第143話 崩壊


 そして、中央に来てから1年後。



 『魔弾の射手』は白狼団より独立を果たす。

 

 これによりチーム名を『魔風団』と変え、白狼団を離れて単独での活動が増えるようになった。

 ちなみに『魔風団』の名は、アデットさんとアテリナ師匠の父が団長を務めていた猟兵団の名らしい。6年ほど前に壊滅し、その再興を目指して『行き止まりの街』で力を溜めていたそうだ。



 まあ、俺のやることはあんまり変わっていない。

 

 機械種へ突撃して、脚部を壊してくるだけの簡単なお仕事だ。

 いつものようにバッタバッタと機械種どもをなぎ倒す。

 



「お疲れ様です」


 戦場から返ってきた俺にピレがにタオルを渡してくる。


 ピレの仕事は主にアデットさんの秘書兼護衛だが、白狼団から独立したため、細かい仕事をしてくれる人間がいなくなり、こういった雑務も皆で手分けしてやるようになっているのだ。俺としてはピレと接点が増えて喜ばしいことなんだが。



 元々、少人数であったから、裏方の人間が全然足りていない様子。

 流石にトップエースである俺を雑務で使うようなことはしないけど。


 いや、ここはピレの仕事を手伝って、好感度をあげるべきなのかもしれない。



 仕事の合間にピレを手伝ったり、近くに居たら話しかけたり、たまに食事に誘ったり、色々アプローチをすること数ヶ月。



 ある日、ピレに一室に呼び出された。


 ほんの少しだけ、期待をしながら部屋に向かう。



 その一室は、少人数の会議にも使われる部屋。

 そんな部屋でピレは俺を待ってくれていた。


「ピレ、その、用事って何かな?」


 これほど緊張するのは久しぶりだ。超重量級に1人で突撃した時だってここまでではなかった。

 ガチガチの状態の俺とは対照的に、全く雰囲気が変わっていないピレ。

 

「・・・すぐ済みます」


 と言うと、ピレはおもむろにズボンを脱ぎ始め・・・



「ちょ、ちょっと・・・何を・・・」






 そこに現れたのは金属製の下半身だった。


「すみません。もっと早くに言っておくべきでしたね。そうすれば貴方に無駄なことをさせなくても良かったかもしれませんのに」


 ヘソの下辺りから、金属の部品に置き換わっている。

 まるで銀色のタイツを履いているかのよう。


「見ての通り、男の人が好きな穴が私にはありません。だから私を手に入れても気持良いことができませんよ」


 絶句する俺に淡々と語っていくピレ。


「昔、機械種に襲われて、ここはグチャグチャにされてしまっていたんです。それをアデット様に助けて頂いて、生きながらえる為に高価な機械義肢もつけてもらいました」


 ピレは事実だけを語っているのだろう。しかし、『助けて頂いて・・・』の部分だけ彼女からほんの少し感情の揺れが聞こえた気がした。


「私にとってアデット様に仕えることが生きがいなんです。それ以外のことは何の興味もありません。私へのアプローチはお互いにとって何の益も生み出しませんので、もう止めにしてもらえませんか」







 結局、何も言い返すことができず、その場を去ることしかできなかった。

 

 じっと手のひらを見つめて、考えてみる。


 俺が使用できる術は、いくつかある。

 例えば、ショボい五行の術。

 これは火や水をだせるくらいで、普段全く役に立たない。


 口から火を放つことのできる三味真火の術。

 如意棒から西遊記を思い出し、その敵役である紅孩児が使用していた術を再現することができたのだ。

 機械種インセクトに囲まれた時にこれで焼き払ったことがある。


 そして、傷を癒す気功術。

 一度、如意棒を振り回していた時に自分の頭を強打してしまい、出血を止めようとして思いついた術だ。

 治癒力を高める効果があるようで、大怪我した時は俺が治療すると治りが早いと評判になった。


 しかし、この気功術では、とてもピレの身体を直すことはできないだろう。


 この他にもいくつかあるが、あまり実用的な術は少ない。

 軍隊にいるようなものだから、あまり自由な時間は少ないし、周りに人がいることも多いので、仙術の検証に時間が取れなかったのが原因だ。 



 ネット小説では、治らない傷をチートスキルで治すことで、惚れられる展開が多かったと思うけど。


 どうやら現実はそうは上手くいかないようだった。

 



******************************




 それから数ヶ月経った頃。


 ようやく身請けする金が貯まったというジュードが、里帰りをすることとなった。

 

 最初に会った時はなんて不愛想な奴と思っていたけど、金が貯まっていき希望が見えてくると、次第に明るい表情を見せるようになり、皆と打ち解けている姿をよく見るようになってきていた。


