第88話 妄想


 しばらく部屋で寝転びながら不快感と倦怠感を紛らわす。


 誰もいない深夜の個室というのは、思考を巡らせるには良い環境だ。



 天井を見上げながら考えるのは、今日あったこと、そう、雪姫のことだ。


 思い出されるのは、俺の名を訪ねてきた姿と、出ていくときに俺を見つめていたあの瞳。

 偶然ではないだろう。あの時のセザンとの問答でも、総会の内容には興味が無く、わざわざ俺の名前を知る為に、この総会に参加したように思える。

 

 今まで全く接点が無かった雪姫が、なぜ俺に興味を持つのか。

 チームトルネラから出てしまえば、俺のことを知っている者はほとんどいない。

 精々、バーナー商会くらいだろう、機械種ハイエナを拾ってきた新人として情報を持っているのは。


 あとは、チームの誰かが俺の情報を流している可能性くらいか。

 いや、チームを守るために、サラヤ達が俺が強いという情報を流していてもおかしくないが、わざわざ街の有力者さえも一目置く感応士である彼女が、それくらいで、あそこまで俺に興味を持つようになるとは思えない。


 他にどんな理由があるだろうか?

 この際、荒唐無稽は話でも構わない。

 彼女が俺に興味を持った理由を考えてみよう。 



 そうして考えついたのは、俺にとって都合の良い妄想じみたものばかりだった。

 夜遅くに個室でたった一人でいることもあり、妄想がいい感じで暴走をし始める。




 彼女はこの世界の巫女なのだ。俺という勇者が降臨するのを待っていたのだ。


 彼女は俺に一目惚れをしたのだ。だから思わず名前を聞こうと思ったのだろう。


 彼女は強い男が好きなのだ。俺の中に世界最強になりうる資質を見出したのだ。

 

 


 さあ、どれだろう?


 俺的には『彼女が巫女で、俺が勇者』を推す。


 なぜなら、これが一番彼女がここにいる理由が立つからだ。


 なぜ、彼女はこのスラムにいるのか?

 ⇒俺がこの街に来ることが予言されていたから。


 なぜ、彼女は銀髪超美少女、且つ、優秀な感応士なのか?

 ⇒この世界の巫女=勇者の為のヒロインだから。


 これであれば、彼女が何かを探しているという噂も当てはまる。


 そう、彼女は俺を探していたのだ。この世界に召喚された俺を。




 やはり彼女は特別なのだ。だって銀髪ヒロインだぞ。しかも、見たことが無いような超美少女。そして、俺に欠けている部分を埋めるかのように優秀な感応士なのだ。


 この世界が俺の為に用意してくれたとしか思えないようなスペックじゃないか。

 これで、全然関係のない一般人でしたなんてあるわけないだろう!


 おかしいと思っていた。俺が読んだネット小説では、異世界に転移、又は転生した主人公は早々にヒロインと出会っていることが多かった。

 お姫様であったり、公爵令嬢であったり、魔王の娘であったり、聖女であったり。

 また、立場は低くても、高スペックな幼馴染であったり、師匠の娘であったり、魔法少女であったりと様々であったが、一様にして、人目でヒロインと分かる女性と出会い、早い段階から愛を育んでいくという展開が主流だった。

 まあ、書籍化した時に早い段階でヒロインがいないと、1巻の表紙が味気ない物になてしまうからという理由もあるだろうけど。

 

 この世界に来て、現実にはそう簡単にヒロインには出会えない物だということを実感することが多かったが、そうじゃなかった。

 

 ここにヒロインはいたのだ。初めからこのスラムに。

 俺がチーム内にこだわってばかりしていたから、ヒロインの出会いのイベントを逃していたのだろう。

 だから強制イベントが発生して、彼女から俺に会いにきたのだ!



 やったああああ!待ったかいがあった。

 サラヤやナルに誘惑されても耐え抜いたし。

 他にフラグを立てた女の子もいない。

 

 誰に憚ることも無く、俺は彼女を、雪姫を愛することができるんだ。

 俺は正しかった。我慢して良かった。

 ようやく報われるんだ!俺はこの為にこの世界に来たんだ!






