第89話 再び


 翌朝、トールの掛け声で目が覚める。


 毛布から顔を出すと、皆がもそもそと毛布を片付け始めているのが見える。


 寝るのが遅かったジュードはちょっと眠そうだ。

 俺はもっと寝るのが遅かったが、いつものように体調はすこぶる調子が良い。

 昨日の呪殺で気分が悪くなってしまったが、もうそれも微塵も感じない。


 あ、そうだ。チームブルーワについて様子をうかがいたいけど、こういったことって誰が一番詳しいのだろうか。

 

 他のチームへの諜報活動とまではいかなくても、聞き込みとか、噂話を集めてくるとかでも構わないんだが、さて、誰にお願いするか。





「トール、ちょっとお願いがあるんだけど・・・」


 ちょうど子供達を全員起こし終えたトールに話しかける。


「ん、何だい?ヒロが僕にお願いなんて珍しいね」


「チームブルーワの動向を探ってもらうことってできる?」


「え・・・」


 トールを選んだのは消去法だ。ジュードに聞き込みとか無理だろうし、サラヤもチームブルーワとは相性が悪い。ナルなんてもっと駄目だ。カランも論外だろう。


 トールなら人当たりも良いだろうし、情報を集めてくれるくらいはできると思うんだけど。


「いやあ、サラヤからも後で聞くと思うけど、総会でかなりブルーワとやり合っちゃって大分恨まれてそうなんだ。だからこっちに仕掛けてくる可能性もあるから、その辺を聞き込みしてもらうことってできる?」


 トールの顔から一瞬だけだが笑顔が消えた。

 ん?何だろう。ブルーワに嫌な思い出でもあるのか。


「ヒロ、僕にそういったことを頼んでくるのはなぜ?」


 ちょっと声が固いぞ。そんなにブルーワが怖いのか?


「別にトールでなくても構わないんだけど、そういったことが得意そうだったから・・・かな?上手いこと言って相手から情報を聞き出すとか、トールの得意分野じゃない?」


「ああ、うん、そうだね。このチームじゃ僕の役割かな」


 おお、ようやく顔が戻ったな。でも、あんまり無理はさせたくないんだけど。


「いや、大丈夫だよ、ヒロ。チームブルーワの動向だね。ちょっと調べるくらいなら朝飯前だよ」


 いや、このチームで朝飯なんて出たことないだろうが。これは突っ込み待ちなのか?

 まあ、トールがここまで言うのだったが大丈夫なんだろう。

 ここはお任せすることにしよう。


「それにしても、ブルーワと揉めたって厄介だね。ヒロは一体どんなことをやらかしたの?」


「やらかしたってヒドイな。俺は立派に護衛を務めただけだぞ・・・ブルーワの髪型をキノコ頭って言ったり、総会で思いっきり恥をかかしたり、ブルーワのことを口だけだとか臆病とか部下の前で罵ったりしたくらいだ」


「は・・・・・・」


 トールがポカンと口を開けてマヌケ面を晒す。

 驚きのあまり、トールは固まってしまったようだ。


 うん、随分なことをしてしまったのかもしれない。

 このスラム少年特区のチームのリーダーをコケにしたんだから当然か。

 暴走族の族長をメンバーの面前で馬鹿にしたようなものだからな。

 まあ、おそらくその当人はもうこの世にいないけど。


「ヒ、ヒロ。君は強いから気にしないのかもしれないけど、他のメンバーのことも考えてくれ。僕や子供達だって狙われる可能性があるんだよ」


 ようやくトールのフリーズが溶けたようだが、顔がこわばったままだ。


 それについても考えたが、どのみち、早いか遅いかでしかない。ダンジョンの異常は終わりそうにないし、あの様子だったら1ヶ月も経たないうちに襲撃してくる可能性が高い。

 であれば、俺が居てるうちにカタをつけておくべきだろう。


「彼は執念深いことで有名なんだ。彼と一時期、リーダーを争っていた対抗馬は、取るに足らないことで粛清されたって聞くし、陰湿で後ろ暗いことも平気でやるから、何を仕掛けてくるか・・・」


 トールは不安を訴えてくるが、もうその心配は皆無なんだよなあ。

 俺の呪殺が効いていれば、今、チームブルーワは大混乱の真っ最中だろう。


「大丈夫、大丈夫。俺が何とかするから、トールは聞き込みの方を頼むよ」


「ヒロは今まで何とかしてきた実績があるから信用するけど、あんまり無茶はしないでほしいなあ」


 相変わらず心配性だな、トールは。

 それがチーム内での役目なんだろうな。

 安全第一のサラヤの意向に従っているというのもあるかもしれないが。






 

 部屋から出ようとしたところでジュードに声をかけられる。

 大分寝ぼけ眼は覚めたようだ。いつものイケメンスタイルだが、頭に寝癖が残っているのがご愛敬か。


「ヒロ、昨日はお疲れ様、今日はどうするんだい?」


「お疲れ、ジュード。今日か?まだ決めてないんだよなあ」


 できれば白兎の仲間を増やしてやりたいが、肝心の蒼石がない。

 宝貝の検証も終わったし、あとは術の検証くらいか。


「じゃあ、また僕と一緒にダンジョンに行かないかい?」


「ダンジョンか。今、ダンジョンは危険な状態だと思うけど、大丈夫なの?」


「1階ならオークも出てこないだろうってジュラクも言ってたから大丈夫じゃない。今回は、前に狩ることができなかったコボルトに挑戦してみたいんだ」


 ふむ、コボルトか。その格上のオークを瞬殺したから、俺にとっては敵ではないはずだ。

 前回の目標でもあったのに、相手の数が多すぎて逃走ばかりしていたな。

 このまま逃げっぱなしというのも気分が良くないし。



 タッ タッ タッ タッ スタッ



 お、白兎か。



 ジュードと話しながらロビーへ出たところで、白兎が俺に近寄ってくる。

 

