第352話 朝3
ピッ!ピッ!ピッ!ピッ!ピッ!
「んあ?……もう朝か……」
携帯アラームの音で目覚める何回目かのベットの上での起床。
サイドチェストに置かれた携帯に手を伸ばしてアラームを止めた。
「……未だに慣れないなあ」
ベットの上で胡坐をかきながら、16畳くらいある寝室を見渡し、寝惚け眼で呟く。
超小型潜水艇の居住モードで生まれた亜空間に備わった一室。
20畳のリビングルームの次に広い部屋だ。
3台のベットが並べられており、それぞれサイドチェストが一つずつ。
壁際にはクローゼット、鏡台も併設されていて、そこそこのホテル並みの設備と言える。
「エンジュ達がずっと使っていたからなあ……」
今は俺が占有している寝室だが、エンジュ達と一緒に旅をしている間は数える程しか入ったことが無かった。
ずっと女性陣が陣取っていた部屋であったから、俺も入りにくかったし。
「……エンジュやユティアさんの香りがする……なんて言ったら間違いなく『キモイ!』って思われるよなあ……」
もちろんベットもマットもエンジュが洗濯してくれていたはずだから、香りなんて残っているわけないのは分かっているのだが……
「エンジュ達と別れてからもう3日も経ったというのに、未練がましい事この上ないな」
それだけ彼女達との時間が濃密であったのだろう。
未だに目を瞑れば彼女達との何気ない日常会話が頭の中を巡り始める。
色々と制限があったけど、可愛い女の子や美女との日々は決して悪いモノじゃなかった。
もっと俺が積極的にアプローチをかけていたら、今とは違うルートもあったんじゃないかなあ。
そうすれば、エンジュも、ユティアさんも……ミランカさんも……
あのまま女性3人……、いや、ミレニケさんも含めて4人を連れての旅も良かったかも。
正しくハーレム状態でさ……
この寝室で交代で……、いっそ、4人まとめてとか……
3つのベットをくっつければ、キングサイズで俺を合わせて5人くらい一緒に寝られるんじゃね。
ふひひ。
そうしたら毎夜……いやいや、それこそいつだって……
寝惚けた状態で思い出と煩悩が入り混じった夢幻に耽溺する俺。
現実なら決してできないようなことも、妄想の中だけであればいくらでも積極的になれる。
何せ後のことを考えなくていいなら、想像の翼はどこへだって飛んでいけるのだ。
しばらくそのままベットの上で欲望に塗れた妄想の時間を過ごしていると……
コンコンコン
「マスター、もうお目覚めなさいましたでしょうか?」
ドアの外からかけられた鈴を鳴らしたような少女の声。
「あ……、お、おう!もう起きているぞ、秘彗。でも、もうちょっと待って!」
慌てて駆け布団を腿の上に被せる。
これは生理現象だから……少しばかり妄想のせいかもしれないが。
「はい、了解しました。しばらく待機します」
真面目な返事がドア向こうから返ってくる。
どうやら俺が良いというまで待ってくれる様子。
イカン、イカン!
落ち着け!
こういう場合は深く深呼吸して、心を落ち着かせるんだ!
治まれ!俺のリビドー!
沈まれ、俺のエレクチオン!
はああああああ
ふうううううう
はああああああ
ふうううううう
といった朝っぱらから見苦しい俺の醜態があったものの。
「もう入って来ていいぞ」
「はい」
ガチャ
「おはようございます、マスター。ご命令通り、モーニングコーヒーをお持ち致しました」
ドアを開けて入ってくるのは、菫色の髪を靡かせた11、2歳の美少女型機械種。
魔法少女系のストロングタイプ、機械種ミスティックウィッチの秘彗。
紺色のローブを身に纏い、両手にはカップを乗せた御盆を持ちながら、覚束ない足取りでこちらに近づいて来ようとしている。
ガチャン、ガチャン、ガチャン
秘彗が一歩足を進める度、お盆の上のカップが跳ねている。
ここから見ていても数センチは飛び上がっているように見える。
「お、おい。もっと慎重に・・・」
すでにお盆の上は、零したコーヒーらしき液体だらけ。
もうカップにはほとんど残っていないのではないかと思うくらい。
人間なら在り得ないくらいの不器用さと言えよう。
しかし、家事系スキルを持たない機械種ならこんなモノだ。
たとえ上位機種のストロングタイプと言えど、スキルを持たない作業を行うのは非常に難易度が高い。
「す、すみません。ど、どうしても、歩く度に揺れてしまって……」
半分泣きそうな顔でプルプル腕を振るわせている秘彗。
パワー的には何の問題も無いが、カップを乗せたお盆を運ぶという精密動作を行うプロトコルが無いので、上手くバランスを取れないのだ。
なぜ、秘彗がこんなに苦労してまで、俺にモーニングコーヒーを持ってきてくれようとしているのか。
それは昨日の夜、寝る前に秘彗へ起床時にモーニングコーヒーを持ってきてくれるようお願いしていたからだ。
せっかく念願の自分だけの女性型機械種を手に入れたんだ。
モーニングコーヒーくらいお願いしたっていいじゃないか!
だが、そのお願いは秘彗には荷が重かったようで……
ガチャンッ!
