第224話 反応


 俺が先頭に立ち、森羅とともに巣の中を進んでいく。


 自分が前に立つと森羅は強く主張していたが、これ以上自分の機械種が傷つくのが嫌な俺は強引にマスター権限を振りかざし、俺が先頭に立つことを認めさせた。


 俺の身体が無敵でなかったら、機械種を前に立てて俺は安全な後方にいただろう。

 それほど上位の機械種がいないこの巣であれば、俺が傷つくことはほとんどないと言える。

 であれば、せっかくの従属させたエルフロードが傷つく、若しくは破壊されるリスクを最小限に抑える為、俺が前面に立つのは正しい選択のはず。


 本来であれば、この危険な巣の中では森羅も廻斗のように七宝袋へ収納しておきたいところなのだ。

 

 しかし、それでは一体何の為にエルフロードを従属させたのかという話になってしまう。

 従属している機械種は、俺の部屋に飾っているプラモデルやフィギュアではなく、俺の為に役に立ちたいと思っている忠実な部下なのだから。


 俺の後方で森羅に警戒役をさせているのは、こうした妥協点の産物に過ぎない。

 

 もう少し俺の中で従属している機械種の運用を考えた方が良いかもしれない。

 今後も増やしていくのだから、このままでは持て余してしまうだろう。




 俺が思考に気を取られていると、後方の森羅から声が飛んでくる。



「マスター、通路の向こうから敵が向かってきます。その数6体。足音から全て中量級の・・・おそらくエルフかと思われます」


「ん!敵襲か?しかし、真正面から?後ろは大丈夫か?」


 先ほどのエルフ達は物陰に隠れて一斉射撃を行ってきた。

 しかし、今回は馬鹿正直に真正面からって・・・どう考えても囮じゃないか?


「・・・特にその反応はありません。どうやら本当に真正面から攻撃してくるようです。想定として、向こうに指揮官がいないという可能性があります。そのせいで単調な襲撃となってしまっているのかもしれません」


 ・・・そりゃ、その指揮官だったお前がここにいるんだから。


 指揮官がいるのといないのとでは、ここまで機械種の攻め方が変わってくるんだな。

 ひょっとして、ベネルさん達や狩人チーム達がこの巣の攻略に失敗したのって、コイツがエルフの集団を率いたせいか?

 あの闇に紛れての一斉射撃は、不意を打たれたら大打撃を受けてしまうだろう。


 そう言った意味では、森羅を早めに従属することができて良かった。

 コイツが敵陣のままだったら、もっと組織的に俺への対抗策を打ってきたことも考えられる。


「マスター、そろそろ接敵します!」


「お、おう。そうだった」


 イカン、今は敵に集中せねば・・・


 通路の向こうから現れる機械種エルフの集団。

 直線距離にして約20m程の所で止まり、俺へとその弓に扮した銃口を向けてくる。


 そして、一斉に放たれる矢。


「マスター!」


 後ろからかかる森羅の叫び声。


 そんなに焦るなよ・・・というのは無理な話か。


 俺は慌てず七宝袋から引っ張り出した混天綾を左手に持ち、大きく振るって迫りくる矢を全て弾き飛ばす。

 それは万が一、逸れた矢が森羅に当たらないようにする為。


 そして、一瞬で混天綾を収納すると、すぐさま前方斜め右へ向かって足を踏み出す。

 次は前方斜め左へ、その次は右、左、と距離を詰める。



『縮地』!

      『縮地』!

『縮地』!

      『縮地』!

『縮地』! 

      『縮地』!



 そうして稲妻を描くようなジグザグに瞬間転移を繰り返す。

 これは狙いを付けられぬようにする為の歩法・・・『雷歩』だ。

 

 『縮地』は空間を飛び越えているのではなく、あくまで超加速の移動に過ぎない。

 俺に向けて放たれた矢が加速中に正面衝突してしまった場合、その威力がどうなるか全く分からない。

 威力がスピード×重さなのであれば、矢の速度に加え、超加速のスピードを加算されてしまった矢の威力はどれほどのものか。

 俺の防御力を上回る可能性だってあるかもしれない。


 それを回避する為の『雷歩』なのだ。

 ちなみにネーミングは適当に今つけた。



 点滅するように消えては現れる俺を捉えられるわけもなく、機械種エルフ達はその無防備な姿を晒している。



 今だ!!


 右手に持った莫邪宝剣の光刃を顕現させ、エルフ達の中心に飛び込み、身体を回転させながら大きく旋回!!

