第167話 騒動
「あそこに見えるのが、チームブルーワの拠点の本館です」
イーリャが指さすのは、チームトルネラより一回りは大きい5,6階建てのビル。
外装は古ぼけてはいるものの、造りとしては頑丈そうに見える。
昔の香港のスラム街にあったビルみたいな感じ。
生活感に溢れた雑多な雰囲気があり、かなりの人数がここに住んでいることが分かる。
事前に知っている情報では、チームブルーワの人数は40~50人程度。
うち、戦闘員は3分の2くらいだそうだ。スラムチームの中では黒爪団に次ぐ規模となる。
チームブルーワのバックは、大陸中に名を轟かせる『征海連合』。
バーナー商会よりもはるかにデカい、大陸中に網を広げる商会の大連合だ。
ただし、この街にいるのは出張所に近い規模でしかなく、影響力はそれほど大きい物ではない。
チームブルーワに所属しているメンバーは、スラムからの卒業後、大半が街の外へと出て、征海連合の各拠点で働くことになるらしいけど。
トールに言わせると、本当にそうなっているかどうか不明らしいから、随分と怪しい話のようだ。
でも、この行き止まり街からの脱出に最も近いチームであるのは間違いない。
だから外に出ていきたいと願う血気盛んな若者が、こぞってチームに入ることが多いと聞く。
このイーリャも、さきほどこの街を出ていきたいと言っていたけど・・・
俺に腕を絡ませているイーリャに視線を向ける。
容姿は合格。性格も、ちょっと男慣れしている部分もあるけど、許容範囲内。
能力はどうだろう?黒爪団に捕まった所をみると、戦闘力に秀でているわけでもなく、逃げそびれていることから要領の良いタイプではなさそうだ。
でも、彼女と会話をしているのは実に楽しい。
俺は女性を楽しませるような会話はできない。この異世界の常識も知らないから、話の膨らませようが無いし、秘密もあるからどうしても話す内容に制限ができてしまう。
普通ならつまらない話と切って捨てられるようなモノでも、彼女は楽しそうに聞いてくれているし、良い反応を返してくれる。
たった1時間に満たない時間だったが、それだけで俺の彼女への好感度は鰻登りだ。
彼女の望みのであれば、できる限り叶えてあげたいと思ってしまっている程に。
これほどあからさまに女の子から好意を示されたのは初めてのことだ。
テルネからの期待からでた好意とは違う。
ナルからの気遣いからでた好意とも違う。
サラヤからの感謝からでた好意とも違う。
アテリナ師匠はちょっと特殊だから置いておこう。
俺が彼女を助け出したことで、彼女が俺に惚れてもおかしくないのだ。
ネット小説では、助け出した女の子が主人公に惚れるのは当たり前。
正しく王道と言える。
そして、彼女は恋人であるブルーワを失ったばかり。
その傷心から、助けてもらった俺への感謝の気持ちが恋心へなんてことも・・・
さっきから随分都合の良い事を考えているのは自覚しているが、そう思いたくなるくらいに彼女に惹かれてしまっている。
ただし、彼女は敵対チームである、チームブルーワの一員だ。
彼女の仲良くなることは、チームトルネラへの裏切りとまではいかないものの、あまり褒められたことではないのは間違いない。
できればもう少し話を続けていたい。
彼女がこのチームを抜けて、俺と一緒にこの街から出ていきたいという願いを、本心から言ってくれたのなら・・・
ひょっとしたら俺は彼女をチームブルーワから連れ出して、一緒にこの街から出ていくかもしれない。
「ヒラトさん。ありがとうございます。ここまで連れてきていただいて」
俺が思考に没頭しているところにイーリャから声がかかる。
もう到着してしまったようだ。
「あの、ぜひお礼をしたいので、こちらに来てもらえませんか?」
うん?拠点の中でお茶でも出してくれるのだろうか?
まあ、俺ももう少しイーリャと話をしたいと思っているし。
「いいよ。時間はまだあるから」
「ありがとうございます。では、こちらへどうぞ」
イーリャに手を引かれて、拠点ビルの入り口近くまで連れてこられる。
そこでは何人かが集まって話し合いをしているようだ。
「イーリャ!無事だったのか!」
入り口にいた1人がこちらに気づいて声をかけてくる。
俺より2、3歳くらい年上の男。背も俺より10cm以上は高そうだ。
スラムでは珍しい剣を腰に下げている。質の悪い刃物は役に機械種相手に役に立たないから、あれはきっとそこそこ質の良い物であるはず。
高そうな武装しているということは、おそらくチームブルーワでも幹部クラスだろう。
イーリャは俺から手を放して、その男に近づいていく。
「デラン。今帰りました。損害状況はどうなっていますか?」
「あ、ああ。別館にいた奴等はほとんど殺られちまった。残っているのは本館にいた10人と、あとは女達くらいだ」
「10人!・・・そう。随分減ってしまったんですね。やっぱりトルネラへの襲撃が失敗してしまったのは痛かったのでしょう」
「そうだな。クソッ、あれだけ大口叩いていた青銅の盾の連中も、とんずらこきやがって!」
「甘かったかもしれません。いくらブルーワがいなくなったからといって、他のチームなんて信用するんじゃなかったかも」
「ちっ、バイルが偉そうに言ってきたから、話に乗ってやったのに・・・、死んじまった奴のことを言っても仕方がないが」
イーリャはチームブルーワの幹部と思われる男と対等に話すのか。
このスラムじゃあ女性の地位は高くないと思っていたけど、サラヤ以外にもスラムチームの女性幹部っていたんだな。
さっきの話だと、どうやら青銅の盾はチームブルーワを見放したのか。
そのバイルって奴が、チームトルネラに攻めてきたナンバー3なんだろう。
ということは、このデランというのが、ナンバー2なのか?
