第178話 未来2


 俺だ。



 幸運を授ける『招幸運の術』をかける相手。

 頑張っているけど、あんまり報われてない。

 まるでこの世界が敵と見なしているのような不幸の連続。

 これから過酷な運命に立ち向かっていく予定。

 幸運を最も必要としている人間。



 正しく俺のことじゃないか!


 何で気づかなかったんだ。

 この術があれば俺にも幸運が訪れていただろう。


 そうすれば、もっと早い段階でヒロインが登場していたかもしれない。

 そして、今回の旅立ちも1人ぼっちではなく、幸せなカップルでの旅立ちとなっていたはず。


 ジュード、ナル、ザイード、デップ達、ピアンテ、イマリ。


 皆には悪いけど、この術は俺が使わせてもらう。

 さっきまで、『できる限りのことはしたい』とか、「後悔はしたくないから』とか、思っていたけど・・・


 俺は幸せになりたいから!

 それは何より優先することだから!

 自分より他人を優先することなんてできないから!


 俺が力を振るって皆に富を分け与えているのは、それを俺が溢れるほど持っているからに過ぎない。余裕があるからそれを無償で渡すことができる。


 でも、俺には幸せも幸運も足りていない。

 自分に足りていないものを人に渡すなんてことはできない。

 困窮した身の上で、他人に物を分け与えてあげられる程、俺は善人ではないのだ。


 

 



 早速、自分に術をかけることにしよう。


 血が固まってしまっている親指の腹を見つめる。

 ジュクジュクしたカサブタの状態だ。血が滲みだしているが、この量では全然足りない。

 カサブタを剥がして、もっと血を絞り出さないといけないが・・・


 軽く指でつまんでカサブタを剥がそうとするが、



「イタッ!」



 思わず口に出てしまうくらいに痛い。


 サラヤの時もテルネの時も、気分が高揚していたからできたけど、いざ冷静な自分になっていると、自分から痛いことをするのは勇気がいる。


 注射とかだったら自分が目を瞑っているうちに看護師がやってくれるけど、自分で傷口を広げるのはちょっと難易度が高い。


 こうなったら誰かにやってもらうか・・・

 その時目に入ったのは、俺の足元でお座りする白兎。


 お、そうだ!



「白兎、この親指に軽く牙を立ててくれ」


 白兎の口に親指を持ってきてお願いすると、白兎は『マジですか?』という感じで俺を見上げてくる。


「俺の血が必要なんだよ。前に鉄パイプを強化したみたいな感じだ。一滴じゃなくて、そこそこ量がいるから自分ではあんまりやりたくないんだ」


 しばらく差し出された俺の親指を見つめていた白兎だったが、俺の意思が固いと分かると、ゆっくりと口を開いて・・・

 


 カプッ



「ぐおっ!!・・・・・・って、痛くない」



 白兎の口からそろりと親指を引き抜くと、カサブタはそのままの状態。


 そうか・・・いくら白兎でも俺の身体を傷つけることはできないか。

 しかし、傷口であっても痛みすら与えることができないとは・・・


 白兎の牙を見ると、先端に俺の赤い血がついている。

 牙はカサブタの表面に触れてはいるが、それ以上は深く刺ささらなかったようだ。



 仕方が無い。自分でするしかないか。


 諦めて虫取りナイフを取り出して指に当てる。


 目を瞑りながら、徐々に力を込めていき・・・



 サク


「ぎぃっ!!」



 親指に感じる、灼熱の坩堝に突っ込んだように焼け付くような鋭い痛み。

 

 恐る恐る指先を見れば、見事にカサブタが剥がれ、そこから血がドクドクと流れだしてきている。



 痛い!滅茶苦茶痛い!



 早く術をかけてしまおう。

 そうすれば、仙丹で傷も癒せるはず。


 人差し指に血を絡ませて、手の平に描く『幸運』の文字。

 そして、手の平を自分に向けて術を行使する。



「俺の未来に『幸運』あれ!」



 ピカッ



 眩い光が俺を包む。


 

 そして、見えるのは未来の俺・・・



 あれ?なんか非常にぼやけていて見えにくい。

 

 でも、誰か隣にいるような・・・

 あの姿は間違いなく女性のはず。

 じゃあ、俺はヒロインを見つけることができたのか・・・




 ああ、もう見えなくなった。


 


