第56話 救出
ディックさんが出て行った扉を開けようとしたが、鍵がかかっているようで開けるこことができなかった。
よく見れば、ドアノブのところに暗証番号を打ち込むようなパネルがある。
おそらく、ディックさんやサラヤとか、ジュードなんかは暗証番号を知っているのだろうが、俺はまだ教えてもらっていない。
まあ、俺がこのチームに所属してまだ1週間も経っていないからしょうがないのかもしれないが。
もちろん、頑丈そうな扉であるが、俺なら力づくでも開けることができるだろう。
多分怒られるからやらないけど。
仕方ない。正面玄関から出ていくか。
玄関にいた子に、ちょっと外へ出ていくからと伝え、夜のスラムに飛び出していく。
なんで俺はディックさんにかまっているのだろうか?
別に放っておいても良くない?
彼もいい年なんだし、危険なのは当然分かった上で出て行っているのだろう。自己責任じゃないか。
足を失って、破れかぶれになっているのか。
食堂でみんなが賑やかに騒いでいたのを見て、このチームにいるのが嫌になったのか……
なんでわざわざ俺が駐車場にいる時に降りてくるんだよ!
カランがいる時にしろよな。だったら俺関係なかったのに。
最近、イベントに巻き込まれ過ぎじゃないか。
ひょっとして、これって、封神演義でいうところの天命とかいうやつじゃないだろうな。
仙術スキルを持ったものは、ことごとくイベントに巻き込まれていくとか………
それは勘弁してほしい。
波乱万丈な人生なんて要らない。
俺が求めているのは平穏で穏やかな生活……と豪華で安定した生活環境+ハーレム+メイド+ウタヒメなんだ。
夜のスラムを走り続ける。
人通りはあまり多くないが、それでも人がいないわけではない。
今のところ、前みたいにチンピラに絡まれていないが、このままウロウロしていれば、それも時間の問題だろう。
何せ俺は弱そうに見えるからな。
絡まれるんだったら、チンピラじゃなくて可愛い女の子がいいな。
できれば、サラヤやナルとは違ったタイプを希望。
走っている最中にぶつかって、
女の子の抱えている荷物が落ちちゃって、
それを俺が拾って、それが出会いの切っ掛けになって
……そうしたら、そっちを優先するのに。
いくら心の中で愚痴ってもディックさんを探すのは止めていない。
乗り掛かった舟だからしょうがない。
一応、アドバイスをもらったこともあるし。
しかし、拠点の周辺を探しても、影も形も見当たらない。どこへ行ったんだ?
土地勘もない、ディックさんのことも良く知らない俺が探すのは、ちょっと無理があるかもしれない。
仙術で人を探す術って無かったかな?
頭の中を検索していると、七宝袋の中から俺を呼んでいるような気配が感じられた。
誰だ? 七宝袋か………、
いや、コイツは大人しい奴だ。
最初以外ほとんど感情を感じない。
どんどん物が入ってくるから満足しているようだし。
莫邪宝剣は戦いの臭いには敏感だが、それ以外は興味を持たない。
コイツが望むのは敵との闘いだけだ。
金鞭は泰然自若。
自分から要望を出すことはないだろう。
残っているのは、打神鞭か………
七宝袋の中から打神鞭を取り出してみる。
打神鞭からようやく外の空気が吸えたという喜びの感情が感じられた。
おい、それだけか?
単にお前が外に出たかっただけか?
