第40話 希望


 テルネから修繕されたナップサックを受け取る。


 食い破られた箇所に当て布がされていて、そこだけ色が違ってしまっているが、概ね問題がなさそうに見える。


 一応裏返して見てみれば、丁寧に縫製されているようだ。


 出来栄えの確認する俺を見つめる4つの目。

 サラヤとテルネが無言で俺の感想を待ちわびている。



「ありがとう、テルネ。直してくれて。これで獲物をたくさん持って帰れそうだ」


「いえ、ヒロさんには本当に助けてもらってますから。私にできるのはこれくらいしかなくて……」



 ベッドの端にちょこんと腰かけたテルネが、か細い声で俺に応えてくれる。


 透き通るような耳触り良い声だが、いかんせん声が小さくて聞き取りずらい。

 最後の方が尻すぼみになってほとんど聞こえていないし。



 テルネの部屋でナップサックを受け取るとのことで、初めて女子部屋への訪問を経験することとなった。

 

 6畳くらいしかない部屋にベッドが半分近くを占め、残りはミシンらしい機械と布きれが積みあがっている。

 これを女子部屋と言っていいのかどうか微妙なところ。

 ベッドは箱の上に布を引いただけのものだし、ぬいぐるみや花などの観賞物もない殺風景な部屋模様。


 女子部屋に期待を持っていただけにちょっと裏切られた気分。

 

 そんな部屋の中でテルネと会話を続けようとするが



「…………」


「…………」


「体調、どうだい?良くなったかな?」


「はい。あの時はご迷惑かけてすみませんでした。ちょっと緊張しちゃって……」


「…………」


「…………」


「裁縫上手なんだね。大きく破れてたから修繕できないかと思ったよ」


「はい、これくらいしか取柄がなくて……」


「…………」


「…………」




 え、会話が続かないんですけど。

 今まで全く接点が無かったからこの子のこと、ほとんど知らないし、これ以上何の会話をしたらいいんだよ?



 助け船を求めて、後ろに控えているサラヤに目配せする。


 サラヤは俺の意図を組んでくれたようで、俺とテルネの間に入ってくる。



「あー。テルネってば、男の人とあまり話したことが無いから緊張しているみたいね。大丈夫よ。ヒロは優しいから、変なこと言っても怒らないよ」


「え……、その……」



 二人の視線が俺に集まる。


 え、俺の番ですか? 何を言えと?


 うーん。この場合は……そうか!



「ああ、聞きたいことがあるなら遠慮なくどうぞ。何でも聞いてくれ」



 多分これが正解だよな。

 でも正直、女子からの「貴方、分かってるわよね!」的なやり取りは好きじゃないなあ。



 俺の言葉に何かを決心したかのようにテルネは膝においていた拳をぎゅっと握りしめ、顔を真っ赤にして俺への質問を口にする。



「ヒ、ヒロさんは……どういった女の子がタイプなんでしょうか?」




 え、何それ?


 思わずサラヤを見てしまう。


 サラヤは俺の視線を受けるとニッコリ微笑む。

 なぜか、今まで見たことがないくらいの透明感のある笑みだ。

 

 俺が正しい答えを導くのを確信しているような、俺の良心を信じ切っているような、そんな印象を受ける。


 これはサラヤに助け船は期待できなさそう。


 テルネの方を見ると、顔を真っ赤にしながら視線を合わそうとせず、下を向いたまま。




 どう答えりゃいいんだよ!

 こういう質問は飲み会なんかでもあるが、大抵冗談っぽく聞いてくるだけだ。

 こんなガチで質問をされたら勘違いしてしまいそうじゃないか。

 この子は俺のこと好きなのか? 会ったばかりだろ!



