第80話 総会


 総会の会場は、小学校の体育館に長机をU状に並べただけのような有様だった。

 

 そりゃスラムだから株主総会の会場のようなものは期待していなかったけど、椅子もないってどういうこと?


 しかし、サラヤもジュードも慣れた動作で、チームトルネラの位置と思われる机に移動する。

 

 その右隣の机は魔弾の射手の割り当てのようで、アデットと他2名、機械種使いのピレとゴツイ体のロッソが待機していた。

 周りを見渡すと、どうやら、魔弾の射手の面々以外、他のチームらしい面子がまだ来ていないようだ。






「やあ、サラヤさん。いつもお綺麗ですね」


 手慣れた感じでサラヤに話しかけてくるアデット。


「ありがとう、アデット。貴方も相変わらずいい男ね」


 お互い完全に社交辞令だな。特にアデットは、ジュードへ挨拶していた時の方がもっと感情込めて話していたような気がする。



「いつものメンバーとは違うようで。体調でも崩されたのですかな?」


「今日はうちの新人を連れてきたの。紹介するわ・・・」


「いえ、それには及びません。チームトルネラの希望の星、機械種使いのヒロさんですね?」


「「え!」」


 珍しく俺とサラヤがハモってしまい、ともに驚いた顔を隠せなかった。

 対するアデットはこれ以上ないくらいのどや顔だ。

 淡麗な顔立ちのアデットがそんな顔をするとムカつき具合が半端ない。


 しかし、なぜ分かったんだ。俺が機械種使いだと分かったのは今日のことだぞ。

 ひょっとして白兎を連れて歩いていたのを見られてたのか!


 ん、ジュードが何か言いたそうな顔をしているが・・・



「しかし、機械種使いでは、この場での護衛の任を果たすのは難しいと思いますが、よろしかったので?」


「ヒ、ヒロは機械種がいなくても強いわ。それはカランだって認めているくらいよ」


「ほう、それはなかなかで。一度腕試しをお願いしたいところですね」


 挑発するかのように俺へと視線を飛ばすアデット。


 ちょっとくらいは俺の実力を見せてやってもいいかもしれない。

 サラヤにも力をアピールしてくれって言われてるし。

 硬貨とかあったらグイッて曲げて力の強さをアピールできたのに。

 さて、どんなアピールがいいか、なんかカッコイイのはないか・・・


「おい、アデット。いい加減にしろ」


 俺が考えている間にジュードが割って入ってきた。

 俺を助けるというより、サラヤを助ける為だろうけど。


「ああ、ジュードさん。すみませんね。ちょっと興が乗ってしまいまして。それより魔弾の射手への移籍の件は検討してもらえましたか?別にそちらのサラヤさんと一緒でも構いませんよ」


「何回誘われても同じだ。お前に返す言葉は一つしかない」


「ああ、また振られてしまいましたか。残念残念。振られ男は引っ込むとしましょうか」


 全然、残念そうでない素振りで自分のチームの場所に戻るアデット。

 何しに声をかけに来たのやら。


 そう言えば、さっき機械種使いがこの場では護衛の任がなせないとかなんとか言ってたけど、アイツの方もピレっていう機械種使いを連れてきているじゃないか。しかもマフラーをしていないから、機械種も連れていないだろうし。


 実はアイツも機械種がいなくても強いとか。とてもそうは見えないけど。



 サラヤ達に視線を戻せば、2人だけの空間を作り上げている。


 「大丈夫かい?」「ありがとう」「無理しないで僕を頼ってよ」「でも私はリーダーだから」「僕じゃ役に立たない?」「そんなことない、ジュードが近くにいるだけで心強いわ」


 いい加減にするのはお前らの方だ。しまいには俺も切れるぞ。







「おおー、サラヤちゃんじゃなーい?」


 妙に甲高く癇に障る声が会議場に響いた。

 声をした方を見ると、背の高い男が手を振ってこちら側に近づいてくる。

 

「ハハッ、2ヶ月ぶりだねぇ。どうだい?俺のハーレム入りの話、考えてくれたぁ?」


 なんだコイツ?

