第36話 ウタヒメ

 異世界に来て6日目、チームに入って5日目の朝が来た。


 洗面所で顔を洗い、歯磨きして、トイレに入る。

 しかし、2Fに共有施設が固まっているのはなぜなんだろう。

 食堂といい、シャワー室といい、洗面所も、トイレも2階にしかない。


 元々このビルの1階がロビー兼受付と倉庫と駐車場がメインで、居住階は2階からという作りになっているのかもしれない。

 では3階、4階には洗面所やトイレくらいあってもおかしくないな。

 しかし、2階の洗面所で顔を洗っているサラヤに遭遇したこともある。


 うーん。3階以上の間取りはどうなっているのか?

 女子優遇のチームだから、女子だけ個室をもらっているのかもなんて考えると、ちょっと不公平感を抱いてしまう。


 あと、起きた時に気づいたことだが、昨日輪切りにしてしまい、仮縫いでくっつけたジーパンがいつの間にか完全に修復されていた。


 いつ修復になったのかは分からない。

 ひょっとしたら気づいていないだけで、昨日シャワーを浴びていた時には直っていたかもしれない。


 今俺が着ている服は自動修復機能付きのようだ。

 益々重要性が高まったな。

 下手に洗濯に出して盗まれでもしたら大変だ。

 絶対に自分で手洗いすることにしよう。

 






 今日の任務はトール達の護衛だ。ナルから荷物を受け取り、サラヤからは「みんなをお願い!」って頼まれた。


 トールに連れられて、子供達と『砂さらい』の場へと向かう。

 子供達はザイードを含め5人。

 ザイード以外は5~9歳くらいの小学低学年生だ。

 全員男子だが、今日は女子はいないのか?


 

「ねえ、トール。今日は女の子達は留守番させているの?」



 何となく気になり、隣を歩くトールに尋ねてみる。



「ああ、今日はもしものことがあるかもしれないからね。カランと一緒に『草むしり』の方に回ってもらっているよ」



「『砂さらい』に『草むしり』ね。まあ、確かに子供の仕事だろうけど」



 多分文字通りの仕事ではないと思うんだが、一体何をしているのやら。



「女の子達が気になるの?ヒロ。やっぱり年齢が低い子の方が好みなのかい?」


「違う!勝手にロリコン認定するなよ」



 ここは憮然とした顔で遺憾の意を表明してみる。



「はははは、そういえば、昨日はイマリとテルネの攻勢を受けたんだって? いいな。モテモテじゃないか」


「子供にモテてもね。いや、モテていないな。俺の稼ぎが良さそうだから、興味を引いただけだろ。俺のことを好きになったわけじゃない」


「僕は稼ぎも含めて男性の魅力だと思うけどね。誰しも、突然、人のことを全部好きになることなんてないだろ。まず持っている特徴の一つを気に入って、そこから徐々に他の部分も好きになっていくんじゃないかな。僕ら男だって、まず、女性は顔から見てしまうしね」


「まあ、そう言われると、そんな気もしてくるけど……」



 確かに最初は俺もサラヤ達を顔で判断していたな。


 トールに指摘され、昨日の件が頭を過り、ちょっとツッケンドンな態度をし過ぎたのかもと思ってしまう。



 そんな様子の俺に何を感じたのかトールが言葉を続けてくる。



「昨日の件は、あの後サラヤから聞いたけど、男女の引き合わせは彼女の仕事みたいなものなんだ。ある程度大目に見てやってもらえないかな。サラヤもそろそろチームからの卒業も近いから、かなり焦っているところもあるんだよ」



 卒業か。

 バーナー商会への就職か、一人立ちかってやつか。

 いや、女の子はほとんど娼館行きだったな。

 サラヤなら幹部の愛人ルートでも行けると思うけど。


 だから昨日はあんなに強引だったのか。

 あ、強引といえば、ボスとの会話で出た「ウタヒメ」って言葉にえらく反応して、強引に部屋から引っ張り出されたな。


 この際、トールに聞いてみるか。

 何となく響きからザイードに聞くのは不適当な気がする。



「昨日といえば、ボスと会って話をしていたんだけど、会話の中で、『ウタヒメ』って言葉が出てきたら突然サラヤが不機嫌になっちゃって、途中で話を遮られたんだけど……トール、『ウタヒメ』って知ってる?」



 俺の言葉に、ちょっと驚いた顔をしたトールは、後ろを振り返り、後をついてくる子供達を確認する。

 

 俺も振り返るが、子供たちは俺達から五メートルくらい離れてついてきているので、俺達の話が聞こえる距離ではない。


 子供達に聞かれるとマズイような話なのか、それは?



