第401話 物語2 結(下)




 白月さんが今まで俺の心を読んでいたことを知って、俺の心はポキリと折れた。


 手に持った莫邪宝剣を取り落とし、ガクッと膝をついてしまう俺。



「主様!」

ピコッピコッ

「我が君よ、何があった?」


 ヨシツネ達が俺へと心配の声をかけてくれているようだ。


 でも、全然頭に入ってこない。


 俺の心の中はグチャグチャだ。


 自分の心の声が筒抜けとなる。


 それは途方もない恐怖。


 特に俺のような卑怯で、邪な人間にとっては。


 女の子の身体に興味津々で、なお且つそれを普段表に出さないようにしている俺にとっては。


 恐ろしい。

 

 もう恐ろしくて、恥ずかしくて、今すぐに死んでしまいたい。


 ああ、もういやだ。


 死にたい、死にたい、死にたい…………



「ヒロさん……、男の人は皆そうですから……、私もそういった心の声を聞くのは慣れていますし…………」



 白月さんの必死のフォローも、俺の心には響かない。


 というかフォローになっていない!


 むしろ、余計に死にたくなった。


 ああ、俺ってどうやったら死ねるんだっけ?

 

 莫邪宝剣で切腹したら死ねるかな?



「………ヨシツネ、介錯を頼んでいいか?」


「主様! お気を確かに!」



 冗談みたいなやり取りだが、至ってこちらは真剣だ。

 俺の心は乱れまくりで、もうどうなっても構わないと投げやり状態。


 そんなことをやっている場合じゃないのは、頭の冷静な部分は分かっているのだが、感情がついてこない。


 俺の様子に、白兎達も困惑気味。

 もうすでに俺の陣営の士気は最低だ……・・・


 

「あははははははっ!そうだろう、そうだろう!勝手に心を読まれたらそうなるに決まっている」


 機械種フェニックスからの嘲りと嘲笑。

 俺の醜態を嘲笑う白陽の声が嫌に俺の耳に響いてくる。


 さらに言い返さない俺に、白陽は調子に乗ったようで………



「気をつけたほうがよろしいですよ!大人しい外見のクセに白月は強かです。コイツを信用して機械種を任せたら、貴方の大事な機械種をこっそり【奪われて】しまうかもしれませんよ!」




 ウバワレル?

 ウバワレルノカ!



 その時、俺の心の奥からせり出した声。


 それはいつもの『俺の中の内なる咆哮』


 ただ、今回は言いがかりに過ぎないので、即座に暴れ出すほどの衝動ではないのだが………



 

 羞恥に苦しむ俺はソレに飛びついた。




 任せた!

 『俺の中の内なる咆哮』!

 俺はもう耐えられないから引っ込む!



 

 エ? チョ、チョット………



 

 もう無理!

 恥ずかしくて、白月さんの顔を見られないから!

 後は頼んだ!




 ……………ア、コラ!





 




 地面に落とした莫邪宝剣を拾い上げる。


 手に持って念を込めれば、その柄から迸るのは光の刃。


 今まで何十もの敵を切り裂いてきた俺のメイン武器。


 そして、『今の俺』と最も相性の良い武器でもある。



「ふん!アイツめ………」


 気持ちは分からないでもないが、流石に投げっぱなし過ぎるだろ。

 なんで俺がアイツの尻拭いをしなきゃなんないんだ?

 いや……まあ、自分のことではあるんだけど………


「主……様?」

 ピコッ!ピコッ!

「我が君?」



「うん? それ以外に見えるか?」


「……いえ。いつもの主様かと……」


 俺の変わりように戸惑う様子を見せるヨシツネ達だが、俺がコイツ等の前でこうやって変わるのは初めてというわけではない。

 『俺の中の内なる咆哮』については俺も知らないことが多すぎるから、特にメンバー達に説明なんかはしていない。

 白兎は薄々気づいているかもしれないが、ヨシツネとかはたまに性格が急変する程度としか思っていないはず。


 あと、なぜか、『俺の中の内なる咆哮』の唸り声は、機械種だけには聞こえるみたいなんだよな。

 はてさて、一体原因は何処にあるのか……



 まあ、今はそれよりも………


 

