第144話 感傷


「残念ですよ。貴方にはぜひ『魔弾の射手』で活躍してほしかった」


 アデットは心底残念そうな顔だ。


「あと、1年程で中央に戻るつもりです。ヒロさんなら団員の給料の3倍は保証しますよ。もし、ご機会があれば声をかけてください。いつでもお待ちしております」




『誰が入るモノか!お前のチームは近い将来壊滅するに決まっている!お前の暴走に巻き込まれてな!』




 俺は思わず口から飛び出しそうだった怨嗟の声を、間一髪で飲み込んだ。


「どうしました?ヒロさん?」


「あ、いや。もう遅くなってしまっているから、早く帰らないと・・・」


 イカンな。顔に出てしまったか。

 いくらなんでも、まだ仕出かしていないことに対して、恨み言を放つのは理不尽過ぎるだろう。


 アデットの顔を見ているだけで、感情がささくれ立ってくるとしても。


「確かにもう夜中になってしまいましたね。すみません。引き伸ばしてしまって」


「じゃあ、もう帰るから・・・」


「ああ、もう2つ、お渡しするのを忘れていましたね・・・・・・まずは、これです」


 アデットが手の平の上に乗せて差し出したのは白いピンポン玉のような物体、『白鈴』だ。


「ここからお帰りになられるなら、これが無いと虫に集られてしまいますので・・・お気になさらないでください。これは、こんな遅くまで引き留めてしまった詫びの品です」


 確かにそれは盲点だった。

 夜中に白鐘から離れると機械種インセクトが大量に寄ってくるんだったな。

 今考えれば、俺が廃墟で寝ていた時、虫に集られていたのは、あれは俺を食べるつもりで集まってきていたのだろう。

 俺が無敵の身体じゃなかったら、あの場所で白骨死体になっていたな。


 それは正直ゾッとしない話だ、


 このアデットの申し出は素直に受け取るとしよう。

 ほんの少し、心の中でモヤモヤするものはあるけれど。



「そして、これが、もう一つのお渡ししたいものになります。」


 アデットはテーブルの下から見覚えのある木箱を取り出してくる。


 これは確か・・・


「はい、雪姫さんのピジョンです。中央で雪姫さんに再会されましたらお渡しください。あと、提供する車ですが、準備出来次第、チームトルネラへ連絡します。楽しみにお待ちくださいね」











 木箱を抱えて、来賓室を出る。


 アデットの姿が見えなくなってようやく冷静に物事を考えることができそうだ。


 できる限り速足でアデットがいる部屋から離れるとしよう。


 そして、歩きながら考えるのは、先ほどまで発動していた未来視で見た『魔弾の射手入団ルート』。




 なんだよ!あれは!


 なんでそうなってしまったんだ?

 予想外過ぎて自分のIFルートであることが信じられないくらいだ。


 まず、俺の性格が違う。


 完全にアテリナ師匠達に依存しており、しかも、俺の方が精神年齢が高いのに、気持ちが悪いほど年下ムーヴに染まってしまっていた。


 おそらく、俺が最も不安になっていた時期、この街へ来た当初に、アテリナ師匠に救われたことで、依存状態になってしまったのだろう。

 今の俺がこの異世界をゲームに見立てて精神安定を図っているように、未来視での俺は依存することで自分の心を守っていたのだ。


 また、外見年齢と救われた立場上、ずっと目下の扱いをされていたから、自然と年下ムーブを取り続けることとなり、それが完全に板についてしまった様子。

 もちろん、軍隊的な教育の影響を受けたということもあるだろうけど。

 



 あと、最後のラストシーン。


 完全なバッドエンドじゃないか!



 豪華で安定した生活。

 メイド型ロボが屋敷には溢れていて、

 ウタヒメも手に入れたハーレム生活。



 俺が目指していた物全てがそこにあったはず。

 なのに全く幸せではなかった・・・幸せそうには見えなかった。

 俺の目指す夢は間違えていたのだろうか?

 やはり俺が幸せになる為にはヒロインが必要なのだろうか?



 あのルートでは俺はヒロインを見つけることができなかった。

 アテリナ師匠は完全な師匠枠だし、ジャネットさん、ドーラさんも頼れる先輩枠だ。

 ヒロインにと狙っていたピレは攻略不能キャラだった・・・




 俺の仙丹ならピレの身体を治せないだろうか?