 本当にそんな都合の良い話なんてあるわけないだろ!






 高まりだしたテンションは、いつものように、俺の中の冷静な部分による突っ込みを受けて急激に冷め始める。


 次に浮かび出すのは、俺にとって都合の悪い現実ばかり。


 世界の巫女ってなんだんだよ。世界観が違い過ぎるだろう。

 彼女程の美人が一目ぼれするような顔をしているのか、お前は。

 最強であることを利用されるだけだ。お前自身に興味なんてない。


 俺の為のヒロイン?彼女は名前を聞いただけだ。自意識過剰じゃないか。

 出会いイベントってなんだ?ゲームの世界と混同し過ぎだ。





 はあああああ、やっぱり駄目だ。俺。

 ほんの少し言葉を交わしただけだろう?

 告白されたわけでも、誘いを受けたわけでもない。

 あんな美人が俺なんかを好きになってくれるはずがない。


 テンションはいきなり最下層まで落ち込んだ。

 



 さらに俺の中の冷静な部分が今の状態を分析する。


 このテンションの激しい上下は恋愛に悩む10代に良くあるヤツだな。


 何やってんだろう、俺。精神年齢では40歳を超えているのに。

 

 しばらくの間、陰鬱な感情の海に浸ることとなった。







 20分程、寝転がってウダウダやっているとようやく気持ちも落ち着き始める。


 雪姫については、今考えても仕方がない。情報が無さすぎるのだから。


 いずれ向こうから接触があるだろう。もしなければそれだけだ。俺とは縁が無かったと思うしかない・・・思えるだろうか?


 いやいや、思うしかない。どうせ向こうの居場所なんて分からないし、もし、無理やり探し出して会えたとしても、何て言うつもりなんだ?


 ほとんど相手のことを知らないのに『好きです。付き合ってください』とでも言うつもりか。

 それが言えるなら、今の俺はこうして存在していないぞ。


 雪姫のことについてこれ以上考えるのは、とりあえずやめておこう。さっきみたいに思考が暴走しそうになる。





 他にも考えないといけないことは多いのに、時間を無駄にしてしまった。


 考えないといけないこと。一つは、俺ににかかっているかもしれないフンババの呪いのこと。

 もう一つは、ダンジョンの異常をどうするかについて。



 まず、魔狼に襲われるというフンババの呪いについてだが、これは2つのパターンが考えられる。


 本当に超常的な呪いである場合と、電波信号やデジタル通信のようなやり取りで、集中的に狙われるようにされている場合だ。 


 超常的な呪いである可能性は低い。明らかに世界観に合わないし、そもそも相手は機械だ。それに仙術を収めている俺がそう簡単に呪われるとは思えない。


 であれば、フンババから逃げ出したときに、写真や映像のようなものを取られて、それが周辺の機械種に送られてターゲットとされてしまっている可能性の方が高い。


 若しくは、俺にマーカーのようなものが取り付けられている可能性だな。


 しかし、どちらにせよ、あの魔狼達、ヘルハウンドとダイアウルフだったか、あれ等に襲われて以降は、特別強敵に遭遇することも無かった。

 ということは、フンババの呪いというものは、魔狼達を倒せばそれで終わってしまうものなのか、それとも、効果が切れてしまったのかもしれない。


 その機械種に詳しそうなアデットも、呪い自体については言及していなかったから、その辺りの情報は出回ってない可能性が高い。

 まあ、もう一度、あの魔狼達に匹敵するような機械種に襲われても、今の俺だったら敵ではないだろう。


 呪いについては、これくらいで構わないか。




 

 では、次。

 俺が仕出かしたことで、ダンジョンに異常が発生したことへの対処をどうするか。


 別に俺の仕業だってバレていないのだから、放っておいてもいいんじゃない?


