第225話 蛇
扉の向こうは以前紅姫カーリーと戦った大ホールとよく似ていた。
大きさは3分の1も無いが、それでもバスケットボールを同時に3試合できるくらいに広い。
そして、その中央に立つ人影が一つ。
それは艶めかしいラインを描く、黒のイブニングドレスを着た妙齢の女性に見えた。
ただし、垣間見える素肌は赤土色。
さらにその女性の髪はアフロのように爆発しており・・・
あ、違う。
よく見たら髪の毛が蛇だ。
それもウジャウジャ動いている無数の蛇。
あれは、もしかして・・・
ビカッ!!
突然、その女性の両目が輝いて強烈な光を放った。
「眩しッ!」
不意を突かれた閃光に、思わず左手で目を覆ってしまう。
その直後、急に生暖かい湿った風が前から吹きつけてくる。
何やらベタついて、ぬるっとした感触まで感じられる程の湿気を含んだ風・・・
「マスター!敵が何かを吹きつけてきています。退避を!」
後ろから森羅の切羽詰まった様な声。
突然扉が開いての出会い頭だったから、ちょっとばかり油断をしてしまったが、毒であれ、酸であれ、俺には効くはずがない。
朱妃や機械種バルドルには散々、いろんな攻撃を受けたが、結局傷一つ負うことは無かった。
それに比べ、赭娼は遥かに格下の機種のはず。
俺に傷など負わせられるとは思えない。
しかし、あの蛇の髪の毛を持つ女性・・・やはりメデューサであろうか?
メドゥーサはギリシャ神話に登場する怪物。英雄ペルセウスに退治された敵役だ。
その能力は「姿を見た物を石化させる」、または、「その視線で相手を石化する」。
さっきの目からの光は相手を石化させる視線か?
神話の怪物ではなくあくまでその名をつけられた機械種とはいえ、その名を冠している以上、石化、若しくはそれに類する能力を持っていてもおかしくはないが・・・
このSFチックな機械がいる世界で、ファンタジーのように細胞が石に置き換わるなんてあるのだろうか?
そもそも魔法の無いこの世界で、視線だけで石化というのは無茶が過ぎるだろう。
・・・仙術を使う俺が言うことじゃないが。
それとも機械種ロキが変身の魔術をゴムの表皮を纏うことで表現していたように、石化も何らかの手段で石化したかのように見せられる攻撃方法ということは考えられる。
そう、それはつまり・・・
あ、なんか体の表面がパリッとしてきて・・・
さっき吹き付けてきた湿った何かが乾燥して固まったかのように・・・
ひょっとして、これって・・・接着剤?
ヤバい!
身体の表面をアクリル樹脂みたいなもので固められたのか!
いや、それくらいで俺の動きを止められるはずが・・・
バリバリバリッ!!
ほら、力づくで簡単に動かせる・・・・・・
ブチブチブチッ
「イテテッ!!」
体毛が!抜けてしまう!
痛い!!
「マスター!!」
俺の危機と判断した森羅が前へ飛び出し、メデューサに攻撃を仕掛ける。
銃口から連続して放たれた矢はメデューサの顔を中心に全弾命中。
いきなりの顔面攻撃に怒り狂うメデューサ。
あっという間にヘイトが森羅へと向き、メデューサは爪を振りかざし森羅を追い回す。
森羅はそんなメデューサから距離を取りながら、周りを旋回するように矢を放っていく。
ああ、戦闘が始まってしまった。
森羅のヤツ、大丈夫か?
しかし、こちらもなかなか難しい状態だ。
全身を接着剤で固められてしまったのだから。
服の上からかかった分は問題ない。
こちらは強引に動かせば、バリバリと崩れていくだろう。
問題は素肌の上にかかってしまっていることだ。
幸い左手で顔を隠していたから、目には入らなかったようだが、それでも剥き出しの手や、袖口から混入された腕、鼻から下、首の部分まで、そして頭もたっぷりとかけられて固められてしまっている。
手を少し動かした程度で体毛が引っ張られて痛みが発生した。
このまま動けばまた体毛がブチブチと抜けていく。
それだけではない。
頭にもべったりついてしまっているのだ。
もちろん頭髪にも・・・
え、どうするの?
接着剤は頭髪に付いてしまった場合の対処法って何?
中和剤とかあるのか?
もし、無いとすれば、最悪頭髪を剃ることにも・・・
まさかこの歳で坊主になるなんて・・・
・・・いや、それよりも早く森羅のカバーをしないと、格上の赭娼相手にどれだけ持つか分からない。
もう、痛みは無視してメデューサに切りかかってやるしかないか。
クソッ!、こうやって全身を固められたのは2回目だ!
前はあのバルドル相手に超冷気で固められて・・・
あっ!確かあの時は・・・熱で溶かして・・・
「火竜鏢!」
すぐさま左手に火竜鏢を召喚し、俺の身体を炎で包ませる。
火竜の吐息と呼べる超高熱だが、俺を焦がす程の熱量ではない。
しかし、吹き付けられたアクリル樹脂の様なものの融点は軽く超えてしまったようで、ブクブクと泡立ちながら俺の身体の表面から流れ落ちていく。
液体になってしまえば、あとは・・・
「混天綾!一滴残らず俺の身体から弾き飛ばせ!」
取り出した混天綾に命じると、一瞬で俺の身体に纏わりついていた液体が一斉にパンッと弾け飛ぶ。
俺の表皮、衣服、髪の毛に至るまで、一滴残らず完璧に取り除いてしまった。
流石、混天綾の流体操作。
お前は俺の頭髪の救世主だよ。
ピチョンッ
褒められるといつものように照れたような反応を返す混天綾。
こういったところは宝貝の素材の送り主であるテルネによく似た反応だ。
おっと、イカン!