 突然の告白じみたシーンに若干頭が混乱してしまうが、ふと、前に似たシチュエーションがあったのを思い出す。

 


 あ、この子、ピアンテと同じく俺を優良物件と見ているだけか。

 このスラムじゃ女の子の行く先は娼館くらいしかないって言ってたし。

 娼館に行くくらいなら稼ぎそうな俺をターゲットとしたいだけだ。



 そう考えると、焦って乱れていた思考も落ち着いてくる。


 まあ、そうだよな。女の子は意外と現実的だとも言うし。




 頭を少し振って、改めてテルネを見つめてみる。


 歳は11~12歳くらい。

 薄い金髪のロングで人形のような整った顔立ち、サラヤも言っていたが、まるでお姫様を彷彿とさせる。

 ただし、全体的に痩せすぎていて、手足はまるでテーブルの足かと思うくらいに細い。


 性格は見た目のままであろう、大人しくて引っ込み思案で、少なくとも明るい性格ではないのは間違いなさそうだ。


 ナップサックを修繕してくれたから縫製技術はもっているようだが、自分でも言っていたように、それぐらいしか取柄がないのだろう。


 もし本当にお姫様として現れたなら、権力と財産込みで年下病弱お嬢様ヒロインとして合格点であったであろうが、ここにいるテルネはただのスラムの女の子にすぎない。 


 3,4年後に会って、その時に俺がある程度の財産を築いてハーレムを構築していたなら席の一つくらい空けてあげてもいいが、今の段階では足手まといにしかならない。



 結論:テルネルートは無しで。


 っていうのを馬鹿正直に言うわけにはいかないしなあ。



 まあ、サラヤの機嫌を取っておくか。




「そうだね。大人しくて家庭的な子が好みかな」


「家庭的な子……ですか?」



 ちょっと首を傾げながら消え入りそうな声で返してくるテルネ。

 もうちょい具体的に言った方がいいのかな。



「えー、家事が上手な子がいいなってこと。掃除、洗濯、料理とかね。もちろん裁縫も」



 最後のは余計だったかな。



「??? ……その掃除、洗濯は分かるのですが、『りょうり』ってなんですか?」


「へ、料理ってそりゃ……」



 あ、そうか。この世界の食べ物はブロックしかないから、料理する必要がないんだ。こんな所で異世界ギャップが出てしまうとは。



「あー、えー、細々した雑務みたいなものかな、ははは、その料理は気にしないで。忘れてちょうだい」


「はい、その、では、大人しくて、掃除と洗濯と……裁縫が上手な人がヒロさんのタイプなんですね?」


「うん。そうだよ」



 俺がそう返事をすると、また、テルネは顔を赤くしてうつむいてしまう。


 しばらくテルネの反応を待っていると、ゆっくりと顔を上げて、俺の目を見つめてくる。



「あの、わたし、がんばります。掃除も……洗濯も……」



 ちょっと心が痛くなってきた。こんな純真な子に叶わない期待を抱かせてしまってもいいのだろうか。


 サラヤを見ると満足そうな表情だ。俺の対応は間違えていなかったらしい。

 


 ふう………、なんでこんなに疲れなきゃいけないのか。

 ジェネレーションギャップに異世界ギャップ。さらに男女間のギャップも重なって、難易度ルナティックもいいところだ。







 テルネの部屋を出て、サラヤと2階へ降りていく。


 サラヤはこれから応接間で事務作業らしい。


 さて、俺はこれからどうするか。

 いや、その前に聞いておかなくては。前を歩くサラヤに声をかける。



「サラヤ、あの子に大分期待を持たせちゃったみたいだけど……」


「大丈夫よ。別にヒロに責任を取れとは言わないから」



 振り返らずに俺に返事するサラヤ。

 いつもより声が平淡な気がする。



「いや、でも、あれってどう考えても……」



 サラヤが突然立ち止まり、振り返ってくる。



「あ……」



 サラヤの顔を見て、思わず声が出てしまう。


 今にも泣きそうな、でもほんの少し笑みを浮かべたままの表情。


 それ以上、俺からは話を続けることができなかった。


 




 お互い階段の途中で向き合っていたのは何分くらいだったか。

 その後、サラヤに促されて応接間に入り、いつものようにソファに座って向かい合う。

 