 と思わずそう考えてしまうが、ことはチームトルネラの未来もかかっているから、放置はできない。


 俺の心の安定の為には、ぜひともチームトルネラには明るい未来を用意してあげたい。俺が出て行ってすぐにチームが崩壊してしまったら、絶対に落ち込んでしまうだろうし、特に俺が原因となってしまっていることだから、余計にそう考えてしまう。


 それにダンジョンの底に眠っているかもしれないというお宝にも興味はある。


 俺がまだ使用したことがない『地行術』を使えば、土砂に埋もれてしまっている4階以降にも進むことができるだろう。


 ダンジョンの攻略が進まない原因の一つが、地下深くに巣が埋まってしまっているからということなのであれば、これは俺の大きなアドバンテージになる可能性が高い。


 この世界で唯一ダンジョンを踏破できる狩人。


 それは正しく世界一の狩人といっても過言ではないだろう。


 まあ、そんな目立つ称号はまっぴらごめんだが。


 しかし、そのダンジョンの底に眠るお宝は、俺の豪華で安定した生活+ハーレム+ウタヒメへの道を大きく前進させることになるのは間違いない。

 

 だが、やはり『地行術』を使うのは抵抗がある。

 真っ暗な地中に永遠に沈んでいく俺を想像してしまうから。

 そうでなくても、地面の中は進めるけど息はできませんとか、目を開けたら砂が入ってくるとか、下着の中まで土塗れになるとかは勘弁してほしい。


 確かに、ダンジョンのお宝には興味はあるけれど、危険性が分かっていない術を使うことにも抵抗がある。


 悩むが、ここはやはりいつもの『保留』としよう。


 そのうち、いい考えが浮かぶかもしれないし、状況だって変わるかもしれない。

 一番いいのは、俺以外の主人公のような存在が、この問題を勝手に解決してくれることだけど。

 いや、そんな奴に解決されたらされたで、微妙な思いを持っちゃうのだろうな。

 これも元の世界と同じだ。自分で『保留』しておいて、他の人がやってくれたのに、それを後悔したり、恨んだりしてしまう。


 これは変わらない。俺がどこの世界にいても変わることが無いのかもしれない。







 そろそろ1階に戻らないといけないな。それにこの部屋を長い間占有するのはマナーに反する。まあ、この時間に利用する人はいないと思うけど。 


 上半身を起こして、改めて部屋を見回してみる。


 殺風景な部屋だ。しかし、男子専用部屋と名前付いている割には掃除が行き届いている。

 この部屋には、たとえ掃除でも女子が入ることは無い。だからこの部屋を清潔に保っているのは男子達の協力の上なのだ。



 壁には張り紙が貼ってある。

 

『使ったら換気を行うこと』

『紙が無くなりそうになったら早めに補充すること』

『絶対に宝物を汚してはならない』



 宝物ねえ。


 何となしに棚からいくつか取り出して拝見してみる。

 ほとんどは雑誌の切り抜きで、冊子になっているものは数冊しかない。

 

 うむむ、これがオカズになるのか。

 色々足りないというか、この場合はもっと脱げよと言うべきか。

 これだったらコンビニに売ってる週刊誌の方が使えるぞ。

 俺の部屋に置いてあるのを召喚して、いくつか進呈してやろうか。


 おそらく、ここに置いてある大部分は道端に落ちていた物を拾ってきたのだろう。状態が良くない物も結構混じっている。

 しかし、懐かしい。俺の子供の時はインターネットもなかったし、漫画も規制されていたから、手に入れるのは大変苦労したんだ。

 たまに道に落ちている成人誌を拾ってきては宝物のように隠していたな。

 


 お、これはなかなか。異世界ものも侮れないな。

 ん、この子はちょっとサラヤに似てるかも。

 うーん。ちょっと変な気分になりそう。

 あ、これもいいな。一応スマホに撮っておくか。

 流石に雪姫に似ている子はいないか。

 でも、これなんていい感じ。

 


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





 

 扉を開けると、白兎が寄ってくる。

 お、偉いぞ。しっかり見張りをしてくれていたようだな。

 でも、お前を撫でるのは手を洗ってからにしておくよ。



 さあ、悩み事も片付いたし、頭もすっきりした。

 早く寝て、明日もがんばろう。


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