「………さっさとアイツ等を片づけるか。いい加減目障りになってきた」


 陣の外で待ち構えるレジェンドタイプ、そして、偉そうにこちらを見下ろす機械種フェニックス。


 ストロングタイプ達は未だ小悪魔達を追い散らしている。

 小悪魔達の数もかなり減っているから、もうすぐ此方へと向かって来るだろう。



 どれも俺の命を狙ってきたうっとおしい奴等。

 何も遠慮する必要なんかない。


「だけど、その前に………」


 陣内の端で縮こまる白月さんに目を向ける。


 彼女は怯えたように身を震わせ、罪人のように立ち尽くしている。


「白月さん」


「はい……」


「今、俺の心が読めますか?」


「え?………あれ?」


 キョトンとした顔を見せる彼女。

 

「………読めません。ヒロさん、いつの間に精神防御を?」


「そんな大したモノじゃないけどね」


 まあ、こんなもんだろ。

 俺は『闘神』であり『仙人』だ。

 この世界の人間からすれば、とんでもなく高位の位置にあるといっても良い。


 その俺が、心を読まれたくないと思えば、妨害するのは容易い。

 注意点は表情を読まれたくないではなく、心を読まれたくないと念じること。

 そうすれば簡単に思考の流出に鍵がかかり、それ以上は漏れ出なくなる。



「………すみません、私は今まで勝手にヒロさんの思考を………」


「まあ、それはどうでも良いよ。気にしないで」


 読まれたのは俺じゃないし。


 ・・・・・・ああ、一応俺なのか。

 でも、あんまり俺が読まれたという気がしないなあ。


 今の俺にとっては本当にどうでも良い。

 目障りなアイツ等をぶち壊すことに比べたら。


 ・・・・・・・・・いや、一つだけ気になることがあるな。

 これはどうしても聞いておきたい。

 多分、今の俺でなければ聞くことができないだろうし………



「………俺は貴方の同僚である雪姫を殺しました。知っていますね?」


「…………はい、知っています。ユキちゃんは貴方に殺された………」


「そのことについてどう思っています?復讐がしたいですか?」


「いいえ。それはありません」


「なぜ?」


「ユキちゃんは、貴方を『打ち手』になってもらおうとしていた。そして、失敗して、今後は『白き鐘を打ち鳴らす者』として命を狙い………貴方に返り討ちにあった……ですね?」


 …………現実と未来視内がごっちゃになっているな。

 俺の思考を所々に読んでいけばそうなるのか。


「ふむ、それで?」


「…………ユキちゃんは貴方を見定めるのに1年間一緒に過ごしていたのでしょう。であれば、私も貴方を見定めるのに1年間を費やしたいと思っています。たとえユキちゃんが貴方を1年間見た上で討つと判断したとしても、私は私の目で判断したい……」


 うーん……

 『打ち手』と『白き鐘を打ち鳴らす者』の差がいまいち分からんな。

 まあ、今はソコを気にするところじゃないか。


「1年間の猶予を俺にくれる………と。それで俺が、その『白き鐘を打ち鳴らす者』と分かれば、敵に回る?」


「貴方が人々に仇なす存在であれば………です。私は白陽ほど『白き鐘を打ち鳴らす者』については信じていませんので」


 ますます分からん。

 一体何なんだ?『白き鐘を打ち鳴らす者』って?


 俺が頭に『?』マークを並べていると、白月さんは少しだけ悲しそうな顔で付け足す。


「……それに、ユキちゃんは思い込みが強くて、早とちりなところがありますから。私はヒロさんが人類に仇なす人だとはとても思えませんし……」


 それについては同意見。

 もう亡くなった人だけど、もう少し思慮深かったら、アイツの……俺の傷も浅かっただろうに。


「私の目的は人類を守ることです。その為の戦力は多い方が良い。そして、ヒロさんの力はきっと普通の『打ち手』の何倍も強い。だから、私はヒロさんに賭けてみたいんです!」


 期待の籠った目で見つめてくる白月さん。

 随分と重いなあ。

 でも、その重圧を抱えるのは俺じゃないし……いや、俺か。


 ・・・・・・・まあ、一応信用できそうかな。

 白兎達に処置をしてもらうんだ。

 何か変な真似でもされたら大変だから、これだけは確認が必要だった。

 

「その辺は後にしましょう。今は白兎達にその『レジストアップ』とやらをお願いします」


「は、はい!」





 



 

 

「さて、準備はいいか?」


 ピョン!

