第125話 宝


 紅石を七宝袋へ収納して、ようやく一息ついたところで、今回の自分の行いが頭の中に浮かび上がってくる。 



 今回の戦闘も反省すべき点は多い。


 まず、初撃を躱せたが、二撃目を貰ってしまったことが最大の失敗だ。

 なぜ、あれほどの巨体相手に接近戦を選んでしまったのか?。


 降魔杵を使用するのは無理だが、金鞭で電撃を放ってみるという選択肢もあった。

 あの紅姫の戦闘スタイルから、転移で躱されていた可能性が高いが、効果範囲の広さから、ある程度の牽制は期待できたはずなんだが・・・



 ・・・莫邪宝剣を持っていたから、他の宝貝を使う選択肢は取れないか。


 莫邪宝剣から流れ込む闘争を駆り立てる波動は、当然、自らを使用することが前提だ。接近戦を挑むに決まっている。

 莫邪宝剣を持っていること自体が、遠距離攻撃の選択を取れなくしてしまっているのだ。


 しかし、莫邪宝剣を持っていないと、あの紅姫に挑むことができたかどうか怪しい。

 足が震えてその場で立ち尽くすか、逃げ出してしまっていた可能性が高い。


 どうやら、接近戦を挑んだの必然のようだ。

 これについての反省はこれまでとしよう。







 さて、次は・・・




「何が『秘剣 空断ち』だよ・・・」



 恥ずかしさのあまり座り込んでしまう。



 その場の勢いで、できるかどうかも分からない技を繰り出してしまったこともそうだし、とってつけたような技名を名乗ったことについても、今更ながら恥ずかしさがこみ上げてくる。


 しかし、今は恥ずかしさよりも、検証しないといけないことがある。


 紅姫にトドメを刺した一閃は、確かに斬撃を飛ばして紅姫の首を刎ねた。

 それが剣速による衝撃波なのか、闘気を刃に変えて飛ばしたのかは分からないがが、正に漫画で見るような必殺技だった。


 それは達人が何十年と修行して会得することができるくらいのものであろう。


 しかし、それを俺は何の苦労もせずに放つことができた。

 特別修行をしたわけでもないのに。


 技を放った瞬間は、それができると確信していた。

 今の自分ならできると絶対の自信を持って。


 莫邪宝剣を持つと剣術の技量が向上するのは分かっていたが、これほどまでの達人にまでなることができるのか。



 ・・・いや、待てよ。



「そう言えば、前に青銅の盾のバルークに浸透剄を打ち込んだことあったな」


 あれも武術の奥義のはずだ。当然、武術に素人の俺ができる技ではない。

 あの時は素手だった。莫邪宝剣は持っていない。


 では莫邪宝剣は関係ないのか?

 しかし、莫邪宝剣に剣術の技量を上げる能力があるのは、何度も使用している俺が一番良く分かっている。



 うぬぬ。謎が深まるばかりだ。

 自分に何ができて、何ができないのかが分からないと気持ち悪い。

 敵と戦う時に、自分の力を把握できていないなんて最悪だ。


 俺の体の無敵具合といい、突然の技量の向上といい、長年の修行の元に得た物ではないから、なかなかに使いこなすのが難しい。

 それに積み上げたものではないからこそ、その能力を信じ切ることができない。

 調べて、試して、検証を繰り返さないと、その能力を使用しようとした時に、本当に発動するのかと不安を覚えてしまう。


 こればっかりは仕方が無い。

 たとえ神様が出てきて、『このスキルは永遠のものだ。お前が好きに使うがよい』って言ってくれたって信じることができるかどうか分からない。


 今の俺にできることは検証を繰り返して、制限や条件が無いかどうかを調べることぐらいだ。


 その為には、前提となる条件等を炙り出していかなくては・・・





 ウロウロと歩き回りながら思考を巡らせる俺。

 



 ん?あれは・・・




 俺の視界に飛び込んできたのは、いつの間にか出現していた白い棺桶のようなものだった。








「だから、なんでいきなり出現するんだよ」


 俺の常識からして、明らかに不可思議な現象に、思わず愚痴がこぼれ出る。

 