 俺とは顔を合わせれば、ちょっと話をする程度だけど。


 でも、相変わらずアテリナ師匠のお誘いは上手くいっていない様子。


 まあ、流石に、その恋人を連れてきたら諦めると思うんだけど。

 それとも、ジュードが二人ともと付き合うというウルトラCを見せるのか。


 密かに魔風団では賭けが行われることとなった。


 里帰りではジュードに団員が2人ついていくことになっている。

 一人旅では危ないし、アデットさんもかなりジュードを買っているから特別待遇なんだろう。


 アテリナ師匠はちょっと寂しそうにジュードを見送っていたのが印象的だった。






 しかし・・・



 帰ってきたのは、ジュードと付き添いの2人だけ。


 しかも、ジュードは自分1人では立てないくらいに憔悴しきっていた。


 付き添いの2人に話を聞くと、娼館勤めのジュードの恋人は、数ヶ月前に質の悪い客に当たってしまい、殺されてしまったということだった。


 あと数ヶ月早かったら助けることができていたのか。

 もっとジュードと交流を増やしていたらとも思う。


 お金・・・マテリアルくらい貸してあげても良かった。

 チーム内でのマテリアルの貸し借りは厳禁だけど。

 それくらい、こっそり渡しても分からなかっただろう。

 そうすればハッピーエンドで終われただろうに。


 ほんの少し後悔で胸が痛む。



 そのままジュードは自分の部屋に閉じこもり、出てこなくなってしまった。


 アテリナ師匠がジュードを気にして何度もドアを叩くが出てこない。


「ねえ、ジュード!開けてよ。せめてご飯だけでも食べて・・・」


 初めてみる縋るようなアテリナ師匠の姿。


 俺がドアをぶち破って無理やり連れだしてもいいのだけれど。

 果たしてそれが良い事なのかどうかも分からない。


 結局、閉じこもって3日目に、業を煮やしたアデットの命を受け、ジュードは無理やり部屋から引きづり出されることとなった。









「じゃあ、ヒロも元気でね」


「アテリナ師匠。そんな奴の為に・・・」


「いいの。これが私の生きる意味だってようやく分かったから」


 ジュードは元に戻ることは無かった。

 精神的に閉じこもってしまい、廃人になってしまったような状態のままだ。

 

