第306話 置き土産


「はあ…、あんまり後味良くないなあ」


 地面に倒れている2人の遺体を見ながら呟く。


 どちらも心臓を一突きで仕留めた。

 苦痛は一瞬であっただろう。

 死に顔がどこか満足げに見えるのは俺の感傷のせいなのかもしれないが。


「いや、暴行された女性のことを考えたら、もっと自分達の罪を思い知らせてやっても良かったかもしれないが。結局情報も手に入れられなかったし、『鍵』のことも分からないままだ」


 まあ、捕虜にしても情報を手に入れるのは難しかったと思うけど。


 名前を聞いたから禁術を使えば無傷で捕らえられたのだろうが、名乗った名前が本名であるとは限らないし、この術を人前で使うのはリスクが高い。

 精神操作ができるなんて最もバレたらマズイ情報だ。

 誰が見張っているか分からない状況で使う訳にはいかない。


 それに捕らえることができたとしても情報を引き出すこと自体難易度が高い。

 拷問とか尋問とか、現代日本人の感性が抜けきらない俺では無理だ。

 俺自身、痛いは苦手なのだ。

 自分がそうなるのもそうだし、人のを見るのも大嫌い。


「悪党なら悪党らしく、ヘイトをいっぱい溜めてから死んでほしかったぞ」


 最後の忠告は、彼らなりの思いがあってのことなのだろうが、殺される寸前で良い人ぶるのは止めてほしいと思わなくもない。

 

「悪党は最後まで悪党だから気を抜くな・・・か」


 パネルタ・・・だっけ?

 あの人の忠告は何か意味があったのだろうか?


 気をつけないといけないこと・・・

 機械種使いと相対した時は・・・


「あ!マスターロスト時の設定!」


 バッと振り返り、辺りを見渡す。

 

 俺の傍で待機している森羅。

 俺の言いつけ通り女性を守っている廻斗とディア。


 潜水艇の方を見れば、白兎と天琉、ボルトがイエティの残骸の上で勝ち鬨を上げている。


 気のせいか・・・

 ・・・いや、先ほどから機械種の接近に全く気付くことができていない。

 森羅達の警戒スキルを妨害する装置みたいなモノがあると考えるのが自然だ。

 ここは俺が見つけなければ!



 視界を広げる八方眼を使用し、辺り一帯を一度に視界に収め、つぶさに違和感を精査していくと・・・


 視界の端で動く影が1つ、2つ、3つ・・・

 空、そして地面にも・・・


「森羅!空だ!飛んで逃げる機械種を撃ち落とせ!」


 それはおそらく蝙蝠型の機械種バット。

 近くに2匹、さらに遠くに2匹。連なって空を駆けていく。


「!!! 気づくのが遅れました。申し訳ありません。すぐに仕留めます!」


 すぐさま銃口を空に向けて狙い撃つ森羅。

 近くの2匹撃ち落とすと、銃を構えたまま走り出し、先行しているもう2匹を追いかけていく。



「ディア!向こうから機械種ラットが逃げた。追いかけて確実に潰せ!」


「ウォン!」


 俺の指示を受けて、颯爽と駆け出すディア。

 すばしっこいのが特徴の機械種ラットだが、上位機種であるダイアウルフから逃れられるわけがない。


 機械種バットと機械種ラット。

 どちらも軽量級だからあのパネルタという人の従属機械種であったのであろう。

 

「ふう…、危ない危ない。多分、アイツ等、本拠地に状況を知らせる伝令だな」

 

 マスターが死んだと分かれば、すぐに本拠地に知らせるという設定になっていたのだろう。

 しかし、森羅とディアに任せれば逃がすことはあるまい。

 どちらも狩猟が得意な機種だからな。

 

「さっさとあの女性を潜水艇へ連れて行って、早めにこの場から離脱した方が良いか」


 こんな野外でいつまでも裸のままでは居させられないし。


 ・・・この女性が打神鞭が示した『鍵』だといいのだけれど。








「キィ!」


 俺が近づくと手を挙げて迎えてくれる廻斗。

 女性を守る騎士のように彼女を警護してくれていたようだ。

 そして、いつの間にか地面に布を引いて、その上に女性が仰向けに寝かされ、白い布がかけられていた。


「流石、廻斗。紳士だな。でも、その布はどこからもってきた?」


「キィ!」


「お前・・・道着を破って使ったのか・・・いいのか?それは白兎が作ってくれたモノだろう」


「キィ!」


「紳士だから、これくらい当たり前だって?・・・うむ、よし!白兎には俺からもう一着作ってくれるよう頼むことにするよ」


「キィキィ!」


 嬉しそうにクルンと横に一回転する廻斗。

 胸のネクタイも一緒にクルっと回る。

 

 相変わらず感情豊かな奴だ。

 これも白兎の影響なのだろうか?

 でも、廻斗は最初からこういう感じだった気もするし。

 

「キィ?」


 んん?

