第251話 価値


 潜水艇内のリビングルーム。

 20畳ほどの広さに、テーブルとベット、箪笥等を完備し、トイレや風呂まであるホテル並みの豪華な部屋。


 その中で俺が従属している天琉について、色々とユティアさんに教えてもらっている最中だ。


 未来視において、色々な知識を習得はしているけれど、やはり実体験に乏しい曖昧な映像や追体験だけでは、色々と抜けも多い。


 ユティアさんという、機械種に詳しい人と同行する機会が得られたのは、実に幸運というべきだろう。

 しかも、教え好きというか、俺が聞いてないことまでドンドンと説明してくれる親切さ。


 この世界における機械種の知識は貴重な物だ。

 それも一般的に広まっていない知識だとすれば、マテリアルだけでは買えないことも多い。

 何せ先人達が命がけで集めた知識の欠片を、気の遠くなるような時間をかけて組み立てられたモノ。

 そして、知識というモノは取り扱う人間が少ない程、希少価値が生まれ、それを保有している者達の力を増す。

 その知識を授けてもらおうとすれば、通常はその組織に一生の忠誠を誓うか、それ以上の知識と交換するか、マテリアルでは買えない価値のあるモノを差し出すか・・・


 それほどのモノを無料で教えてくれるというこの時間は、俺にとって貴重な物だ。

 できうる限り有効に使わないと。




「なぜ天琉、機械種エンジェルが地下に眠っていたか分かりますか?」


 素種ということは分かったが、そんな貴重な機械種が使われずに、ただ置かれていただけだという点が少し気になっている。

 さらに地下にあった豪魔の存在を隠す為の見せ金かとも思ったが、それであれば機械種である必要がない。

 別に保管せずに、あの機械種レッサーデーモンのように門番として使っていても良かったのではないか。

 


 俺の質問に、ユティアさんはちょっと考え込む。


 そして、掛布団でミノムシ状態のまま、ゴロゴロと床で転がっている天琉を微笑ましそうに眺めてから、ユティアさんは口を開いた。


「テンルちゃんは・・・非常用の倉庫で保管庫に入れられていたんですよね?」


「はい。それを白兎が見つけて、俺が従属させましたけど・・・不味かったですか?」


「いえ、それは構わないと思います。すでこの街は滅びて何十年も経っていそうですし、今更所有権を主張する人もいないでしょうから」


 それは良かった。今更返せと言われても困る。

 すでに天琉は我が悠久の刃の一員なのだから。


「多分、テンルちゃんはイザという時の換金目的で取り置かれていたんだと思います。中央でも珍しい天使型の機械種、それも素種なんて滅多にあるものじゃありませんから。オークションにでもかけたら500万Mは固いでしょう」


 500万M!!!

 それって日本円で5億円!


「出す所に出せば1,000万Mを超えるかもしれません」


 1,000万M超え・・・

 10億円以上・・・


 思わず天琉を見る目が変わってしまいそう・・・


「エルフロードのシンラさんの時もそう思いましたけど、ここまで価値のある機械種がそろうなんて、ちょっと怖くなってしまいますね」


 ユティアさんは頬に手を当てて困り顔。

 確かにそこまで高価だと、気が引けてしまいそうになるなあ。


「ちなみにエルフロードだとおいくらくらいに?」


「シンラさんですか?エルフは人気機種ですし、ロード種ともなれば100万Mくらいでしょうか」


 うーん、天琉の10分の1かあ。



 ・・・いやいや、100万Mでも大概だからな。

 1億円って、すでに車を超えて、豪邸や豪華マンション等の価格帯になってしまっている。

 それを聞くと怖くて戦闘に出したくなくなるなあ。


「ああ、ヒロさん。私が言った価格はオークションの人気機種の価格ですからね。戦力としての価格じゃありませんから」


 慌てたようにユティアさんが付け加えてくる。


 そりゃそうだろう。

 エルフロードが100万Mって、ジョブシリーズのノービスタイプを超えているぞ。

 確か俺が魔弾の射手ルートで機械種ソルジャーを買った価格は50万Mだった。

 有り金を叩いたからよく覚えている。

 

 オークション相場の機械種の価格水準は戦力に比例しない。

 

 格は同じでも中量級より重量級の方が戦力は高い。

 重い方が強いのは機械種にも当てはまることが多い。

 しかし、重量級は屋内に入ることができないので、人間サイズの中量級の方が人気が高い。

 中量級は人間の護衛をしたり、街に一緒に入ったりできるから何かと便利なのだ。


 そして、当然醜い機械種より美しい機械種の方が人気がある。

 近くに置くには美しい方が見栄えが良いから、これも当たり前だ。

 