 やたら慣れ慣れしく声をかけてきやがる。


 対するサラヤはぎゅっと眉をしかめて不快感を露わにしている。

 ジュードもムッとした顔を隠していない。


「んんー?なんだぁ。今日も愛しの騎士様が一緒ってか?つまらんねぇ。また、このブルーワ様の邪魔をしようってかぁ?」


 ブルーワ?そうか、コイツがスラムチームの一つ、チームブルーワのリーダーか?


 しかし、背の高い奴だな、190cm以上はあるんじゃないか。ディックさんよりも背が高いぞ。その分厚みでは負けるようだが、それでも筋肉質でかなり鍛えているのは分かる。


 背の高さよりも目立つのはその髪型、マッシュルームカットというのだろうか。

 顔がまあ整っているかなって程度だから、もう少しまともな髪型にすればいいのに、思わず笑ってしまいそうなくらいに似合っていない。スポーツ刈りだったらバスケ選手っぽいって思っただろう。


 ジュードが前に出てサラヤを庇おうとするが、サラヤがそれを制し、ブルーワと相対する。


 さっきジュードに庇われたから、今回は自分で対処したいのだろう。

 何度も部下に助けられてばかりでは、リーダーとしての面目が無くなってしまう。

 特に他のチームのいる前では。リーダーも大変だな。





「ふうん、今日はディックがいないんだぁ。アイツ目障りだったからなあ。でぇ、サラヤちゃんは誰の影に隠れるのかなあ?」


 馬鹿にしたような口調でサラヤを上から舐め回すように威圧してくる。


 しかし、サラヤは小動もせず、見たことが無いような冷たい目をしてブルーワを睨みつける。


「相変わらず下品ね。ブルーワ。もう少し品性磨いた方がいいんじゃない?」


「ほほうぅ、言うじゃなーい。小さな小さなサラヤちゃん。でもおっぱいはなかなか大きいからちょっと気に入っているんだよぉ」


 セクハラ全開だな。スラムなんだから、コイツくらいがデフォルトなのかもしれない。ジュードやアデットの方が異常なんだろう。


「やめてよね。貴方に気に入られたなんて気持ち悪いことこの上ないわ」


 気丈にもやり返しているサラヤだが、後ろに回した手が少し震えているのが分かる。サラヤは組織運営や采配を買われてリーダーになったはずだから、こういった荒事はそもそも向いていない。

 おそらく、今まではディックさんの威圧感に頼っていたのだろう。このブルーワも体格では自分に匹敵するディックさんがいれば自重していたに違いない。


 でも、ディックさんはもういない。


 本来それをカバーするのが、ジュードであったり、俺であったりするのだろうが、ディックさんと比べて威圧感が全然足りていない。本来、絡もうという気を起させないくらいの威圧感が護衛には必要なのだろうが、俺もジュードもそういったものとは縁が無い。


 さらに、今回はリーダーであるサラヤがジュードの助力を最初に断ってしまっている。その上で、ジュードや俺が割って入れば、サラヤのリーダーとしての権威を貶めてしまうことになる。


 他のチームが見ている前でそれはできないだろう。それが分かっているから歯痒そうにしながらもジュードは間に入れない。


 今、チームトルネラは一時盛り返しているとはいえ、非常に厳しい状態が続いていた。そういった中で、リーダーのサラヤが弱みを見せるわけにはいかないのだろう。


 こんな弱肉強食のスラムだ。弱いところを見せれば、それだけで周りのチームから袋叩きに遭うことだって考えられる。





 ブルーワの嘲りの言葉が勢いが強くなる一方だ。


 それに対して、サラヤは気丈にも言い返しているが、明らかに無理をしている感が否めない。





 こうやって女の子が頑張っているのに、男の子が何もできないのは、少しツラいところがあるな。それが好いていた女の子だったら尚更だ。


 俺は今の状況を解決する方法を知っている。

 サラヤの面子を崩さず、ブルーワの興味、若しくは怒りの矛先を俺に持ってくればいい。

 そして、一発ブルーワにかましてやれば大人しくなるはずだ。


 しかし、それには当然デメリットも多い。それをすることでそのデメリットを上回るメリットが得られるのだろうか。


 デメリットは明らかにブルーワを敵に回してしまうこと。


 それに万が一の可能性として、ブルーワが思った以上に強くて、俺が傷つけらてしまうことも考えられる。まあ、本当に万が一でしかないが。


 また、それをすると俺が目立ってしまうという点もあるが、これは今の段階においてはメリットにもなりうるからひとまず置いておこう。




 メリットはなんだ。


 サラヤとジュードの感謝くらいか。もう十分に溜まっているから、今更必要か?