 ああ、そうだな。彼女を早く潜水艇に運んであげよう。


 瀝泉槍をバック経由で七宝袋に収納して、女性の傍で膝まづく。

 お姫様抱っこする為、首と膝の裏の下辺りに手を入れようとした時、ふと、向こう側の岩壁が気になった。


 あの岩壁の向こうから、いきなりこの女性もあの機械種エイプも出てきたよな。

 切り立った岩壁にしかみえないけど、どこか隠し扉でもあるのか、それとも・・・

 

 ここから岩壁まで12~3m程の距離。

 これだけ近くから見ても特に変わったところは見つからない。


 ・・・あとで調べてみるか。

 今はこの女性を運ぶのが先だ。


 岩壁から目を離し、目線を下に降ろした時・・・

  


「キィ!」



 廻斗の鋭い声が響き、はっと顔をあげた。


 そして、目に飛び込んできたのは、岩壁をヌルリとすり抜けて出てきた1体の機械種エイプ。

 それは幽霊が壁抜けするかのように何の抵抗も無く抜け出てきた。



 コイツは・・・生き残り!

 あ、この岩壁は・・・立体映像?

 白兎が幻影と言っていたのはこれか!



 岩壁から出てきた機械種エイプは、一直線にこちらへと駆け出してくる。

 その体に球状のモノを幾つも巻き付けたまま。

 


 ヤバい!あれは爆弾!

 しまった!今、体勢が・・・

 

 ちょうど女性を持ち上げようとしていた瞬間であった為、両手がふさがってしまっている。

 

「廻・・・」


 廻斗に助けを求めようとした時、覚った。


 その機械種エイプの身に巻き付けられた爆弾はすでに点滅していて、爆発まで秒読み状態であることを。

 たとえ妨害電波で動きを止めても無駄だ。

 この距離で爆発すれば、俺はともかく廻斗も女性も助からない。



 え、どうする?


 立ち上がって殴り飛ばす?

 無理、今の体勢では間に合わない。


 このまま覆い被さって女性を庇う?

 しかし、あれだけの爆弾から守れるのか?

 

 七宝袋から混天綾を取り出さなくては・・・

 いや、それよりも九竜神火罩で閉じ込める?

 それとも降魔杵で押しつぶして・・・

 そんな時間はあるのか?



 幾つもの選択肢が頭の中を駆け巡り、結局結論を出せずに・・・


 

 機械種エイプの目は赤と青が交互に点滅している。

 もうレッドオーダー化する兆候は始まってしまっているようだ。

 しかし、最後のマスターの命におり、その任務を遂行するのだろう。

 それが自らの破壊と引き換えだとしても。


 どうする?どうする?どうする?


 思考だけが時が止まったかのように超高速で回転しているが、身体は一向に動こうとしない。

 当たり前だ。人間は元々突発な状況変化に弱いのだ。

 特に俺は!


 もう目の前に来ていると言うのに、何もできずにただ状況を見つめたまま。

 ほんの数秒のことだが、それでも数秒あれば何かしらの行動は出来たのに!


 

 ああ!もう遅い!



 そして、次の瞬間・・・




「キィ!」



 廻斗の短い雄たけびが響く。

 

 俺の傍を通り抜け、小さな体で機械種エイプに向かって突撃。

 それは白兎を思わせるような白い流星。



「キィ!!!」



 ドンッ



 機械種エイプに体ごとぶち当たるとそのままの勢いで後へと押し込んでいき・・・


 機械種エイプごと、廻斗は幻の岩壁の向こうへと消えた。

 



 その一瞬後・・・





 ドゴゴゴゴオオオオオオオオオオオオ!!!!!


 

 

 爆音が轟き、コンマ1秒遅れて爆風がこちらへと吹きつけてくる。 


 思わず女性に覆いかぶさり、飛び散る破片から守る。



 バチバチバチバチバチ



 幾つもの岩の破片が俺の背中に打ちつけ、爆発の威力を知らしめてきた。


 

 やがて、爆風が収まり、渓谷道に再び静けさが戻った時・・・



「廻斗ォォォ!!」



 幻の岩壁はすでに消え去り、その向こう側は洞窟のようになっていた。


 ただし、爆発で入り口は崩れ落ち、すでに入ることもできないような状況。



「廻斗!」



 俺はすぐさま駆け寄り、崩れ落ちが瓦礫に手をかけて掘り起こしていく。



「どこだあぁぁぁ!!廻斗!!」



 あの爆発で助かるわけがない。

 そんなことは分かっている。

 でも、万が一という可能性も・・・

 頭だけでも見つかれば・・・

 俺の五色石で・・・

 ああ、クールタイム中だ・・・

 ではユティアさんに・・・

 ユティアさんでも無理なら、街の藍染屋に・・・


 俺の手持ちをすべて出しても良い。

 紅姫カーリーの紅石も、緋王バルドルの緋石でも持って行け!

 足りなければ、世界中の巣を攻略してやる!


