第119話 巨獣


 全身を貫く衝撃と、鼓膜を破かんばかりの轟音で目を覚ます。



 あれ、ここは?


 気がつけば、俺は大の字に仰向けで倒れているようだった。


 俺は確か、壁からはじき出されて、大きな真っ黒い穴に落ちてしまったはず。


 目の前には真っ白い砂埃が舞っている。一体ここはどこなんだ?


 周りの景色をみようと起き上がろうとするが・・・




 首が動かない。


 腕も、足も動かない。ただ真っ暗闇に閉ざされた上を見上げているだけ。


 ああ、俺の体はどうなってしまったんだ。


 ジワリとした恐怖が俺の心臓の鼓動を早める。



「ああああ、ああ、あああ」



 ただ口から呻き声だけが漏れる。


 

 痛みも無い。それすら感じなくなるほどの重傷なのだろうか。


 ここまできて俺の冒険は終わってしまうのか。


 嫌だ!こんな所で朽ち果てるのは。


 動け!動け!動け!動け!!!!


 




 両腕が持ち上がった。


 足も動く。


 ゆっくりと起き上がろうとして・・・


 

 バリバリバリバリ



 全身を床の破片が降りかかる。



 あ、なんだ。床にめり込んでしまっていただけか。



 どうやら落下した衝撃で、俺の体は数十cm床に埋もれてしまったようだ。


 

 はあああああああ。良かった。体が動く。


 起き上がって、全身に傷が無いかどうかを確認する。


 どうやら五体無事みたいだ。


 しかし、一体どれだけの高さから落下したのだろう。


 上を見上げるが、全く天井も見えず、高さも分からない。


 ここまで体が床に埋もれるからには100mそこらではないような気がする。

 そんな高さから落ちて、全く無傷という俺の体の頑丈さに呆れかえる。

 

 本当に打撃には強いな。やはりこれも仙衣の防御力のおかげなのだろうか。

 これが無かったら、何回死んでいるのか分からない。


 改めて仙衣の有難味を実感した。





 さて、ここはどこなのだろう?

 あれだけ落ちたからにはかなり底の方だと思うけど。


 辺りを見渡せば、今までのダンジョンと同じようなコンクリートで作られてような床ではなく、装甲版のような金属の床だ。やや未来的デザインの工場のような作りになっている。


 広さは直径で言うと30mはありそうな空間。

 たとえるなら宇宙戦艦の格納庫のようなホール・・・ただし天井は無い。


 見える出口は一つだけだ。大型車が悠々と通れるほどの大きさ。

 あの出口は一体どこにつながっているのか。


 視界の中の矢印はその出口を示している。

 では、ここが俺が目指していた最奥なのだろうか?




 いや、それよりも考えないといけないのは、ここからどうやって脱出するのかだ!

 

 どれだけの距離を落下したんだ?

 地上に戻れる手段はあるのか?



 階段は・・・無い。

 梯子も・・・無い。



 素手でこの高さを昇れるのか?


 いや、地行術で地中に潜れば・・・ああ、周りの壁が金属製になっている。


 あれを剥がしてしまえば・・・地面とつながっていなければ一緒だ。俺の地行術では地中しか潜れない。途中に金属やコンクリートがあったら通れないだろう。


 焦りが俺の心をかき乱す。

 この真っ暗な闇の底にただ1人きり。

 そんな状態が俺を焦燥へと駆り立てる。



 ヤバい!ヤバい!ヤバい!



 こんなダンジョンの奥底からどうやって脱出するんだ?

 嫌だ!こんなところで朽ちていくのは。

 クソッ!なんで俺はこんな所に来てしまったんだ!



 心の奥から湧き出してくる不安を押し込めようと、必死で希望を手繰り寄せようとする。


 落ち着け!俺。大丈夫。俺には仙術がある。仙術には空を飛ぶ術も、次元を超える術もある。俺に時間があれば十分習得は出来るはずだ。

 それに俺は現代物資の召喚もあるし、そもそも飲食だって不要の存在だ。

 時間はたっぷりある。十分生還の見込みはある。





 未知の場所で一人きりという恐怖にさらされ、ガチガチと歯を震わせてながら、座り込んで、瞑想を始めようとする。


 早く飛行の仙術を開発しよう。さっさとこんな所とはオサラバしたい。



「はあああ、ふうううう、はああああ、ふううううう」



 深呼吸で心を落ち着けようとする。

 


「はああああ、ふううううう、はあああああ、ふうううううう」



 何度も繰り返すこと3分、ようやく落ち着いてきたところへ・・・




 