 俺がスッキリする。確かに明らかな悪役に対して、一発かましてやるんだからスッキリするに違いない。


 あとは・・・



 ちらりと隣のアデットに視線を飛ばす。

 先ほどからこちらを面白そうに眺めている。


 別にサラヤがブルーワに虐められているのを面白がっている訳ではあるまい。

 この状況に対して、俺がどう動くかを見ているような気がする。

 先ほどの挑発もそうだが、彼は俺に注目しているようだ。

 おそらく俺の実力を試したがっているのだろう。


 俺もアデットには興味がある。

 このスラムにいるのが似つかわしくない有能な人物。

 狩人を目指していることから狩人についても詳しいだろうし、機械種への知識も豊富と聞く。

 彼から色々な情報を聞くことができれば、今後の活動にも役に立つだろう。

 俺も狩人を目指している以上、彼とのコネクションを得るのは悪い事ではない。


 しかし、おそらく彼はかなりの実力主義だ。魔弾の射手も実力者を集めて少数精鋭で固めていると聞いている。力の劣る者と認識されれば、協力を得るどころか、話を聞くのも難しくなるに違いない。


 先ほどは俺の実力を見せることができなかったが、ここでブルーワを噛ませ役として力を見せつけてやるのもいいだろう。



 さて、メリットとデメリットはそろった。

 どちらの天秤が傾いただろう。



 ああ、そうだ。もう一つあった。


 俺はこの護衛の仕事を請け負った。サラヤを守るのが俺の仕事だ。それは体だけでなく、心や面目についても含まれるだろう。


 そして、俺が強いというアピールについても了承した。

 さらに『俺も矢面に立つ』と言った。『覚悟する』とも。


 ならば、この総会の間はサラヤを全力で守ろう。

 それが仕事を請け負った者の責任だ。

 そして、それは俺が守らないといけないヤクソクナンダ。


 天秤の片方にどさっと乗せてやる。

 

 ガタンと傾いた音を聞いて俺は前に進む。


 目立つのは好きじゃないんだが・・・このセリフは一度言ってみたかったんだ

よ。







 サラヤの斜め後ろで待機しているジュードに近づく。


「ねえ、ジュード」


「何だい?、ヒロ」


 いつにない程に固い声、コイツ大分怒っているな。

 ジュードは俺の方を向かず、目はブルーワを睨みつけたままだ。


 そこへ俺はワザと空気を読まないフリで、大きな声でジュードに訪ねる。


「ジュード、あのキノコ頭は誰なんだい?」


「ああ!!!」


 ブルーワの目が俺に向けられる。もうすでに血走った目だ。


 やっぱり髪型のことを言われるのが地雷なんだな。実に分かりやすい。

 さて、とりあえず、興味(怒り)を俺の方に持ってくることには成功したが、次は上手くいくだろうか。



 サラヤの横を通り過ぎてこっちに向かってくるブルーワ。

 ジュードを手で制して、一歩前に出る俺。



「おい、ひょろチビ。今なんて言った?」



 さっきまでの甲高い声が嘘のように低くなっている。

 30cmくらい上から見下ろされる俺。

 近くで見るとさらに背の高さとガタイの良さがはっきりと分かる。

 前の世界だったら絶対に喧嘩を売っては駄目な相手だろう。

 もし俺に闘神・仙術スキルがなかったら即逃げ出していたはずだ。


 

 ふと、前に考えたことがある『急にスキルが無くなってしまう可能性』のことが頭によぎる。


 え、なんでこんな時にそんなことが頭に浮かぶんだよ!


 もしそうなったら絶対に勝ち目がない。

 サラヤやジュードの前でボコボコされてしまう。

 それでみんなから呆れたような目で見られて、そんなに弱い人は必要ないって見放されてしまうのだろうか。


 おい、止めろ!

 今、そんなことを考えてどうなる

 もう塞は投げられてしまっているんだ。ここはもういくしかないんだぞ。

 


 その時、ブルーワ越しにサラヤがこちらを心配そうな目で見ているのが目に入った。

 

 ・・・もうそれで覚悟は決まった。

 女の子の目の前で、たまにはいい格好してみせろ!俺!





