第102話 お誘い


 拠点のビルを出て、玄関前で風に当たりにいく。


 ロビーには興奮冷めやらない子供達がコボルトとタートルの周りを囲んで騒いでいて、どうにも落ち着かない。


 食堂では女の子達が食事の準備をしているだろう。

 男子部屋に戻ってもいいが、無人というわけではない。


 元々、陰キャラだった俺は人と長い時間会話するのが苦手だ。

 仕事ならそれも割り切れるが、プライベートの時くらいは1人でゆっくりする時間を確保しておきたい。 


 夜ふけ近くになり、目の前の通りは人が少なくなってきている。

 当然だが、俺に注目する奴は誰もいない。

 その無関心さが今の俺には心地よく感じてしまう。



 皆から褒め称えられるのは気持ちが良い。

 しかし、それと同時に恐怖心が生まれてしまう。

 

 もし、俺が皆の期待に応えられなくなった時、手の平返しされてしまうのではないかと考えてしまうから。


 皆の期待が重なって、どんどん重さを増していき、いずれ俺が耐えられらなくなった時、皆はどういった言葉を俺にぶつけてくるのだろうか。


 それが俺には恐ろしくてたまらない。


 この20人程のチームからの期待ですら、恐ろしく感じてしまうんだから、これが世界を救う勇者とか、人類の期待を背負った英雄とかは、どれほどの重圧を感じているのか。


 俺には絶対に耐えられそうにないことは間違いないな。

 そんな期待をかけられたらすぐに逃げ出してしまうだろう。


 ネット小説でも、国から期待をかけられた勇者が逃げ出す話はよくあることだ。そう考えると同じように思う人は多いのかもしれない。

  

 力を持つ者は、その大きさに見合うだけの責任を負わなくてはならない。

 

 そんなお題目を思い出してしまうが、今の流行りは力だけ貰って責任は放棄するのが主流だ。俺もそれに倣うとしよう。


 ひょっとして、ジュードにコボルトを譲ったのも、俺が背負ってしまったものを少しでもジュードに振り分けたかっただけなのかもしれないな。


 やはり俺は勇者にはなれないようだ。こんな姑息な人間は勇者には相応しくないだろう。



 だから、雪姫のことは諦めた方がいい。



 あれだけの人物と付き合うなら、俺にもそれだけの何かを求められるのは間違いない。

 力を貸せと言われるのか、それとも、勇者に祭り上げられるのか、はたまた、全ての元凶である赤の女帝を倒せと言われる可能性だってある。


 果たして、それは、彼女が俺の物になったとしても、釣り合うものなのだろうか?

 俺の『保留』と『現状維持』という信条を曲げてまで付き合わないといけないものなのか?


 どうやら一晩経って、煮え立った俺の感情も落ち着いてきたようだ。

 昨日の夜までは、はっきりと雪姫の姿を瞼の裏に描くことができたが、今はもう、思い出そうにも姿がぼやけてしまう。


 所詮、その程度の恋心だということだ。昔に憧れたキャラとダブらせてしまい、思い出補正込みで、ちょっと気迷ってしまったのだろう。



 もう、迷うことは無い。俺の夢は豪華で安定した生活+ハーレム+ウタヒメだ。

 雪姫が何のしがらみもなくハーレム入りしてくれるなら大歓迎だが、余計な責任や使命を強制するなら必要ない。


 俺にとっては雪姫の価値はそれくらいで十分だ。

 

 俺は自分の中で燻っていた雪姫への思いに終止符を打つ。

 旅立つと決めたんだ。抱えていく物は少ない方が良いに決まっている。






 よし、そろそろ夕食の時間だろう。戻るとするか・・・



 その時、俺の目の前を白いナニカが横切った。



「え!」


 

 思わず声が漏れる。



 

 それは白い鳩だった。

 

 地面に降り立ち、翼を畳むと俺の前まで近づいてくる。


 

バサッ

 


「わっ!!」



 その白い鳩は俺の前まで来ると、一瞬羽ばたいて俺の目の前まで飛んでくる。


 思わず抱えるように受け止めてしまう俺。


 

 これは・・・機械種ピジョンか。鳩型の機械種。

 まさか、これって?




 胸の前で構えた俺の両手の上に乗る白いピジョン。


 青く輝くつぶらな目をこちらに向け、少しだけ嘴を開く。


 そして、そこから流れたのはあの透き通るような雪姫の声。


「チームトルネラのヒロ、貴方に告げる。明日、日が昇る頃に貴方がいつも通る廃墟の辺りまで来てほしい。話したことがある。近くまで来たらこの子が案内するから付いて来て。繰り返す・・・・」


 電話でのアナウンスで流れるような単調な物言い。

 しかし、これは紛れもない雪姫からのお誘い。



 え、なぜ?



