第158話 秘密2
俺とボスの間に、沈黙が続く。
すでに数分は経過しているだろう。
しかし、未だにボスの意図が分からない。
俺の秘密を知り得たのだから、何か要求してくるのかとも思いきや、そんな様子も見えない。
今のボスの立場なら、秘密をバラされたくなければチームに残留するよう言ってきても言いはずなのに。
ただの俺への忠告に過ぎなかったのか?
それとも・・・
いや、もうこれ以上考えても答えは出ない。
なら、こちらから聞いてしまう方が早いか。
「・・・一つ、聞きたい。ボスは俺を何者だと思うんだ?」
「自分が何者だト?随分哲学的な話をされますネ、ヒロは」
ボスはおどけた様に両手の平を上に向ける。
「真面目な話だ。ボスは俺を何者だと予想をつけているんだ?」
「ふム。真面目な話であれば答えましょウ。まず私が最初に思い当たったのは、機械種ヴァンパイアであるということでス」
「ヴァンパイア?吸血鬼か?いるのか?そんな奴!」
ファンタジーではご用達のモンスターだ。この異世界には、やたらファンタジーで登場するのモンスターの名前が蔓延っているから、どこかで出るかもと思っていたが・・・
「人間に偽装しテ、人の街に紛れ込む機械種でス。人間の生き血を啜ることデ、一時的に白鐘の影響下でも活動できる能力を持っていまス」
正しく吸血鬼だな。そんな機械種がいるなんて初めて聞いたぞ。
「世間一般ではほとんど知られていませン。もしその情報が広まれば、人間社会は大混乱に陥ってしまうでしょうかラ」
それは一理ある。そんな敵対的な機械種が身近にいるかもしれないなんて情報が出回ったら、皆、疑心暗鬼で内ゲバ祭りが始まってしまう。
「彼等の偽装能力は非情に高ク、啜った血を外皮に循環させることで出血を装うことができたリ、その身に備わったマテリアル重力器の力で、体重を人間並みに軽減したりしていまス。その偽装を見破るのは大変困難ですガ、見破る術の一つに、体重が不自然に一定であったり、変動したりというものがありまス」
なるほど。マテリアル重力器で体重をコントロールしているから、自然な増減が反映しにくくなるということか。
確かに今の話を聞けば、俺がヴァンパイアと疑われる余地があるが・・・
「先ほど『最初は』と言っていたけど、今はそう思っていないということ?」
「はイ。今はその可能性は無いと判断していまス。なぜなら、彼等は非常に目立つことを嫌うからでス。人間社会に紛れ込もうとしているのだから当たり前ですガ」
そんなに目立っていたかな。
スラム基準で言えば、派手な成果を上げてはいたけど。
「もう一つ、彼等は血を啜る相手を見つけやすくする為、例外なく非常に美形なのでス」
おい。
悪かったな。普通顔で。
「最後の決定的なものは、機械種を従属したことでしょウ。機械種は機械種を従属できませんかラ、これは決定的でス」
最後のがあるなら、その前の理由はわざわざ言わなくてもいいんじゃなかったか?
どうも、ボスのペースに乗せられている気がするな。
交渉の主導権はこちらで握っておきたいんだけど。
「俺がその機械種ヴァンパイアじゃないと分かったと。じゃあ、今、ボスは俺を何だと思っているんだ?」
ボスの両目を正面から見据える。
これだけはっきり聞けば、誤魔化すこともしないだろう。
ボスはゆっくりとした動作で、両手を下に降ろしながら、その口を象った発声器を震わせた。
「ヒオウ・・・」
「え、何て?ヒ・・・」
「いえ、不明でス。私の知識データにはヒロの存在は当てはまるモノはありませン。全く持って不可思議な存在と言えますネ」
うん?まあ、いいか。
不明ねえ。では、ボスはその不明の存在を追及するというリスクはどう捉えていたのか。
例えるなら、殺人事件の犯人と思わしき人間と、2人きりになっている時に、その殺人の証拠を突きつけるようなものだ。
どう考えてもその場で襲われる以外の未来は考えられないだろう。
それでも、その場で犯人に証拠を突きつけるとしたら、それはどのようなケースになるか?