 

 身の丈を超える瓦礫を片手で持ち上げ、邪魔な巨石を手刀で叩き割る。

 まだ熱の残る溶けかけた金属を素手で掴み、岩壁を爪でそぎ落としながら進む。



「どこだ・・・どこだ・・・廻斗!」


 

 手あたり次第に岩をどかして、白い機体を探し回る。

 

 何でもいい。

 ほんの少しの手がかりでも・・・

 せめてお前の欠片一つでも・・・ 



「あ、これは・・・」


 

 掘り起こした岩陰から見つかったのは・・・


 

 廻斗がいつも身に着けていた青いネクタイの破片。

 端が焼焦げ、元の形を知らなければネクタイと結びつけるのは不可能だろう。



「あああああ・・・・・」



 拾い上げた青い布の破片を手に崩れ落ちる俺。


 涙が止めなく流れ、俺の両頬を濡らしていく。


 失ってしまった。


 俺が敵の策を見抜けなかったせいで・・・


 俺の大事な従属機械種が・・・


 いや、俺の大切な仲間が・・・




「廻斗オオオオォォォォォ!!!!」




 俺は咽喉が張り裂けんばかりの大声をあげた。


 現実での初めての仲間の喪失に耐えられず、ただ叫ぶことしかできなかった。


 それは渓谷道に響き渡り・・・



















「キィ!」



「へ?」


 

 俺の目の前に浮かぶのは、真っ白い30cm程のお猿さんのような機体。

 ネクタイは無いが、見るからにいつもの廻斗に見える。

 

「キィ?」


「・・・・・・廻斗?」


「キィキィ!」


「・・・・・・無事だったのか?」


「キィ!」


「ああ!」



 ドスン



 虚脱感に耐えかねて、そのまま尻もちをついてしまう俺。



「はははは・・・、無事だったか・・・、良かった・・・」


 

 多分、今の俺は泣き笑いのような表情だろう。

 色々な感情が絡まって、どういう顔をしたら良いのかも分からない心境だ。



「あい!ますたー、大丈夫?」


「マスター!ご無事ですか?」


「ウォンウォン!!」


 尻もちをついた俺に駆け寄ってくる天琉、森羅、ディア。

 先ほどの爆音を聞いて駆けつけてくれたのだろう。


 白兎がいないのは、俺の命令通りにエンジュ達の護衛をしているからか。


 油断大敵。


 今、それを思い知ったばかりだから、白兎の行動は実に正しい。

 俺が何を求めているかを言わなくても分かってくれているようだ。

 でも、向こうからはココが見えない位置にあるから、気になって天琉を派遣したんだろう。

 この辺りが白兎の可愛いところだな。

 


「森羅、ディア。片付けたのか?」


「はい、ご命令通り」


「ウォン!」


「そうか・・・・・・」


 とりあえず、一段落着いたのは間違いなさそうだ。


「マスター、この状況はいったい?」


「森羅、その辺りはあとで説明する。今は早く車に戻ろう」


「はい。承知致しました。帰投致します」


 律儀に敬礼で返す森羅を横目に、俺はよっこらしょと立ち上がって、置き去りにした女性の元へと向かう。


「キィキィ」


 そんな俺を廻斗は空中に浮かびながら追いかけてくる。


「んん?運ぶのを手伝ってくれるって・・・、そうだな。お願いするか」


「キィ~!」


 器用に空中で小躍りする廻斗。


「でも自分だけで持ち上げるのは禁止。ユティアさんに窘められたばかりだからな。廻斗はその女性にかけた布が落ちないようしっかりと押さえておいてくれ」


「キィ!」


 俺に向かってビシッと敬礼。

 紳士として女性に配慮するのは当然のことらしい。


 俺としてはちょっとしたラッキースケベ程度は期待したいところだけど。

 女性を助けるために頑張ったのだから少しくらい役得があっても・・・

 

 イカン、イカン。

 乱暴された女性にそんなことを考えるのは大変不謹慎だ。

 下心を封印して、なるべく見ないように運ばねばなるまい。

 これはなかなかの重労働になりそうだ。


 そもそも、初めから彼女を運ぶのを森羅達に任せておけば良かったのかもしれないな。

 そうすれば、俺は瀝泉槍を手放さず、あの瞬間においても冷静に判断を下せただろう。


 まあ、全ては結果論でしかないが。

 常に瀝泉槍を持ち歩くわけにもいかないから、俺の咄嗟の判断の鈍さはいずれぶち当たった問題なのだ。



 それと・・・


 人間の悪意を見抜けなかったのも原因の一つだ。


 機械種バット、機械種ラットを囮として散らし、時間差をつけて機械種エイプに自爆特攻させる。

 これを事前にマスターロスト時の設定としていたというのなら、恐るべき用意周到さ。


 この辺りは未来視での経験を加えたとしても、対人戦の経験が少ないせいだ。

 魔弾の射手ルートにおいても、レッドーオーダーとの戦闘経験は豊富だったが、意図的に人間相手の戦闘は避けていたからな。

 

 まあ、廻斗が無事だったおかげで、今回の件は良い勉強になったと言うことができるけど。



「キィ♪キィ♪」


「はははは・・・、それにしても良く無事だったな。お前のおかげで・・・あれ?」


 俺の顔の横でフワフワと浮いている廻斗。

 いつもネクタイで隠れているはずの胸の星傷が露わになっていて・・・




「胸の星が・・・1つ消えて8つに・・・なんで?」


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