第52話 相棒

 

 

 ジュードは俺の返答を待っている。


 それに対し、なんと返答しようか。

 話すべきか、話さないでおくべきか。



 ジュードは信頼できる奴だ。

 それは今までの行動で示してくれている。


 もちろん100%信頼できるわけではない。

 前に言っていたようにサラヤの為だったら何でもするだろうし、場合によっては俺の情報を売り飛ばす可能性だって絶対無いとは言い切れない。


 当然、話すにしても全ての情報を渡すわけにはいかない。

 しかし、この状況を説明するには、そして、ジュードとの関係性を維持する為には、ある程度の情報開示は必要だろう。


 問題はジュードがどれだけ秘密を守ってくれるかだが…………



「ジュード。俺が今から話すことを誰にも言わないって約束できる? サラヤにもトールにも」



 俺からの突然の質問に鼻白むジュード。少しだけ顔をしかめて考え込むが。



「ちょっと待ってくれ。少し考えさせてほしい」



 と言って、頭を捻りだすジュード。

 俺の情報をどうやって引き出すか、サラヤやトールに隠し事ができるのかを考えているのだろう。



 まあ、俺も今のうちに情報開示するかもしれない項目を絞っていくか。



 俺の秘匿情報は以下の通り


 ①異常な身体能力

 ②汚れもせず、銃弾を通さない自然修復機能付きの服

 ③この世界では説明のつかない仙術・宝貝 特に仙丹と七宝袋

 ④現代物資(ポケットから出せる大きさの物)の召喚

 ⑤飲食不要、排泄不要、おそらく不老の体


 下にいけば行くほど、絶対知られてはいけない情報だ。


 ①の身体能力は情報開示しても問題は少ないだろう。

 単に力が強いだけだからな。


 ②も問題は少ない。

 ただし気をつけなくてはならないのが、盗難の標的にされるリスクだ。身体能力と違って、こちらは盗まれてしまう可能性がある。


 ③は色々あり過ぎて絞り切れない。

 もう少し細分化が必要か。この中では仙丹の扱いが一番難しいな。


 ④は完全にバレると大変だが、直接召喚できるところを見せない限りバレる可能性は低い。

 現代物資を持っていても、前みたいにある程度誤魔化しは可能だろう。


 ⑤は絶対に知られてはいけない情報だ。

 これもバレる可能性は低いが、俺の行動をずっと観察されていれば、バレてしまうこともあるから注意が必要。

 これがバレて、情報が拡散されれば、下手をすると俺の体が不老不死の霊薬扱いにされかねない。



 この中だとやはり①の身体能力のみか、いや、ジュードだけなら②も話してもいいが……


 そもそも、本当に情報開示が必要なのか?