 


 ザンッ!!



 光の円刃が煌めき、横一線を映し出す。

 

 それは生と死を別つ境界線。


 ただ、その一閃で6体のエルフの首が宙を舞った。



「秘剣、廻り月」



 俺がポツリと呟くと同時に、6つの首が地面と口づけを交わし、その数秒後に胴体が抱擁を求めて倒れ込む。 

 

 そして、訪れる沈黙。


 俺の後ろに控える森羅は、俺への労りの言葉を忘れるほど驚いているのだろう。


 ・・・これで森羅も俺の強さを把握しただろう。

 毎回、従属している機械種に心配されるのも面倒くさいし。

 さて、森羅はどういう反応を返してくれるかな?



「マスター・・・」


 10秒以上に渡る沈黙を破ったのは、やはり森羅の声。


「んん?何だね?」

 

 少しばかり得意げな顔で振り返ってやる。


「その・・・秘剣、メグリツキというのは?」


「・・・そこに突っ込むなよ」


 悪かったな。今適当につけた名前だよ。


 どうも莫邪宝剣を握っている時は、中二病を併発してしまう傾向にある。

 莫邪宝剣の元の持ち主である黄天化は、実は中二病を発症していたとか?

 いや、人のせいにしてるわけじゃないんだけど。

 










「よし、収納完了」


 6体のエルフの残骸を七宝袋へ収納する。

 前回のエルフ部隊は森羅を除いて焼き尽くしてしまったから、今回6体も手に入ったのは非常に美味しい。


 これなら森羅をリーダーにしたエルフ部隊を作ることができるかもしれない。

 当然修理は必要となるだろうが、首を切り離しただけだから、修理もそれほど難しくないはず。

 美麗なエルフ達が小隊を組んで、敵を狙撃していくなんて、ロマンある話じゃないか。


 そんな未来を想像してにやついている俺に、森羅がまた、おずおずと質問してくる。


「マスター、エルフ達の残骸はどちらに?」


「気になるのか、同族が?」


「いえ、どういった現象で消えてしまったのかが気になりまして」


 そう言えば、最初ヨシツネも気にしていたな。

 確かに機械種からすれば、どう考えても不思議現象になってしまうのかな。

 空間拡張機能付きバックに入れる素振りも無く、突然遺骸が消えてしまったのだから。


「森羅、どういう理屈で消えたと思う?」


 質問が少しばかり意地悪かもしれない。

 しかし、色んな方面から話を聞いていかないと、七宝袋とかの扱いも決められないからな。


 俺の質問に対し、5秒程黙っていた森羅はじっと俺の目を見つめ、その回答を口にする。


「空間ストレージを使用しているように思えました。マテリアル空間器を持つ機械種がしばし使用する亜空間倉庫と言うべきモノとよく似ていると・・・」


 ふむ。ヨシツネの場合は自分がマテリアル空間器を持っているから、その波動を感じなかったことを疑問に思って質問してきたが、森羅には備わっていないから、そういった答えになるのか。


「マテリアル空間器ね。じゃあ、俺は機械種ってことか?」


「いえ、そのようなことは・・・、私を従属されたのですから、人間に間違いはないかと・・・、ですので、おそらくはマテリアル空間器の能力を備えた発掘品をお持ちなのでしょう」


 結局、それかい!

 皆、不可思議現象はそこへ収束するんだな。

 クソッ、俺も発掘品を手に入れたいぞ。


「まあ、その辺りはおいおい説明していくことにしよう。さあ、先へと進むぞ」


 やや強引に話を打ち切って、探索を再開しようとする。

 仙術や宝貝の能力を説明するのは、かなり時間がかかりそうだ。

 どこかのタイミングで従属する機械種を集めて、まとめてした方が良いだろう。


「承りました。引き続き警戒を続けます」


 胸に手を当てて俺に一礼をする森羅。

 その一寸の狂いも無い作法は、正しく貴人に使える執事のようだ。


 執事か・・・しかもエルフ執事!良いね!

 あとは女性型機械種にメイド服を着せたら最高じゃないか!