ビシッと打神鞭にデコピンをお見舞いする。
すると打神鞭は俺に初めて気がついたかのように、驚いたようなふりをする。
俺の頭のなかに驚いたというびっくりマークが表示された気がした。
そんな細かい芸は要らないんだよ。さっさと要件を言え。
『ただ外に出たかったんですぅ』なんて言いやがったら、当分出番はないと思え。
いやいやとんでもない。
なにやら人探しでお困りの様子、であれば、ぜひ自分を使ってほしい……とのことらしいが。
……俺、本当に宝貝と会話してるのか。
なんとなくそう言っているような気がするんだけど、実は俺の妄想だったりしないよな。
自分の正気を確かめるにどうすればいいんだろう。
打神鞭はやけに自信満々でアピールしてきている……ように感じられる。
打神鞭の持ち主、太公望こと、姜子牙は封神演義の主人公。
周の軍師にして、仙人界の長老である元始天尊の直弟子。
当然、俺よりも仙術に詳しく、卜占などの占い等も得意にしていた……可能性がある。
全く手がかりもないんだか、占いに頼るのもありか。
打神鞭の指示に従い、最も地脈を感じる地点まで移動する。
そして、打神鞭自身を地面の上に垂直に立てて、意識を集中。
俺の中の仙骨からエネルギーがせり上がり、手に持った打神鞭に流れ込む。
今だ!
パッと、地面に垂直に立てた打神鞭から手を放す。
カタンッ
打神鞭は俺から右前方斜めの方向に倒れた。
…………
おい、本当に倒れた方向にいるんだろうな?
グッ
今度はサムズアップした手の形だけが俺の頭に浮かび上がる。
なんでコイツだけこんなに器用に感情を伝えてくるんだよ!
とりあえず、コイツの言う通り、倒れた方向を探してみるしかないか………
一応、封神演義の主人公が使用した宝貝だし。
若干の不安を感じつつも、打神鞭が示した方向へ俺が歩き出そうとしたところ、
ワアアアアアアアアアアア………
向かおうとする反対側から騒がしい喧噪が聞こえてきた。
振り返ってその方向をみると、少しばかり人だかりが見える。
なんだろう?
揉め事か?
少し気になったので、地面に倒れている打神鞭を拾い、近づいてみようとする。
ザザッ………
その瞬間、何かを踏み外したような感覚を全身で感じた。
え、今のなんだ?
大事なモノを落としてしまったような喪失感。
ゾワゾワする違和感が俺の身体を包み込む。
今、この身が重大な岐路に立たされているような焦り。
踏み越えれば、二度と引き換えせないとナニカが訴えてくるような感じ。
しかし、そういった感覚も数秒程度で消え失せる。
まるで、役目を終えたとばかりに………
何だ? 風邪か?
でも、別に熱があるわけでもないし、喉も痛くない………
ただの気のせいかな?
「!!!!!!」
「!!!!!!」
「!!!!!!」
あ! 向こうの喧噪が大きくなったようだ。
複数の人が喧嘩をしているような声が響いてくる。
行ってみよう! ディックさんに関係があるかもしれない。
近づいてみると4人くらいのチンピラが、ガタイの大きい人に暴行を加えているようだった。
あれってディックさん……やられている方。
おい、コラ!
お前が指し示した方向と真逆だぞ!
手に持った打神鞭をジロッと睨みつける。
すると、薄っすらと、明後日の方向を向いて口笛を吹きながらトボけているようなイメージが浮かび上がる。
コイツ、宝貝のくせに良い性格してやがるな。
イカン、コイツのことよりも今はディックさんを助けなければ……
しかし、4人か。人数が多いな。
こんな他の人の目があるところで、莫邪宝剣を振るうわけにはいかないし、金鞭を振るったら巻き込みそうだ。
人間相手は苦手だ。
未だに銃やナイフが怖いのだ。
パーカー上からなら防げるだろうが、顔面なんかへの偶然の一撃が致命傷になることもありうることを考えると、迂闊に割り込むわけにはいかない。
相手の人数が多いということは、それだけ手数も多くなり、ラッキーヒットの可能性が上がってしまう。
銃を使ってみようかとも考えたが、もし、相手も持っていたらこっちも撃たれてしまうだろう。
相手が威力の高い銃を持っていたら大怪我するかもしれない。
こっちが素手ならいきなり銃を使われることもないだろうし………
周りに少しだけいるギャラリーは、面白そうに眺めているだけだ。
俺以外、ディックさんを助けられる者はいないだろう。
4人は倒れたディックさんを囲みながら蹴りまくっている。
「おい、あの威勢のいい態度はどこへ行ったんだよ!ディックさんよぉ」
「へへ、大怪我したってのは本当だったようだな。こうなるとみじめなもんだ!」
「偉そうにしやがって。前から気に入らなかっただ」
「もう片方の足もへし折ってやろうぜ!」
ああ、これ以上は駄目だ。
クソ、素手で殴りかかるか。
しかし、こうやって争いに突っ込んでいって、俺が大怪我をする可能性って何%くらいだ。
ジュードの話じゃないが、たとえ1%でも、100回やったら、かなりの確率で大怪我するだろう。
こういったリスクはできるだけ排除したいんだが、そうもいって居られない。
覚悟を決めて飛び込んでいこうとした時、手に持っていた打神鞭から、ちょんちょんと俺の袖を引っ張るイメージが流れ込んでくる。
あ! なんだよ! この忙しい時に!
