第160話 未来


 食事が終わり、軽く皆と会話した後、俺はすぐに1階の駐車場へ向かった。

 ザイードから受け取ったばかりのヒートエッジの入った箱を抱えて。


 この箱を受け取った瞬間、感じたのだ。

 

 新たな宝貝の気配を。


 キテル!今日はキテルぞ!


 やはり今日はドロップ確率爆上がり中だったようだ。


 駆け出しそうになる足を押さえて、できる限りの速足で通路を通り駐車場に入る。

 


  

 そして、すぐさま隠蔽陣を展開。


 宝貝作成の準備に入る。


 箱から取り出したヒートエッジは、刃渡り15cm程の幅広なナイフのよう。

 刃の部分は2本の刃を隙間を空けてくっつけたような形状。

 この隙間の部分から熱を発生させ、装甲部分を焼き切るような使い方をするらしい。

 柄にはいくつかのボタンがあり、これを操作して発生させる熱量をコントロールするようだ。


 

 右手にヒートエッジの柄を持ち、左手は刃の部分に添えて、仙骨からのエネルギーを注いでいく。


 そして、紡がれる宝貝の名は・・・



「宝貝 火竜鏢」



 手元のヒートエッジが赤く燃える炎を纏い、その形状を一変させる。

 片刃が両刃に。

 灰色が赤褐色へ。

 2枚刃が隙間なくくっついて1枚の刃に。

 なぜか柄頭からも刃が生えてきた。



 これは、切って使うものじゃなくて、投げるモノか。


 火竜鏢は封神演義における敵役であった陳桐の保有する宝貝だ。

 その後所有が黄天化に移り、火を噴く手裏剣として使用されていた。


 これからは降魔杵に続く投擲武器として、活躍してくれるであろう。 

 

 柄の部分をぎゅっと握り絞めると、柄から火竜鏢の意思が伝わってくる。


 炎の宝貝とは思えないほど、重厚で落ち着いた感じ。

 しかし、内にこもる思いは熱い様だ。主君に仇なす敵は焼き払ってやると強い意気込みを見せてくれる。


 その意気込みや良し!ぜひ戦場で力を見せてくれ。


 俺の激励に応えるように、火竜鏢は刃の先から一瞬炎を立ち昇らせた。

 








 

 シャワーを浴びて、男子部屋の皆と寝るまでの歓談を楽しむ。

 

 話題は俺の今後と、皆の将来の夢。


 俺は狩人を目指しながら中央へ行くと伝えた。


 ジュードは、従属したグレイズとともに今以上の稼ぎを目指す。バーナー商会には入らず、当面はソロで動く予定らしい。

 

 トールは今回の襲撃の対応をバーナー商会に認められ、仮ではあるが商取引部門への配属を勧められている様子。


 ザイードはまだお悩み中。バーナー商会で機械種整備に携わるか、それとも街の藍染屋に弟子入りするか。珍しい機械種であるタートルを持って行けば、スラムの孤児でも迎え入れてくれる所があるそうだ。


 デップ達は俺と同じく狩人を目指す。まずは今回従属したラビットを率いて、草原で機械種使いの才能を試すそうだ。それにはジュードも付き添いするつもりらしい。まあ、仙丹を与えたのだから、3人とも機械種使いになっている可能性は高いはずだ。


 子供達の夢は様々だ。狩人を目指したいという子もいたし、ザイードに機械種整備を習いたいという子もいた。食料品を扱う商売をしたい、薬の勉強をしたいと具体的に将来を考えている子もいる。スラムの子供達はなかなかに逞しい様子。



 楽しい時間は経つのが早い。もう、いつの間にかもう寝る時間になる。

 次に目を覚ました時は、それはもう俺がチームから離れる日だ。


 名残惜しみながら、毛布をかぶって床につく。

 そして、ゆっくりと今日のことを振り返りながら眠りに・・・




 あ、そう言えば、結局、俺が昨日の晩に帰ったら駄目な理由って、何だったのだろうか?

 結果的にトールの案が上手くいって、襲撃者を全滅させることができたけど、俺が居たらもっと楽に勝てたんじゃなかったのか?別に俺はトールの案の邪魔なんてする気は無いし。


 俺が居たら何か不都合があって、誰か犠牲が出てしまったりする?

 それとも、俺がいることで、敵が増えてしまったりとか?


