第157話 会談


 新たな決心を胸に、勢いのまま4階へ上がっていく。


 サラヤの話では、ボスへの会談をセッティングしてくれているはずだ。


 ここへ来るのは3回目。


 前回、前々回もサラヤに連れてこられたのだが、今回は俺1人。

 これは信頼されているということだな。


 元々、ボスへの会談を望んでいたのは俺だ。

 話すことのできる機械種への情報収集の為だったが、俺にはすでにヨシツネがいる。

 機械種そのものの話よりも、もっと街の外に出た場合の注意点や、機械種と人間との関わりの話をメインに聞いた方が良いだろう。

 聞けば40年近くこの場所にいて、人間と関わってきているようだから。



 ・・・そういや前回は、ボスがウタヒメについて口を滑らせてしまって、サラヤを怒らせちゃったんだよな。

 今回はサラヤもいないし、ウタヒメについて聞いてみてもいいかもしれない。 


 未来視で見た、魔弾の射手へ入団したルートの最後で、俺はウタヒメを手に入れていた。しかし、その時の光景が、あまり幸せそうに見えなかったので、少し興味が薄れつつはある。


 しかし、未だに男の夢であるのは間違いない。情報を集めておいて損は無いはずだ。

 なにせ、未来視で見たのは確かなんだが、それはどのような姿で、どうやって手に入れたかについてははっきりと覚えていないのだ。


 何年も未来の出来事であったはずだから、それが原因で映像が不鮮明であったのかもしれない。





 今まで俺が見た未来視は3つ。


 チームトルネラ残留ルート。

 雪姫ヒロインルート。

 魔弾の射手入団ルート。


 

 チームトルネラ残留ルートは、ほぼダイジェストだった。流れている映像を見ているだけで、その合間の出来事は一切分からない。

 時間軸でいうと、皆背格好がそれほど変わっていなかったから、1年以内くらいだろうと思う。


 雪姫ヒロインルートは、濃密な日々だったからよく覚えている。その時感じた心の動きも、感動も、愛情も・・・

 最後の場面は今から1年後だ。なぜ、それ以降が映らなかったかは不明。濃密だったが故に、単に未来視発動の限界だった可能性もある。


 魔弾の射手入団ルートは、飛び飛びの部分もあったが、ある程度のイベントはだいたい覚えている。ただし、数年間に渡る長期の映像だったから、細かいことは忘れてしまっていることも多い。それも最後に近い程、記憶も曖昧だ。


 最初のチームトルネラ残留ルートが一番情報の精度が低く、最後の魔弾の射手入団ルートが一番長期に渡る未来視となった。

 それを考えると、未来視は使えば使う程慣れていって、情報の精度が上がる、若しくは先まで見通すことができるようになるのかもしれない。

 ひょっとしたら、俺が覚えていないだけで、何かの拍子に未来視を発動しているが、それを覚えていないだけのモノが、いくつかあったということも考えられる。


 では、未来視の熟練度を上げるために、積極的に発動していくという選択もあるんだが・・・

 

 こういった強力な力は何か代償があるのが、物語的にセオリーなんだよなあ。

 今のところ、俺の好感度の上下くらいしか感じていないけど、どこかでなにかが消費されていっているという可能性も否定できない。

 

 例えば、俺の寿命、俺の力、俺の幸運等々。


 うーん。悩ましい。説明書が無いのが本当に悔やまれるな。


 

 イカン、いつの間にか思考がズレてしまったな。

 今はボスへの質問事項の検討が最優先だ。


 俺が知りたいのは、

 1番、ウタヒメのこと。

 2番、街の外に出た場合に注意すること。

 3番、機械種を従属する上での一般常識。


 このくらいか。特にウタヒメについては、トールもジュードも一般的なことしか知らないみたいだったし。

 向こうもわざわざ話題に出したくらいなんだから、ある程度情報を持っているはずだ。


 よし!そろそろボスとの対面と行くか。








「ご足労頂いてすみませんネ、ヒロ」


「いえ、こちらこそ突然無理なお願いをしてまって・・・」


 ボスは前に見た通りの、ちょっとゴツイ感じのするペッパ○君だ。


 やや古ぼけた外装、あちこちに傷跡が残っている。

 特に足の部分の破損がひどく、動く度にギシギシと音が鳴り響く。


 とても4人の襲撃者を、たった1体で撃退したとは思えない様相だ。

 