「おっとっと……」
流石に寝室の床にコーヒーを零されるわけにはいかない。
ベッドから飛び降りて、秘彗の手から零れそうなお盆をクイックセーブ。
「あ、すみません。お手を煩わせてしまい……」
「……いや、すまん。悪いのはこっちだ。スキルのも無いのに無理なお願いをしちゃって」
「いえ……私の能力が足りていないばっかりに…………あと、謝らないといけないこともありまして……」
落ち込んだような雰囲気で下を向きながら、言いにくそうに言葉を紡ぐ。
「何度か重力制御で固定できないかを試しまして、カップを3つほど割ってしまい……」
秘彗はぎゅっと目を寄せて、申し訳なさそうに声を絞り出した。
「リビングルームも汚してしまいました!申し訳ありません!」
斜め45度でビシッと頭を下げる秘彗。
三角帽子のアタッチメントは外しているから、ファサッと紫色の長髪が弾むように流れる。
それは紛れもない謝罪。
しかし、元はと言えば、俺が無茶を言ったことが原因なのだ。
11,2歳の少女に無理なお願いをして、それを謝らせる非道なマスターの図。
最低だ。
もはや言い逃れなどできない。
俺ができることは、秘彗が自分を責めないよう精一杯のフォローをするだけだ。
「あー…、別に謝る必要は無い。実験という意味でもあったからな。元々スキルが無いのに無茶を言ったのは俺なのだから気にするな」
「お心遣いいただき痛み入ります。今後このような失態をせぬよう、ハクトさんにご指導を賜りますので……」
「んん?なんでそこで白兎が出てくる?」
「はい……、私が何とかコーヒーを入れることができたのは、ハクトさんがフォローしてくださったおかげですから。色々と見本を見せて頂いたりとか……」
白兎も家事スキルなんて持ってないんだけどなあ・・・
まあ、白兎だから何をしてもおかしくは無いが。
「あと、ハクトさんが開いているという白兎道場に入門すると、足腰のバランスが鍛えられて、たとえ谷間に張ったロープ1本の上でも、コーヒーを零さずにお盆を運べるようになるとか……」
おい!!
なんだよ!その怪しい通信教育の宣伝文句みたいな効果は!
白兎の奴め。
ボルトが抜けたから早速、白兎道場の門下生に秘彗を誘ったのか。
油断も隙も無いな。
「マスター?」
「いや、何でもない。うーん…白兎道場か……」
秘彗には俺の護衛をしてもらおうと思っているから、あんまり白兎色に染まってもらっても困るんだけど。
一目で普通じゃない機種とバレるような仕様になってしまったら大変だ。
「これは白兎に言っておかないとな」
寝室からリビングルームへ移動すると、白兎と廻斗がせっせと秘彗が散らかしたと思われるモノの後片付けをしていた。
割烹着を着て箒でゴミを集めている白兎。
風呂屋の三助みたいな恰好で雑巾がけしている廻斗。
「やっぱり家事スキルが無いのに、掃除できるんだ……」
もうこの2機の仕様は全く意味が分からない。
すでにラビット、グレムリンではなく、白兎と廻斗という名前の機種ではないだろか。
ちなみに天琉は、白兎達が掃除する横でヨシツネに首根っこを掴まれて、猫のようにブランと吊り下げられている。
多分、白兎達の掃除に混ざろうとしてヨシツネに止められたのだろう。
どう考えても天琉が色々ひっくり返して白兎達の邪魔をする未来しか見えないから。
「ううううう・・・、私が汚したのに、ハクトさんやカイトさんに掃除をさせてしまって……」
所在なさげに立ち尽くしながら、己の無力を噛みしめている秘彗。
下位軽量級でしかない機械種ラビットとグレムリンを前に、己の無力を噛みしめるストロングタイプとは一体?
この場合は白兎達が特別だからと思うべきか?
「はあ……、まあ、あとでいいか」
どうやら我が悠久の刃で家事ができるメンバーは白兎と廻斗しかいないようだ。
これも俺の片寄った趣向で機械種を集めてしまった結果だろう。
「白兎、廻斗。すまんな。後片付けをしてもらって」
ピコピコ
「キィキィ」
『気にしないで』『お掃除楽しい!』……か。
非常に助かるが、ずっと白兎や廻斗に頼り切りという訳にはいかない。
戦闘以外のことができる機械種を従属するか、今いるメンバーに家事スキルを入れるかしないと。
できればメイド型の機械種を手に入れたいところなんだけど……
あれって、なかなか手に入れるのが難しいんだよなあ。
男が求めるモノは皆一緒だ。
男の90%以上はメイドが大好きなのだ。
女性型を手に入れたと思えば、次はメイド型が欲しいと言う。
人間と言うものは何と欲深い生き物なのか。
それとも俺という人間が節操が無いだけなのか。
ズズッ
手に持ったお盆からカップを手に取り、底に残った僅かなコーヒーを啜る。
うん、めっちゃ薄い。
チームトルネラで飲んだサラヤが入れてくれたお茶以上の薄さ。
ルトレックの街で、結構お高めのコーヒーピースを購入したのに。
これは早くメイド型、若しくは家事ができる女性型機械種を手に入れなければ。
お盆へとコーヒーカップを戻しながら、心に固く誓った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます