第166話 女性


 女の子の上半身を起こして、解毒丹を飲ませると、10秒も経たずに目を覚ました。


 零れ落ちそうな大きな目。目の色も俺と同じ黒。

 その黒真珠のごとき艶のある黒い瞳に、長いまつげが影を落としている。


 目を閉じていた時もその美しさに感嘆するほどであったが、その目が加えられると一際可憐さが増し、俺の心を鷲掴みにする。



 美少女度で言えばサラヤ以上、雪姫未満と言ったところかな(個人の感想です)。

 スラムと言って馬鹿にしていたけど、やっぱり異世界は美人率が高いのだろうか。


 

 女の子はしばらくぼうっと正面を見つめていたが、やがて自分の身体を両手で抱きしめるようにして、震えだしてしまう。



 あ、どうしよう?

 こういう場合のケースは優しく抱きしめてあげるべきなのか?

 でも、イケメンじゃないのにそんなことしたらセクハラ呼ばわりされてしまうかも・・・

 しかし、女の子が震えているのに何もしないわけには・・・



「あ、あの・・・大丈夫?」


 考えた末、絞り出したのが、この無難な問いかけ。

 自分でも、もっと気の利くセリフは出てこないのかと思ってしまうけど。



 かけられた俺の言葉に、一瞬、ビクッと身体を震わせて、恐る恐るこちらに視線を向ける女の子。


 怯える様な、それでいて、こちらに庇護を求める様な、そんな弱々しい目。

 その目を向けられただけで、この子を守りたいという気持ちが湧いてきてしまう程の可憐さ。

 

「あ、貴方は誰?」


「え、俺?えっと、チーム・・・ち、違う。その、通りすがりの者でして・・・」


 危ない、危ない。チームトルネラのヒロって名乗りそうになってしまった。

 

「通りすがり・・・私、黒爪団に襲撃されて・・・捕まって・・・それで・・・」


 自分に起こった惨状を思い出してしまったのか、その大きな目から涙がポロポロと零れ落ちる。


 ああ、どうしよう。

 泣いている女の子を慰めるにはどうしたらいいんだ?

 こういった場合は肩を抱いてあげた方がいいのか?

 でもそれで、『イヤ!』って振り払われたら・・・


 それでも泣いている女の子を前に、何もしないではいられないだろう。


 勇気を振り絞りそっと近づいて、恐る恐る女の子の肩に手を伸ばす。

 そっと触れた手に感じる肩の感触は、思っていた以上にか細い。


「あの、もう安全な場所だから。君に酷いことする奴はもういなくなったから」


 とにかく安心させるしかない。

 もう君に危害を加えた奴はこの世にはいなくなったのだから。


 女の子はしばらく何かに耐えるように、涙をにじませてうつむいたまま。

 俺もそれ以上声をかけず、ただ時間が過ぎるのを待つことにした。

 





 そして、数分が過ぎて・・・


 やがて、女の子の方から俺に声をかけてくる。


「貴方が、黒爪団から私を助けてくれたのですか?」


 しっとりとした落ち着いた声。

 その響きは幼いながら女性を感じさせる。 


 俺に向き直り、肩に置いた俺の手の上に、自分の手を重ねてきた。

 少しだけ冷たく感じた女の子の手。

 ふんわりとしていて柔らかく、それだけで心臓の鼓動が大きくなってしまいそう。


「・・・ああ、偶然なんだけどね。運が良かったんだよ」


「ありがとうございます。何とお礼をしたら良いか・・・」


「いや、お礼なんていいよ。黒爪団からの戦利品もあるから」


「戦利品?えっと、ひょっとして、この服も・・・」


「ああ、それは・・・」


 女の子はTシャツの首の部分を引っ張って、自分の胸元を覗き込んでいる。

 

 つい、それに目が引き寄せられてしまって・・・


 スゲエ!!

 めっちゃ谷間ができている。

 それにノーブラだから先端部分のポッチが・・・


 イカン!こういった視線に女の子は敏感なんだから、露骨に見たらバレてしまう。

 慌てて目を反らしながら言葉を続ける。


「ああ、それは別口。返さなくてもいいから。そのまま着ておいてくれて構わないよ。あと、下着は持ってないから。ごめんね」


「いえ、貴重な衣服をありがとうございます・・・すみません。助けて頂いたところなんですが、お願いがあります。私をチームの拠点まで連れて行ってもらえないでしょうか?今は持ち合わせがありませんが、必ずお礼はしますので」


 そうだろうな。

 いくら早朝とは言え、女の子1人で歩いていたら、絶対にまた攫われてしまうだろう。

 それくらいはアフターフォローの一環だ。

 チームブルーワの拠点には行ったことが無かったし、黒爪団の襲撃を受けた後、どうなっているかを知る為には、もってこいの機会だろう。


「構わないよ。えっと、どちらまでかな。あと、できたら名前を教えてくれるかい?ちなみの俺の名前はヒラト」


 この金髪イジメられっ子バージョンの時はそう名乗るようにしておこう。


「ありがとうございます。私の名前はイーリャといいます。チームブルーワに所属しています」


 俺の手をぎゅっと握って、俺に笑顔を向けるイーリャ。

 その笑みには、少女のあどけなさと大人の艶やかさが矛盾なく同居していた。


「よろしくお願いします。ヒラトさん」


 また、自分の鼓動が早くなったのが分かった。










「なるほど。黒爪団に襲撃を受けたのか?」


「はい・・・、昨日の夕方頃、突然襲いかかってきまして。こちら側は人数が少なくなっていて対応できなかったんです」


 朝の光が降り注ぐスラムの通りを、イーリャと2人で進んでいく。


「じゃあ、結構な被害を受けたんだ?」


「はい。ただ、襲撃を受けたのは別館の方だったんです。チームブルーワの拠点は2つあって、本館の方は無事だったと思います」


 聞けば、別館にいた女性はイーリャ1人だけだったようで、自分以外は全て殺されてしまったらしい。

 肩を震わせながら、襲撃時のことを語ってくれる。やはり完全な奇襲であったようだ。別館の場所は本来、他のチームには隠されていたようなので、警備が甘くなってしまっていた様子。


 イーリャは俺の質問に対して、淀みなく情報を提供してくれる。

 助けたことへのお礼と言うこともあるのだろう。

 また、これもお礼かどうか分からないが、彼女は先ほどから俺の腕に自分の腕を絡ませている。

 歩く度に彼女の豊かな胸が俺に押し付けられて、気を抜けば質問よりもそちらに気を取られてしまいそうだ。







 

 まだ、早朝ということもあって、人通りは少ない。

 これがあと1時間くらい後だったら、もっと人が多くなり、イチャイチャしているカップルと見られて、チンピラどもに絡まれていたかもしれない・・・


 いや、チンピラの大部分である黒爪団は、今それどころじゃないはず。

 あれだけの大惨事の中、まだ拠点の再構築すらできていないだろう。

 ひょっとしたらヨシツネがハッスルし過ぎて、数を大分減らしてしまっているという可能性だってある。


 そう考えると、少しの間はスラムは平和になるかもしれない。




 ふにょん



 おふっ



 俺が思考に気を取られていると、腕にイーリャの胸が押し付けられる。

 

「ヒラトさん。ヒラトさんはどこかのチームに所属しておられるのですか?」


 お、そう来たか?

 これは引き抜きか?

 今回の件でチームブルーワは人数を減らしてしまったから、補充が必要なのだろう。

 

「ん~?俺はこの街に来たばかりでね。まだチームには所属していないんだ」


「でしたら私達のチーム、チームブルーワに所属しませんか?あの黒爪団から私を助け出してくれた力量があるなら、すぐに幹部にだって取り上げられると思いますよ」


 目をキラキラさせながら、俺に縋りついてくるイーリャ。

 そんな期待の籠った目で見られたら、男として期待に応えたくなる気持ちが湧いてくるけれど。


「悪いけど、俺は今日、この街を出ていく予定なんだ。チームに所属する時間は無いんだよ」


「この街を出ていく・・・」


 イーリャはどこか遠い目をしながら、そう呟く。

 その一瞬だけ、イーリャの輝くような美貌が、どこにでもいる普通の少女に見えた。


「・・・凄いんですね。街を出ていくことができるなんて・・・羨ましいな」


 感嘆交じりの言葉に、ほんの少し沈んだ響き。

 それは複雑なものが入り混じった、本心からの言葉だったのだろう。


「そんなに羨ましいの?この街もそんなに悪い所じゃないと思うけど」


「ここは文字通り行き止まりの街ですから。ここに居たって、女の子の進む道なんてほとんど決まっています。他に生きる術がありませんから」


「あ・・・」


「女の子なら、絶対一度は夢見ています。誰か素敵な男の人が、自分をこの街から連れ出してくれるって」


 そう言って、どこか悲しげ見える微笑みを浮かべるイーリャ。

 

 そうか。この子は薬で朦朧となっている時に、ブルーワに助けを求めていた。

 ひょっとして、イーリャはブルーワの恋人だったのかもしれない。

 もしそうなら、自分をスラムから連れ出してくれそうな、頼もしい恋人を失ったばかりということになる。


 そして、そのブルーワを呪い殺したのは俺・・・


 

 おい、ブルーワ!

 なんで、こんな素敵な恋人がいるのに、サラヤにちょっかいかけているんだよ!

 お前がサラヤにあそこまでちょっかいをかけなければ、俺もわざわざ呪い殺したりなんてしなかったのに!

 


 思わず心の中で、鬼籍に入っているブルーワへの愚痴が飛ぶ。


 イーリャの将来を潰してしまったのは、俺のせいなのか。

 チーム同士の抗争が原因だとは言え、1人の少女の未来を失わせてしまった。


 少しばかりの罪悪感が、俺の心をチクチクと突いてくる。



「ヒラトさん。そんな悲しい顔をしないでくださいよ。私はまだ諦めていませんし」


 そんな俺の沈んだ雰囲気を感じ取ったのか、イーリャが再び俺の腕に、強く抱き着きながら胸を押し付けてくる。


「大丈夫です。私は可愛いですから。きっと素敵な男性が私を見出してくれるって信じているんです。それに・・・」


 イーリャは、俺の手を取って、手の平を指でくすぐりながら話を続ける。


「ヒラトさんみたいな素敵な人を見つけることができましたから。街を出る時に、私を一緒に連れ出してくれてもいいんですよ・・・ふふ、もちろん、冗談です」


 最後のセリフは、俺の耳元で囁くように呟いてきた。


 わお!ゾクゾクしてくるな。

 この子、少し手慣れて過ぎやしないか。まるでキャバクラ嬢みたいなテクだ。


 男に酷い目に遭わされた後だというのに、ここまで男性に触れるのに抵抗が無いなんて、どうしてだろう?ひょっとして、薬を打たれていたから覚えていないのか?



 少し聞きにくかったが、その辺りのことをぼやかしながら探りを入れていくと、イーリャは黒爪団に捕らわれて、何か薬のような物を打たれてからは、あまり詳しいことを覚えていない様子。


 最初に震えていたのは、黒爪団の襲撃の際に、皆が殺されていったところを思い出したからのようだ。


「ヒラトさんには感謝しています。黒爪団なんかに捕まったら、どんな酷い目にあわされていたことか」


 イーリャは少し顔を青ざめさせて、感謝の言葉を口にする。

 

 いや、酷い目に遭った後なんだけどね。

 まあ、覚えていないならいいか。多分、思い出さない方が幸せだろう。

 


 その後、イーリャは俺への質問を投げかけてきた。


『どこから来たのですか?』

『どうやって私を助け出されたのですか?』

『武器を持っておられないようですが、素手でもお強いのですか?』

『仲間はいらっしゃるのですか?それとも機械種を従属されているとか?』


 その質問に全てあいまいに答えることだけしかできない。

 ヒラトの設定自体まだ考えていないし、イーリャを助け出した場面なんかを下手に答えてしまったら、悲惨な目に遭ったことを思い出してしまうかもしれないから。

 

 あまりに俺がはぐらかすものだから、イーリャは少しばかりプクッと膨れて拗ねる仕草を見せる。

 それでも俺が答えないと分かると、すぐに表情を変えて、話題を切り替えてくる。


 随分と気にいられたのか、若しくは、何としてもチームに入れようと考えているのか・・・それとも、本当に一緒に連れ出してほしいと思っているのか。


 まあ、ここまで好意を寄せられると、悪い気にはならない。

 チームブルーワへは援助できないが、彼女個人へなら少しばかり手を貸してもいいだろう。

 流石に街から連れ出すまでの決心はできないけれど、もし、彼女が望むのならチームトルネラへ移籍の橋渡し役くらいしてあげてもいい。

 今の勢力図であれば、チームブルーワよりチームトルネラの方が将来は明るいはず。


 自分が助けた女性くらいは幸せになってほしいからな。


 それはこの世界では大それた望みだとは分かっているが・・・

 

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