 今、雪姫への思いに決着をつけたばかりなのに!


 急に雪姫の姿が明確に思い出される。


 流れるような美しい銀髪。

 あの髪に手を入れて梳いてみたい。


 蒼い宝石のような双眸。

 あの目に俺の姿を映してほしい。


 名前の通り雪のような白い肌。

 どれほど柔らかいのか触れてみたい。


 何の表情も浮かべていなかった硬質の美貌。

 笑ったところを見てみたい。



 ああ、もう駄目だ。彼女への思いが膨れ上がってくる。

 せっかく封じ込めたと思ったのに。


 彼女に釣り合う為に何をさせられるんだ?

 何を求められる?俺は何を対価に差し出せばいいんだ?


 いや、ひょっとして、純粋に俺のことを好きになったのかも・・・

 

 そんなわけあるか!


 でも、可能性はゼロじゃないし・・・


 都合の良いことを考えるな。こういう場合は最悪のことを考えろ!

 最悪への対処を準備しておけば、大抵のことは何とかなるはずだ。





 この件で、俺にとっての最悪は何だろう?

 それは・・・雪姫が俺を殺そうとしていることとかかな。

 

 実は俺はこの世界にとっての魔王で、彼女はそれを始末する為に派遣されてきた。

 ノコノコと誘いに乗っていけば、周りは軍隊に囲まれていて、一斉砲撃を受ける。


 これが最悪の想像だろう。流石にこの仙衣も大砲の一斉砲撃に耐えられるとは思えない。そうなったら逃げの一手しか対処のしようが無いだろう。もちろん、逃げられるかどうかは分からないが。


 たとえ軍隊とかではなくても、長距離からの狙撃手に狙われるという可能性もある。その場合は頭部さえ守ることができればなんとかなる。腕や足を吹き飛ばされても仙丹を使えば一瞬で回復できるからな。


 雪姫が他のスラムチームと組んで命を狙ってくる場合はどうなる?

 先ほどの軍隊が出張ってくるよりは現実性が高い。

 その場合は軍隊を相手にするよりは楽になるだろう。宝貝をフルに使えば切り抜けることだってできる。

 


 ではどうやって最悪を回避する?


 1、身代わりと立てる。

 ヒューマノイドタイプの機械種を従属して変化の術をかければ俺に扮装させることは可能だろう。

 欠点は、機械種を使うと感応士である雪姫に気づかれてしまうのではないかということか。


 2、日の出より前に、現場に行って辺りを調べておく。

 そうすれば、軍隊が隠れていても事前に発見できるだろう。場合によっては奇襲で壊滅させることができるかもしれない。

 欠点は、やはり感応士である雪姫に先に発見されてしまう可能性が高いことか。先ほどのような鳥型の機械種で空から警戒されていれば、すぐに見つけられてしまうな。


 3、そもそも行かない。

 行かなけれは襲われることも無い。

 ただし、当然、雪姫のお誘いを無視することになるから、場合によっては拠点に押しかけてくることだってあるかもしれない。その場合はチームを巻き込んでしまう。この選択肢は選べないな。



 1、2、3のいずれも雪姫の機嫌を損ねてしまう可能性が高い。俺に対してどのようなことを言ってくるのか分からないが、もし、俺の望んでいたことなのであれば、千載一遇のチャンスを逃してしまうことになる。



 身の安全を取るか、恋の成就の可能性を取るか。

 

 クソッ!俺はどうすればいいんだ?




 バサバサバサッ


   


 俺が対応を考え込んでいると、一方的にメッセージを伝え終えたピジョンは俺の両手から飛び立っていく。

 

 夜空へ消えていく白い鳩を、ただ立ち尽くして見送るだけしかできなかった。



 




「ヒロ、どうしたの?そろそろ夕食だけど?」


 玄関前で突っ立ったままの俺にサラヤが声をかけてきた。


 俺は何分くらいこうやっていたのだろう?相変わらず思考に没頭すると時間を忘れてしまうな。結局、何の結論を出せないまま袋小路をグルグル回っていただけだったのに。


「・・・ああ、もうそんな時間なんだ。ありがとう、サラヤ」


「どういたしまして。んん?ヒロ、ちょっと顔色悪いね。体調大丈夫?」


「いや、体調は悪くないよ。ちょっと考え事してたから・・・」


 そういや、サラヤにも俺が3日後チームから離れることを伝えないといけないな。

 周りには誰もいないし、ちょうどいいタイミングかもしれない。


「サラヤ、俺さ。後3日でチームを離れることにしたよ」


「!!!・・・そう。・・・そっか。ひょっとして雪姫さんの所に行くの?」


 突然の俺の宣告にサラヤの心情はいかばかりだっただろうか。しかし、彼女はそれを表に出さないよう、いつも通りの対応を心がけてくれている。

 俺に気を遣わせないようにとの彼女の俺への思いやりだろう。



 さて、なんて答えようか?