俺がそんな疑問を抱いていると、デランはイーリャと一緒にここまで来た俺に気づいたようで、胡乱な目で見ながらこちらを指差してくる。
「イーリャ、誰だコイツは?こんな奴、チームにいたっけ?」
「この人は私を助けてくれた人です。黒爪団に捕らわれた私を、王子様みたいに助け出してくれたんですよ。まだこんなところで時間を潰している貴方と違って」
そう言って俺に近づき、ぎゅっと俺の腕にしがみついてくるイーリャ。
え!何、このシチュエーション。俺を巻き込まないで。
「違う!俺はお前を助けるために、皆を説得していて・・・」
「あらそうなんですか?てっきり本館の女達を確保して、満足しているのかと思っていましたけど」
「お、俺は、お前の為に・・・」
「過ぎたことはもういいです。助けてくれたのは、このヒラトで、貴方は間に合わなかったのですから」
そう言い放つと、イーリャは俺の頬に顔を寄せてきて・・・
チュッ
その唇を押し付けてきた。
・・・ほっぺにチュー?
それくらいでは、動揺しないけど、少し照れくさいというか・・・
え、ちょっと待って。そんなことしたら俺に矛先が向くだろ!
案の定、デランは機嫌が悪そうな顔を見せて、肩を怒らせながらこちらに近づいてくる。
「こんな奴が黒爪団からイーリャを助けただと!そんなわけあるか!イーリャ、お前はソイツに騙されているに決まっている!」
そう吐き捨てると、ツカツカと近づき俺からイーリャを引き剥がす。
「キャッ、もう!乱暴の人!」
男に力で敵う訳も無く、俺から引き離れるイーリャ。
そして、デランは俺の胸倉を掴もうと手を伸ばしてくる。
「止めてください!デラン。この人は私を助けてくれて・・・」
「うるさい!お前は騙されているんだよ。すぐにコイツの化けの皮を剥がしてやる!」
イーリャの抗議に耳も貸さないデラン。
それでも、イーリャはデランの伸ばして腕を両手で引き留める。
「放せ!」
「暴力は止めてください!」
俺の目の前で2人がやり合っている。
まあ、デランも相手が女性だから気を遣って本気ではないようだけど。
うーん。イーリャの行動にも問題はあるけれど、人の話を聞かないこのデランって奴もせっかちな奴だな。
多分、イーリャは自分を助けくれた男をアピールしたかっただけかもしれないけど、それに巻き込まれた俺の立場はどうなるんだ?
でも、ここで理不尽に殴られるのも腹が立つし、せっかく俺を自慢したイーリャの顔を潰してしまうのも良くない。ここはイーリャにカッコ良いところ見せておくべきか。
所詮、スラムチームの幹部ごとき、パンチ一発でノックアウトだろう。
2人のやり合いに割って入ろうとしたところへ・・・
ザザッ
え!ここで?
突如、俺に襲いかかる異様な感覚。
これは運命の分岐する瞬間。
どういうこと?
俺がイーリャに良い所を見せるのが駄目なのか?
なんで?どうして?
進もうとした足を止め、俺は若干パニック状態だ。
このまま進むと、俺にとって良くないことが起こる。
今までの経験上、それは間違いないだろう。
しかし、分岐点はどこなのか?
先ほどの俺はデランを殴ってやろうと思っていた。それはイーリャに良い所を見せたかったからだが、デランを殴るのが駄目なのか、それともイーリャに良い所を見せるのが駄目なのか?それとも、この場で俺が力を見せるのが不味いのか?
誰かがこの付近を見張っていて、俺の力を見せるとマズイことになる?
でも、スラムチームの一員を殴り飛ばしただけで、目をつけられるとも思えない。
分岐点はどこだ?
何をしてはいけないんだ?
「キャッ!」
デランに振りほどかれ、尻もちをつくイーリャ。
「そこで見てな。コイツの正体は俺が暴いてやるよ」
デランは得意顔で俺の方に手を伸ばす。
そして、俺は・・・
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