第101話 約束
デップ達の頼みを聞いて、一緒にテルネの部屋に向かうことになった。
その前にザイードには白兎の修理をお願いをする。
肩の部分の装甲の交換だ。軽く剥がれかけている程度だが、自然に治癒するものでもないので、直してもらっておいた方が良いだろう。
従属している機械種の修理は課題だな。機械を直すような術はないだろうか。
五遁の術、いわゆる五行(木、火、土、金、水)を操る術が仙術にはある。
ショボい火や雷を出したり、意外に便利な水を出す術もこれにあたり、それぞれ火行、木行、水行が該当する。
まだ使用したことがないが、五行の中の金行が金属を司っていたはずだ。
これを利用すれば金属の装甲の傷くらいなら直すことができるようになるかもしれない。
ともあれ、今は機械種の修理はザイードに任せるしかない状況だ。
ザイードに白兎を預ける時に、ザイードへ白兎のマスターとしての権利の一部貸し渡しを行う。
これをすることで、『晶冠開封』や『スリープ移行』の命令をザイードが行うことができるようになり、修理や部品交換がスムーズになるそうだ。
「綺麗に直してもらうんだぞ」
ザイードの元に残された白兎はまるで動物病院に置き去りにされるペットのような哀愁を漂わせていた。
いや、俺が勝手にそう思っただけだけど。
3階へ上がるとカランが待ってくれていて、そのままテルネの部屋へ一緒に向かう。
流石に女の子の部屋に男達だけで入るのはマズイのだろう。
いつも騒がしいデップ達は、厳しそうなカランが一緒だと大人しい。
「たまに扱いてやることがあるのさ。コイツラは元気が有り余っているからな」
カランじゃなきゃちょっと淫靡な想像をしてしまいそうなセリフだ。
テルネの部屋は前と同じように、ベットの横にミシンが置いてあり、布切れが積み上がっていて、寝室兼仕事場のような雰囲気だ。
「すみません、ヒロさん。私が無理を言ってしまって・・・」
テルネの相変わらず消え入りそうな声。
ベットの端にチョコンと座り、申し訳なさそうに身を縮めている。
「テルネ、気にするな。ヒロはそんな器の小さい男じゃないぞ」
俺に代わって勝手にテルネに答えるカラン。
まあ、別にいいですけど。
「えっと、俺の服を見たいってことだったよね。ちょっと待って今脱ぐから」
黒のパーカーを脱いでテルネに渡す。
「はい。着たきり雀だから、ちょっと汗臭いかもしれないけど、我慢してね」
「いえ、別に、そんな・・・」
俺のパーカーを大事そうに両手で受けとったテルネは、そのままベットの上に広げて見分していく。
「凄い。こんな綺麗な縫製、初めてです。多分かなり上位の『機織り』で作ったものじゃないでしょうか?」
お、初めてだな。テルネがこんなにはっきりと物を言うなんて。
やっぱり仕事となると照れがなくなるのかな。
たしか『機織り』って糸を縦横に通して織物を作ることだったっけ?
いや、この世界だったらひょっとして何か違う意味なのか?
俺が『機織り』について質問しようかと悩んでいると、横からカランが口を挟んでくる。
「ヒロ、『機織り』というのは、前に話したことのある『マテリアル精錬器』の一つで、マテリアルから糸や布製品を作ることができるものだ」
「え、マテリアル精錬器って『金床』って言っていなかったか?」
「『金床』は金属製品を作る『マテリアル精錬器』だな。他にもプラスチック製品やゴム製品を作る『型抜き』や、革製品を作る『鞣し』なんかもあるぞ」
「あー、俺も知ってる!ブロックを作るのが『鍋』」
「俺も知ってるぞ。飲み物を作る『水瓶』」
「えー、えー、俺も、俺も!えーと、食器とか作る『窯』」
後ろから知っていることをアピールしてくるデップ達。
おいおい、この世界の物品は全部マテリアル精錬器で作られているのか?
食べ物も、飲み物も、服も、食器も、全てマテリアルが原材料となっている?
どうなっているんだよ!この世界の製造業は?職人は?そもそもマテリアルって機械種を倒してその素材を『秤』で精製して作られるんだよな。
人類の敵対種である機械種は、人間の食料も含めた産業の原材料に不可欠になっているってことか。
果たしてこの関係性は偶然にできた産物なのか?