 俺はすぐさま傷を治す仙丹、治癒丹を作り出し、傷を癒す。


 親指の傷が一瞬で癒えたのを確認して、ほっと安堵の吐息。


 そして、招幸運の術の結果と、先ほど見えた光景についての考察を行う。






「・・・・・・分かったのは2つ」


 誰に言っている訳でもないが、独り言がポツリと漏れる。


「一つ、俺の未来は確定していないから、かなりぼやけてしか見えない。そりゃ、選ばなかったルートと違って、俺の選択次第で未来は変動するから当たり前か」


 一瞬見えた女性の姿は、複数人が重なったように見えた。


 背の低い赤い髪をした少女、金髪の眼鏡をかけたスタイルの良い女性、武器を構えた黒髪の女兵士、頭部にアンテナのような突起物をつけた女性型の機械種、銀髪のロリっ子、銀髪で長身の女性、銀髪の気が強そうな少女、銀髪の雪姫に非常によく似た雰囲気の・・・


 銀髪多いな!何でだよ!流行っているのか?それとも無意識に雪姫と似た女性を追ってしまっているのか?


 こうして複数人見えたと言うことは、多分、俺のヒロインは確定していないということだろう。

 ・・・もしかしらたらハーレムを形成しているから、あのような表現になった可能性もあるけど。


「二つ、『招幸運の術』は俺自身にほとんど影響を与えることはできない。俺の抱えた運命は常人の何十倍、何百倍にも匹敵する。たかが言葉と血液だけで行使する術なんて、大海の一滴くらいにしかならない」


 痛い思いをして得たのは、最終的にヒロインが俺の隣にいるだろうという未来を見ただけだった。

 

 それでも、未来に希望をつなげることができたと思えば、マシな成果だろう。



 ふと、足元に視線を降ろしてみると、白兎が心配そうに俺を見上げている。

 少し気になったことがあったので、白兎を両手で持ち上げでみる。

 

「なあ、白兎。お前女性化とかしないか?さっき見たヒロイン像の中の女性型機械種・・・頭のアンテナが兎耳みたいに見えたような気がしたんだけど」


 白兎は思いっきり首を横に振り始めた。

 そこまで必死に否定しなくても・・・

 




 





 駐車場を出て、1階ロビーへ戻る俺と白兎。

 このチームトルネラでのやり残した課題は全て解決した。

 もう俺のできることはなくなった。いつでも拠点を出発可能なんだが・・・


「魔弾の射手からの連絡がまだ無いんだよなあ」


 今日中に連絡があると思ってたけど、何かトラブルでもあったのだろうか。

 そろそろお昼も近くなってきた。これ以上連絡が無いようなら魔弾の射手の拠点まで行ってみるしかないぞ。


 俺の予定では、昼前には車を受け取って、街の方で偵察に出しだヨシツネの帰りを待つ予定だったのだが・・・




 トントン



 んん?



 白兎が俺の足の甲を前脚で突いてきている。

 これは何か知らせたいことの合図のはず。


「どうした?何か気になったことでもあるのか?」


 俺の問いかけに、玄関の外へ視線を向ける白兎。


「外か?誰かいるのか?」


 玄関に近づいて、外を眺めてみる。

 お昼前のせいか、人通りはかなり少ない様子。

 怪しい人物がいればすぐに分かるだろう。


 目を凝らして視線を左右に散らしてみても、特に別に不審な人物はいるようには見えないが。


 おや?あれは・・・


 茶髪のポニーテール。

 厚手のジャケットを着ていても分かる抜群のスタイル。

 遠目に見てもはっきり美人と分かる顔立ち。



「アテリナ師匠!」


 俺の声に反応してか、向こうの建物の影に隠れてこちらを覗き見ていたアテリナ師匠と目が合った。


「ヒロ!その建物の中!大丈夫なの?」


 物陰から身を乗り出して、俺に質問を投げかけてくる。


 何を言っているんだろう?

 とにかく、玄関から飛び出してアテリナ師匠の方に駆け寄る。


「どうしたんですか?何か物騒な雰囲気ですけど」


 アテリナ師匠の目が警戒モードだ。

 俺ののんびりとした質問に目を剥いて反論してくる。


「何言ってるの!あの建物の中に活動中の機械種の反応が20体以上あるのよ!どう考えてもおかしいでしょ。こんなスラムの建物の中に!」


 あ、なるほど。アテリナ師匠は機械種の反応を探れる人だったな。

 まさかラビットが20体も拠点ビルにいるとは思わないか。


 しかし、アテリナ師匠自ら来てくれるとは・・・

 いくら人通りが少ない時間とはいえ、女性1人が出歩くのは物騒だと思うけど。

 


 とりあえずアテリナ師匠の誤解を解くために、俺がラビットを求めた経緯から説明することとなった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る