 しばらく沈黙が続いたが、やがて、サラヤからポツリと会話が始まった。



「ごめんなさい。また、ヒロに迷惑かけちゃって」


「うーん。理由を教えてほしいな。前にも言ったと思うけど、俺は勝手に恋愛関係を勧められるのは好きじゃないんだ。今回のテルネについては、前に会うって言う約束していたから、今更どうこうは言わないけど」


「ごめんなさい。勝手に押し付けるようなことをしちゃって」



 ただ、ただ謝罪を続けるサラヤ。

 テルネに会うこと自体はそれほど嫌じゃなかったから、これ以上責めるつもりはないが、ちょっとテルネを騙してしまったような罪悪感を何とか解消したい。



「謝罪はいいよ。理由を聞かせてよ。多分、テルネに希望を持たせてあげたいってことだと思うけど」


「ヒロの言う通りよ。あの子に希望を持たせてあげたかったの」


「なぜ、テルネなの? 他の子もいるのに。あの子が病弱だからかな?」


「……そうよ。希望を持たせないと、多分長くは生きられないと思うから」


「希望ねえ……」


「前にヒロにも話したと思うけど、スラムの女の子の行く先はほとんど娼館しかないの。でもテルネに娼館勤めは体が耐えられない。他の子だったら娼婦をしながら裕福な人に身請けしてもらえる可能性があるけど、テルネはそこまで体が持つわけない。だからテルネが生きていく為には娼館に行く年齢までに誰か頼れる人を見つける必要があるの」


「それが俺ってわけ?」


「ううん。別にヒロだけってわけじゃないの。娼館に行くのはまだ5年くらいあるし、その間に見つかるかもしれない。でも、その可能性は非常に低いわ。このスラムにテルネを支えて上げられるような優秀な人なんて滅多にいない。だからテルネはほとんど諦めてしまっていたの」



 まあ、スラムにいる限りそう簡単に頼れる人に見染められる可能性は低いわな。

 それよりある程度お金がある娼館通いの人に身請けされる可能性の方が高いか。

 で、テルネはその選択肢が取れないから未来に絶望してしまったのか。



「でも、このチームにヒロっていう希望が入ってきてくれた」


「だから、俺は希望になんかならないって……」


「違うの。チームにヒロみたいな人が入って来てくれる可能性があるってことをテルネに見せたかったの」



 なるほど。俺っていう前例があるから、その後にも続く可能性があるってことを教えたかったのか。


 しかし、悪いけど俺はオンリーワンだと思うよ。

 俺みたいなヤツがたくさんいたら……あ、複数の転移者がいる可能性か!



 背筋がゾクッと震えたのが分かった。

 その可能性は今まで全く考慮に入れていなかった。


 ありうる。この日本語があふれた世界。

 言い回しやこの世界にあるかどうか分からないたとえだって使用されている。

 過去の日本からの転移者・転生者がいたっておかしくない訳だ。

 ということは転移者・転生者が今でも存在している可能性がある。


 これは注意しなくては…………



「どうしたの? ヒロ」


「あ、いや、ちょっと考え事。ああ、もういいよ。だいたい理解できたし」



 もうテルネについては考えるのはやめよう。

 もし、気になるようだったら病弱なのを仙丹で治してあげてもいいし。

 今すぐには怪しまれてしまうから無理だけど。


 頃合いをみて治してあげるか。

 病弱なのを治すのはそれほど目立たないだろうし。



「じゃあ、ちょっと用事を思い出したんで、このくらいで失礼させてもらうね」



 さっきの思いついた他の転移者・転生者の件で、頭の中がグシャグシャだ。

 こういうときは一度、どこか人のいない落ち着いた所に行こう。

 


 呆気に取られているサラヤを応接間に残して、部屋を出る。



 とにかく今は考えをまとめたい。

 何を優先すべきなのか、しないといけないことは何なのか。


 今まで俺が考えないようにしていたことも含めて、今一度、タスクを整理した方が良さそうだ。


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