 ふと、そんなことが頭に浮かぶ。

 


 あのルートの俺の治療手段は、気功術と言う治癒力を高める程度の術しか会得していなかった。

 俺自身、ほとんど怪我を負うことはなかったし、チームには治療手段が整っていて、普通の怪我ならそれで問題は無かった。

 通常の治療手段で治らないような大怪我が頻発するのであれば、俺も治療術の模索に取り組んだかもしれないが、相手は重量級以上の機械種がメインだったから、周りのメンバーも大怪我をするより即死する方が多かったのだ。


 ・・・ジャネットさんのように。







「あ・・・ジャネットさん」


「ん!お前は・・・ちっ」



 拠点用に改造された超大型のバス。


 その出口から出たところで、ばったりとジャネットさんに鉢合わせした。

 俺は懐かしさのあまり名前を呼んでしまったが、ジャネットさんは忌々し気に俺に舌打ちするだけ。



 え、なんで俺に・・・そんな表情を・・・


 あ、そうか。俺がお世話になっていたジャネットさんは、目の前の人とは違う。

 そして、向こうにとっても俺は可愛い後輩ではなく、パーティのリーダーであるアテリナ師匠に恥をかかせた人間・・・

 

 そうか、ジャネットさんは、もう俺に笑いかけてくれることは無いのか。


 俺が見た未来視でのジャネットさんは、厳しくはあったが、面倒見の良い先輩だった。

 銃が苦手な俺の射撃訓練に遅くまで付き合ってくれたり・・・結局上手くならなかったけど。

 大雑把なアテリナ師匠では教られなかった、猟兵としての細かい心得みたいなものを教えてもらったりした。

 アテリナ師匠がいなくなってからは、寂しそうにしていた俺を、ドーラさんと一緒に慰めてくれたりもしてくれた。



 俺の頼れる先輩であり、恩人だったのだ。


 そんな人が、俺を忌々しそうに、睨みつけている。



 胸を刺すような痛みが俺を襲う。

 どうでもいい奴からそんな目でも見られても平気だが、ジャネットさんからそんな目で見られるのはツラい。


 おかしいな。今日会った時から、そんな目で見られていたと思うけど。

 未来視で見たジャネットさんと姿を重ねてしまい、そのギャップが俺を苦しめる。


 いたたまれなくなり、目線をジャネットさんから外して、離れようとしたところ・・・



「おい、ヒロだったな」


 横を通り過ぎようとした俺に声をかけてくるジャネットさん。

 とげとげしい荒い口調だ。

 

「はい!」


 無視して駆け抜けようかとも思ったが、未来視での体験が俺を引き留めてしまう。

 ジャネットさんから、この口調で何かを言われたら、直立不動で傾聴するのは当然だ。何せ軍隊行動を俺に叩き込んでくれたのもジャネットさんだからな。


「お嬢に勝ったからといって、いい気になるなよ。あれは命がけの勝負ではない。単なる遊びだ。『魔弾の射手』の実力をこんなものと思うな」


「はい!分かりました」


「・・・本来の猟兵の実力は武器を構えてこそだ。常に用心をかかさず武装を用意して敵を殲滅するのが猟兵だ。いいか『猟兵は・・・


「『猟兵はラビット相手でも、ラージの銃とハンマーを用意する』・・・ですね」


「あ・・・くっ、そうだ」

 

 言いたいことを取られてしまって、顔をしかめるジャネットさん。


 しまった。いつも言われていたことだから、つい、言ってしまった。





「・・・お前は猟兵について詳しいのか?」


 怒られるかと思っていたら、俺への質問が飛んできた。


 思わずジャネットさんの顔を見つめ返す。

 その目から敵意が少しだけ薄れ、ほんの僅かな俺への興味が垣間見えた。


「え・・・いえ、聞きかじり程度の知識です。その・・・本職とは比べるまでもありません」


「ふん。聞きかじり程度のことで偉そうに言われてもな。では、これはどうだ?」


 ジャネットさんから飛ぶ、猟兵についての質問。


 それに淀みなく答えていく俺。


 そうしていくつかの質問と答えを交わしたところで、


「・・・なるほど。力もあって知識もあるか。これはアデットさんが欲しがるのも無理はないな・・・」


 どうやらジャネットさんは今の俺を認めてくれたらしい。

 でも、その知識を叩き込んでくれたのは貴方ですよ。


「それだけの腕と知識を持ちながら、猟兵にはならないのか?」


「ええ、俺の目指すところは、狩人でないと届かない所にありますので」


 もう猟兵生活はコリゴリだ。厳しい戦場に赴く度、櫛の歯のようにポロポロと戦友たちが欠けていく。もう俺には耐えられそうにない。


「しかし、残念だな。君のような優秀な戦士と戦場で肩を並べてみたかった」


「すみません。でも、俺も貴方にもっと教わってみたいと思いました。・・・最初に厳しくされたのは、無謀な行動をした俺を諭そうとしてくれたのでしょう。あの時は反発してしまって申し訳ありません」