 そうだな。白兎と一緒にダンジョンに潜るのはいいかもしれない。

 機械種使いとして、どうやって狩りをするのか全く分からないままだから、試行錯誤しながらダンジョンを進んでみるか。


 白兎の頭を撫でながら、そんなことを考えてみる。


「よし、オッケー。白兎と一緒にダンジョン探索といきますか」


「え、僕は?僕も入れてよ」










 朝の用意を済ますと、白兎を連れて、ジュードと一緒にダンジョンへ向かう。


 その前に、ちょっとした準備作業することとなった。

 嫌がる打神鞭をジュードに貰った鉄パイプに変化の術で偽装させたのだ。

 この鉄パイプを持っていないと、俺が不審がられてしまうし、また、ジュードにあの剣幕で詰め寄られるのは御免だ。




 ダンジョンへの道を進みながら、背中のナップサックからは打神鞭の不満が断続的に伝わってきている。

 

 おい、何度も言うけど、お前しかいないんだよ。お前が元々の姿に戻るだけだろう。

 変化の術は対象が変化させるものに近ければ近いほどクオリティが上がるんだ。

 たとえ、他の棒状の物をジュードから貰った鉄パイプに偽装しても、上手く誤魔化せるかどうか分からない。

 倉庫にはジュードが集めた鉄パイプが何本もあるらしいが、ジュードはその中から自分がいつも使っている物を正確に見分けるらしい。

 もし、見抜かれてしまって『これは僕があげた鉄パイプじゃない!』って言い出したら厄介だろう。

 

 少しの間だけだから我慢してくれ。









「はああ、1階からラットが出てきているなんて、これはちょっと厄介かもしれないね」


 今回のダンジョン探索も、前回と同じ穴から入ることにした。

 20分ばかり進んだところで、ジュードが立ち止まり、こちらを振り返って嘆息する。


 12,3メートル程先にはレッドオーダー特有の赤く輝く多数の目の光、5~7体くらいのラットの群れだろう。

 

 前回は地下2階へ進むまで出てこなかったラットがもう出現している。

 そして、1階に生息していたリザードやバットの姿は見えない。


 今にも飛びかかろうとしている白兎を押さえながら、ジュードに仕掛けるかどうかを確認する。


「ちょっと、数が多いね。できれば4体以下を狙いたかったけど・・・」


「今回は白兎もいるし、なんとかなるんじゃない?」


 ジュードの慎重論に対して、俺は楽観的だ。


 前回はラット4体に俺とジュードの2人で無傷の勝利だった。

 今回は多く見積もってラットが7体。俺が少し本気を出して、3体を瞬殺すれば、白兎で2体、ジュードで2体を相手にするだけだ。


 このダンジョンに出る前に白兎が傷ついた場合について、ザイードに聞いてみたところ、装甲に傷がつくくらいなら割と簡単に治せるそうだ。

 多少傷がついでも直せる術があるのなら、ある程度戦闘を任せても大丈夫なはず。

 体格からいっても白兎ならラット2体くらいは抑えることができるだろう。



「俺が飛び込んで数を減らすから、打ち漏らしをお願いしていいかい?」


「ヒロ!無茶し過ぎは良くないよ」


 飛び道具が無いのなら、仙衣に身を包んだ俺が傷つけられることはない。

 倒れたところを群れで襲いかかられさえしなければ、危険のない相手だ。

 それにラットごときで躊躇していても仕方がない。俺が進まないといけない道は、長くて遠い。

 ここで踏み込まなくては、いつまで経っても前に進みそうにない。



「行くよ!フォローよろしく」



 鉄パイプに偽装した打神鞭片手にラットの群れに向かっていく。


 4歩進んだところで、こちらの攻撃を察知したのか、ラット達がこっちを迎え撃とうと動き出すが、もう遅い。



 ガン、ガン、ガン



 走り抜けながら、打神鞭を3回振り回し、正確に3体のラットを粉砕する。

 打神鞭から『ぎゃああ』という悲鳴が頭に木霊して、ちょっとうるさい。


 そのまま群れを突き抜けたところで、華麗にターンをかまして振り返る。

 さて、ジュードと白兎の様子はどうだ?



 ガジッ!!




 おお、俺の後ろを追走してきた白兎がラットの1体を仕留めたようだ。

 猫がそうするようにラットの首元に噛みついて、牙を突き立てていた。

 そして、ラットを銜えたまま左右に首を振り回し、周りのラット達をけん制している。

 

 なかなかやるな。これならある程度任せても大丈夫そうだ。


 

 ジュードは1匹に攻撃を加えているところだ。

 俺のように一撃とはいかないようだが、的確にダメージを与えている。


 ジュードは攻撃力の少なさがネックだな。武器が鉄パイプというのが問題なのだろうけど。

 ディックさんのようにハンマーでも持てばいいのに。


 以前、ハンマーは重いから動きが鈍る的なことを言っていたが、多数相手では一撃の重さが物を言う場合も多い。一撃で倒すことができるのと、2回、3回と攻撃をくわえないといけないのとでは、こちらの被弾率が違ってくる。


 重度の鉄パイプ信者であるジュードに他の武器を持てというのは難しいだろうが。


 てか、鉄パイプ信者ってなんだよ!


 

 白兎の背後を狙っていたラットの尻をを打神鞭で叩く。

 胴体部分は粉砕されるも、頭の部分は無事残ったようだ。


 俺が倒したのは4体か。そのうち晶石が無事そうなのは2個。


 うん、俺のオーバーキルも問題だな。




 あと、さっきから俺の頭の中で叫び声を上げ回っている打神鞭もなんとかしなければ。


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