犯人よりもその人物の方が強く、害される心配が無い。
若しくは、
周りに警官が待ち伏せしていて、害される可能性が低い。
そして、もう一つ想定できるケース、それは・・・
自分の身の安全を考慮の外に置いている。
即ち、自分が害されることは、すでに織り込み済みであるということ。
以前トールが、ボスは自分を頼らないように仕向けてきていると言っていた。
また、ボスは口癖のように『もう壊れそうだ』とか、『動かない』とか言うらしい。
それらの話を総合すると考えられるのは・・・
「ボス、アンタは、ひょっとして俺に破壊されたいと思っている?」
「・・・・・・そうですネ。実は最後にそれをお願いしようかと思っていましタ。この身は直接的な自壊につながる行動はできませんかラ」
ボスは気が抜けたかのように肩を落とす。
「それは、ボスが前に言っていた、自分の最初の主人であるトルネラに会いに行きたいからといか言わないよな」
「それもありますけどネ。最も大きな理由ハ、このチームに私はもう必要ないからでス。ヒロのおかげで私に代わる戦力も増えました。もう私がボスである必要がありませン。そればかりか私がいるとチームの負担にもなル。だから、私を躊躇なく壊してくれそうなヒロにやってもらおうかト。もちろん、貴方へのお礼という意味デ、この先問題になりそうな点を指摘してあげたということもありますヨ」
「そりゃどうも。あと、流石にボスを破壊するのは、俺でも躊躇するぞ。確かに俺の秘密を突かれた時は、その選択肢も考慮に入れたけど。しかし、何でボスがチームに必要ないんだ?この前の襲撃もボスが4人も倒したんだろ?」
俺の質問に、ボスはゆっくり左右に首を振り、
「あの戦闘で限界を感じましタ。おそらく次の襲撃でハ、私は戦うことができないでしょウ。そうなればお荷物以外の何物でもありませン。それにそろそろ寿命でもあるのでス。私はもう400年近く稼働していますので」
400年!それは白色文明時代から稼働していたということか!
これが源種と言われる所以。
400年も稼働しているなら、そりゃガタもくるだろう。
「これから私の身体はどんどん故障が増えていキ、修理費用が高くなっていきまス。それでもサラヤは私を直そうとするでしょウ。しかし、それではせっかく立て直せたチームが傾いてしまいまス。あの子は治療費が高くつくからといって、決して見捨てるようなことはしない子ですかラ」
まあ、そうだろうな。テルネの扱いを見ても良く分かる。
「だから、ヒロ。こんなことは、この街から出ていく貴方くらいにしか頼めません。ジュードも、カランも、私とは長い付き合いでス。到底私を壊すことはできないでしょウ。でも、まだ付き合いの浅い貴方なら・・・」
「いや、ちょっと待って。俺だって嫌だよ。そんなことしたらサラヤに恨まれてしまうだろう。俺はこの街から出ていくけど、戻ってこないわけじゃないんだから」
「え、戻って来る気があるのですカ?今まで出て行った人達はほとんど戻ってきませんでしタが」
それは仕方がない。スラム出身者が凱旋帰郷できるくらいに出世できる可能性なんてゼロに等しい。そこまで上り詰めていなくても、このアポカリプス世界の街から街への移動は危険を伴う。単に顔を見せに来るくらいの理由で、古巣に寄るのはハードルが高すぎる。
しかし、これでボスの意図ははっきりした。
『俺に忠告したかった』、『俺の秘密に触れたことで、俺から襲われても構わなかった』ということだろう。
そして、『チームの負担にならないよう自分を壊してほしい』か。
ボスにとって、それだけチームトルネラが重要なんだろう。
40年も見守ってきたんだ。我が子を見ているような感じなんだろうな。
ボスが、ずっとチームの皆にボスと呼ばれている意味が分かったような気がする。
さて、事情も全てわかった所で、俺の選択はどうするのか?
1、ボスの頼み通り、ボスを破壊してこの場から立ち去る。
2、ボスの頼みを無視する。俺の秘密はボスが黙っていてくれるのを祈る。
もう、一つ選択肢があるな。
3、どうせ俺の秘密がバレたのだから、俺のチートスキルをぶっ放して、強引に力技で解決する。
ボスの問題は、自分にかかる高額な修理費用ということであれば、今の俺の手持ちである程度解決できる。
そして、俺の秘密の流出を防ぐ方法は・・・禁術を使用してみようか。
白兎やヨシツネで試してみようかと思っていたが、できれば俺の従属している機械種より先に、まず実験をしてみたかったんだ。
「ボス、取引しよう。俺の秘密を外部に洩らさないと約束してくれた上で、俺の秘密を洩らせない様にする仕掛けを受け入れてくれるなら、その高額な修理費用を補てんできる獲物を渡してもいい」
「・・・なぜそこまでヒロがしてくれるのですカ?到底割に合うことではないと思いますガ。もし貴方の秘密を私が知ってしまったことを気にしているのであれバ、ご心配は無用でス。ヒロの秘密は私の最初の主人に誓っテ、口外しないと約束しましょウ」
もう、その辺りは気にしていない・・・わけじゃないが、リスクとしては無視できるほど低いと分かっている。最初、追及された時は焦ってしまって、物騒なことも考えたが、ここまで言ってくれているボスを信用しないわけじゃない。どちらかというと、術の実験的な意味合いの方が強い。