 間違いなく戦闘中にはなかったものだ。

 あの灼熱地獄の中で、傷一つない白さを保っていることからも一目瞭然だ。


 これがゲームならば、ボスからのドロップ品だと喜ぶところなんだが・・・



 もう諦めてしまおうか。これはそういう物で、ドロップ品と思ってしまえば、これ以上悩む必要は無くなる。

 その代わり俺の中から何かが失われてしまうのだろう。




「まあ、どちらにせよ、回収しないといけないが・・・」



 前の宝箱と同じように七宝袋に入れておくか。


 近づいて見てみると、正に白い棺桶として言いようが無い。

 成人男子がすっぽり入る大きさ。

 やや未来的なメカニカルなデザイン。


 これが真っ黒な木製の棺桶だったら、吸血鬼でも入っていそうだが、このデザインだったら、入っているとしたら人型ロボットだろうか・・・

 



 ドクンッと俺の心臓が跳ねた。




 思い出されるのは、このダンジョンの最下層でキマイラを倒した後のこと。

 ネット小説で、危険な試練を越えて、主人公が手に入れるとっておきの宝物といった話。




 思わず唾をゴクリと飲み込む。


 間違いない。これは試練を越えた俺に対するご褒美だ。

 この中には俺が求めていた物が入っているに違いない。




 女性型の機械種。




 なぜ、女性型か分かるんだって?


 決まっているだろ!

 いい加減、この辺りで物語に潤いが必要なはずだ。

 どう考えても、そろそろ俺の周りに美しい女性を配置すべき時期だ。


 ヒロインの喪失、ダンジョンの踏破、紅姫の撃破。


 これほどのイベントを立て続けにこなして、これで女性型機械種が出てこないなんてありえない。

 逆に言えば、これほどのイベントをこなしたのだから、俺に女性型機械種を与えても良いタイミングになったのだと言える。


 

 街で見かけたメイド型の機械種が思い出される。

 後でトールに聞いたら、シルキーという家事手伝用の機械種らしい。

 他にも、ローレライやリャナンシー、アルラウネといった機械種がメイドとして働いていることが多いそうだ。

 ただし、これらは女性型であるものの、性行為の機能は無いとのこと。

 その機能がついた機械種を求めるなら、ウタヒメ型を手に入れるしかない。



 いや、外見が女性というだけでも十分だ。

 麗しい女性型の機械種が俺をマスターとして慕ってくれる。

 それでだけで、俺の傷ついた心を癒してくれるはずだ。



 理性では持ち帰って、安全な状態の時に開けるべきだと分かっているんだが・・・


 しかし、安全な状態の時って、どんな時だ?

 ダンジョンの外に出れば、どんな機械種が見張っているか分からない。


 であれば、絶対に従属されている機械種が入って来られない、このダンジョンの最奥で開けることが、最も安全なのではないか。


 チームトルネラの拠点でも安全かもしれないが、万が一、中に入っている機械種が暴れ出したら大変だ。


 ここで開けてしまうのが一番だろう。

 今の俺の耐久力からすれば、多少の罠は大丈夫なはず・・・


 念のため、風吼陣を張っておいて、危なかったらすぐに逃げ込めるようにしておこう。






 白い棺桶に手をかける。


 取っ手の部分にボタンのようなものがあり、これが開閉スイッチとなっていると思われるが・・・


 まあ、ここまで来たら押すしかないか。



 ポチ



 プシュウウウウゥゥ



 ボタンを押すと、白い棺桶の蓋が徐々に空いていき、中の空気が漏れ出してくる。



 そして・・・





 棺桶が開いて、中に入っていた機械種がゆっくりと立ち上がる。






 背の高さは俺より頭1つ分は高い。180cmくらいだろうか。


 群青色に近い蒼系統のデザイン。

 纏った装甲は武者鎧風。といっても、戦国大名のゴテゴテとした華美ものではなく、実戦に向いたシンプルなものだ。

 兜のVの字の前立もそれほど大きくなく、頬の横の吹返も飾り程度。

 顔は目の部分だけに切り込みが入った簡易的な仮面。

 それでもスッキリとした目元が涼やかな面立ちのように見える。

 凛々しい若武者といったところか。



 どうやら侍系の機械種のようだ。

 残念ながらどう見ても女性型には見えない。


 

 ガクッと膝を突き、悲嘆にくれる。




「ああ、なんてこったい!運命はなぜ俺にここまで冷たくするのか?」




 床に頭をつけて、蹲りながら落ち込む俺。

 膨れ上がった期待が裏切られたショックは大きい。




 立ち上がった武者の機械種は、両目の青い光を点滅させながら、そんな俺の様子をただ見下ろしていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る