 どうせもうすぐこのチームを出ていく予定だろう。

 別にジュードに悪く思われても、構わないじゃないか。チームを出ていけばもう会うこともないだろう。




 しかし……



『相棒』か。




 さっき地下3階に降りた時に言われた言葉がふと頭に浮かび上がる。


 前の世界も含めて、そう言われたのは初めてだな。

 情報漏えいのリスクを考えれば、話す必要なんてないが、そう俺を呼んでくれた奴への信頼には応えたいという気持ちもある。





 うん。①と②くらいは話してみよう。理由は2つ。


 まず、どのみち俺が街を離れるから。

 そうなれば、俺の力が強いということと、特別な服を着ているという情報なんて、信憑性がなくなるからだ。


 そうりゃそうだろう。酒場で『俺の友人が素手で機械種を倒すほど力持ちなんだぜ』みたいな与太話、誰が信じるんだ。

 銃弾を通さない服、見間違えじゃない、若しくは、服の中に鉄板でも仕込んでた? なんてなるに決まっている。



 そして、俺の能力を客観的に見てほしいということ。

 これはいずれ必要なことだ。俺の能力はどれくらい規格外なのか、それとも、実は他の街ではありふれているのか。

 これをして貰う為には、それなりに信用のできる人に見てもらうのが一番だろう。

 今ならサラヤ、トール、ジュードくらいしか思い当たらない。



 であれば、①と②をこのタイミングでジュードに打ち明けてもいいし、サラヤやトールに漏れたってそれほど重大な問題にはならないだろう。




「ヒロ、いいかい」



 ジュードの答えも決まったようだ。

 ジュードの答えがどうであれ、俺の情報の一部を渡すとしよう。



 ジュードはいつもの穏やかな笑みを浮かべている。

 それに対し、俺はやや緊張気味だ。この世界に来て初めて俺の能力を話すのだから。


 ひょっとして、よく物語にあるように『化け物!』とか、『悪魔だ!』とか罵られりするんじゃなかろうか。

 どうでもいい奴にそう言われたって堪えないが、ある程度仲の良くなったジュードやサラヤ、トール、デップ達3人に言われたら、ちょっと凹みそうだな。




「ヒロ」




 俺の顔を真正面から見てくるジュード。出てきた言葉は……




「そろそろ、外に出よう。流石にこれ以上、この地下3階に留まっているのは危険だよ」







 ダンジョンから出た頃には、もう日が傾き始めていた。


 あれから、2,3回、機械種に遭遇したが、ルートを変更して回避することにした。


 袋にはまだ余裕があるが、目的を果たした以上、早めの帰還が望ましい。

 それにもう期待以上の稼ぎを上げている。

 オークを除けば、今日の稼ぎはリザードとかの晶石も含め、400Mくらいにはなるらしい。

 1日の稼ぎとしては破格とのことだ。



 ジュードはダンジョンを出た途端に、大きく背を伸ばして深呼吸し始める。



「はあああああ、やっぱり外の空気は美味しいね。ダンジョンだとちょっと息苦しいから、いつもこの瞬間が結構好きなんだよ。何かに解放されたって気がしないかい?」


「…………」


「ん?ヒロ、どうしたんだい。何か言ってよ。せっかく久しぶりのソロじゃないダンジョン潜りだったんだから会話くらい付き合ってほしいな」


「……おい、どういうことだよ?帰りの道中、必要な時以外は黙りっぱなしだったくせに」


「そりゃ危険なダンジョン内だから、あんまり無駄話はできないだろ、帰る途中が一番危ないんだよ。気が抜けた所を襲われるってよくあるんだ」



 コイツ、さっきからすっとぼけやがって。



「なんで聞いてこないんだ。俺の話はもういいのか、それとも、サラヤやトールには秘密にできないからか」


「ああ、そのことね。もういいよ。別にどうでもいいってことじゃないよ。ヒロはその、オークの頭に躓いた。で、追いかけていたオークは別に道に行ってしまった。それでいいんじゃないかい」


「さっきは無理があるとか言ってただろ」


「ああ、それはごめん。すぐに信じてあげられなくて。でも、考えたんだよ。ヒロは僕のダンジョン潜りに付き合ってくれた相棒だ。だから相棒が言ったことはまず信じないといけないなって」


「……いいのか、それで。俺が話そうとしたことは、お前がやろうとしているサラヤを迎えに行くという夢を、大きく前進させるものかもしれないぞ。お前はその為になんでもやるんじゃなかったのか?」


「そうだね。それも考えたよ。でも、僕が相棒を信じるのと、サラヤを迎えに行くっていうのは、必ずどちらかを選ばないといけないものなのかな。そうじゃないなら、僕はどっちも大事にしたい……ああ、もし、どっちかを選ばないといけないことになったら、ヒロには悪いけど、僕はサラヤを取るからね」


「あ、当たり前だろ。そこで、サラヤを選ばなかったら俺がぶん殴るぞ。そもそも俺を選択肢に入れるな」


「あははは、そうだね。普通、女の子より男を選んだりはしないよね」



 そこで、言葉を区切るとジュードは俺に向き直り、やや真剣な表情で話を続ける。



「まあ、ここまでは綺麗ごとなんだけど、実は結構打算も働いているよ」


「打算?」


「そう、打算。お昼食べている時にした夢のことで、ヒロが狩人として大成するって話はしたよね。今なら必ず大成するって確信したよ。だからちょっとでもヒロと仲良くなっておいた方がいいという打算だよ。だからヒロ、ぜひ僕の為に狩人で大成してほしい。そして、相棒だった僕の夢にほんのちょっとでいいから力を貸してほしいな」



 実にイイ笑顔を向けてくるジュード。


 言っていることはヒドイが、これだけ直球で言われると逆に気持ちがいいくらいだな。



「大成したら考えてやるよ。それまで精々俺の好感度を上げておいてくれ」


「そうだね。じゃあ、まず、相棒として、サラヤにオークの頭をどうやって回収したかの説明を一緒に考えよう」


「それがあったか!うーん。拾ったじゃ駄目?」


「ヒロがそれでいいなら、僕は何も言わないけど」


「一緒に考えてくれるんじゃなかったのかよ!」


「今まで僕の嘘はサラヤに通じたことが無いんだよね」


「いきなり役に立たない相棒だな!」




 そのまま拠点への帰路に就く俺達。


 学生の頃、友達と馬鹿話をしながらの帰り道を思い出す。



 ああ………、チームから離れようと思っていたのに。

 どうして、離れたくない理由も一緒に増えていくのだろう。



 俺は一体何をしたいのだろうか?

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