「ハッ」

「いつでもいいよ」


 白月さんの『レジストアップ』を受けた3機の様子は万全。

 もう感応士の影響は気にしなくても良い。

 あとは思う存分暴れ回ってもらうだけ。


「よし………、白月さんはその中でじっとしておいてください」


「はい……」


 白月さんは七宝袋から取り出した九竜神火罩の中に入ってもらっている。

 この中にいれば、絶対安全が保障される。

 なにせ仙人の攻撃でも耐えうるシェルターみたいなもんだ。

 本当は捕獲用だけど。


「さあ、陣を解くぞ!白兎は機械種フェニックス、ヨシツネは塔の天辺いるレジェンドタイプ、ベリアルはストロングタイプ全員だ。そして、俺はあの機械種ベオウルフを叩く」


 俺の指示に黙って頷く、俺の配下では最強を誇るスリートップの面々。

 感応士さえいなければ、俺達に敵う存在などいないのだ。


 そもそも普通の感応士であれば、ここまで追い込まれることもなかった。

 あの白陽とかいう、この世界でもトップクラスの感応士と、この白の教会の敷地内という最悪の組み合わせさえなければ、3機も十分に耐えきれたはず。

 これほどの高位の感応士など、早々滅多に出会うわけが………

 


「まあ……野賊のボスといい、白月さん、そして、あの白陽……か」



 滅多に出会うはずの無い高位の感応士に立て続けに出会っているような気がするな。

 感応士に対抗するには、やはり感応士が必要だ。


 ………そういった意味では、今後、白月さんの力は有用なのかもしれないな。


 ふと、そんな考えが俺の頭を過った。


 だが、それはこの状況を切り抜けた後のこと。


「さあ、はじめようか……ブチコロシテ、ブチコワシテ、ブチマケテヤレ!」


 陣を解いた俺は、白月さんにはとても見せられない狂相を浮かべながら、俺達の敵へと莫邪宝剣を片手に躍りかかった。



 

 







「ああ……強いな。お前……」


「さっさと死ね。手こずらせやがって!」


 グシャッ!


 両手を失い、片足を千切られた機械種ベオウルフの顔面を叩き割る。


 両手剣を莫邪宝剣で切り飛ばしたと思ったら、即座に格闘戦へと切り替え、その巨大な拳をブンブン振り回してきやがった。

 しかも拳の表面は何やら奇妙な点滅を繰り返しており、どうにも嫌な予感がしたので、やや引き気味の回避を意識した戦いをせざるを得なかった。

 おかげで仕留めるのに少々時間がかかってしまったのだ。



「ふう………少々勿体なかったかな?」



 今回の暴発は無理やりだったから軽い。

 見境なくと言う程ではないから、こんな感情も湧いてくる。



「まあ、無傷で捕まえる余裕もなかったし、こんなモノか………他の皆は…っと、白兎はどこだ?」


「あのクソウサギなら、レジェンドタイプの援護に向かったさ。コイツを僕に預けてね」


 いつの間にか、俺の近くにいたベリアル。

 やや不満そうな口ぶりで俺の疑問に答える。

 その手に、翼をもがれた機械種フェニックスを引きずりながら。


「結構手ごわかったよ。流石聖獣型。僕が手助けしなきゃ、あのクソウサギ1機じゃあ、ちょっと危なかったかもね」


「いや、八方眼で見てたけど、終始白兎が翻弄していただろ!お前、ストロングタイプを片付けた後、ちょっと援護射撃しただけじゃねえか?」


「………それは見解の相違……いや、我が君の意見は常に正しい。僕の目にはそう見えたけど、我が君がそう言うのならそうなんだろうね」


 蕩けるような媚びた笑みを浮かべるベリアル。

 今の俺から見れば、笑顔で誤魔化そうとしているようにしか見えないが。


 まあ、コイツが嘘つきなのは今に始まったことじゃないからいいか。


 今はそれよりも、この機械種フェニックス……を通じて白陽に話を聞かなくては。


「………おい、聞こえるか!返事をしろよ。白陽!」


「………うるさいね。全く、尊き御方とは言え、ガキはこれだから嫌いだ」


「ガキで悪いか!話も聞かず、いきなり仕掛けてきたのはそっちだろ!大人げないのはお前の方だ」


「………まさか、ここまで強いとは思わなかったよ。レジェンドタイプと一対一で勝つとは………」


 悔しそうに漏れる白陽と思われる者の声。

 