 ある程度チームに余裕ができたのなら、もうちょっときちんと修理してあげたらいいのにと思ってしまう。



「ご心配なさらズ。サラヤが私の修理部品を手配してくれているようでス。これもヒロが稼いできてくれたおかげですネ」


 どうやら俺の表情から言いたいことを読まれてしまった様子。

 随分と人間観察に優れた機械種だな。


「さて、なにやら私に聞きたいことがあるとのことでしたガ・・・、他ならぬヒロの頼みとあれバ、このトルネラ、この度は知っている限りにおいテ、嘘偽りなくご質問に答えることにいたしましょウ」


 なんか、その物言い、前は嘘でもついていたような言い方だな。

 まあ、いいか。しかし、いきなりウタヒメについて聞くのも、ちょっと躊躇してしまう。できれば他の話題と混ぜてさりげなく質問をしてみたいのだが・・・

 エロDVDを借りる時に、あえて一般作品と混ぜて受付に持って行くように。


「えーと。聞いていると思いますが、俺は明日この街から旅立とうと思っています。それでですね、ご存知の通り、俺はこの世間の一般常識に疎くて・・・、街の外に出た時の注意点とか、機械種への接し方とか、従属して時の扱い方とか・・・だから、その辺りの常識的な物を教えてほしかったんです」


「ふム、なるほど。その心配は良く分かりまス。この街を一歩出れバ、ヒロには教え導いでくれる人モ、ともに悩みを解決してくれる仲間もいないとなれバ、不安になるのも仕方が無いでしょうネ」


 おい、勝手にボッチ扱いすんな。

 一応、白兎(公式)とヨシツネ(非公式)の仲間がいるわい。


「私が見る限リ、今の貴方が人間社会に出れバ、きっと色々な騒動を巻き起こすに違いありませン。であれば、私がその辺りの常識を教え込んデ、少しでもトラブルの元を減らすことに注力致しましょウ」


「え、そんなにひどいですか?今の俺は」


「もちろン。正直に言いましテ、当初、私は貴方をできる限り早くチームから追い出そうと進言していたくらいでス」


「へ?」


 思わず変な声を漏れてしまった!

 どういうこと?

 ボスが俺を追い出そうと進言していた?


「そ、それはなんで?俺はこのチームの為に・・・」


「貴方が怖かったからですヨ、ヒロ・・・」



 そこで言葉を切ると、破損した足を引きづるように、ボスはゆっくりと俺に近づいてくる。




 ガシャン、ガシャン、ガシャン


 


 もう手を伸ばせば届く範囲。


 ボスは俺を斜め上に見上げて、両目の青い光を輝かせる。

 

 そして、口に当たる部分を響かせて、俺への質問を口にした。



「ヒロ、貴方はこの拠点に来テ、何回トイレに行きましたカ?」


「え?トイレ?何回って?」


 朝はなるべく行くようにしていたけど・・・


 ボスは俺の返答を待たず、次の質問を投げかけてくる。


「ヒロ、貴方はこの拠点に来テ、何回水を飲みに2階へ上がりましたカ?」


「え、水?」


 その質問にどんな意味が・・・あ、もしかして・・・


「まア、これくらいは理由をつけようとすれバ、いくらでもつけられるのですガ・・・」


 ボスはクルリと背中を向け・・・いや、顔だけはこちらに向けたままだ。


「ヒロ、貴方がこの拠点に来た時の体重は55.43kgでしタ。次の日の体重も55.43kg、その次の日の55.43kg・・・、そして、今も55.43kgでス。例外は貴方がナップサックを持った時くらいですネ。ナップサックの重量分が綺麗に加算されていましタ」


「・・・・・・・・・・」


 それだけいうと、ボスは元の位置に戻っていく。

 もう用は済んだとばかりに・・・


 


 

  

 なぜ・・・?

 なぜ・・・分かったんだ?


 その体重が全く上下しないなんて、俺ですら知らなかったことだ。

 よく考えれば当たり前だ。俺が飲食不要で、且つ、排泄すらしない体なんだ。

 飲んで食べても、逆に全く物を食べなくても、体重が増減することがないというくらい予想できた。

 今まで全くそこに思い当たったことはないけれど。

 

 それをなぜ、俺とほとんど会っていないボスが把握している?



