第41話 課題
1Fの奥の駐車場に入る。
確か立ち入り禁止だとはトールも言っていなかったから大丈夫だろう。
今はとにかく落ち着く場所で考えを整理したい。
男子部屋はいつ帰ってくるか分からないからな。
転がっている瓦礫の破片に腰をかける。
考えないといけないことはいくつかあるが……
まずは自分の他に転移者・転生者がいる可能性。
先ほどサラヤと話していた時に唐突に思い浮かんだことで、かなりショックを受けて大分戸惑ってしまったが、よく考えれば、どうやっても対処しようが無いことが分かる。
第一、俺自身がこの異世界にいることすらなぜなのかが全くわかっていないのに、何人いるのか、いつ現れるのか、どこに居るのか、どのような能力を持っているかなんて検討のつけようがない。
精々自分の能力を完全に把握できるよう努力するくらいしかできることがない。
まあ、他にあるとすれば、おかしな能力を持っている奴の情報を集めるくらいか。
転移者・転生者についてはこれくらいでいいだろう。
次は自分がやらないといけないことの優先順位だ。
これは自分の能力の完全把握が第一、そして、機械種を手に入れることが第二だろう。
ただし、自分の能力の把握については他者にバレないよう慎重な行動が求められる。
すでに感情に任せて何度かやからしてしまっているが、致命的なことだけは完全に隠蔽する必要がある。
最も隠蔽しないといけないのは「不老」「飲食不要」「排泄不要」であろう。
そう簡単にバレることはないと思うが、万が一そう疑われたら、下手をすると実験動物行きになる可能性が高い。
次に俺の持つ「仙術」スキルで明らかにこの世界の物理法則では説明しようが無い効果を持つ術や宝貝だな。
「七宝袋」の吸収・収納能力がまずぶっちぎりで一番。
あれを目撃されたらどうしようもない。
あと、変化の術もバレたら大分ヤバいだろう。
陣作成は種類によっては目立たないと思うんだが。
地味な火や水を出す術もあれくらいなら手品ということで誤魔化せそうか。
最も気を付けないといけないのは、傷を癒す仙丹だな。
すでに何度か使ってしまっているし、これからも使用頻度は高そうだ。
これについては、この世界の医療技術レベルと薬品性能の知識を得ないと不用意に使用できなくなるだろう。
あと、現代物資の召喚についてはどうだろうか?
今のところ、俺の昼飯くらいにしか利用していないから、そう簡単にバレるようなことはないと思うんだが。
精々、前見たいに皆に振る舞うのは出来るだけやらないようにするくらいか。
ああ、そうだ。
やらなくてはならないことに宝貝作成もあったな。
今俺が所有している宝貝は2つ。「莫邪宝剣」、「七宝袋」だけだ。
できれば遠距離攻撃ができる宝貝を作成したいが、材料になりそうなものが見当たらないのが課題だ。
目に着いた床に落ちている拳くらいの石を拾い上げる。
丸っこいただの石。
もし、これを宝貝化できるとすれば…………
確か………封神演義に出てくる女道士である鄧蝉玉が使用した「五光石」という宝貝があったはず。
投げれば百発百中の命中率を誇る投擲用の宝貝だ。
石を両手に持って念を込めていく。
「宝貝 五光石」
…………………
俺の手の平の中の石は、どれだけ念を込めようともただの石のままだった。
はあ、変化無しか。
やはり拾った石では色々足りないものが多すぎるようだ。
ある程度の高級品を用意する必要があるな。
しかもこの世界での物でないと駄目らしい。
宝貝が要る。
しかし、宝貝作成には材料にする高級品を買うためのお金、マテリアルが要る。
マテリアルを集めようと思うと、機械種を狩らないといけない、いや、狩ったところで、100%俺に換金される訳ではない。
今はチームに所属しているから当然のように中抜きされるだろう。
うーん。それも仕方ないか。
機械種の晶石や晶冠をマテリアルに交換してくれるという秤屋が、俺を相手にしてくれるかどうかも分からない。
当面サラヤを窓口に交換してもらうしかないか。
それにデメリットばかりじゃない。
俺のようなガキが秤屋で高額のマテリアルを交換していったら、ロクでもない奴らに襲われる可能性もあるしな。
しばらくはチームトルネラを隠れ蓑にするのが無難か。
次は機械種を手に入れる方法。
今、手元にある蒼石がある。
これを使えば草原をうろついているウルフやラビットのレッドオーダーを解くことができるんだったな。
あとは、俺をマスターだと認識してもらうための「マスター認証」のやり方さえわかれば、機械種を手に入れることができるはずだ。
これについてはザイードか、ボスに聞く必要がある。
しかし、ザイードには若干警戒されているし、ボスは何を考えているのか分からない。
果たしてどちらに聞くべきなのか………いや、もしかしてトールやジュードでも知っているかもしれないな。
今度会った時に聞いてみるか。あの二人ならすぐに教えてもらえそうだし。
機械種を早く手に入れたいと思う理由に、俺の持っている「闘神」と「仙術」スキルへの不安が拭い去れないということがある。
確かに俺は夢の中でこのスキルを選んで、この異世界に飛ばされた。
「異世界に飛ばされます」という以外、全く何の説明も無くだ。このスキルが永続であるとも、回数制限が無いとも聞いていない。
何の努力もせず、突然身に着いたスキルだ。最悪、突然スキルが無くなってしまうということも考えられる。
もし、この異世界に俺を飛ばした奴が、手に入ったスキルで好き勝手してしている転移者の力を唐突に奪い去ってしまい、その慌てふためく様を眺めて愉悦するような奴だとしたらどうする?