 

 ふむ……


 俺を赤の帝国を滅ぼせる能力とか言っていたクセに、レジェンドタイプを1機潰しただけで、予想外とは?

 そもそも機械種テュポーンを相手にできる俺に、レジェンドタイプが敵うわけないだろうに。


 『白き鐘を打ち鳴らす者』の定義が余計に分からなくなってきた。


 まあ、機械種テュポーンを追い返したからといって、機械種使いである俺自身の戦闘力が天元を突破していて、おまけに本当に不死身だなんて、想像の範囲外か。


 普通に従属している緋王に任せたと考えるだろうし。

 実質、それも間違っていないしな。

 

 そう言えば、緋王が動き出すとか何とか言っていたから、そっちの方に原因があるのだろうか?

 緋王と関わり合いがあるから『白き鐘を打ち鳴らす者』になる? 


 その辺りは後で白月さんにでも聞けばよいか。

 



「……残念だったな。でも、したい話はそれじゃない。俺がしたいのは交渉だ」


 白兎に無理を言って機械種フェニックスを大破させずに確保してもらったのは、交渉がしたかったから。

 本来ならさっさとぶち壊してやりたいところだが、ここでコイツを壊せば、もう交渉の窓口がいなくなってしまう。


 この先、白の教会からずっと追われるのは御免だ。

 何とか妥協点を見つけて、手打ちを行わないと。


 だが、俺の持ちかけた交渉に対して、白陽の反応は……


「あはははははははっ!!『白き鐘を打ち鳴らす者』相手に交渉なんてあるわけない!あるのはどちらかが滅ぶかだけだよ。あはははははははははははは……」


「何が可笑しい!」


「あははははっはははははははは…(プツン!)」


「あ、切りやがった!」


 どうやら共有を解除したのだろう。

 そうなるとコイツはただの翼の無い巨大な鳥型機械種でしかない。



 グシュッ!



 即座に拳を頭に叩き込んで破壊。

 俺の苛々を解消してもらうための犠牲となってもらう。



「わお!我が君は、苛烈だね。何の容赦もなく用が無くなれば叩き潰す……フフフッ、いいなあ、濡れそうだよ……」


 どこがだ!

 気持ち悪いことを言うな!

 流石にこの状態の俺でも引くぞ!


 頬を上気させ、怪しい目で俺を見るベリアル。

 

 思わず、一歩後ろに下がった俺。


 このまま逃げ出そうかと考えた時、ふと、ベリアルの顔が一瞬真顔になった。


「…………」


「んん?どうした?」


「うーん……いや、大したことじゃないよ。それよりもさ、我が君……」



「ヒロさん!!大変です!!」



 言葉を続けようとしたベリアルを遮る、白月さんの悲鳴のような声。


 邪魔をされて忌々し気な顔をするベリアルを他所に、俺は白月さんへと振り返る。

 と言っても白月さんは九竜神火罩の中だけど。



「どうしました?何が大変なんですか?」


 九竜神火罩から白月さんを解放し、先ほどの言葉について問う。

 すると返ってきた答えは……


「白鐘が今、破壊されました!」


「………はい?」


「白の恩寵が薄れていっています。これはこの街の白鐘が破壊されたとしか思えません」


「………そんな馬鹿な………ひょっとして、白兎とヨシツネの戦闘に巻き込まれて?」


「いえ、白鐘はそちらではありません。しかも地下にありますから……これはもしかして白陽の仕業かも……」


「それって……俺を殺す為?」


 白鐘を破壊すれば、街は大混乱だ。

 あっという間に街中の機械種がレッドオーダー化し、死傷者が溢れかえることとなる。


 まさか、その混乱に巻き込まれて俺が死ぬのを期待してか?