早く森羅を助けなくては。
見れば森羅は逃げに徹しながらの射撃を繰り返し、メデューサの追撃を躱している。
スピードはメデューサを上回っているが、メデューサは目から熱線のようなモノを飛ばして森羅を追いすがる。
まともな勝負を避けているせいもあるが、森羅は意外に善戦しているようだ。
エルフロードというのはジョブシリーズで言えば、ノービスタイプレベルに近い戦闘力を秘めている様子。
これは結構な拾いモノだったかもしれないな。
しかし、地力の差は如何ともし難い。
森羅の攻撃力ではいかに急所を突こうとも、決定的なダメージを負わせるのは難しいだろう。
まあ、ここまで時間を稼いでくれただけでも十分殊勲賞に値する。
さて、あとは俺の役目だろう。
「森羅!良く持たせた!後は俺に任せろ!」
俺は莫邪宝剣を構え、一気に勝負を決める為、縮地を発動する体勢を取りながら、大ホールを飛び回る森羅へ指示を飛ばす。
「マスター!今から足止め行います。その隙を突いてください」
俺の指示に対する森羅の返事は、俺の想像を上回った。
主人へのお膳立てまで考えてくれていたようだ。
森羅は右手の弓小手の銃口をメデューサに向け、今まで放っていたよりも太めの矢をメデューサの足元へ放つ。
その矢はメデューサが立つ地面に突き刺さると弾け飛び、中から極細のワイヤーのようなモノが蜘蛛の糸のように飛び出した。
それは生きている蔦が獲物を捕食するような光景。
無数のワイヤーがメデューサを絡めとり、その四肢を縛り上げる。
やるなあ、森羅。
ここまでの隠し玉を持っているなんて。
流石エルフロードといったところか。
しかし、メデューサが狂ったように暴れはじめると、ブチブチという音とともにワイヤーが引き千切られていく。
やはりパワーは圧倒的に向こうが上のようだ。
「マスター!お早めに!あと10秒も持ちません!」
「お、おう。了解。それだけあれば十分だ!」
ここまでお膳立てしてくれるなら、莫邪宝剣の斬首ではなく、捕獲を目指しても良いだろう。
動き回られていたら捕獲し損ねる可能性もあったが、この状態なら失敗は在り得ない。
俺は九竜神火罩を取り出してメデューサに投げつけた。
九竜神火罩の内壁をドンドンと叩きつける音を聞きながら、小窓を開けて覗いて見ると、そこには閉じ込められて暴れ回る機械種メドゥーサの姿。
その顔は正しく般若のように目が吊り上がり、口が裂け、牙を剥き出し、蛇の様な二股の舌が口の中からチロチロと見え隠れする。
さらに頭の上の蛇の髪の毛がウネウネと動き、俺の生理的嫌悪を掻き立てる。
俺は捕獲した赭娼メドゥーサへの処遇について、少しばかり悩んでいる最中だ。
つまり、従属を目指して5級の蒼石を使ってみるか、それともさっさと破壊して紅石だけを回収するか。
七宝袋は稼働中の機械種は収納できないから、このメデューサを七宝袋に入れようとするとスリープさせなくてはならない。
そのためにはブルーオーダーが必要になるが、果たして、この赭娼メドゥーサに貴重な5級の蒼石を使う価値があるのだろうか?
確かに目の前にいるのは、俺が待ち望んでいた女性型の機械種だ。
本来であれば、是が非でも従属を目指す所なのだが・・・
その無数の蛇を生やした頭。
従属して俺の傍に置くのは、ちょっと躊躇してしまう。
ブルーオーダーしてもそのトレードマークである蛇の頭はそのままだろう。
ブルーオーダーすればあの般若顔も美人になると思うが、髪の毛が蛇なのはちょっと遠慮したい。
別に完全に人間型に拘っているわけではない。
下半身が魚のマーメイドなら大歓迎だし、角と翼を持つ竜人ヴィーヴルだって大好物だ。
しかし、髪の毛が蛇なのはなあ・・・
クッソ!なんか凄く微妙なところを突いてきやがって!
この世界は俺に恨みでもあるのだろうか?
メドゥーサの胸は、イブニングドレスの上からでも分かる豊かさ。
しかも、弾むように揺れている。さっきから九竜神火罩の中でバルンバルンと。
あれは絶対柔らかい仕様のはず。
髪の毛が蛇で無ければ絶対に確保したのに!
どうしよう。貴重な5級の蒼石を使ってまで確保するか、さっさと破壊しておくべきか・・・
「マスター、何かお悩みですか?」
悩む俺の姿を見かねて森羅が声をかけてくる。
ヨシツネの場合は俺が悩んでいる時はじっと待機していることが多かったが、森羅は積極的にこちらに質問をしてくるようだ。
これも機械種の性格というのだろう。
「ああ、この赭娼メドゥーサを従属するか否かで悩んでいてな。貴重な5級の蒼石を使うか、それともさっさと破壊して紅石を回収するか・・・」
「・・・すみません。その・・・確か赭娼をブルーオーダーする為には5級の蒼石では格が足りないと思われますが・・・」
「え?マジ・・・」
「赭娼をブルーオーダーする為には少なくも2級が必要ではないかと・・・」
ガックシッ!
この蒼石では物足りないということか!
1級と思しき蒼石は手元にあるけど、流石にこれを使うのは勿体ない。
2級以上の蒼石なんて手に入るのはいつになるのやら。
女性型の機械種が手に入るのは随分と先の話のようだ。
あのおっぱいは惜しかったんだけどなあ。
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