第253話 食料2


 夕方となり、日も暮れ始めた為、俺達は潜水艇のリビングルームで夕食の準備を始める。


 山と積まれた箱の中のブロックを物色しているエンジュ達。


「見てよ、ユティア。こんなにミートブロックがあるなんて・・・、ここって天国じゃないよね?」


「エンジュ・・・、私もミートブロックは久しぶりですけど・・・、あ、フィッシュブロックもありますよ」


 白兎と森羅、ボルトは外で見張りをしてくれている。

 中にいる機械種は、警戒スキルを持たない天琉のみ。

 

 天琉はエンジュとユティアさんがブロックを手に取る度に、キャイキャイ言っているのを楽しそうに眺めている。


「この箱は高級品のブロックがいっぱい・・・、見て!エンジュ。これって調理系ブロックよ。あああ・・・何年振り・・・」


「調理系ブロック?聞いたことないや。美味しいの?」


「もちろん!スッゴク美味しいんだから!えっと、初心者には何がいいかしら。癖の強くないシチューブロックか、それともチャーハンブロックか、あ、コロッケブロックもある・・・」


「しちゅー?ちゃーはん?ころっけ?初めて聞くものばっかり」




 調理系ブロックか。

 確か、そんなのもあったなあ。


 素材系ブロックは、俺にとっても馴染み深いシリアルブロックやライスブロック、ミートブロックといった食材そのもののブロックのこと。

 これには、ベジタブルブロックや、フィッシュブロック、俺のナップサックに入っているブレッドブロックなんかも含まれるし、もっと上位になれば、ビーフブロックやポークブロック等もある。

 

 これに対し、調理系ブロックは、文字通り前の世界で言う調理されたモノをブロックとしたものだ。

 ユティアさんが言った、シチュー、チャーハン、コロッケの他、カルボナーラやナポリタン、ブイヤベース、トムヤムクン、ハンバーグに始まり、変わったモノではエビ天、うな重、天津飯なんかもある。


 ただし、俺的には味は薄くて微妙なモノが多いイメージ。

 素材系ブロックの方が素朴な感じで好みだった。


 でも、レストランで食べたカルパッチョは美味しかったなあ。

 色々素材系ブロックを混ぜていて、なかなか良い仕上がりになっていたし・・・






「でも、コロッケブロックを食べるなら、ソースはほしいんですけど、流石にソースドロップとかはありませんよね・・・・・えっ!これって・・・ヒロさん!ヒロさん!」


 箱の山をウロウロしていたユティアさんが、何か見つけたようだ。


「はい?何かありましたか?」


「何って?このマテリアル精錬器ですけど・・・これって『調味鍋』では?」


 3つのうち、不明だったマテリアル精錬器のこと?

 調味鍋?

 そんな名前だったのか?


「マテリアル精錬器は、『水瓶』と『機織り』がありましたが、一個分からないのがありまして・・・それが『調味鍋』なんですかね?」


「多分間違いないかと・・・、ちょっと使わせてもらいますね」


 ユティアさんは、その電子レンジのような金属の箱を恐る恐る手を伸ばす。

 そして、おもむろにポケットからマテリアルカードを取り出して、差込口へ。

 ポチポチと操作をするとしばらくして・・・




 コロン コロン


 出てきたのは、白い飴玉。


 ひょっとして、あれはシュガードロップ?


 ということは、このマテリアル精錬器は砂糖を作り出すことができるのか。



「やっぱり、これって『調味鍋』です!凄い!シュガードロップが食べ放題ですよ!」


 興奮のあまり声が大きくなるユティアさん。


 いや、食べ放題じゃないですからね。

 きちんとマテリアルを投入する必要が・・・


「えっ!本当?シュガードロップがいっぱい食べられるの?」


 エンジュが駆け寄ってくる。


「ほら、エンジュ。これ」


「ふあ、甘い!ああ、これ、久しぶり・・・」


 ユティアさんにシュガードロップを口に放り込まれたエンジュは、フニャとした幸せそうな顔で呟く。


 シュガードロップ1個の価格はシリアルブロックの3倍、3M程のお値段だ。

 手が届かない価格ではないが、カロリー的に割に合わない食料だから贅沢品と言える。

 エンジュはずっと放浪生活をしていたみたいだから、甘味を手に入れるのは難しかったのだろう。




「・・・この調味鍋、登録が結構多いですね。他には『ソルトドロップ』『ショーユドロップ』『ケチャップドロップ』『チリペッパードロップ』『マヨネーズドロップ』『ビネガードロップ』『バタードロップ』・・・」