 いくらなんでも、その案は無茶苦茶すぎるだろう。



「信じらないな。俺1人を殺す為に………、しかも、そんなあやふやな策で……、この街中の機械種がレッドオーダー化したって、俺にとっては……」


「いえ!違います、おそらく白陽の取った手段は………この場に反応弾を撃ち込む事です」


「…………へ?」


 俺の口から変な声が出た。


「反応弾………俺を殺す為だけに?」


「はい、反応弾の使用には白鐘が邪魔になりますから………おそらくは間違いありません」


「でも、それはいくら何でも、突飛過ぎでは?」


 白鐘の恩寵が消えたことも、何かの事故の可能性だってある。

 俺が『白き鐘を打ち鳴らす者』だからって、自らの信仰の対象である白鐘を破壊するか?

 しかも白鐘を守るはずの鐘守がだぞ!

 この街に一体人が何人住んでいると思っているんだ!



 訝し気な表情を浮かべる俺に対し、白月さんはじっとこちらを見つめ、意を決した顔で口を開く。


「実は、私と白陽は先ほどまで心が繋がっていました。これは今回の遠征の為になされた処置、タイムラグ無しにお互いが情報のやり取りをする為のモノです。常時というわけではなく、些か精度が粗いのですが、これで私はヒロさんから得た情報を彼女へと報告していました」


「………先ほどまで、ということは、今は……」


「はい、さっき一方的に切断され………………最後の瞬間、彼女の考えていること…反応弾の使用という言葉が流れ込んできました。多分、この情報の抽出は彼女が意図しないモノでしょうし、心が繋がっている分、嘘が付けないので間違いないと思います」


 真っ直ぐに俺の目を見つめ、断言する白月さん。

 彼女がここまで言うのなら、本当なのであろう。


 であれば、俺が取りうる手段は……



「リミットは?」


「あと、10分から20分程度………かもしれません。申し訳ありません。私が巻き込んでしまった為に……」


 ……………俺だけなら逃げ出せる。

 まあ、直撃を喰らったって、俺は死なないし。


 だが、俺のメンバー達はそうもいかない。

 そして、俺がこの街で仲良くなった人達も。


 それに目の前の白月さんをどうするか………



 ちょっとばかり考え込んでいると、俺のすぐそばの空間が揺らぎ……


「主様!」

ピコッピコッ


 白兎とヨシツネが帰還。

 慌てたように、塔の天辺にいたレジェンドタイプの破壊と、白鐘の恩寵が消失したことを報告してくる。


 白鐘の恩寵の消失については、俺がすでに知っている内容だ。


「ああ、どうやら反応弾を撃ち込む為に破壊されたようだ」


「反応弾!それは………」


「お前でも厳しいか?」


「………爆発する瞬間に亜空間へ逃げ込むことで避けれないこともありません。来ると分かっていれば対処はできます」


「ふむ……白兎は……まあ、白兎は大丈夫か」


 以前、ベリアルの核熱でも平気だったみたいだしな。


 その白兎は耳をピクピク揺らして、ガレージ内の廻斗と連絡を取っている様子。

 

 フリフリ


「おお、そうか。豪魔と秘彗、毘燭が力を合わせれば、耐えるだけなら何とかなるのか」


 向こうでぶー垂れてるベリアルには聞く必要もあるまい。

 核熱の申し子が反応弾で傷つくわけがない。


 これで、たとえ反応弾が爆発しても、俺と俺のモノへの被害はゼロ。

 