「いや、それもこちらの誤解だったからな。お互いさまというところだ。・・・フフッ、君は会った時とは随分雰囲気が変わったな。まるで猟兵団員のような態度になっているぞ」


「あ、これは・・・その・・・」


「フフフ、最初に会った時、その態度だったら、私もドーラのように抱きしめて頭を撫でてやったのにな」


 浅黒い顔に微笑を浮かべ、俺をからかってくるジャネットさん。

 この瞬間、俺はあの未来視で見た『俺』になっていたと思う。


「頭を撫でるのは勘弁してください。その代わり・・・」


 そっと右手を差し出す俺。


 その手をほんの数秒、不思議そうに見ていたジャネットさんだが・・・



 ギュ



 俺の手を握り絞めてくれる。

 

 それは、昔感じた感触と同じ・・・

 

「ヒロ、もし戦場で会うことがあったら声をかけてくれ。ぜひ、一緒に戦ってみたいものだ」










 ジャネットさんと別れ、『魔弾の射手』の拠点である駐車場のような区画を進んでいく。


 未来視後から引きづっていた不快感や苛立ちはもう感じない。

 ジャネットさんとのやり取りで感じた懐かしさが、そういったものを押し流してくれたようだ。


 できればアテリナ師匠や、ドーラさんにも別れの挨拶をしたかったけど。

 

 しかし、拠点内を探し回っていたら、アデットと鉢合わせするかもしれない。

 それは御免だ。ここは大人しく帰り道につくべきだろう。



 駐車場の中を通り抜けていると、駐車しているバスやトラックが何台も目に入る。 


 積載重量で言えば10トン以上のトラックや、4、50人は乗れるようなバスが何台もだ。

 これは全て、『魔弾の射手』の持ち物なのであろうか?


 その中から1台、見覚えのあるトラックが目に入る。

 後ろに巨大なコンテナを積んだトラック・・・


 あれは俺が『チームトルネラに残った場合のルート』で見たトラック!

 チームトルネラの皆で旅を続けていた・・・


 あのトラックは魔弾の射手から買った車だったのか!

 いくら支払ったのか分からないけど、高かったんだろうな。


 『チームトルネラに残った場合のルート』で見た未来視は、ほとんどダイジェストみたいなものだったから詳細までは分からない。


 わざわざ確認するようなものでもないから、もう一度未来視を発動するつもりは無いけど。







 おっと、確かこの辺りに重量感知センサーってのがあったはず・・・


 俺がオークの残骸を運んでいた時、ここで重量感知センサーに引っかかり、魔弾の射手の団員が飛び出してきたのだ。

 聞くと、この辺り一帯には精微に歩幅と重量を感知するセンサーが張り巡らされており、歩幅から身長を割り出して、人間ではなく機械種の可能性があった場合に反応する仕様となっているらしい。


 俺の体重が60kgくらいだから、オークの残骸60kgと合わせて120kg以上くらいで反応するのだろうか?俺の体格で120kgの体重なんて、なかなかいないだろう。

 かなりの肥満体系だったらあるかもしれないが、こんなアポカリウス世界では極度の肥満体系の人間なんて極小なはず。


 この拠点には『白銅鑼』、白鈴の強力なものが設置されていて、ある程度の敵対的な機械種の侵入を阻むらしいけど、従属されている機械種はその限りじゃない。

 敵対的な組織の密偵や工作をするような機械種が侵入してくる可能性があるから、その対策ということか。


 こんな機械種と人間が争っている中、人間同士でも争うなんて、たとえ異世界でも人間は業の深い生き物なのだなあ。









「ヒロ・・・」


 俺が『魔弾の射手』の拠点から出ようとしていた時、かけられた聞き覚えのある声・・・


 車の影から出てきたのは、俺が会いたかった人。


 月明りと、拠点からの照明で浮かび上がる、その女性的なフォルム。

 茶髪のポニーテールは解かれていて、そのままストレートに流している。

 その髪は濡れているかのように滑らかに見えて・・・




「アテリナ師匠・・・」




 俺から漏れた言葉は、果たして今の俺の言葉だったのか、それとも未来視の俺がそう言わせたのか・・・

 

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