 

 またも俺の思考は別方向へ。


 さっきからどうも雑念に捕らわれているな。

 このままだと足元をすくわれそうだ。

 ちょっとは気合を入れ直さないと・・・

 


 






 そこからさらに進むこと1時間程度。

 機械種との遭遇は無く、数回通路に罠が仕掛けられていたが、森羅の指摘によって避けることができた。

 さらに分かれ道では、これまた森羅が奥へと進む方向を示してくれる。

 どうやら優れた方向感覚と、床の擦り減り具合で最奥への道を導き出したようだ。

 

 森羅に言わせるとこの『巣』の構造は非常にシンプルな造りらしい。


「おそらくこの巣が森の中にあるせいでしょう」


 森の中だと地面の下に張り巡らされた樹木の根が、巣の構造を複雑にするのを妨げることがあるそうだ。

 また、地盤が非常に固い土地や、水脈の関係で同様のことが起こるとのことだが・・・


 まあ、普通の巣であればもっと迷宮の様な造りになっていて、もっと探索に時間がかかってしまったであろう。そうなればたとえ森羅の超感覚でも、すんなりと攻略を進めていくのは難しくなる。


 となると、やはり打神鞭の占いに頼らざるを得なくなってくる。

 あれは占いの方法によっては不確実だし、1日1回という制限がある以上、できるだけ使用を控えておきたいのだが・・・


 

 とにかく今回、順調に進めたのは幸いだ。

 朝までには村に戻りたいからな。

 


 そして、目の前にはいかにもボスがいますよと主張しているような大扉の前に到着する。


「・・・この先に紅姫がいるのかな?」


「ここが最奥だと思います。ただ、この程度の巣であれば、おそらくこの扉の向こうにいるのは紅姫ではなく赭娼でしょう」


 赭娼?確か、魔弾の射手のアデットが言っていた紅姫の下位機種か。


「とはいえ、油断できるものではありません。マスター、細心のご注意を」


 『娼』と付くくらいなのだから、女性型機械種なんだよな。

 だったら従属させることはできないだろうか?


 思い出されるのは、ダンジョンの最奥で出会った朱妃 西王母。


 今更ながらあのお色気枠の機械種は惜しかった。

 しかし、同時に別れ際にかけられた朱妃から言葉も思い出す。




『次会う時の妾の機嫌がどうなっているかは保証できませんから。女心と秋の空と申しますように。同じやり方は二度と通用すると思わないでくださいませ』




 背筋がゾクッとした寒気に襲われる。


 確かあの時は、プリザードフラワーをプレゼントして、その隙をついて禁術で俺と争うことを禁じたのだったな。

 

 『同じやり方』という部分が、プレゼントのことを差しているのか、それとも禁術で精神を弄ったことを差しているのか・・・

 

 どう考えても次会う時は絶対に揉めると思う。

 しかし、それでも手に入れる価値がある機械種だ。


 俺の手にある1級かもしれない蒼石であれば、ひょっとしたらブルーオーダーできるかもしれない。

 褐色ショタである機械種ロキと比べたら、大人のお色気ムンムンな朱妃 西王母の方が良いに決まっている。



 そして、今、俺の目の前の部屋にいると思われる赭娼。

 それをブルーオーダーするのは何級の蒼石で可能なのだろう。

 もし、5級でできるのなら挑戦してみる価値がある。


「マスター?どうなさいました」


 扉の前で動かない俺に声をかけてくる森羅。


「お、すまん。ちょっと作戦を考えていてな・・・、とりあえず俺が前面に立つから、お前は後ろに控えておいてくれ」


「・・・先ほどのお手前から、その戦闘力は私が及ぶことのないモノと理解致しましたが、それでも赭娼相手には危険が伴います。まず私が囮となって、その戦力を確かめる必要があるのではないでしょうか?」


 戦術スキル、指揮スキルを持つエルフロードとしては、情報無しでマスターを突っ込ませるのは避けたいのだろう。


 しかし、俺としては大切な従属した機械種を危険に晒すようなことはしたくない。

 さっきのグレムリンみたいなことはもう御免だからな。


「お前が色々考えてくれるのはありがたいが、これは俺のつまらないこだわりなんだ。それに俺が傷つくなんて万が一もあり得ない。その辺はマスターである俺を信用してほしい」


 こういう言い方は卑怯かな。

 従属している機械種なら、ここまで言えば納得するしかないだろう。


「・・・ご指示には従います。しかし、その万が一の時は私が前に出ますので、そこはご了承ください」


 不承不承と言った感じだが、条件付きで納得してくれたようだ。

 そんなことにはならないけどね。


「よし!では赭娼とやらに初対面といくか」



 俺が気合を入れて扉に手をかけようとした時、


 その扉は触れてもないのに、左右にスライドして開いていく。


 そして、その部屋で待ち受けていた者は・・・


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