳器』。
果たして、ボノフさんはどのような情報を教えてくれるのであろうか?
「マテリアルも必要だけど、強くなるにはまず情報だな」
打神鞭の占いでも調べられるかもしれないが、人に聞いて分かる情報ならそっちの方が早い。
それに打神鞭の占いだと、結果しか分からないことが多く、その周辺情報が手に入らない。
迂闊に結果だけを集め続ければ、思いもよらないところで足をすくわれることだってありうる。
推理小説だって、犯人の名前が分かっても、そのトリックを説明できなければ意味が無いのだ。
夜の帳に包まれようとしている街並みを通り抜けると、我が家でもあるガレージが見えてきた。
さて、今日は早く寝よう。
明日は一日ゆっくり休んで明後日から頑張るとしよう。
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