 うーん。それもあんまり考えられないな。

 

 ちょっと気になってきてな。このままだと眠れなさそうだ。


 いっそ、未来視で俺が帰ってきた場合のことを見てみようか。

 ひょっとしたら、チームトルネラの将来の不安材料を発見できるかもしれない。


 別にがっつり見る必要はない。

 トルネラ残留ルートのようにダイジェストでいい。

 それも結果だけ分かればいいから。

 ちょっとだけ覗いてみるような感じで・・・

 


 

*********************************




「2年ぶりかな?この街は。懐かしいなあ。そう思わないか?・・・って、アイツ、どこへ行きやがった!クソッ。やっぱり七宝袋に入れておくべきだったか」


「あれ、チームトルネラの拠点ってここだと思うんだけど・・・誰もいない?おかしいな」


「ボロボロだ。もう何年も人が住んでいないみたい。4階にボスもいないし。ひょっとして引っ越したのか、それとも解散してしまったのか?」


「ザイードかデップ、イマリやピアンテは年齢的にまだ残っているはずなのに、探しても見つからないぞ。仕方ない、ここは指南車を使って探すとするか?」


「宝貝 指南車よ。一番近いチームトルネラに所属していたメンバーはどこだ?・・・うん、こっちの方角か。嫌だな、指南車を持って歩くのは。傍から見たら美少女フィギュアにしか見えないからな」


「うーん。こっちの方角で・・・あの辺りかな?誰だろう。この辺りは俺も来たことが無いぞ。確か繁華街ってところのような気が・・・」


「あ、あの壁に持たれかかっている奴って・・・え、トールか?」










 その男は背を壁に当て、もたれ掛かりながら座っていた。

 薄汚れた服、髪もグシャグシャで無精髭だらけ。

 体中から据えた臭いが漂ってきている。


 もし、その人物がトールでなければ俺は近寄りもしなかっただろう。


 この辺りは繁華街に近い。

 治安も悪く、浮浪者も所々にいるような区画だ。


 そのような場所で、トールが物乞いのように座っている・・・

 いや、実際に物乞いなのであろう。なぜここまで落ちぶれてしまったのか。

 俺が出ていくときに指を直してあげたというのに。


「んあ?だ、誰?ああ、この体を哀れに思ってくれるんだったら・・・、君は・・・ヒロか?」


 初めは目の焦点が合っていなかったが、俺を認識すると、その目に光が戻ってくる。



「ああ、ヒロか。懐かしいね。久しぶりじゃないか?」


 その穏やかな表情は、なぜか昔と変わっていないかのように思えた。


「トール。どうして?・・・いや、それよりもチームトルネラの拠点に行っても誰も居なかったんだ?何か知らないか?」


「はははははははっはははっは、そりゃ当然だよ。チームトルネラは壊滅したからね。君が出て行った1週間後に。ははっはははっははっは」


 トールは顔を歪めて狂めいた笑い声をあげた。

 その狂躁に気圧されて、引き気味になりそうなところをぐっと堪える。


「トール!教えてくれ?1週間後に壊滅してしまったのか?なぜ?」



 街を出る前にチームトルネラの課題は片づけていった。


 ダンジョンの異常は俺が紅姫を倒したから、すぐに元通りになるはずだ。

 サラヤを狙っていた黒爪団の団長も、ヨシツネに暗殺させた。

 機械種ラビットを20体集めて、チームの皆に従属させてあげた。

 皆から強いと言われていたボスだっていたはずだ。

 それだけの戦力があって壊滅するなんて・・・



「ははははっははあああははあは。知りたいの?そんなの決まっているじゃないか」


 座った目で俺を見つめるトール。

 その目に映るのは、怒りと憎しみ、そして・・・


「お前のせいに決まっているだろう!お前が僕の作戦を邪魔したから!あれだけ襲撃者達の数を減らさないといけないって言ったのに。せっかく反対するサラヤを説き伏せて、ジュードも賛成してくれて・・・上手くいくって思ってたのに、お前が帰ってきたから、それが全部ひっくり返ったんだ!」


 どういうことだ?

 トールの言っているのは、チームブルーワが襲撃してきた時のことか?