「ヒロ、その言葉は女性がいるところでは絶対に口にしないように」



 トールは何とも言い難い顔をしながら、俺に説明してくれた。



「『ウタヒメ』っていうのは、慰安用の女性型機械種のことだよ。性行為が可能な」



 ……やっぱりそうか。響きからしてそうなんじゃないかなって思ってたけど。モロだったか。



「表向きは歌唱用なんだけどね。でも、実際の使用目的はソレだよ。で、ここからが重要なんだけど、『ウタヒメ』はほとんど全てって言っていいくらいに女性に嫌われている。当たり前だよね。自分から夫、彼氏を奪うかもしれない存在なんだから。現実に男がウタヒメに入れ込んでしまい、男女関係が破たんしたって話はよくあるそうなんだ。もちろん、ウタヒメは非常に高価だから、上流階級か、一流の狩人の話だろうけど」



 おお、元の世界の夢の存在が、この世界ではそのような影響を与えていたなんて。

 俺の目指しているものがここにあったのかもしれない。


 

「女性の間では『ウタヒメ』の危険性についての話が出回っているみたいで、正しく蛇蝎のごとく嫌悪されているんだ。超一流の狩人でも、『ウタヒメ』を所有していたら、それだけで、女性から総スカンだそうだよ。ちなみに、あの温厚なナルでさえ、たとえ冗談でも『ウタヒメ』のことを口に出したら、1週間は口をきいてくれなくなるからね……ああ、僕じゃないからね、もうここを卒業した人のことだよ」



 そこまで女性に嫌われないといけないのか。

 夫や彼氏を奪われたなんて、前の世界でも良く聞く話なんだが。



「生身の女性にとっては、『ウタヒメ』は絶対敵わない存在だそうだよ。歳も取らず、容姿も衰えず、命令には逆らわず、一途に主人だけを思い続ける、人が作り出した絶世の美女。ちなみに酒場なんかで、この話をすると、必ず一人くらいが反論するらしいよ。『そんな人形のどこが魅力的なのか』って。『年齢を重ねる女の美しさが分からないのか』とか、『自分に逆らわない女なんて魅力はない』とか。でも、実際に『ウタヒメ』を手に入れてしまうと、そういった人でものめり込んでしまうんだって」



 ちょっと、詳しく過ぎるんじゃないですか? トールさん。



「あ、こういった話は男子同士では、よくするんだよ。成り上がったら『ウタヒメ』を侍らせるんだって。盛り上がるからね。流石に女性がいる場ではしないけど」



 あー、何となく分かる。

 宝くじが当たったらどうする? って話は結構盛り上がるからな。



 しかし、『ウタヒメ』か。

 機械種なら俺も変な遠慮をしなくてもいいし、裏切る心配もない……いや、蒼石でのブルーオーダーというものがあるから、一概にもそう言えないのか。

 でも、俺の理想に近いのは間違いない。


 よし、ここを離れたら『ウタヒメ』についての情報収集を重点的に行おう。

 人に作られし永遠の美しさを持つ絶世の美女、これぞ俺が目指すのに相応しい理想だ。

 

 目指せ、豪華で安定した生活+ウタヒメハーレム!




 密かに目標の修正を行っている俺を見て、何を思ったのか、トールが遠慮がちに話しかけてくる。 



「ヒロ、あんまりこんなことを聞くのはどうかと思うんだけど……ヒロは、どうしてサラヤや、ナルに手を出さないんだい?」


「へ、な、な、何言ってんだよ。いきなり」


「いや、さっきからの反応で大分溜まっているのじゃないかって思ってね。今のヒロだったら、サラヤもナルも断らないと思うけど」


「だから、なんで、手を出すってことにつながるんだ。会ってまだ間もないんだぞ。付き合うにも時間が短すぎるだろ」



 俺からの反論に表情一つ変えずにトールは話を続ける。



「いや、別に付き合うってわけじゃなくて、男だったらどうしても溜まっちゃうだろ。そうなったら男の中には乱暴を働くヤツもでてくるから、その前に、ある程度年嵩の女子が相手をしてくれるんだ。まあ、今だとチームにはサラヤとナルとカランくらいしかいないけど」



 え、何を言ってるの……トール。

 相手をしてくれるって……サラヤやナルが?

 ……え、どうゆうこと?