 あとは、それ以外をどうしようかを考えるだけ。


 元の俺であれば、見捨てるか、見捨てないか悩みに悩んだだろうが、今の俺はそういった情とか執着心が薄い。

 俺と俺のモノ以外のことはどうでも良いと思っている。


 さて、どうしようかね…………



「ヒロさんだけなら脱出できるのではないですか?」


 慌てることの無い俺に、白月さんが確認してくる。


「………白月さんは?」


「街の人々を見捨てられません。最後まで足掻くつもりです」


 それはすでに覚悟を決めた表情。

 民の為なら自らの死すら恐れぬ聖女の顔。



 ………そんな顔をされると、助けたくなってくるな。

 少し真面目に考えてみるか。



「反応弾を撃墜することは?」


「どこから発射されるか分かりません。もしかしたら、この敷地内に仕掛けられたモノもあるかもしれませんし、それに複数と言う可能性も……」


「…………見つけても対処する時間が無いな」


 見つけるだけなら打神鞭の占いで何とかなるが、ここから離れた場所なのであれば、どうしても時間が足りない。


「私に付き合う必要はありません。ヒロさんだけでも早く脱出を……」


「…………」


「ヒロさん、今までありがとうございました。そして、ご迷惑をかけて申し訳ありません。もし、次に私に出会うことがあれば、お礼したいと思います」


「………次って?」


「ふふふ、来世なのかもしれません。その時は、私に『満月の夜に腹一杯』とおっしゃってください。そうすれば、できる限りのお返しをさせていただきます」



 なんだよ、そのセリフ。

 合言葉っぽいな。


 いや、それよりも………


 俺の七宝袋の中にアレがあったな。

 もし、アレが使えるなら………




「白月さん。ここに白鐘があったら、何分で作動できますか?」


「はい?………作動だけなら20分もあれば………、でも、この街の白鐘は最大級で滅多に見つかるモノでは……」


「ギリギリかな……でも、手はこれしかないし……」


 七宝袋に手を入れ、取り出すのは……



「はい、コレ」



 ドスン!



 ドラえ○んの四次元ポケット染みた動作で出した、高さ3mもある巨大な白い釣鐘。


 白月さんの言っていた最大級の白鐘だ。

 臙公の超々大型巨人から出てきた宝箱に入っていたモノ。



「!!!」



 それを一目見るなり飛びつき、慣れた手順で白鐘を弄り始める白月さん。


 しばらく、機械を弄るような音が響く。


 白月さんはただ無言で懸命に作業を進めていく。


 その隣で、静かにその作業を見守る俺。


 そんな俺に対し……


「ヒロさん………、作業が間に合うかどうか分かりません。今、この瞬間にも反応弾が爆発する可能性があります。私に付き合う必要なんて………」


「気にしないでください。ここまで来たんだから、最後まで付き合いますよ」


 どのみち、反応弾なんて俺には効かないし。

 どうでも良いと思っているからこそ、白月さんへ軽い感じで言葉を返す。

 

「ヒロさん………きっと、絶対に、間に合わせます!」


 しかし、彼女は違う受取方をしようだ。

 その言葉に随分と熱が入っている。


 まあ、別にいいか。

 やる気が上がるのは結構なことだ。





 そして………





「起動!完了!」



 ブーン……



 微かな振動音とともに、輝きを放ち始める白鐘。


 白鐘の恩寵は瞬く間に街全体へと広がっていく。


 それは街が救われたことの証明。



「ああ!やりました!間に合いました!ヒロさん、ありがとうございます!」


 座り込みながら滂沱の涙を流す白月さん。


 僅か10分程の作業であったが、気が狂わんばかりの焦燥感の中の精密作業。

 いつ死ぬか分からない、いつ何十万人の命が失われるかの瀬戸際。

 全て自分の作業速度にかかっているのだ。

 その重圧はいかほどのものだったか………


「ヒロさんが……近くにいてくれなければ、絶望で手が動かなかったかもしれません。貴方のおかげです……」


「よく頑張りました。偉いですよ」


「うう……ううう……」


 ただ泣きじゃくる彼女を優しく抱き留めてやる。

 

 これくらいはしてあげても良いだろう。

 

 なにせ街を救った聖女なのだから。










 そして、俺達は急ぎ街を出ることにした。

 

 この街に俺達がいることは、更なる危機がこの街に訪れる可能性があるから。


 白翼協商の秤屋へ寄り、急きょ白月さんと一緒に中央へと向かうことになった旨を説明。

 もちろん、鐘守である白月さんが一緒にいるのだから、向こうも受け入れるしかない。


 ガレージで皆と合流し、足早にバルトーラの街を立つ。


 向かうは中央。

 それも中心地であるシティ。

 白の教会の本殿がある敵の本拠地。


 今回の件は、白陽の暴走とも言って良い状況だった。

 それを訴えに本殿へと向かう。


 もちろん、向こうは鐘守のトップ。

 こちらの訴えを打ち消そうとしてくるだろう。

 だが、白月さんも鐘守のナンバー2として、それなりの影響力を持っているらしい。

 また、白陽が所属する『維持派』の対抗勢力である『拡大派』を味方に付ければ、ぐっと勝率も高くなるとのこと。


 もう白月さんとは一蓮托生だ。

 俺が白の教会から狙われるのを避ける為には、白月さんに勝ってもらうしかないのだ。


 だから、俺達は中央へと進む。

 自分達の未来を切り開くために。









「はあ………どうしてこうなってしまったのか……」


 リビングルームでため息交じりの嘆息。

 