 ユティアさんは『調味鍋』を操作しながら登録品目を読み上げてくれる。


 調味ドロップは文字通り味付けの為の調味料だ。

 使い方は砕いて振りかけたり、水に溶かしたりして使用する。

 まあ、シュガードロップはそのまま舐めることが多いようだけど。


 調味ドロップで素材系ブロックに味付けするのは、そこそこお高いレストランだけ。

 下流市民は素材系ブロック丸かじりがほとんどだし、中流でも一番安いソルトドロップを振りかける程度。


 ユティアさんが言っていた味のついている調理系ブロックに、さらに調味ドロップで味を追加するのは贅沢の極みだ。


 俺的には素材系ブロック中位のビーフブロックに、ソルトドロップとブラックペッパーブロックを砕いたのを振りかけるのが好きだったけど。



「はあ…、これだけで一財産です。貴族のお屋敷にあってもおかしくない程の高級品。これと一流の調味士が居れば高級レストランだって開くことができますよ」


 調味士?

 俺には食料ブロックの組み合わせをする人くらいの認識なのだけれど・・・

 この世界で言う料理人みたいな役目なのか?


「あ、それいいね。3人でレストランとか開くの。ヒロが店長で・・・アタイが配膳とかやるよ。ユティアはそのちょうみしってのをすればいいんじゃない?」


「ふふふ、それも魅力的なお話ですね。ヒロさん、どうですか?その気になってくれるなら私も頑張って調味士を目指してみますよ」


 エンジュとユティアさんが一緒になって、俺にレストラン経営を勧めてくる。


 2人の表情から冗談だと分かるが・・・


 それはそれできっと幸せな人生に違いない。

 街に居つくのはハードルが高いけど、俺の能力をもってすれば不可能ではない。

 慎まやかで、穏やかで、変化の少ない・・・でも、小さな幸せはそこにあるはず。


 


 でも・・・


 俺はそれを選ぶことは無い。


 チートスキルを持って異世界に来た以上、そんな小さな幸せでは満足できない。


 ネット小説に溢れる、人の身でこれ以上無いほどの幸せを掴んだ先達者達。


 栄光と栄誉をその手にして

 美しく己だけを愛してくれる妻たちに囲まれて

 現代では決して手に入れられない豪奢な住処を構えて


 誰に文句のつけようもない『幸せ』を手に入れた。


 俺の能力も決して彼らに劣るモノではないはず。

 ならば、それに匹敵する幸せを求めたって・・・いや、それ以上の幸せを手に入れることだってできるかもしれないのだ。


 


「ははは、それも面白そうだね。一流の狩人になれなかったら考えてみるよ」


 当たり障りのない返事で、暗にその気が無い事を伝えることしか俺にはできない。

 


「ちぇっ、駄目かあ。ヒロは絶対一流の狩人になれるにきまってるじゃない。あれだけ強くて、こんな凄いお宝を手に入れられるんだから」


 エンジュが口をとんがらせてボヤくと、隣のユティアさんがまあまあと宥める。


「ほら、エンジュ。もっと美味しいブロックがあるかもしれないから、一緒に探しましょう」


 そして、夕食の献立探しの続きを始める2人。

 それはまるで気心の知れた長年の友人同士みたいな関係に見えた。



 そんな2人を見ていると、俺がその選択をしたらどうなっていたのかが気になってくる。


 俺を慕ってくれているように見えるエンジュ。

 聡明で、でもどこか抜けていて、色々心配の種が尽きないユティアさん。

 

 ずっとこの2人と一緒に過ごした場合、どのような生活が俺を待っているのだろう。

 

 その選択を選ぶことは無い。

 それだけにその選択の先が知りたくなった。


 

 それに・・・


 

 この2人と過ごすだろう未来を見ることで、俺を本当に裏切らないかどうかを確認することができる。

   

 エンジュと出会ってまだ4日目だ。

 ユティアさんに至ってはまだ1日しか経っていない。


 2人とも悪い人ではないということは何となく分かるものの、どうしてもまだ信じ切れない所がある。

 特にエンジュは俺が見た未来視において、おそらく彼女なり事情はあったと思うが、俺を裏切ってくれているし。


 こんな短い期間では彼女達が信頼できる人なのかなんて判断できないが、この2人と長期に渡って過ごした場合を未来視で見ることができれば、俺の不信感も払しょくできるかもしれない。


 正直、毎回裏切られるかどうかを心配しながら彼女等の安否を気にするのは大変なのだ。

 それがはっきりすれば、いちいちヨシツネを監視役にしなくても良くなるし、俺の疑心暗鬼を解消できるだろう。



 エンジュとユティアさんに目を向ければ、2人は山と積まれた箱を開けていって、どんなブロックが入っているのかを調べ回っている。




 よし、今のうちに未来視を発動しよう。

 

 もし、俺が3人でレストランを開くと言う選択を選んだらどうなっていたか・・・


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