 たしかあの時は、俺が帰ってきたら皆が歓声をあげて迎えてくれた。


 そして、サラヤが俺に襲撃があるからと、その撃退を頼んてきて・・・

 ジュードも何か言いそうだったけど、でも、結局、頼むと一言かけてきた。

 ただ一人、トールが憮然とした表情をしていたな。


 俺は皆に被害が出ないよう、拠点に侵入する前に襲撃者のリーダーっぽい奴と、機械種を粉砕してやった。

 そうしたら10人近くいた他の襲撃者達は慌てふためいて・・・

 確かあの中に草原で見逃してやった少年がいた。

 一度見逃した少年だったし、小さい弟がいるのも知っていたから、皆殺しには躊躇してしまったのだ。

 結局、少年も、他の襲撃者もバラバラに散って逃げて行った。



「あの時、チームブルーワはナンバー2と3が主導権争いをしていたんだ。君がナンバー3を殺したことで、戦力を減らさないままナンバー2が仕切るようになったんだよ。それが次の襲撃を招いたんだ」


「で、でも俺はあれだけの数のラビットを・・・」


「いくらラビットを従属してたって、そのマスターが戦う気にならなければ、役に立たない。精々、マスターの護衛しかしないからね。1週間後の襲撃の時は、皆泣き叫んでいるだけだったさ。『ヒロさん、助けて』ってね」


 俺が余計なことをしたから、チームトルネラは壊滅してしまったのか。


「み、皆はどうなったんだ?」


 聞きたくはないが、俺には聞かないといけない義務がある。


「さあね。チームブルーワに捕まった人もいるし、逃げ出した人もいる。その場で殺されてしまった人もね。僕が知っているのはジュードとサラヤが死んだことくらいだよ」


 ギリッ


 噛みしめた奥歯が音を鳴らす。

 怒りのぶつけ所がない。あるとすれば俺の愚かさへか。


「すまない。謝ってもどうしよも無いけれど。なあ、トールもし良かったらこれを・・・」


 せめてもの償いだ。ここはトールが十分に生きていけるだけのマテリアルを渡そう。俺にはもうそれくらいの蓄えがある。



 バシッ!


「要らないよ!」


 俺が取り出して渡そうとしたマテリアルカードを、手で叩き落すトール。

 その手は指が・・・


「そ、そんな。治したはずなのに?」


「うるさい!もうお前になんか何も貰うもんか!ほっとけよ!」


「しかし・・・それは俺でないと」


 これは俺しか治せないはずだ。トールが何を言おうと治さないと・・・


「ヒロ!お前はなんでそんなに僕を追い詰めるんだ!僕はお前が嫌いだ。お前がチームに居た時から気にいらなかったんだ!なんでお前は、報酬を求めずに尽くそうとするんだ!お前が誰よりも成果をあげて、それで報酬を受け取らないなんて・・・、普通に報酬を貰っている人間がどれだけ辛いと思っているんだ!誰も彼も皆、お前のように強くないんだぞ!」


 トールは心の内をさらけ出すように喚き立てる。


「僕はチームで、雑用くらいしかできない。でも、そんな僕ですらサラヤは報酬を・・・その体を報酬として与えてくれたんだ。初めは断ろうと思ったさ。サラヤは僕の恩人だ。チームに入れたのもサラヤのおかげなんだ!でも、でも・・・僕は誘惑に勝てなかった。たとえ心を向けてくれないと分かっていても、体だけでも彼女と触れ合えることを我慢できなかった・・・」


 笑い顔なのにボロボロと涙を零しながら、語り続けるトール。


「・・・で、ヒロはどうだった?君はチームの誰よりも、成果をあげて、チームに貢献して、僕より遥かにチームの役に立って・・・それで報酬を求めない。たとえサラヤが体を差し出そうとしたって、君は受け取らなかった。じゃあ、僕は一体何なんだ?とんだ最低野郎じゃないか!どれだけ僕は惨めな奴なんだ!恩知らずで、恥知らずで・・・ああ、お前がいるから、お前がいるから・・・」



 お前は弱者の気持ちが分からない。

 それはこの異世界にきて2年、何回も言われた言葉だ。


 トールの言っていることは、俺にとっては理不尽なことだ。

 しかし、俺は間違いなく強者だ。であれば、俺の方から弱者へ歩み寄るべきだろう。


「もういい。もういいんだ。すまない。お前のことを分かってあげられなくて・・・」


「・・・なあ、すまないって思っているなら、僕のお願いを聞いてくれないか?」


 俺への恨み言を吐き出し続けていたトールは、突然、口調を改まったものへと変える。

 ただし、その目の奥に強い憎しみを湛えたまま。


「ああ、何でも言ってくれ。できる限り叶えるようにするから・・・」


「じゃあ、今ここで僕を殺してくれ」


 !!!