もちろん、何の根拠もない、とりとめのない話だとは思う。
でも実際そのような状況に陥ってしまってからでは遅いだろう。
その為にこの世界で獲得した戦力を手元に置いておきたい。
少なくとも、もしスキルが無くなっても俺が一生を無事終えることができるくらいのものは用意したいものだ。
そして、次は……
ギ、ギ、ギ――――
ん、なんだ? 扉の開ける音? 上の方からか。
カツン、カツン、カツン、カツン……
駐車場の奥の方から階段を下りる足音が聞こえる。
ああ、向こうの階段で2階から直接降りられるようになっているのか。
誰だろ?
カツン、カツン、カツン、カツン……
あの長い黒髪は、カランか。
室内だからか、随分薄着のようだ。
下もぴっちりしたスラックスを履いているから、その細さがはっきりと分かる。ナルやサラヤと違い、非常にスレンダーな体形と言える。
めっちゃ貧乳だな………おっと、危ない。
こういったシーンで男が不埒なことを考えると、なぜか女性が反応して睨まれてしまうといったよくある場面を思い出す。
女性がいかに他人の視線に敏感だからと言って、心が読めるわけではないだろって突っ込みを入れてしまいたくなるが、さて、どうなんだろ。
階段から降りてきたカランは俺に気づくことなく、近くにあるロッカーを開けて中の物を取り出そうとしている。
カランからは柱が影となって俺を見つけられていないようだ。
ほら、大丈夫だって。
もし、それで反応されるんだったら、俺の劣情はサラヤに筒抜けだろう。
そうだったら、俺、もう家出するぞ。
カランはロッカーから木刀のようなものを取り出して、駐車場の床の亀裂が少ない平面なところへ移動。
そして、木刀を構えて素振りをし始めた。
ビュン、ビュンっと木刀が空を切る音が駐車場に響く。
一心不乱に素振りをするカランの表情は真剣そのもの。
部活でインターハイを目指すトップ選手であるかのような入れ込み具合。
その凛々しいばかりの立ち振る舞いは、一本の刀のような美しさを感じなくも無い………
なんだ、単なる訓練か。
しかし、カランはイメージ通り女武芸者そのままだな。
ほとんどしゃべったことないけど、多分男勝りで生真面目な性格なんだろうな。
で、実は乙女チックな部分があって、恋に憧れていたり、ぬいぐるみが好きだったりして、そのギャップが魅力になったりと……
いや、もうちょい顔が可愛くないと、ギャップ萌えは難しいな。
なにせぱっと見、カランは男に見えるくらいだ。
顔面偏差値で言ったらクラスでも中の下くらいだろう。
彼女なんていたことのない学生時代、もし告白されたとしても受けるかどうか微妙なレベル。
当然、今の俺のスペックには到底見合わないし、もちろんルートなんて存在するはずがない。
ここまで失礼なことを考えていても、カランは俺に気づかずにひたすら木刀を振り続けている。
やっぱり、気づかれない。
人の考えてることなんて悟られるわけがない……って、そろそろ、この状況をどうするか決めないと。
うーん。この機会にカランと接触して、少しでも情報を収集するべきか。
しかし、このパターンだと話しかけたら間違いなく訓練につき合わされそうなんだけど。
まあ、仕方がないか。
これもいい経験だ。
それにこの世界の武術を知るいい機会かもしれない。
さて、なんて声をかけようか。
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