第275話 情報


「ほら、エンジュ。ポテトブロックはこっちのケチャップドロップがお勧めだよ」


「ふぁい、ありふぁと」


「エンジュ、口元が汚れていますよ。こっち向いて。拭いてあげますから」


「む、む、むう・・・、ご、ごめん」


 口いっぱいにブロックを詰め込むエンジュを、俺とユティアさんが構い倒す。


 山と積まれたブロックを前に次から次へとパクついていくエンジュは、山盛のどんぐりを齧っているリスのようで、つい構いたくなる愛らしさを醸し出してくれている。


 その様子は外見年齢を無視すれば、お父さんお母さんに囲まれて食事をする子供みたいに見えているかもしれない。


「エンジュ、これがお茶ですよ」


「エンジュ、こっちのジュースの方が良いよな」


「ヒロさん!お食事中にジュースなんて!」


「いいじゃん、別に。ほら、甘い酸っぱいオレンジジュースだよ」


「もう!」



 なんか楽しくなってきたな。 

 こういうのを家族団らんっていうのかな。

 

 エンジュもユティアさんも出会ってから1ヶ月も経っていないけど、未来視での経験を合わせれば数年間は一緒に過ごしていることになる。

 俺の中ではすでに家族みたいな位置づけなっているのだろう。


「ユティアさんも食べたらどうです?こっちのソースはバタードロップとショーユドロップを合わせてますので、これでポークブロックを試してみてくださいよ」


 バター醤油で味付けしたポーク。

 ちょっとカロリーが心配だけど。



「あら?美味しい!これも初めて食べる味です!ふんわり香るバターと、キリッと引き締めてくれるショーユが良い具合でポークを引き立ててくれますね」



 どうやらユティアさんは気に入ってくれた様子。

 ポークブロックを小皿のソースにベタベタつけて、美味しそうに食べてくれる。


「これならいくらでも食べられそうです」


「お気に召したようでなにより。でもあんまり食べすぎない様にしてくださいね。またお腹回りが気になるようになってしまいますよ」


「はあ?ちょ、ちょっと!」


 俺に向けられるユティアさんの目線が強くなる。

 少し調子に乗り過ぎたかな?


「ヒロさん!どういう意味ですか!」


 少しばかり剣幕を見せるユティアさん。

 俺のズケズケとした物言いに、流石にユティアさんも一言言いたくなったようだ。



 ・・・イカンなあ。

 未来視を見て以降、ユティアさんへの扱いが軽くなってしまった感は拭えない。



 俺にとっては数年間一緒にいた同居人という見方をしてしまうが、ユティアさんにとっては数日前に会ったばかりの年下の男の子だ。


 年上の女性としては、いくらなんでも扱いが悪いと思っても仕方が無いか・・・


「すみません。ちょっと調子に乗り過ぎたみたいで」


 これは俺の方が謝るべきだろう。


 未来視を使用したことによる人間関係の認識のギャップ。

 これは前にも気をつけなくてはいけないと思っていたが、まだまだ注意が足りなかったようだ。


「いえ、違います!どうして私がお腹回りを気にしているのを知っているんですか?」



 あ・・・・・



「私自身、確かにお腹回りは特に注意しているんですけど、それを家族以外の人に言ったことはありませんよ」



 う・・・・・



 ユティアさんの真剣な目がこちらに向けられる。

 俺が知っているのは未来視で得た情報のおかげだ。


 数年間一緒に暮らしたユティアさんから直接聞いた話。

 家系的に太りやすいらしく、食べ過ぎた日は腹回りを計ったりするらしいのだ。


 もちろん、それを今のユティアさんに言う訳にはいかず・・・



「・・・・・・・・・・・・・」



 俺は黙り込んでしまうことしかできなくて・・・



「はあ…、本当にヒロさんってよく分からない人ですね」



 ため息一つついて、固かった表情を緩めるユティアさん。

 結局、人の良い彼女は、俺への追及を諦めてくれる。



「すみません・・・」


 素直に頭を下げる俺。

 今更ながら、人に言えないことが多すぎて、俺の周りにいる人をヤキモキさせてしまうことが多い。


 チームトルネラの時は、サラヤやジュード、ザイードなんかも人が良いから、俺に厳しい追及はしてこなかったけど、人によっては我慢ならない時もあるだろう。

 であれば、普段から秘密を持っているように思われる態度を取るべきではないのだ。

 