 心の奥に引っ込み、出てきたと思ったら、いつの間にか街を出てしまっていた。

 

 しかも白月さんと一緒に。


 まあ、これも俺が決断したことだから、仕方が無いのかもしれないが。


「どうしました?ヒロさん」


「いえ………なんでも………」


 白月さんからの問いに、ぎこちなく答える俺。


 やはりどうしても心を読まれていたということが引っかかったまま。


 今は読まれる心配は無いけれど、それ以前の俺の邪念は全て白月さんに筒抜けになっていたのだ。

 

 これは母親にエロ本が見つかった以上の気恥ずかしさ。

 白月さんの顔をまともに見るにも苦労する始末。



「ふふふ、変なヒロさん。さっきまで、あんなに落ち着いておられたのに」


「あはははは、俺って、修羅場には強いんです」


 とりあえず笑って誤魔化そう。

 心を読まれなければ、俺の誤魔化しスキルが有用なはず。

 

「本当にそうですね。あれほどの危機に何一つ動じておられませんでしたから。それに………」


 そこで言葉を切って、じっと俺の目を見つめる白月さん。


「私が心を読んだことを知っても、すぐに、何でもないような感じで流してくれました。私、うれしかったですよ。今まで私が心を読めることを知った人達は大抵私を化け物のような目で見て、避けていきますから。なのに、ヒロさんは本当に気にしないでくれていて……、カッコ良かったです!」


 そう言って、白月さんは頬を薄く紅に染めている。

 目はしっとりと潤み、まるで恋をしているような……


 あれ?

 なんかフラグを立てちゃった?

 俺が立てたわけじゃないんだけどなあ……、いや、俺なんだけど。


 ・・・・・・・困ったな。

 未だ、彼女のしたことが自分の中で消化しきれていない。

 それなのに、惚れられてしまっても………


 しかも、それを言ったの、俺じゃないし……いや、俺だけどさ。



「色々と話をしませんか?私、話したいことが一杯あります」


「………そうですね、俺も聞きたいことがたくさんありますね」


 『白き鐘を打ち鳴らす者』とか、『打ち手』とか……

 白の教会のことをもっと詳しく聞かなくては……


 白月さんと俺との関係はさておき、彼女からの情報は有用だ。

 まだ少々しこりは残っているけど、話をするくらいなら……



「あ、聞きたいことと言えば………私、ヒロさんに聞きたいことがあったんです」


「はい?なんでしょう?」


「その………私の○○○○で○○○○してもらいたいって、思っていらっしゃいましよね。それってどういう風にするんでしょう?」


「え!」


「それに○○○○を○○○○とか、○○○○○の恰好で○○○○○○○って……」


「ちょ、ちょ、ちょっと………それは………」


「ああ、大丈夫です。男女の営みもきちんと基礎知識にありますから。でも、ヒロさんのご希望の○○○○○って、どうやってするのかなって」


 清楚な雰囲気の白月さんが卑猥な言葉を続けて口にする。

 どこか背徳的なエロチックさを感じさせる場面。

 

 それは正しく俺が原因に他ならないんだけど………

 そりゃあ、白月さん程の美少女とあれだけ一緒にいたら、妄想してオカズにすることだって……


「あ、あのね、それはですね、お互いが好き同士がするモノで、その……」


「???……私、言いましたよね。ヒロさんのこと大好きだって。だから……」


 

 にっこりと微笑む月の女神。

 美しく、正しく、そして、ちょっとおとぼけな所もある銀髪碧眼の美少女。

 その可憐な桜色の唇から紡がれた言葉は……



「もっと色々と教えてくださいね。ヒロさんに喜んでもらえるよう頑張ります!」



 その瞬間、自分の敗北を悟った。

 