 戦場で負った傷でもない、自らの事情でそんな状態なったジュードを、魔風団に置いておけるはずも無く、アデットは追放の沙汰を下したのだ。

 それは苦渋の決断であったのかもしれない。しかし、メンバーの手前、ジュードばかりを依怙贔屓するわけにもいかなかったのだろう。


 しかし、それに真っ向から反対したのがアテリナ師匠。

 結局、彼女がジュードを引き取り、一緒に魔風団から出ていくこととなった。


「ヒロ。兄貴はもう、自分が目指している高みしか目に入らない。私のことは気にしないで、貴方は貴方と道を歩むようにして」


 最後にそう言い残して去っていくアテリナ師匠達。


 俺も付いていこうかと一瞬思ったりもしたが、それは全くのお門違いというものだ。

 新しい門出で旅立つ2人のお邪魔虫以外何物でもないだろう。

 きっとアテリナ師匠ならきっとジュードを立ち直らせるはずだ。


 俺はそう信じて2人と見送ることにした。




******************************




 それからの魔風団は苛烈なまでに戦場を求めた。


 無数の機械種に襲われる街を救うために。

 超重量級の出現に怯える人達を救うために。

 人類を守ると言う志を忘れ、人々を傷つける堕ちた猟兵団を潰す為に。



 その中で、ジャネットさんが戦死した。

 補給中の所を超重量級の砲撃で吹き飛ばされたのだ。

 死体も見つけることができなかった。

 彼女がいつも磨いていた砲身を墓に入れることにした。



 ドーラさんが引退した。

 同じ団員の子供を宿したためだ。

 最後に俺を抱きしめて泣いていた。

 ただ、『ごめんね』と俺に詫びながら。

 俺1人を残すことに罪悪感を感じたのだろう。



 そして、アテリナ師匠が去ってから数年が過ぎようとしていた時。


 ふと、魔風団に知り合いがほとんどいなくなったことに気がつく。


 まだ『魔弾の射手』と呼ばれていた頃にいた団員がほとんどいない。


 最初の頃、俺を袋にしようとしてきた気性の荒い団員も。

 俺を娼館に連れて行ってくれた兄貴分気質な団員も。

 給料が入るといつも俺に奢らせようとするお調子者の団員も。


 代わりにいるのは、新進気鋭の猟兵団として、上げた名に集まってきた者達。

 そして、猟兵として名高い『1人軍隊のヒロ』の武名に集う者達。

 その数はすでに当初の何倍にも膨れ上がっている。

 でも、そこには誰一人俺が昔から知っている人がいない。


 もう魔風団は、昔の『魔弾の射手』の面影すら残っていなかった。



 それに気づいた時、俺の心はポキリと折れた。








「なぜ、抜けようとするのですか?ヒロ!」


 アデットが普段の冷静さを忘れて俺に突っかかる。


 そのアデットの目に片眼はなく、その左腕は機械義肢に置き換わっていた。


 名が上がれば、そのトップとして有象無象から狙われることも多くなる。

 その目は凱旋中に狙撃され、その腕は他の猟兵団との交渉中に襲われて、それぞれ失われてしまった物だ。

 特に腕の時は、一緒にピレも失ってしまっている。彼女は文字通り彼の盾のなって散っていった。


 それでも彼は止まらない。まるで、止まれば死ぬと思っているかのように。

 それどころか何かを失う度に、より速度をあげて突っ走る。

 

 もうその速度に、俺はついていけなくなってしまったのだ。




「ヒロ、あともう少しで、魔風団は大陸一の猟兵団になる道が開けるんです。そうすれば、貴方は英雄になれるはずです。誰もが羨む英雄に・・・」


「悪いけど、英雄には興味が無い」


「ならマテリアルですか。言ってください。好きなだけ用意しましょう!」


「いや、もう俺が生きていくには十分すぎるくらい貯まっているから、これ以上要らない」


「じゃあ何がほしいんです!地位ですか?名誉ですか?女ですか?」


 アデットは髪を振り乱し、掴みかからんばかりに俺に詰め寄ってくるが・・・



「・・・平穏な日々」


 ポツリと俺が呟いた言葉に、アデットの動きが止まる。


「もう誰も死ぬことが無く、誰も勝手にいなくならない、そんな日々がほしい」


 俺の心から発せられた言葉は、あれほど喚いていたアデットを押し黙らせた。






******************************







 そして、そこから数年後。



 俺はある街で、猟兵団で稼いだマテリアルで購入した豪邸に住んでいる。

 屋敷には多数のメイド型機械種が配備され、俺は何一つしなくても全てが回っていく。

 そして、俺の傍には苦労して手に入れたウタヒメ型の機械種が侍っていた。



「ご主人様、今週の情報誌になりまス」


 猫耳を生やしたメイド型機械種、確かネコマタだったかな、が俺に毎週配布される情報誌を持ってくる。


 俺はほとんど屋敷から出ることが無い。

 日がな一日、ウタヒメと戯れていたり、届けられる本や雑誌を読み漁ったり。


 この情報誌もそんな物の一つ。


 俺が知りたいのは、元の職場である・・・



「はっははあはははあははっはははは」


 我ながら狂めいた笑い声になってしまった。


 しかし、これが知りたかったんだ。ようやく知ることができた。




『魔風団、壊滅』『団長であるアデットの死亡』



「はあははははああはああはっははははあっは、やっぱり間違えてなかった。俺の選択は間違いじゃなかった!」


 俺は情報誌を片手に室内をぐるぐると回る。


「だから言ったじゃないか、アデット!お前は高みを見過ぎなんだよ。もっと手前で我慢しておけばよいのに」


 ああ、可笑しい。久しぶりだ。これだけ笑えたのは。


「お前が、俺の居場所を壊したんだ。その報い受けだんだ!俺は、あの街で、あの『魔弾の射手』で皆と仲良くやっていくだけで良かったのに!」


 ソファにドンと腰かけ、ウタヒメを抱き寄せる。


「俺は、アテリナ師匠と、ジャネットさんと、ドーラさんと、いつまでも、一緒に、狩りをして・・楽し・く、く・・・」


 顔は笑ったままなのに、なぜかポロポロと涙が零れだす。

 

 おかしい。嬉しいはずなのに・・・どうして・・・


 ウタヒメが俺を慰めるように頭を撫でてくる。


 男がそういう風になったら、そうするようにとプログラムされているのだろう。


 でも・・・


 違う!

 こうやって頭を撫でてくれたのは、アテリナ師匠、ジャネットさん、ドーラさんだ!



 まだ頭を撫でようとするウタヒメを振り払って、部屋を出る。



 向かった先は・・・



 

 俺のプライベートルームに飾った写真立て。


 その中に収められているのは、アテリナ師匠のパーティ4人で撮影した写真。


「アテリナ師匠、教えてください。俺って今、幸せなのでしょうか?教えてください。俺は・・・正しかったんでしょうか?ジャネットさんでも・・・ドーラさんでもいいから、誰か俺に・・・」



 照明もつけないでいる暗い部屋の中。


 ひたすら写真立てに向かって、返ってくるはずのない質問を投げかける。


 そこに答えがあると信じて・・・

 

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