「秘密が多いのは狩人なら当たり前かもしれませんが、それにしてもヒロさんの抱えている秘密は、隠そうとしているのか、そうでないのか悩むところですね」


「うう、弁解のしようもございません」


 痛い所をつかれたなあ。

 確かに俺自身、本気で隠そうとしている部分は厳重な警戒を持って対処しているが、今回の未来視での情報のような曖昧な部分はかなりルーズになってしまっている。


 俺が絶対に秘密にしないといけないのは、『闘神』スキルと『仙術』スキル。

 すなわち『絶対の防御力』に『不老』『飲食不要』『仙術』『宝貝』。 

 あとは『現代物資召喚』ぐらいだろうか。


 そして、曖昧になっているのが、『未来視』『謎の違和感』『俺の中の内なる咆哮』といった部分。

 これらは俺の中だけで完結しており、隠しようがなかったり、隠す必要がないものだ。

 たとえバレたって、さっきのようにどこから情報を仕入れたのかと不信に思われるくらいで致命的というほどのものではない。


 ただ、ずっと生活を共にしている同行者が相手だったりすると、こういった不信からトラブルを招くこともあるから注意が必要だ。



「・・・・・・・ひょっとして、ヒロさん・・・、感応士だったりします?」


「へ?」


 俺が自省している最中、突然のユティアさんからの質問が飛んできた。

 思わずユティアさんに目を向ければ、そこには興味津々といった表情が浮かんでいる。


 感応士って・・・

 俺が?


「いえ、確証は全然ないんですけど、ヒロさんの浮世離れした雰囲気ってどこか感応士みたいだなって思っただけです。感応士なら私の心を読んでも不思議はありませんから」


「いやいや、俺が感応士ってことはありませんよ。もし、そうだったらこんなに苦労して蒼石を手に入れるようとはしていません。自分の力で無理やり機械種を従属させています」


 その能力があれば機械種を従属するのに、蒼石でブルーオーダーする必要が無い。

 赤の威令を浄化し、マスター権限を書き換えてしまうだけで良いのだ。

 

「それに・・・感応士が人間の心を読むとか・・・、あれってただの俗説でしょう?」


 もしそうだとしたら、雪姫ルートにおいて、俺の劣情は雪姫にモロバレだっただろ!

 そんなの、もう二度と雪姫に顔を見せられない・・・・・・もう会えないのは分かっているが。


「そうです・・・・・・確かにただの俗説ですね」


 そう言って、静かに微笑むユティアさん。

 その笑みは何かを知っていそうな雰囲気だけど。


 ユティアさんは俺への追及を止めてくれたんだ。

 であれば俺も深い追及はするべきではないな。









 エンジュの健啖ブリの結果、無事食事も終わり、場面は和やかなティータイムと移る。


 エンジュとユティアさんはカップ片手にこれからについての話し合いの真っ最中。

 自分の懐具合と求める生活レベルをすり合わせて、次なる宿を選定している。



「やっぱり長期に借りた方が安いと思う。最低でも3ヶ月は借りないと安くならないよ」


「でも・・・、ホテル暮らしの方が何かと便利で・・・」


「ユティア、そのお金はベネルさんが準備してくれたんでしょ。大事に使いなよ。ホテル暮らしなんてしたら、いくらレベルを落としても2ヶ月は持たないからね」


「ううう・・・でも、せめてトイレとお風呂は別々が良いです。あと、共同トイレは除外してください」



 街を歩いていた時に、エンジュがどこからか持ってきた賃貸住宅情報の紙をテーブルに置いて、2人して頭を突き合わせているが、なかなか結論が出ないようだ。


 エンジュは出来るだけ安く抑えようとして、でもユティアさんはそれなりの生活レベルを求めている。


 元々、スラム生活に近い暮らしをしてきたエンジュと、村長の屋敷で生活していたユティアさんでは条件のすり合わせも難しい様子。


 まあ、俺としては、この街に2人を残す気なんてさらさら無いつもりだ。

 