 もう心を読んだとか、恥ずかしいとかどうでも良くなった。

 

 俺の心のしこりなんて、この可憐さ、美しさ、可愛さの前には、何の意味もない。

 

 このヒロインの魅力からは逃げられないのだと……


 もうどこにも逃げ場所はないのだと………


 いや、でも、俺には待ってくれている人が………




「ああ、私はハーレム肯定派なので、大丈夫です。その……エンジュさんでしたっけ?その方のことも受け入れますよ。多分、仲良くやれると思います」


「心を読むなよ!……いや、読んだんじゃないのは分かってるけど……」


 心の声の流出を止めても、俺が分かりやすい顔なのは変わらない。


 どうやら白月さんは心を読まなくても、勘が鋭い人のようだ。





 もうルートは確定した。

 

 あとは前に進むだけ。


 さて、これから俺達を待ち受けるのは、どのようなイベントなのだろうか?


 中央のシティで繰り広げられる白の教会の勢力争いの行方は………

 

 俺と白月さんの運命は………



 



********************************





「『俺達の戦いはこれからだ!』エンドかよ!」



 藍染屋であるボノフさんの店からガレージへ帰るの途中。 


 思わず吐き捨てた今回の未来視に対する感想。


 ルートの終着点としては、確定ではないが、一応ハッピーエンドに近いのであろう。

 ただし、次回作でどうなる分からないといったところ。


 後味が悪くないモノであったが、その先に待ち受ける試練はなかなかに大変そう。

 白の教会の権力争いに巻き込まれるわけだからな。


 その場の勢いがなければ、当然、俺としては決して選ばないルートだ。

 

 気になるのは、相変わらず唐突な終わり方。

 しかも一番良い所で終わったような……


 これは雪姫ルートにも似たエンドだ。

 中央へ行こうとする手前で切られた。

 まるで、この先を知られたくないとでも言うように。


 ここまで来ると、未来視自体に恣意的なモノを感じてしまうが……




「あい?どうしたの?ますたー」

 ピコッ、ピコッ!

「何かありましたか?」


 上から天琉、白兎、秘彗。

 突然の俺の意味不明なセリフに、同行する皆から心配の声がかかる。


「…………なんでもない……いや、また今度話す」


「そうですか……承知致しました」


 承知はしたものの、腑に落ちていないような秘彗の顔。


 だが、俺の中でも完全に消化できいないから、とてもじゃないが今話せるようなことではない。

 情報量が多すぎて、まとめるだけでも大変。


『紅石の価値』『感応士の技』『打ち手』『白き鐘を打ち鳴らす者』『白陽』『賢者』………


 今回の未来視で得られた情報はとてつもないモノばかり。

 それだけに精査するには時間がかかりそう。

 一つ一つ打神鞭で確認していくだけでも幾日かかることか………



 それに………



「……………」



 思わず空を見上げれば、薄暗くなった夜の帳の合間に月が見え隠れしている。


 日本人的には黄色と表現する月の色だが、海外では銀色で表す場合があるらしい。


 確かに、闇夜に浮かぶ月は銀色にも見えなくもない。


 あの美しい鐘守の………白月さんの銀髪の色に………



「白月さん………」



 呟いてみるが、当然、返ってくる言葉は無い。

 

 たとえ本人を目の前にして呼びかけても、向こうは俺のことを知らない。


 俺の抱える白月さんへの好意は、初めから行き先などないのだから。



「未来視のデメリットは分かっていたんだけどなあ……」



 しかし、有用である以上、使わざるを得ない。

 とにかく緋石を提出するのはマズいということが分かっただけでも大金星だ。


 ………それを提出すれば、また、白月さんに会えるかも……という考えは封印しておく。



「………今日は疲れた。検証は明日にしよう」



 もう考える気力も無い。

 濃密過ぎた未来視を見続け、2時間ドラマを何回も主演してきたような気分。



 何となく、もう一度空を見上げて、ここにはいない誰かに向けて、届くはずの無いエールを送る。



「幸せにしてやってくれ、絶対に。幸せにならなきゃならない人なんだから……」




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