「ヒロ。この拠点は初代トルネラが万全の防備を導入した様々なセキュリティーが設置されていまス。先ほどの数字は機械種向けの、重量感知センサーというもので判明しました」


 また、俺の考えていることを読まれてしまったようだ。

 親切にも俺が思っていた疑問に答えてくれる。


 重量感知センサーというのは、魔弾の射手の拠点で俺が引っかかった奴だな。

 重さを計っているんだから、当然、通ったものの体重を知るのは容易いだろう。


「もちろんこの拠点のセキュリティーはそれだけではありませン。男子が3階へ無断で昇ったりしないよウに、誰かが暴力沙汰を起こさないよウに、何者かがこの拠点に侵入しないよウに、様々なセンサーがこの拠点には張り巡らされていまス。そして、その管理者はワタシ・・・」


 雪姫が言っていた。このチームトルネラの拠点は機械種対策が念入りにされていると。そのせいであの雪姫の機械種ですら、忍び込むことができなかったほどの。


「誤解の無いように言っておきますガ、メンバーを常に監視をしているという訳ではありませン。拠点への出入りについては、他のセンサーと合わせてかなり厳重なものとなっていますガ、拠点内の人の動静については、階層の昇降、部屋の入退室時に反応するようになっているくらいでス」


 その言葉に嘘が無ければ、監視カメラで常に見張られているわけではないということか。

 では、今俺が知られてしまった秘密は、俺の身体のことだけ。

 宝貝や七宝袋まで知られているということはなさそうなんだが・・・


「ヒロ。貴方は普通の人間ではなイ。気を付けなさイ。スラムではここまでのセキュリティーをしている所はまずありませんが、中央に行けば厳重な施設にはこのようなセンサーが設置されていることが多イ。短期なら問題はないでしょうガ、長期に渡って滞在する場合は発覚する可能性がありまス。気を抜いてしまえばたちまちのうちに、貴方の正体を探ろうとする人間が出てくるでしょウ」



 未来視での魔弾の射手ルートでは、俺はパーカーを着ておらず、その日次第で服装も装備も変えていたから、自然と体重も増減していたのであろう。


 また、軍隊生活だったから、食事時間、休憩時間、トイレ休憩は綿密にスケジュールされていて、俺はそれに従っていたから幸いにも不審に思われることは無かった。


 今の俺は、全ての持ち物を七宝袋に入れ、その七宝袋もパーカーの胸ポケットに収納している。

 これが俺の体重が一定になってしまう原因だ。

 今後は、多少不便になろうとも、普段から何か持ち物をポケットに入れておくようにして、自然な体重の増減を演出するべきなのだろう。

 



 ・・・今後のことはさておき、ボスに対してはどうする?


 今の発言を聞けば、単に俺への忠告とも取れる。

 しかし、ボスが俺の秘密を広めないという保証はない。

 しかも知られた秘密は、俺が最も守ろうとしていた・・・俺が普通の人間では無いという部分。

 これが広まれば、最悪俺は一生逃げ回らないといけない可能性がある。



 ボスは俺から少し離れた位置で、ただ立っているだけだ。

 

 ハーフリングタイプの機械種など、たとえ素手でも一瞬で破壊できるだろう。 

 ここでボスを破壊してしまえば、俺の秘密は守られる。


 でも、それはチームトルネラへの裏切り行為だ。

 もし、そんなことをしてしまえば、サラヤも、ジュードも、ザイードも、ナルも、トールも、デップ達も・・・皆、俺の敵に回ってしまう。

 ここまで俺が築いてきたものを、一切合切失うことになる。

 たとえ2週間程とはいえ、俺にとっては異世界で紡いだ初めての絆だ。



 どうする?どうする?どうする?

 


 ここで憂いを絶つのか?

 それともリスクを背負って見逃すのか?


 また、俺はこういった選択肢を選ばなくてはならないのか!

 やめてくれ!もう選びたくはないんだ!

 もう後悔するのは御免だ!


 クソッ!

 あと、もうちょっとだったのに!

 明日、この街から離れようとしていたのに!

 なんで俺がボスに会うなんて言ってしまったんだ。

 会わなければ、こんなことには・・・




 あれ?

 そもそも、なぜコイツはわざわざ俺に秘密を暴いたことを言ってくるんだ?

 しかも1対1で!俺が普通の人間じゃないって分かっているのに・・・

 俺がラビットや、コボルト、オークですら倒すことのできる強者だと分かっているはずなのに・・・


 秘密を暴かれた俺が襲いかかってくるとは思わなかったのか?

 それとも、破壊されるかもしれないという危険を冒してまでも、やらなければならなかった?


 

 分からない。

 機械種の顔色なんて読めるわけがない。


 なぜ、ボスはこの話を持ち出した?

 まさか俺が聞いたことに対して、馬鹿正直に答えたというわけではあるまい。

 

 今まで聞いたボスの話を思い出せ。

 ボスの狙いに検討をつけろ。

 ボスの意図はなんだ?



 

 頭をフル回転させる俺を、ボスはただ、その青く輝く目で見つめ続けていた。


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