ん? また、自分を使えってか? お前の能力はたしか……
「おい、そっちの足を持て!いっせいのでへし折るぞ」
「ははははは、ざまあねえな。ディック!」
ヤバい! もう試すしかないか!
打神鞭! お前に託したぞ!
今度、俺の信頼を裏切りやがったらへし折ってやる!
相手との距離は20m程。
周りに視線をやれば、袋叩きに遭っているディックさんが注目されていて、俺を見ているやつはいない。
打神鞭を振りかぶり、20m先のディックさんの足を押さえているヤツに向かって振り下ろす。
「疾く!」
振り下ろすと同時に、自然と口から出てきた短い口訣を唱えた。
バタン!
ディックさんの足を押さえていたヤツがいきなり意識を失ったかのように倒れ込む。
呆気に取られる残りの3人。
やはり、人間の精神に打撃を与える宝貝か。
非殺傷武器としてはなかなかだ。惜しいのは1度の効果対象が1人だけだということだな。
まあ、これは連射すればいいか。
「疾く!疾く!疾く!」
打神鞭を残り3人に向かって、3回短く振るう。
バタン、バタン、バタン。
まるで催眠ガスにやられたようにバタバタと倒れ込む3人。
よっしゃ! 誰にも見られていないよな。
キョロキョロと周りを見渡し、もう一度目撃者がいないかどうかを確認する。
すると、俺の視界の端に入った白い人影が2つ。
あ、あれ、誰だ?
ひょっとして、見られてしまったか?
ディックさんとは反対側、打神鞭が倒れて俺が行こうとしていた方向に、白い影のようなものが立っているのが見える。
40、50m先だろうか。辺りは暗いが、俺の暗視は大きさの違う人影を2つ捉えた。
どちらも白い。
細いのと、小さいの1人ずつ。
親子連れだろうか?
ヤバい! 見られてしまったか?
………いや、こんな夜ふけだ。
俺だから見えるんであって、この暗さでは普通の人は俺が何をしていたなんか分からないであろう。
それよりもディックさんだ。
他のヤツに絡まれないうちに救出せねば!
ダッシュで倒れているディックさんに駆け寄り、俵を担ぐように持ち上げる。
重さは問題ないが、体格が大きいので持ちにくい。
途中で落としてしまわないよう気をつけねば。
あと、転がっている杖も拾っておく。
見えない所で七宝袋に収納しておこう。
おっと、ディックさんが抱えていたらしい袋が落ちかける。
ん、これかな、あのロッカーから取り出したものは。
これも一緒にもっていこう。ああ、手がいっぱいだ。
事態についていけず、ただ茫然としているギャラリーを置き去りに、ディックさんを抱えてその場から逃走する。
ミッションクリア!救出成功。
さて、このまま拠点に帰るか。
ん、あれ、ここ、どの辺だっけ?
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