「僕は多分、ヒロにこのことを伝える為だけに、生きてきたんだろう。ヒロに自分の犯した罪を思い知らせてやる為に。だからもう僕は用済みだ。君の手で殺してくれ。そして僕を殺したことを一生忘れるな」


「そ、そんなことできるわけがないだろう!」


「あはは、やっぱりヒロならそう言うと思ってたよ」


 トールは指が2本しか残っていない右手で、自分の額を抑える。

 そして、禍々しいと表現できるくらいの、暗い笑みを浮かべた。


「ねえ、ヒロ。じゃあ、僕を殺したくなるようなことを教えてあげよう。ヒロはこの街を出ていく前に、雪姫さんに会ったんだよね。会った時、何か言われなかったかい?例えば、君がチーム内で悪事を働いているとか?」


「な、なんで?それを・・・まさか?」


「そう。雪姫さんに君が力を笠にして、女の子達に暴力を振るっていると伝えたのは僕だ。無理やり女の子を犯したり、年端もいかない子供を半殺しにしたりと、極悪人のようにね。ははは、君は暴力どころか、報酬も受け取らず、身を粉にして、チームの為に働いていたのにねえ・・・酷い奴だろう、僕は」


「・・・・・・・・・・」


「当時は君が発掘品で身を固めて、狩りで成果をあげていたと思っていたからね。鐘守は悪事を働くヤツから発掘品を取り上げるのが仕事だから、君を痛い目にあわせてやろうとして嘘を報告してやったんだ。僕は元々白の教会の信者でもあったから、白訓をそらで唱えたらすぐに信じてくれたよ。あの若い鐘守は」


「・・・・・・・・・・」


「君がこうして無事なんだから、結局、役に立たなかったんだね。どうやったの?上手く誤魔化した?まさか鐘守を撃退できるわけないよね」


「・・・・・・・・・・」


「何か言えよ!言ってくれよ!さあ、殴ってこい!撃ってこい!僕は・・・サラヤを守れなかった。そんな僕はもう生きている価値なんてないんだ!だから・・・」


 すでにトールの話は支離滅裂になってきている。

 もう自分でも何を言っているのか分からなくなっているのだろう。



 もうこれ以上はいいか。

 俺が近くにいない方が良さそうだ。

 やることやってから、もうこの街から出ることにしよう。



 俺は親指と人差し指の間に仙丹を作り出す。

 飲ますのは不可能だ。だから香薬として使用しよう。


 指先で仙丹を潰して、指の腹で素早く擦り合わせる。

 そうすることで生じる金色の煙をトールに向けて吹きかけた。



「うわ、何?」



 トールは狼狽した声をあげる。

 金色の煙はトールの身体を包み込み、あらゆる傷を癒していく。



「え、これは、前に僕の指を治してくれた・・・ああ、指が生えて・・・、足も動く・・・」


 

 トールの反応を無視して、身を翻す。

 向かう先は街の出口。


 

「ヒロ!なんで治すんだ!僕を、僕を殺していけ!」



 投げかけられる罵声を背に受けながら、その場を去る。


 もうここには用が無くなった。

 この街には二度と来ることは無い。

 もう第2の故郷と言うべき場所は無くなってしまったから。





*********************************




 毛布に包まったまま、目を開けた。

 

 周りは薄暗いが、見えないほどじゃない。俺には暗視があるから、たとえ暗闇でも見逃さないが。


 ゆっくりと顔を横に向けると、そこには、同じく毛布に包まるトールの姿。



 ドクン!!



 心臓が大きく跳ねた。




 お前が・・・雪姫に・・・その誤解さえなければ・・・彼女は今でも・・・




 毛布をどかせて、ゆっくりと立ち上がる。




 周りは皆、寝静まっている。

 俺を止めるヤツは誰もいない。




 いや、止められても止まらない。なぜなら・・・コイツハ・・・





 オレカラ、ユキヒメヲウバッタノダカラ!!!


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