 日に3回も『謎の違和感』が発生するような危険な街に2人を置いていくことなんてできない。

 本当ならすぐにでも街を離れたいところだが、流石に日も暮れてから街を出るのは色々と厄介だ。

 できれば朝一番にこの街から出て行きたいとは思っているのだが・・・


 しかし、エンジュ達はこの街で危険な目に遭ってはいない。

 それは全て俺の『謎の違和感』によって回避されたからなんだが、そのせいでこの街を危険と認識していないことが少しばかり問題は発生させている。


 俺が『この街は危険だから出て行こう!』と言っても、2人には何のことだか分からないんだよなあ。


 最終的には強引に連れ出してしまうことも考えているが、2人との良好な関係を維持する為にも、それはできるだけ避けたいところだ。




「ユティアはこの街に腰を落ち着けて、故郷を探すつもりなんでしょ」


「はい・・・」


「ポラントだっけ?アタイも聞いたことが無い街だから、多分、ずっと離れたところにある街だと思う。探すにも時間がかかるだろうから、絶対安い所を借りた方が良いって」


「でも・・・、これだけ人がいるんですから、聞いて回ればすぐに見つかるかもしれませんし・・・」


 残念。ポラントで聞いて回っても分かる人間は少ないと思うぞ。

 なにせ東部領域の人間は、わざわざ辺境まで来ることなんかないからな。

 それにこの世界の人達は、自分のいる街とその周辺以外の街なんて知ろうともしないことが多い。

 対外名称である『プーランティア』で聞き回っても、知っている人を見つけるのも難しいだろう。


 もちろん、頃合いを見計らって俺がユティアさんに教えてあげるつもりだが、その辺のタイミングが難しい。

 

 特に情報屋に寄った訳でもなく、聞き込みもしておらず、いきなり俺が正確な情報を見つけるというのもおかしな話だ。

 下手をしたら最初から知っていたのかと疑われてしまうかもしれない。


 さて、どうするべきか・・・





「うーん、聞き込みだけじゃなくて、張り紙してみるとか・・・、『ポラント』という地名を知っている人はいませんか?って。でも、その場合は情報料とか載せないといけないなあ」


「商会や秤屋、藍染屋に聞くのはどうでしょう?彼らは独自の情報網を持っていると聞きますよ」


「ただの旅人のアタイ達が聞いても教えてくれるかなあ・・・、その『ポラント』の街を知っているなら教えてくれるかもしれないけど、調べてもらうならそれなりの依頼料がいるかも・・・」



 エンジュ達の話題はいつの間にか、どうやって『ポラント』の街を探すのかに移っていた。

 2人して頭を捻りながら街を探す方法を考えているみたいだろうけど・・・




「知ってるぜ。その『ポラント』って街」



 突然、横からかけられた若い男の声。


 思わず声がした方に振り向けば、そこには黒っぽいジャンパーを着た20代くらいの男性。


 短い金髪に、気障ったらしい細面。

 顎だけちょこっと生やしている髭が目につくチョイ悪風イケメンといった感じ。

 口元にニヤニヤした笑みを浮かべていて、どこか軽薄な雰囲気を漂わせている。

 

 180cmを超える長身に、猟兵らしい引き締まった体格。

 そこはかとなく感じられる幾多の戦場を潜り抜けたであろう凄み。


 食堂の中央を陣取る猟兵団の一員に間違いはないだろう。

 しかし、わざわざここまできて、『ポラント』の街を知っていると言ってくるなんて、一体どういうつもりだ?



 俺の向ける訝し気な視線を無視して、若い男はエンジュ達に近寄る。

 

 その動きを警戒して、後ろに控えていた森羅がユティアさんの前に立ち、白兎もエンジュの足元に駆け寄り後脚で立ち上がって見せる。


 若い男はそんな白兎や森羅をつまらなそうに一瞥し、そこで歩みを止めると、こちらに向けてトンデモナイことを言いだしてきた。



「なあ、嬢ちゃん達。その『ポラント』の街を探しているんだよな。いいぜ、俺が連れてってやるよ」


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