「その反応をみると、ヒロは厳格なところの出身のようだね。いいかい、ここはスラムだよ。男女とも貞操観念はかなり低いんだ。それに男女が一緒の建物に暮らしていたら、そういったことは避けられないだろ。それを上手くコントロールするのが、サラヤやナルの仕事なんだ。もちろん、無理やりってわけじゃないし、好きな時にヤレるってわけでもない。その人の上げてくる成果にもよるし、女性にも好みがあるから、誰でもという訳にはいかないけどね」



 あー………

 何となく言っている意味は分かるけど、あまりのショックで言葉が頭に入ってこない。

 

 ビッチなの? ビッチなのか? 炎上案件だぞ! 割られた上に返品されてしまう。



「2階に個室とシャワー室があるのもその為さ。まだ利用したことないんだったら、今度、ナルに頼んでみたらどう? サラヤでもOKすると思うけど」


「おい、サラヤはジュードと付き合っているって前に言ってたじゃないか!」



 思わず大声になってしまった。

 しかし、トールは気にもしない。



「ああ、初日の件だね。まあ、あの通りジュードはサラヤに惚れていてね。サラヤもまんざらじゃない感じなんだ。でも、付き合っている訳じゃない。サラヤはリーダーだから特定の相手を作る訳にはいかないんだ。でも、ここ2カ月ほどはジュードに頼りっきりだったし、あの時のヒロに変な期待を持たせない為に、誤解させる言い方をしてしまった。それについては謝罪しよう」



 そう言って頭を下げるトール。


 コイツ、思ってた以上に狸だな。

 確かに思い返せば、「付き合っている」と明言したわけじゃない。俺がそう受け取ってしまえる言い方をしただけだ。


 もし、サラヤがジュードと付き合っていないと聞いていたら、間違いなくサラヤに惚れていただろうし、そうなっていたら、俺自身どういった対応をしたかが全く予想が付かない。

 最悪、俺の能力の全てを打ち明けてしまっていたかもしれない。

 そう考えれば、トールによって最悪が回避できたとも思える。



 うーん…………

 初日にサラヤがジュードと男女の関係だと分かっていたからショックは少ないけれど………


 しかし、チームの女性陣がそこまで体を張っていたことに大きな衝撃を受けた。

 男が外に出て体を張るのと同様に、女も体を張っていたんだと、チームの女性への見方が少し変わった。


 この件を聞いて、俺がサラヤやナルを軽蔑することはない。

 できることを全力でやらないと生き残れない世界なんだと割り切るしかないんだろう。




 それより、サラヤやナルとヤレるかもという方が重要だ。

 今日帰った時にお願いしてみるか…………



 

 ふと、その時の光景を頭に浮かべてみる。




 『お願いします。ヤラせて下さい!』


 サラヤかナルに頭を下げてお願いする俺。




 アホか! できるか!




 前みたいに大きな獲物を狩って、タイミングを見計らってお願いする。


『報酬は体でお願いします!』


 ロビーにウルフの残骸を積み上げて、お願いしている俺。




 できねえよ! そのタイミングはすでに逃してしまったわ!




 クソ、前にカッコつけて報酬をゼロにしてしまったのが悔やまれる。

 今更、次の獲物を取ってきた時に、『体がほしい』って要求できるか?


 どんな目で見られるんだよ。

 『ああ、男の人ってやっぱり』みたいな目で見られるのに違いない。

 で、その後、女子会で報告されるんだ。

 ヒロは最初はカッコつけていたけど、やっぱり他の男と変わらないって………



 絶望した! 

 すでにフラグは逃してしまったんだ!

 ルートは完全に外れて、もう取り返しがつかないんだ!


 


 ガクッとその場で膝をついてしまう。




「ヒロ! どうしたの?」



 トールが屈みこんで俺の様子をうかがう。

 後ろから子供達が駆けつけてきて周りを囲んで声をかけてくる。



「え、どうしたの」

「ヒロさん、気分わるいんですか?」

「大丈夫?」

「護衛でしょ、きちんと守ってよ」



 誰だよ、最後のヤツ。



「頼むよ、ヒロ。こんなところで落ち込まないで」



 トールが屈みこんだ俺を無理やり立ち上がらせる。



「もう、家に帰っていい?」



 トールに肩を借りながらボソリと呟く俺。



「それは勘弁してくれないか」



 真顔で答えるトール。

 どうやら許してくれないらしい。



 トールに引きずられるように砂さらいの場へと連行される俺。


 異世界生活6日目にして、絶望を知った。

 俺にタイムリープ能力があるなら、ぜひ2日目くらいに戻してほしい。



 そんな、絶望に浸る俺に対し、

 トールは無情にもトドメとばかりの情報を付け加えて来た。




「あとね、ヒロ。ついでに言っておくと、ヒロがサラヤやナルに手を出さないから、ヒロは年下好きって判断されちゃって、イマリやテルネを紹介されたんだよ」




 もういいです。

 ヒットポイントはゼロです。

 ヒロは力尽きました。


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