 一つしかない出口から現れた巨獣の機械種。




 その姿は、強いて言えばライオンといったところ。ただし、ドラゴンの頭と、山羊の顔が左右にくっ付いている。


 少しでも西洋ファンタジーに詳しければ、分かるだろう。


 『キマイラ』だ。ギリシア神話における英雄に倒される役の魔獣。


 問題はその大きさだ。ライオンの顔の部分だけでも俺の両手に収まらない大きさ。全長で言えば8m~10mはあるだろう。


 正に巨大な肉食恐竜のような体格。それが漆黒の装甲を纏って、獲物を狙う獣のように一歩一歩迫ってきている。

 

 その目が合った。真っ赤に燃える灼眼。それは俺を獲物として喰らってやるという捕食者の眼光だ。


 その目に射抜かれた俺は、戦うことを諦めた。

 ただ、立ち上がれずに座りながら後ずさることしかできなかった。



「あ、あ、ああ、ああ」


 恐怖で顔を歪ませて、ひたすら後ろへ後ずさる。

 もう頭にはコイツから少しでも離れたいことしか考えられない。

 しかし、後ずさるにもこの場の広さは有限だ。


 ドンと壁に当たり、それ以上後ろに下がれなくなった。



「あああああ、あああ、あああああ」



 人間というのは本当の恐怖に会った時は、ただ声を上げることしかできないということが分かった。



 壁際に追い詰められ、涙を流し、震えながら自分の最後を待つ。


 

 獲物を嬲るようにゆっくりと近づいてくるキマイラ。


 

 ガツン!!



 「ひっ!!!」



 俺のすぐ横に前足を振り下ろす。

 装甲版のような床に易々と食い込む爪。


 そして、そのライオンの鼻先を俺に近づけると、思いっきり口を広げて牙を剥き出しにする。


 その大きさは俺を丸呑みするのは十分だった。

 しかし、丸呑みしてくれるほど、コイツは優しくないだろう。

 その牙と爪で俺を生きたままバラバラにして喰らうに違いない。



「来るな、来るな、来るな、来るな」



 か細い声で聞いてくれるはずもない願いに望みを託す。



「ガアアアアアアアアアアアア!!!」



 大きくキマイラが吼え、俺の体にゆっくりと牙を突き立てようとする。

 

 それに対し、無駄と分かりつつ牙を手で押し返そうとする俺。


 無駄な抵抗をあざ笑うかのように、前に体重をかけてくるキマイラ。





 そして・・・





 3分経っても、その牙は俺に突き立てられることは無かった。


 俺の左右に置かれた前足の爪はガッチリと床に食い込み、それを引き寄せるようにして牙を前に突きだそうするキマイラだが、俺の両手で掴まれた牙はピクリとも動かない。



「ははははっははは」



 思わず俺の口から乾いた笑いが漏れる。



「てめえ!弱いじゃねえか!!!」



 思いっきりキマイラの喉の部分を足で蹴り上げてやる。



 ドォォォォォォン!!!



 それだけでキマイラは頭と臀部の部分のみ残し、爆砕した。



「ビビらせやがって!死ね!!」



 ライオンの頭の部分を殴りつけて、粉々に砕く。

 それだけでは怒りが収まらず、ドラゴンの顔や、山羊の顔も踏みつけて、粉砕していく。



「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」


 

 ようやく落ち着いたのは、キマイラという存在が、全て金属の残骸と化してしまってからだった。

 肉体からの疲労ではなく、精神的な疲労の為、呼吸が荒くなってしまっている。




「あー、馬鹿みたい。クソッ、莫邪宝剣を抜いておけば良かった」


 そうしていれば、あんな奴に怯えることなく立ち向かっただろう。



 俺の精神的な弱さが弱点だな・・・

 いや、普通、10メートル近くある魔獣に襲われそうになったら、誰でも怖いと思うだろう?あれに怯えた俺が臆病だったわけじゃない。

 レベルとか、ステータスとか見えないから、相手との戦力差が分からないんだ。

 だから見た目で判断するしかないし、あんな巨大な魔獣に立ち向かうなんて、普通の人間にはできないぞ。



 まあ、巨大な割に弱かった・・・若しくは俺が強すぎたのか。


 どうやら俺の『闘神』パワーはダンジョンの最下層でも十分通じるようだ。



 キマイラが入ってきたこのホールの出口に眼を向ける。


 視界の端で存在を主張してくる矢印は相変わらず出口を示していた。



「これはもう、行くしかない・・・のかなあ?」

 

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