「あ~い~?てんるの話してるの~?」


 俺達の間に布団に包まった天琉がゴロゴロと転がってくる。

 何度も自分の名を呼ばれたから気になったのだろう。


「コラ、布団は玩具じゃないぞ」


 布団の端を持って引っ張ると、コロコロッと天琉が転がり出てくる。


「あ~い~!コロコロコロコロ!」


 遊んでくれていると思ったのか、天琉はキャッキャッと笑いだす。


「まったくコイツは・・・、あ、そうだ。ユティアさん。天琉ってスリープ状態ができないみたいなんです。原因ってわかりませんか?」


 スリープ状態にできないと七宝袋に入れられないから、かなり不便になってしまう。


「スリープ状態ができない・・・ですか?」


 ユティアさんはそう呟くと、床に転がったままの天琉をヒョイと自分の膝に座らせる。


 今まで意識しなかったけど、天琉を構成する素材は随分と質量が軽いようだ。

 ほとんど人間と変わらない重さしかないのだろう。


 これは飛行する軽量級以下の機械種によく見られる特徴で、耐久力を犠牲として自重を減らし、飛行能力を高めていることが多い。

 マテリアル重力器の負担を少しでも減らす為だと言われている。

 

 これが中量級になれば搭載されるマテリアル重力器の規模も大きくなり、そんな必要もなくなるそうなのだけれど。

 






「多分、素種で目覚めたばかりだから、まだ上手く知識が取り込めていないのだと思います。機械種としての基礎的な知識は晶石の中にあるはずなので、時間が経てば自然にできるようになるのではないでしょうか」


「あ~い~!てんる、できる子!」


「ふふふ、そうね。テンルちゃんはできる子だね」


「えへへへ~」


 ユティアさんに頭を撫でられて嬉しそうな天琉。

 どっちも金髪だから仲の良い姉妹のように見えるなあ。


 妹を膝の上に乗せて可愛がる姉・・・


 いや、待てよ。ユティアさんの天琉の頭を撫でる手つきが怪しいような・・・



「あの!ヒロさん。ちょっとお願いが・・・」


「駄目です」


 ユティアさんのお願いの途中なのに、俺は一言で切って捨てた。

 色々と知識を無料で教えてくれたけど、それとこれは話が別だ。

 

「ええ!まだ何も言っていませんのに!」


 俺の取り付く島の無さに、ガビーン!とショックを受けるユティアさん。


「言いたいことくらい分かりますよ。天琉の頭の中を見たいんですよね。まだ天琉は幼いのですから、そんな非道なことは許しません」


 あれだけ白兎や森羅が嫌がっていたことを天琉にするなんて以ての外!


「非道だなんて・・・、ちょっと頭の中を見るだけですよ。ほら、テンルちゃんも私のこと、怖がっていませんし。ねー、テンルちゃん、お姉ちゃん優しいよね」


「あ~い~?おねえちゃん、やさしい~!」


 コラコラ、幼児に何言わせているんだか・・・

 滅多に見られない機械種エンジェルに拘ってしまう気持ちも分からなくもないが。


「ユティアさん、天琉も頭の中を見られるって言えば、流石に嫌がりますよ。なあ、天琉。このお姉さんが天琉の頭を開けて中身を見たいそうだ?そんなの嫌だよな?」


「あ~い~?・・・・・・・・・・・・・・」


 ユティアさんの膝の上で考え込む天琉。

 その視線が、俺とユティアさんを言ったり来たり。


 そして、天琉の出した答えは・・・







「いいよ~!」


「え、ホントですか!」

「えっ!マジか!」


 歓喜の表情のユティアさん。

 驚きを隠せない俺。


 そんな2人が見つめる中、天琉は言葉を続ける。




「いいよ~!てんるにもおねえちゃんの頭の中、見せてくれるならいいよ~!」




 ニコニコしながらのこの無邪気な爆弾発言。



 この発言に、流石のユティアさんも・・・



「くぅ!!どうしましょう?でも、こんな機会はもう二度と巡ってきませんし・・・」


 おいおい、頭を抱えて悩んているぞ。

 どれだけ学術的好奇心に命を捧げているんだよ!



「ユティアさん、悩まないでください!天琉が猟奇的な趣味に目覚めたらどうするんですか!」


「でもでもでも!」


 泣きそうな顔で反論してきたが、ここは強引に話を終わらせる。


 全く、このポンコツ具合はどうにかならないだろうか?


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