倒した機械種の残骸を上手く利用して役立てているのではなくて、すでに人類の根幹の部分が機械種無しには回らなくなっているんじゃないか。
「あ、あのヒロさん?どうされました?」
「あ、ごめん。ちょっと考え事を・・・」
テルネが遠慮がちに、黙り込んでしまった俺へ声をかけてくれたようだ。
色々この世界の仕組みについて考えを巡らせてしまったが、今の俺の知識だけでは判断しようが無い。
この世界の謎というべき、機械種を原材料とすることを前提とした社会構造について考察するのは、もっとこの世界のことを学んでからでいいだろう。
「えっと、どうだい?これと同じようなものを作れそう?」
「はい、デップさん達の希望の色は聞いていますので、後は大きさを合わせていくだけですから・・・」
テルネはベットの上に置かれた、緑、黄、青の服。デップ達が着るにはちょっと大きすぎるようだが、これをどうやって合わせていくだろう?
「サイズに合うように縫っていくんです。私の家は『機織り屋』でしたので、私も小さい頃から手直しを手伝っていましたから、こういうのは得意なんです」
「ということはテルネの家にはその『機織り』っていうマテリアル精錬器が置いてあったんだ?」
「・・・はい。服の登録数もあんまりなくて、それほど位の高い物ではありませんでしたが、家が潰れてしまった時に持って行かれてしまって・・・」
あ、余計なことを聞いてしまったな。
しかし、『服の登録数』とか、『位』いう言葉が出てきたけど、マテリアル精錬器にも色々種類や機能の高い低いがあるということか。
ひょっとして、『機織り』って初めからマテリアルで作れる服の種類や大きさが決まっていて、『機織り屋』っていうのは、そのサイズや種類が決まってしまっている服を、ユーザーに合わせて縫製していく商売のことなのかな。
テルネに確認すると、やっぱり俺の想像している通りだった。
『機織り』にも色々あって、服だけ作れるもの、下着やタオルなんかも作れるもの、高級なドレスが作れるもの等、様々な用途に合わせた『機織り』が存在するらしい。
『機織り屋』は『機織り』から作られた服なんかをお客様の要望に応じてカスタマイズしていくのが仕事のようだ。
「こうやって、鋏で切ったり、縫ったりしてサイズを合わせていきます」
テルネは手に持った大きめの鋏で服に切れ込みを入れていく。
テルネには手に余るくらいの大きい鋏だ。大分年季物のようだが、使いにくくないのかな。
「これですか?祖母から受け継いでいる大事な鋏なんです。これと、ミシンくらいしか家から持ってこられなくて・・・」
また、余計なことを聞いてしまった。
スラムに来るくらいだから、みんな、それなりの不幸な出来事があってのことだろう。
あんまり過去を詮索していくのは良くないな。
俺も過去を聞かれると困ってしまうし。
しかし、思いの他、貴重な情報を聞くことができたな。
この異世界の産業を担っている『マテリアル精錬器』か。
直接戦闘に関わることは無いだろうけど、この世界で暮らしていく為にはお世話になることも多いだろう。
これについても情報を集めておいた方が良さそうだ。
テルネの確認作業も終わり、デップ達が部屋から出て行ったところで、テルネがおずおずと俺にお礼を言ってくる。
「ヒロさん、ありがとうございます。あの、お礼と言っては何ですが・・・、その、ヒロさんにも何か・・・プ、プレゼントしたいんです!私に作れるものだったら、何でも作ります!何か欲しい物は、あ、ありませんか?」
おお、詰まりながらだったけど、最後は思い切って、言い切った。
うん。プレゼントね。何か布製品でほしい物はないですか?ってことだと思うけど。
後ろでカランがニヤニヤしているな。
うーん。ちょっと恥ずかしい。
はあ、俺はあと3日でこのチームを出ていくんだけど、流石にこの場では言いにくいなあ。
多分、テルネは俺のことを好きとかじゃなくて、自分を助けてくれるかもしれない人っていう認識だろう。だから、俺の興味を引こうとして、そんなことを言ってくれてるんだろうな。
まあ、ここは無難な物を頼んでおこうか。
「うーん、そうだね。ハンカチが欲しいな。作れるかい?」
「は、はい。大丈夫です。作れます」
顔を真っ赤にして答えるテルネ。
こういう真っ直ぐな所はちょっと可愛いと思うけど、ヒロインというにはちょっと足りない・・・いや、足りていたからって、別に何かするわけではないけど。
ふと、思い出されるのは、未来視で見たIFの未来。
俺にそっと寄り添ってくるテルネ。
俺の手をぎゅっと握り絞め、安心しきった様子で俺に体を預けてくる、
その時感じたテルネの体温と、俺が感じていたテルネへの愛情。
急にテルネへの愛おしさがこみ上げてくる。
もう何年も一緒に過ごして愛を育んて来たような感覚。
この場でテルネを抱きしめたくなる衝動が沸き上がり・・・
イカン!駄目だ!