 今の俺はチームトルネラに所属している。

 俺自身のことについて隠していることも多いが、それはプライベートのことだから仕方が無い。でも、今回の雪姫からの呼び出しは明らかにチーム全体に関わる大きな事案だ。

 チームに所属している以上、俺の行動について、ある程度報告しておかないといけないし、嘘をつくのも良くない。

 前にサラヤは俺が雪姫の所へ行くことについて、個人的には肯定してくれた。

 ならば、ここは正直に言っておくべきだろう。




「さっき、雪姫のピジョンが来たんだ。明日の朝、廃墟まで来てくれって」


「ええ!!」


 サラヤは目をまんまるにして、驚きの声を上げる。


 俺が3日で出ていくって話をした時は驚きを飲み込んだみたいだったけど、今回は流石に取り繕えなかった様子。


「あの雪姫さんが、そんなことを・・・。そこまでヒロのことを・・・」


「うん。俺も驚いているよ。ああ、でもこの話と、俺が3日でチームから出ていく話は全く別だからね。元々チームに長居するつもりはなかったんだ」


「それは分かってた。ヒロはずっとはチームに居てくれないだろうって。皆とお話ししている時も、ヒロは絶対に踏み込ませない壁みたいなものを作ってたし、こちらに借りを作りたくなさそうだったから」


 ・・・壁を作っちゃうのは前の世界からの仕様です。

 みんなジュードやサラヤみたいにコミュニケーションが得意な人ばかりじゃないんだぞ。


「ごめんね。でも、残り3日間チームの為にできるだけのことはするから安心してよ」


「ううん、ヒロには返せないくらいの恩を貰っているから、今は自分のことを優先して。明日は勝負所なんでしょう?がんばって!ヒロの成功を応援してるから」


 サラヤは顎の辺りで両手の拳をぎゅっと握り絞めて、俺を応援してくれる。


「成功って・・・、別に色恋の話になるって決まっている訳じゃないよ。何で呼び出されるのかも検討がつかないんだ。だいたい雪姫って人のこと、ほとんど知らないし。」


「雪姫さんとは総会で何回か話したことがあったけど、悪い人じゃなかったよ。ちょっと世間知らずっぽくて、自分の興味の無いことには冷淡になっちゃうところがあるけど、少なくとも人を騙すようなことはしないと思う」


 意外と高評価なんだ。サラヤから見た雪姫は。

 前の総会の時は全く相手にされていなかったみたいだけどなあ。


「前に総会でね。私の体調が良くない時があって・・・、ジュードも、ディックも気づいてくれなかったんだけど。でも、隣の雪姫さんが私を気遣ってくれて、総会の休憩を申し入れしてくれたこともあったの。後でお礼を言ったら、『別にそんなつもりじゃなかった』って素っ気なく返されたけど」


 何そのツンデレお嬢様みたいなの?ちょっと雪姫に親しみが湧いてくるな。


「凄く美人だから、周りが勝手に高値の花扱いしちゃって、あんまり人と話す機会が少なかったのかも。だから人との接し方が苦手なのかもしれない。でも、誤解はされやすいけど、本当は優しい人だと思う」


 イメージがなんとなく固まってきたな。無感情キャラではなく、素直になれないお嬢様系か。


「きっとヒロとはお似合いよ。上手にエスコートしてあげて」


 サラヤの中では、俺と雪姫の邂逅はすでにピンク色モード一色なのだろう。

 女の子はすぐに色恋沙汰にしたがるところがあるからな。


 でも、サラヤのおかげで決心がついた。

 俺を騙すような悪い人じゃあなさそうだ。

 下手な小細工は止めて正面から行こう。



 俺の迷いが晴れたのが分かったのだろう。

 サラヤはニコッと俺に微笑みながら手を差し伸べてくる。


「明日の為にも、これからたっぷり栄養と取らないとね。さあ、早く食堂へ行きましょう」


 また、シリアルブロックを食べないといけないのか。


 サラヤに手を引かれながら拠点のビルに戻る。


 前はこうやってサラヤに手を握られる度にドキドキしていたが、今は特に感じることは無い。すでにサラヤは俺の中のカテゴリーではジュードの彼女ということで、友人の位置に落ち着いている。

 

 サラヤは最初、ヒロイン?の位置にいた。色々あって友人カテゴリーへと異動したが、この異世界に来てから『ヒロインかも?』と思ったのはサラヤだけだった。


 もちろん雪姫を除いてだ。

 

 今、雪姫は俺の中で『ヒロイン?』の位置にいる。


 明日会うことで、雪姫は俺の中のどの位置へ移動するのだろう?


 願わくは、今度こそ・・・


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