 ブルーワを見上げながら言い放つ。



「お前のそのキノコみたいな髪型、絶望的に似合ってないぞ」



 俺がそう言い放った瞬間、ブルーワの手が俺の胸倉に伸びてそのまま掴み上げられようとする。

 



 だが




「ぐっ、何?なんで?コイツ、重い!」




 ブルーワが俺の胸倉を掴み、片手で持ち上げようとするが、持ち上がらない。

 そのうち、もう片方の手が伸びてきて、両方の手で持ち上げようとしてくる。

 しかし、それでも持ち上がらない。


 傍から見たら異様な光景だろう。

 力自慢の大男が、身長なら30cm近く低く、体重なら30kg以上は軽いだろうと思われる俺を、両手でも持ち上げられないのだから。


「なんだコイツ、機械義肢を装着しているのか!なぜこんなに重い!」


「さあてね。お前が非力だけなんじゃないか?」


 俺にも理由は分かりません。胸倉を捕まれた時、持ち上げられたくないなあって思ったけど、それが原因かな。


 たしか中国武術か古武術なんかで、呼吸法によって体重を増やしたように重く感じさせる方法があったような。これも闘神スキルか仙術スキルの効果なのだろう。


 備わっているスキルの効果を実感し、思いのほか安堵している俺。



 ん、コイツ、体毛が濃いな。手の甲の毛が咽喉元や顎にチクチク当たって気持ち悪い。


 そうだ、コイツは間違いなく敵になるだろう。ならば、この機会に・・・




「そろそろ息がくさいから手を放してくれない?」


 右手の人差し指で軽くブルーワの右手を突くと同時に、左手で分からないように・・・



「ぐわああっ」


 右手を押さえて後ろに下がるブルーワ。

 すると、ブルーワの後ろから男が2人駆けつけてくる。なんとなく服装がブルーワと似ているからチームブルーワの護衛だろう。


「くそっ、腕が、腕が動かねえ!何をしやがった!」


 ブルーワは右手を押さえながら俺を睨みつける。




 何をしたって?どちらかな?


 一つは・・・『点断』

 もしくは点穴という。人体の秘孔を突いてその部分の動きを制限する仙術だ。

 ぶっつけ本番だったけど上手くいったな。


 もう一つは内緒。使うかどうか、使えるかどうかも分からないから。






「さあ、知らないね。まあ、2、3日で痺れも取れるんじゃないかな。多分ね」


「貴様!」


 ブルーワが唸り声を上げると、護衛の2人も武器を抜こうとする。

 

「待った!」


 そこへアデットの鋭い声が響く。


「チームブルーワに告げる。ここで銃を抜けば、我らもお前らの敵に回るぞ」


 アデットの後ろにいるピレとロッソが何かを構えているのが分かる。

 

 アデットめ。良いとこだけ持っていきやがったな。



 俺がアデットをジロッと睨むと、ニコッと返された。

 いくら美人だからといって、男の笑顔を向けられても、腹が立つだけだぞ。



「ヒロさんには面白い物を見せてもらったから、これくらいは見物料を払わないとね」


 涼やかな声でイケメンっぽいセリフを言うアデット。

 漫画だったら間違いなく人気の出るキャラだな。


「さて、どうする?チームブルーワの諸君、このまま銃撃戦でチームが減れば、この総会を開く必要がなくなるかもしれないよ」



 右手の使えないブルーワと、準備万端な魔弾の射手の面々。

 やり合っても勝負は見えているな。

 俺的にはこのままヤッテほしいとは思うけど、そう簡単に物事は解決しないことくらい俺でも分かる。



 頭の血管が切れそうなくらいの怒りを顔で表しているブルーワ。


 虫も殺さないような顔をしながら戦いを望んでいるかのように見えるアデット。


 いつの間にかサラヤを支えているジュード。

 ちょうどブルーワとアデットの間に立っているから、まるでこの2人を2つのチームが奪い合っているようにも見える。



 そして、なぜかエキストラに成り下がっちゃった俺。


 え、さっきまで主役張ってたのに、なんで?

 初めて大勢の前で俺TUEEEEしたのに、なんでこんな扱いなの?



 



 さあ、劇場の幕を切って落とすのは誰か?






「あ~、遅くなってすま~ん。黒爪のセザンだあ~、みんなそろってるか~」



 え、誰?


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