それに・・・
「俺がここに来て、初めて感じた居心地の良い居場所だから・・・かな。短い間だったけど、このチームが好きだったんだよ。だからあんまり悪い方向に変わってほしくないんだ。俺にとってできるだけ、居心地の良い居場所であってほしいという、俺の我儘だ」
俺の言葉に、ボスは胸に手を当てて、やや大げさなポーズで俺に頭を下げる。
「ヒロ、貴方には私から贈れる最大の感謝ヲ。色々疑ってしまい申し訳ありませんでしタ」
「いや、こちらも実験的な仕掛けに付き合ってもらうんだから、フィフティ・フィフティさ」
「・・・しかし、仕掛けですか。改変プログラムか何かですカ?しかし、私は源種なので、そのようなものが効くとは限りませんガ」
それはないだろう。なにせ朱妃にすら通用したのだから。
「まあ、試してみるだけでもいいよ。では、まずこれを・・・」
胸ポケットの中の七宝袋から、キマイラの晶石を直接俺の手の中へ送る。
もうこれくらい明かしても問題ないだろう。
精々、空間拡張機能付きのポケットと思ってもらおう。
「おオ!なんという大きさの晶石。これは重量級以上ノ!」
俺の手のひらに突然現れた拳2個分ほどの晶石を見て、ボスは驚きの声をあげた。
両目をチカチカと点滅させ、両手が制御できていない感じでワタワタと動いている。
ボスが狼狽したところって初めて見るな。
「これで当分ボスの修理費は賄えるんじゃないか?」
「・・・これほどの大きさであれば十分以上でしょウ。もう私をスクラップにして、ヒューマノイドタイプをダースで購入した方が良いくらいでス。ヒロ、これは捨て値で売り払っても、100万Mは固いと思いますガ・・・良いのですカ?」
100万M!日本円にすると1億円!
そう考えると惜しくなってしまうが、俺にはまだ巨狼の分もあるしなあ。
今更引っ込めるのもカッコ悪いし。
「ああ、構わない。サラヤには俺からと言うより、初代トルネラの遺産が見つかったとでも誤魔化しておいてくれ」
「・・・ヒロも見つけたようですネ。あの人の残した物ヲ・・・分かりました。これは大事に使わせていただきまス」
そっと俺から晶石を受け取るボス。
両手で大事そうに抱えて、そのまま奥の倉庫へ持って行く。
・・・そうか。ナップサックの内側に隠されていた5級の蒼石、あれも初代トルネラの遺産だったな。
どんな人だったのだろうか。多分、お茶目な性格のような気がする。
男の子のツボを分かっていたからな。アレを見つけた時はテンション上がったなあ。
2週間前の話だが、随分と昔のことを思い出すような感覚で、その時のことを懐かしんだ。
「では、ヒロ。その実験的な仕掛けというものをお願いしまス」
ボスは倉庫から帰ってくるなり、晶石の引き換え条件である仕掛けの受け入れを申し出てくる。
到底釣り合うことのない、俺の過大な提供物を気にしているのだろう。
「じゃあ、まずボスの個体名・・・トルネラという名前以外に、自分を特定する番号とか、型式とかあるなら教えてほしい」
「私自身を差す正式名称は、機械種ドワーフ、サーヴァント、個体名トルネラ、個体番号13849となりますネ。これでよろしいですか?」
やはりあったのか、製品番号が。
禁術の行使には相手を特定できる名前が必要だ。種族名だけではほんの一瞬くらいしか効果が持続しない。さらにそれが愛称だと効果すら発揮しないのだ。確実に対象を絞り込むことができる真名というものがあれば一番良いはずなんだが。
俺の想像が正しければ、この製品番号、もとい、個体番号を口訣に混ぜ込めば効果の持続が見込めるはずだ。
「よし。今から仕掛けを行う。ボス、効果を実感できたなら、それを俺に伝えてほしい」
「了解しましタ、ヒロ。いつでもどうゾ」
ボスは全てを受け入れるように、無防備な状態で棒立ちしている。
俺はゆっくりと右手の手のひらをボスに向け、薬指と小指を折り畳んで口訣を唱える。
「機械種ドワーフ、サーヴァント、個体名トルネラ、個体番号13849よ。俺の秘密を他者へ漏らすことを禁じる。禁!」
俺の発した禁術の口訣が、鄙びた倉庫内に響き渡った。
いつも以上に長くなってしまった禁術の口訣。
これで何の効果も表さなかったら、ちょっと恥ずかしい思いをするだろう。
「・・・どう?ボス。何か変化した様子はある?」
「そうですネ。物理的に何かされたわけではなさそうですガ、晶石内のプログラムに何かロックがかかったような感じがしまス」
「ロック?」
「はイ。上手く説明できませんが、先ほど禁じられた『ヒロの秘密を他者へ漏らす』という行為が、私の活動思考プログラムから除外されてしまったという感じでしょうカ」
よく分からないけど、なんとなく成功した感じ?
あとはこれがどのくらいの期間で有効なのかなんだが・・・
これは時間の経過を待つしかない。
随分と気の長い話になるけれど。
何年後かに様子を見に来るつもりだったし、その時で構わないだろう。
これでボスとの会談も、一先ず決着したな。
もうこれ以上のイベントは無いと思いたい。
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