唇を思いっきり噛みしめてその衝動に耐える俺。
あれはIFの未来の映像だ。俺が進んでいく未来とは違う。
この感情は、単に未来視で見た俺とテルネの関係に感情移入してしまっただけのものだ。
あれは俺ではない。テルネもあのテルネではない。
無理やりテルネへの愛情を抑え込む。それが正しい事なんだと信じて。
「ヒロさん。どうしました?」
小首をコクンと傾けて、俺を心配そうに見上げてくるテルネ。
「いや、なんでもないよ。テルネのプレゼント、期待しているね」
「はい、がんばります!」
そう返事をして、テルネは嬉しそうにはにかむ。
それは誰が見ても恋をする少女の顔だった。
それがたとえ、恋に恋している状態だとしても。
ここまで好意を示されたら、申し訳無さが半端ない。
応えることはできないけど、せめて、ここを出る前に仙丹で体を治してあげることにしよう。
「もう少しテルネと一緒に居てあげても良かったんじゃないか?」
部屋から出たところで、そんなことを言ってくるカラン。
俺をからかおうとしているみたいだけど、やめてほしいなあ。
これ以上、期待かけられる前に言っておくとしようか。
「カラン、これは皆にはまだ内緒にしてほしいんだけど、実は俺・・・」
「近いうちにチームを出るんだな、ヒロは。多分、数日のうちに」
「え!」
何で知ってるの?
時間的にジュードやトールから聞いたとは思えないが。
カランは俺を驚かせることができたことがよほど嬉しかったのか、満面の笑みを浮かべている。
「前にも言ってたじゃないか。早くチームを抜けたいと。前はそう言いながらも悩んでいるようだったが、今は何かを決心したかのような目をしていたからな」
「やけに嬉しそうだな、カラン。俺がチームを出ていくのが分かったって言うのに、その笑顔はないんじゃない?」
「はは、残念ながら剣の腕でヒロからすぐに一本取るのは難しいから、こんなことくらいで一本取れたことが嬉しくなってしまうんだ」
そういやカランとはそんな約束をしていたな。
「今から勝負でもするか?」
「それは心惹かれるお誘いだが、やめておこう。流石に3日程の練習でヒロに追いついたと思えるほど、自分の腕を過信していない」
じっと俺の目を見つめてくるカラン。
その目は先ほどまで冗談口を叩いていたとは思えないほど真剣だ。
彼女は武芸に関することには妥協ができない性格なんだろう。
「別にヒロに勝つことを諦めたわけじゃない。ヒロは狩人になるんだろう。私も将来、戦場に身を置くことは多いはずだ。いつになるか分からないが、どこかで出会う日が必ずある。その時にあらためて挑ませてもらおう」
それが何年後になるのやら。随分気の長い話だな。
「分かった。俺もその時を楽しみにしておくよ。今度も完膚なきまでに容赦なく力の差を見せつけやろう」
俺がニヤッとした笑いを見せると、カランも俺と似たような表情を浮かべてくる。
そして、お互いに拳同士をゴンと突きつけ合って、それを再試合の約束とする。
「じゃあな。私は明日からバーナー商会から依頼された護衛の任に着く。戻るのは1週間以上も先のことになるだろう。皆との別れの場には立ち会うことはできないだろうから、さっきのを別れの挨拶とさせてもらうよ」
カランは言いたいことを言って、身を翻してその場を去っていく。
まるでライバルキャラだぞ。その言動。
あと、かなりカッコつけた別れ方をしたけど、お前とは夕食でも会うんだから、ちょっと気まずくならないか、それ。
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